30. 完璧すぎた少年
日々は驚くほど簡単に、当たり前のように進んで行く。
周りの環境が変わっても、俺は変わらなかった。
学力も運動神経も高いままだった。
言ってしまえば、俺にはそれしかなかった。
それがないと俺は、俺になれない。
“自分”という存在は、いつでも一番であることに意味がある。
それを失ってしまえば俺は、ただのぬけがら。
死んだも同前になってしまう。
俺には人の心なんてわからなかった。
考えたこともなかった。
必要ないと思っていた。
心なんてなくたって生きていける。
そういう生き方をしてきた俺には、今更周りの人間の価値観なんて理解できないのだ。
「ただいま」
両親は頭が良かった。
だからだろう、俺も頭が良かった。
それが当たり前だった。
「テストはどうだった?」
「100点だったよ」
「そうか」
父親は表情一つ変えずに頷いた。
「ねぇ、どうして国語は98点だったの?」
母親が、静かに、それでいて威圧感のある声で言った。
「……間違えた」
「ありえないことだ」
と、父親は呆れたように息を吐いた。
「お前は完璧な人間だろう。他の人間とは違うんだ。勉強なんてできなくてどうする。人生は一番であることに意味があるんだ。
それ以下の人間に生きる価値などない」
俺は黙って頷いた。その通りだと思った。
“人生は、一番であることに意味がある”
でも、どうしてか他の人間はそんなことどうでもいいことのように生きている。
俺が、この考えが、“普通”でないことにも薄々気がついていた。
どうしてだろう。
今までの人生が全て無駄に思えた。
“完璧”であることになんの意味があるのか曖昧になってきた。
“完璧”であることには、何の意味もないということに、気づいてしまった。
俺にはやりたいこともなりたいものも何もない。
“何もない”
俺は完璧でありながら空っぽだったのだ。
……それならば。
今まで大切にしてきたことに意味がなかったのなら。
……俺は。
少年は強く唇を噛んだ。今までに感じたことのない“感情”が、呑み込むように少年を襲った。
“普通”に、なりたかった。
少年は涙を流した。
それは初めて少年の頬を伝った。
震える全身を押さえつけるように肩を抱く。
少年は戸惑っていた。
初めて感じる胸の痛みに耐えられなかった。
少年は今までずっと気付かぬうちに胸に巣食っていた“苦しい”という感情に、抗うこともできないまま涙を流し続けた。




