15. 空を仰ぐ少年
快晴の空。懐かしい色が瞼に浮かぶ。
雲など一つもない空を見上げて、ただひたすらに、考えていた。
ほら、あそこ。
あそこの木の陰から飛び立った鳥のように。
大空に羽搏いて、飛んでみたいって。
自分でも、バカな夢だということくらい分かっていた。
でも、憧れていたんだ。
それはある日、祖母から教えられたことだった。
「健吾、貴方のお父さんとお母さんはね、あの鳥さんに乗って、お空へ行ったのよ。雲の上で、きっといつでも、貴方を見守っているわ」
愛おしそうに目を細めて空を見上げた祖母の横顔を、今でもしっかりと覚えている。
そんな祖母は、昨年亡くなった。
結構、長生きだったな。
そんなことを思い、墓の前で手を合わせる。
……お疲れ様。今までありがとう。
静かに微笑んで目を開けると、遠くから誰かの呼ぶ声がした。
「健吾さん!」
その声も、姿も、たまらなく愛しい。
俺は一昨年、結婚した。
……だからかもしれない。
きっと祖母は安心して、気が抜けたんだろう。
俺はそっと微笑んで、妻の元へ歩いて行った。
「あ、鳥」
妻の小さな声に目を向けると、すぐそこで可愛らしい鳥が羽を休めていた。
やがて鳥は 、人間の存在に気がついたのか、慌てて飛び去って行った。
「あの鳥に、おばあ様は乗っていたかしら」
そっと微笑んだ妻の言葉に、俺は小さく笑って空を見上げた。
「きっと、な」
俺も、いつか会いに行くから。
そう心に誓い、妻の手を取った。
「帰ろうか」
優しく微笑みかけると、妻は「はい」と照れ臭そうに返事をして笑った。
あぁ、俺は幸せ者だ。
きっと俺は、鳥になりたかったんじゃなかったんだ。父さんと母さんのところに行きたかったんだ。
幸せなところに行きたかった。
幸せになりたかった。
でも、もうそんなものはいらないよ。
俺は自分の手で幸せを掴み取ったんだ。
少年は……かつて少年だった青年は、幸せそうに目を細めて空を仰いだ。
そんな彼の隣で、同じく幸せそうに微笑んでいた存在を、彼は一生大切に生きて行くだろう。