9. 背を押される少年
うまくいっていないことと言えば、部活動くらいだった。
中学までは、自分に才能があると思っていた。
けれど高校生になって、更に強い奴は山程いることを思い知らされた。
サッカーは昔から沢山努力してきたスポーツで、負けた悔しさも、勝った喜びも、昨日のことのように覚えている。
……それなのに。
俺が部活に行かなくなってから、約一年が経とうとしていた。
いわゆる、幽霊部員というやつだ。
俺は、こんなところで何をしているんだろう。
誰もいない、電気も落ちた暗い教室で、グラウンドを眺めていた。
誰のものかも把握していない席に腰を掛け、ただひたすらにグラウンドを眺める。
そんな生活が続いていた、ある日のこと。
「自由に生きようとしなくていい。自分にとって、最善の道を行け」
突然後ろから聞こえた声に、慌てて振り返る。
そこに立っていたのは、ひとりのクラスメイトだった。
「突然、なんだよ」
「今のお前に、ぴったりの言葉だよ」
「偉そうに。そっちだって、つい最近まで無表情男だったじゃないか」
少年の目の前に立っていた男は、今やクラスで明るい人間であるが、つい最近まで何を考えているのかわからない無表情の男だった。
そう。まるで、感情を失くしてしまったような。
そんな奴に、慰めるような言葉をかけられることになるとは。
「部活、行けよ」
「どうしてお前に、そんなことを言われなくちゃならないんだよ」
「今を変えられるのは、今だけだ。……俺だって、変えられた。変われた。だから、お前にもできる」
人間とは、時に単純な生き物で、そんな簡単な言葉にすら背を押される。
男のありきたりな言葉は、他のどんな言葉よりも、少年の背中を強く押した。
そして少年は、確かに男の“感情”を見たのである。