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熱帯魚の冬  作者: RAMネコ
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第4話「カラクリの糸先に」

「ーー!」


白昼夢、を見ていた気分だ。なにか……夢を見ていた、そんな感じの……。目の前には大きなドール、手元にはケーテルとメモだ。ケーテルには、何やら『国語と物語が人を繋ぐ』という大層な名前がついた鍵付きフォルダが映っている。メモにはパスワードが書かれていた。打ち込めば、フォルダの中身は簡単に開かれた。入れ子状になっているフォルダには、『ありえないメモ』で溢れていた。


異世界に行ったとか。ドラゴンの肉は鰐肉みたいだったとか。子供が可愛いとか。軌道エレベータの崩壊を食い止めたひとりとして表彰されたとか。コンバットドォレムとやらに乗ったとか。魔王とか、人形テルシオとか、宇宙戦列艦とか、エイリアンとか……荒唐無稽な国語の羅列だ。


「ありえない」


溢れた言葉が全てを断じた。なぜならば、それに意味はないからだ。覚えていない、あるいはその成果がないのなら、このメモを証明する必要性を感じない。元よりその記憶を固定できないのなら、記憶に意味はなく、ならばこの身あるいは別の形で存在するものがあるならば話は別だが……。


「……」


俺は、好みどストレート抵抗の三振空振りを起こすくらいのストライクなドールを見つめ直した。ーーまさか、な。いやいや……。俺はこのドールを確認した。もう一度、丁寧に、だ。今までのメモには、特段の手掛かりはなかったが、太腿のコードが暗号のキーになっていたこともある。申し訳ないが、股のものの中から口の中まで、文字通り全てを調べさせてもらった。


ーーその時だ。


「人形とは言え、少々失礼ではないかな?」


ドールが、喋った。言葉をかいした。その唇が不器用な動きではあるが、たしかに形を変え、国語である日本の言葉を口にしたのだ。動揺し、驚愕し、俺は刹那とはいえ言葉を失っていた。


「驚いてるね。でも、これだけ科学が発達したのが現代だ。弱いAI、チューリングテストに合格できる程度の会話能力程度、容易いとは言わないが、ありえない話じゃないでしょ?」

「……たしかに、何年か前、人と認識できるか、あるいは人間であると騙せるかのチューリングテストに合格したAIの話は聞いたことがあります」

「やっと口が開いたね。君は私以上に口が固い。もっと柔らかくしていこう」


このドール、おしゃべりだな。俺は呆れながらも、ドールの屈託のない、『人間以上に違和感のない表情』に毒気を抜かれた。もしかしたら、人間ではないと考えているからこそ、俺も気楽なのかも。ドールと話をすると言葉が滑る、そんな感覚だった。


「服に違和はないですか?俺の服を仮に着せているんですが、新しく買いましょうか」

「まさか、そこまでの負担は、私の価値を見極めてから投資したほうが賢くはないかい?」

「冷たい計算機ですね。まるで価値がないものは全て捨ててしまえと言っているように聞こえます」

「その通りだからね」

「…………何故、今俺に話しかけたんですか?機会はいくらでもあったはずでしょう」

「君が、パスワードを打ったからだよ」

「太腿の付け根の」

「破廉恥だよね、この部位を選ぶなんて」


ドールは「やれやれ」と肩を竦めた。いや……問題は他にある。パスワードを入力したから、だって?俺はスマートスピーカーと連動させているケーテルを使って、家のデータベースの中にあるファイルの鍵付きファイルを開けたんだ。つまりドールは、『ホームネットワークとリンクした存在』ということになる。それはつまり……


「君はどこから来たんです?」

「黙秘権、あるいは守秘義務にも抵触するね。つまり答えたくない」


期待してはいなかった。……ちょっとだけ答えを見つけた気がしたけど。ふむん、他に何かあったかな。来客という意味では、モコが来てたか。モコと言えば、メモを読む限りとても同一人物とは思えない感じだ。本当に、一人だったのか、あるいは同名の二人だったのかはわからない。記憶は連続しているわけではないからだ。仮に一人だとして、ならば『演じ分けていた』ことになる。だが家には俺ひとりだ。理由がわからない。もう一つ、モコが『二人いた可能性』はつまり、俺が記憶を連続して保てないことを知っていてのからかい、だろうか。あるいはそのどちらでも、なんらかの理由があってのことだろう。


ただのからかい、だろうか?


