8. 影のある少年
誰か、この状況を終わりにしてくれ。
そう、心から強く願っていた。
どうしたって抗えないものがそこにはある。
俺は、寄ってたかってひとりの男をいじめていた。
俺がこんなことをする日が来るなんて思ってもみなかった。
けれどだんだん、楽しそうに笑う彼等を見ていると、罪悪感が薄れてくる。
最低な自分に気がついていても、止められない。
仲間外れにされないためには、従うしかない。
ゆっくりと、それでいて着実に、人間でなくなって行くように感じた。
俺はいつからこんな風になってしまったんだ。
そう、両手を見つめて自問する日々。
終わらない毎日。泣き叫びたくもなるさ。
「あんたの影は、泣いている」
そんなある日のことだった。
珍しく、いつも一人で行動している男が声をかけた。
男の目は、燻んでいる。
「何を言ってるんだ?」
初めは、頭のおかしなやつだと思った。
けれど、男の話は確実に俺の中の何かを動かした。
本当はいじめたくない、それでもいじめ続ける自分が憎い、初めは寂しいだけだった、独りになんてなりたくない。
そんな“心”を次々に言い当てて行った。
男は俺を慰めるように言った。
「別に、今すぐじゃなくたっていい。人間は、そういう生き物なんだ。独りでなんて、生きられやしない。でも、それでも、そんな生き方に抗って行動すれば、あのいじめられっ子は笑ってくれるんじゃないのか。あんたは、心から笑えるんじゃないのか」
男の言葉は、少年の胸にしっかりと刺さった。
少年は決意する。
どれだけ怖くても、明日こそはあのいじめられっ子を助けようと。
……そんな決意をしたのも、束の間だった。
翌日、少年は思わず目を見開いた。
早朝のニュースは、男子中学生の自殺を報道していた。
無論、少年が救えなかったいじめられっ子である。
少年は、頭を抱えて泣き叫んだ。
自分の行動が、あともう少し早ければ。
自分の勇気が、あともう少し多ければ。
少年はいじめられっ子を救えなかったことを悔やみ、嘆いた。
そして少年は、三年間過ごした場所を後にする。
新たな三年間の始まりには、死にたがりの目をした男との関わりが発覚していったのであった。