10. 見失う少年
それなりに、うまくやれていると思っていた。
ただ、俺には足りないものがひとつだけあった。
それは学力だ。
俺はいつも、両親の期待に応えられないでいた。
日に日に笑顔は消えて行き、高校生にもなれば、感情すら見失っていた。
少年には、超一流大学に通い、昨日晴れて成人となった青年である兄がいた。
青年は、少年にとっての憧れであり、妬ましい存在であった。
自分より優れていた青年を、少年は妬んでいた。
「今を変えられるのは、今だけだ」
青年は突然少年に言い放った。
「お前ならできるよ、健吾」
静かでか細く、それでいて力強い言葉であった。
少年は、無表情のままである。
「大事なことは、周りをよく見ることと、自分を見つめること。それを忘れたら、大変なことになるぞ」
青年は、遠い目をして小さく笑った。
「健吾」
弱々しく伸ばされた手が、少年の手に触れる。
「自由に生きようとしなくていい。自分にとって、最善の道を行け。何ににも縛られるな。自分を信じて、突っ走れ。真っ直ぐに、生きて行け。……俺の分まで」
今にも消え入りそうな顔で笑った青年は、ゆっくりと瞳を閉じる。
先日、病に倒れた青年は、病院内で二十歳の誕生日を迎えた。
青年の表情は、酷く穏やかであった。
少年の頬を、何年振りかも分からない涙が伝う。
少年は、見失っていた感情を取り戻し、甲高い機械の音を受け止めた。
青年にとっての最期は、少年にとっての始まりとなった。