そういえば、モコはずっと昔から知ってる。俺の中ではずっと昔のモコのままだから、いつも違和感があるが……今でも手を焼いてくれているのは、メモの一部からでもわかる。人形は、どこかそんな『俺の知っているに残ったモコ』に似ていた。


「質問ですが」

「なんなりと」

「このフォルダ、『国語と物語が人を繋ぐ』は、君が作ったのか?」

「まさか!作ったのは、貴方自身だ」

「俺が、ね」


俺の中では少なくとも、異世界に転移するのも、女の子が家の風呂場にいたのも同じくらいファンタジーだ。ドラゴニュート、ケンタウロス、マーメイドーー俺はメモを読み返した。


ドールはそんな俺の姿をまばたきもせずにジッと見つめている。ドールだから当たり前だけど。


国語と物語が人を繋ぐというフォルダに格納されたメモは、普通の冒険物のような雰囲気だった。北の極寒地帯で火薬で雪屍人と戦う艦隊がいたり、南の森海で虫と死闘するロボットがいたり、飛行戦艦と浮島がいたり。


ファンタジーだな。


この世界ではアンデッドもいて生と死の境界が、サキュバスで現実と夢の境界が崩れかけているようだ。あと、惑星という丸い世界というよりは、円環と砂時計のような世界が組み合わせられている。SFに出てくるスペースコロニーみたいだ。もしかしたら宇宙には、そんな古代遺跡があるのかも。


ファンタジーだな。


変な世界だ。


「君はどちら側ですか?」


メモの最後には、『現実ほど不確かな認識はない』と書かれていた。そのあとは存在しない。終わりだ。


「私は私です。貴方の前にいるのは、魔王ですか?リヴァイアサンですか?あるいはワルキューレ?」

「さぁ、俺の目にはドールに見える」

「それが真実ですよ」


ドールは終始無表情だった。感情というものを見せない。淡々と、しかし『機械に徹しようとする気』を声に感じる気がした。あくまでも、気がした程度だが。


……この世はあやふやな認識の中でしか知覚できない。神も勇者も、人の頭の中で初めて生まれえるか。認識されないものは存在しない。俺は、あらゆる存在も消してしまうな。


「ところで花火大会はどうする?」


ドールは一転、期待を声に滲ませた。……?そういえばメモには、モコが花火大会に一緒に行きませんかとーー


「楽しいですよ。浴衣で花火を見上げるんです。でもこの家の二階から、静かに遠くの喧騒とかを聞くのも良いですね。これが乙というものでしょうか」

「ウキウキですね」

「そりゃ勿論ですよ」

「モコさん、という人と花火を見るつもりなんですよ」

「やった!」


ドールが「やった!」と言った。モコとの約束を喜んだのだ。モコと繋がりがあるのか、あるいは?


「やった?」

「いえ、喜ばしい事実です。彼女は必ずや貴方に、強い記憶としてのその日のことを、残そうとするでしょう。協力するべきだ」

「強い記憶ですか」

「貴方が前に、印象に残る夢と同じくらいには思い出せることがあると言っていた」


……それを話したのは、モコだけだ。覚えている。モコが誰かに話した?ありえない。例え機械相手でも、決して残さず覚えているに止める『親友』が?ならば答えは一つだ。


「お前、モコだろ」

「ワタシ、アリスNDR114。モコなんてオンナオトコ知らないあるよ」

「こいつ」


俺がモコーーの意思を持つドールにデコピンすると、痛くもないだろうに、


「イタッ!ドール虐待反対!ドール人権協会に言いつけてやる!」


とモコに言われた。


「何やってるんですか」

「びっくりした?ミステリーだったでしょ。記憶にない絶世の美女ドールがある日突然そこにいて、そのドールによく似た美少女モコが現れてーーて設定」

「美少女かはともかく、このドールには驚かされましたよ。俺も何度も驚いていたようです」

「記憶に残った?」

「……正直、おぼろげながら」

「大成功!!」


ドールことモコは、無の貌で喜びを最大限表現した。凄い違和感だ。ずっと家の中を監視していたのかとかは、ちょっと怖いので訊くのはやめた。モコは音以上に、こちらを明らかに見ているので、つまりはそういうことだろう。あとで監視カメラやマイクを全部取り外さないと。


「色々と気を使わせてすみません、モコさん」

「少しは寂しさや悩みを共有させてやろ、と思ってね。そのためにはまず、覚えてもらわなくちゃ」


モコこと、杜河小町の言葉に俺は胸が痛くなった。俺は、ほとんどのことを忘れる。だがモコは、ずっととまでは言わないが、覚えているのだ。それはとても、……。


「じゃ、今夜は思い出作ろうー!」

「……今夜なのですか?花火大会」

「ん?記憶がまた飛んでるのかな?」


申し訳なさそうにモコが言ったかと思ったら、


「まっ、どうでもいいよね!さぁ、私を花火の見れる窓に運びたまえ。椅子を忘れないようにな」

「はいはい」


……モコ、このドールに入ったまま見るの?

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