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少年達  作者: 南波 晴夏
28/33

28. 宙を舞う少年

終わらない日々の中を生きていた。


かつて、苦しみや痛みは僕の中で一番遠い存在だった。

家族も極めて普通で、3つ上の姉とはそれなりに上手くやれていた。友人にも恵まれていた。


幼い頃から嫌という程植えつけられた“いじめ”に関しての知識。

当時はそんなものを目撃したこともなかったし、どこか他人事のような気がしていた。


……そんな生活は、中学に上がった途端一変した。

理由もなく、それでいて一瞬にして、僕はクラスで浮いた存在になった。


人々は皆当たり前のような顔をしていて、僕が“そう”なることは、なぜかとても自然なことのように感じられた。


それから始まった毎日は最悪だった。

僕は元々、あまり目立つのが好きではなかった。

友人は一人いれば充分幸せだったし、誰かに対して恋愛感情を抱いたこともなかった。

特に欲もなく、ひっそりと過ごしてきた。


それで幸せだった。

それこそが幸せだった。


正直彼等の気に触るような行動をとった覚えもない。

“なんとなく嫌だから”という一文を理由に、彼等は言葉のナイフで僕を刺し、暴力の渦で僕を沈めた。


誰にも言えなかった。

両親は人並みに優しかったからこそ言えなかった。

両親の傷つく顔を見なくなかったし、あの暖かい空間に暗い空気を流したくなかった。


唯一の友人にも言えなかった。

彼とはただ単純に幸せな時間を満喫したかった。

学校外にいる時は、僕は普通の、普通に幸せな少年でいたかった。


僕は言えなかったんじゃない。

言わなかったんだ。


自分がまだ“普通”であるという証拠を、“普通”でいられる場所を失いたくなかった。


いつものように床に押し付けられながら、「あぁ、世の中本当にこんなことあるんだなぁ」なんて、のんきなことを考えた。


痛みはとっくにわからなくなっていた。

いや、どうでもよくなっていた。


何をしたって変わらない。

ただひたすらに1日が終わるまでじっと耐えるだけだ。

だんだんと、僕を踏みつける男の顔が影って行く。


そんな顔をしながら笑うくらいなら、手を引けよ。

そう思った瞬間、僕は気がついた。


……そうか。

僕は、僕がいるからダメなんだ。

僕はいつも、いつもいつもいつも、僕のせいで苦しかった。

僕がいるから痛かった。


僕は、いなくなれば良いんだ。



それに気づいた日から、僕は死ぬ準備を始めた。

それも簡単なことじゃなかった。

僕は確実に、それでいてひっそりと消えたかった。


全ての準備を終えるのに1ヶ月以上かかった。

僕は自殺方法にありがちな飛び降りを選んだ。

僕は死ぬために沢山の努力をした。

一番肝心な死に場所も、来月に解体される廃ビルを選んだ。


遺書には彼等のことは書かなかった。

家族に感謝と謝罪の言葉を贈る。

僕は、僕のせいで、僕のために死ぬんだ。

これは、僕の選んだ道だ。



少年は黒く錆びた柵を乗り越え、下を見る。

朝早い時間だからか、人の姿は全くない。

人通りの多い道に飛び降りたりしたら、下を歩くなんの罪もない人の命まで奪ってしまう。


かといって、あと1時間もすれば通勤時間になり、人がやってくる。

死体が見つからないということはないだろう。


少年の計画は抜かりなかった。

よって少年の行動を拒むものはなにもない。


ビル風に髪を踊らせ、最期に青い空を見上げた。

悲しいわけでもないのに、瞳から水の滴るような速さで涙が頬を伝い、コンクリートを濡らした。


そのまま少年は空中に一歩を踏み出す。

今までの平凡だった日々。大切だった家族。

心から信頼していた友人。


「……さよなら」


少年の呟いた小さな声は、周囲の風を切る音にあっけなく掻き消されて行った。

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