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熱帯魚の冬  作者: RAMネコ
3/5

第3話「何者かという定義」

俺はメモを集めた。ドール、風呂にあげた女の子が、今の状況だ。……何があったんだ?だが中々の、緊迫感溢れることになっているのがわかった。


〈ドール、調べる〉

〈風呂場に女、クール美女、残念〉


俺が、甲斐甲斐しく女の世話をしているとは思えない。勝手知ったる女が家で風呂を借りたのだろう。ただ、ドールてのはなんだ。トレンチコートを裸の上から直接着ていた。ボタンを外せば、鮮やかな柔肌がのぞけた。ドールの情報が不足している。美人なのは間違いない。そしてドールの彼女はリアルよりというよりは、アニメよりの顔だ。俺の好みではあるが……好みだからと、このドールを購入する勇気はないだろう。となれば、誰か『俺以外の人間がドールを買った』というわけだ。


そしてーー俺はその人物を知らない、と。


アルミサッシから大雨が見れた。霧のように大粒の雨が視界を滲ませていた。近くの田圃からはカエルの騒がしいコーラスが雨音に負けじと響いていた。


他の部屋のメモも集めた。ドールについて、何か手掛かりがあるかも知れない。だが奇妙なことに、わからないということだけがわかっただけだ。このドールはある日突然に、押入れの中から現れたらしい。俺のメモを読む限りでは、そういうことになった。


情報が不自然すぎる。俺のメモーー玄関での、来客を覚えるようーーでは、今風呂場にいる女が『来ていない』のだ。それに、ドールが郵送されたのならば、宅配便のメモがあるはずだが、それもない。不法侵入か?だが、……


「『不法侵入』はあったか?」


俺はスマートスピーカーに話しかけた。家はスマート化、つまりは自動化されている。勝手な侵入者がいればだいたい検知できるし、ましてやドールという大物を持ち込んだのであれば、端末に記録が残らないわけがないのだ。便利で賢く、信頼している。それでも俺の手とペンと紙を使うのは指先の、『書くという動きを忘れないという理由』があるからにすぎない。


『不法侵入は一件もありません。この家の保安は維持されています』


淡々とした女性の機械音声が返答した。不法侵入はいない、か。つまりは今、風呂場にいる女のように、俺が自分から家に招きいれた可能性というものがあがるわけだが、ならば俺自身がドールの存在を知らないのはおかしい。仮に、ドールだと知らなかったとしても、こんなに大きな梱包されたものに違和感を覚えないのは、どうにもおかしい話だ。それは、今いる残念美女でも同じだ。


ならば、このドールはどこから来たのか?


自分の脚で歩いてきたわけでもないだろう。ドールの足裏には『土で汚れた跡も小石で変形した跡もまったくない』のだ。謎は深まるばかりだ。テクノロジーで固められた家で、ただのドールに悩まされているとはなんともホラー、なのかな。そう考えていると、


「モコだけどーーちょっと、雨合羽を見に外へ出てくるね」


モコ、という名前らしい女の人の声が聞こえた。俺は「はーい!わかりました、場所はわかりますか?」と訊いたら、「もちろんですよ」とモコから返ってきた。もちろんなんだ。……なんだ、残念美人だなんてメモしていたが、はきはきとした声で、しっかりしていそうな女性じゃないか。俺の目はあてにならないな。


今のうちにこのドールをどこか別の場所に移そう。モコが雨合羽を干しているのは、土間のはずだ。雨が降っているから、外の物干し竿には干さないだろう。ならば今のうちに、廊下、玄関前、階段を登ることで、二階の俺の部屋にドールを入れることが可能だ。ドールは重いだろうが……なんとかしよう。一呼吸で駆け抜ける!


俺はドールを肩に載せた。両腕をドール頭と腰にかけ、Tの字になるような形だ。さぁ、行くぞーー


「……」


廊下からリビングを貫通するようにドアは開け放たれていて、リビングの窓の先、つまりは物干し竿と、そこに干された黄色い雨合羽をもつ女の人の目があった。その『女の子』は目を丸く見開いて、どちらかといえば俺ではなく、俺の背負っている140cmくらいのオーバーコートを羽織るドールを見つめていた。


俺は何事もなかったようにドールを背負って二階へあがった。何もない部屋の壁にドールをかけて、また一階から西洋風の椅子を持ってあがる。ドールを椅子に座らせて、一階に帰る。リビングの前を通ろうとしたとき、勝手口から“黄色い雨合羽の女”と土間で鉢合わせた。


「あー、えーと?」


モコは少しだけ戸惑ったような顔で、迷っているような雰囲気を感じた。予想はついた。ドールのことについてだろう。よからぬ想像をされる前に、俺は先手の情報を打った。


「あのドールは、気がついたら書斎から現れたんです。今、誰のものか、どこから来たのか調査中です」

「そ、そうなんだ。私はてっきり、趣味なのかと……いや!人形趣味でも、それは好いことだと思うよ。ただちょっと、ギョッとしちゃった」


ドールの話はやめよう。「着ているということは?」そんなことよりも、モコが雨合羽を着ていることが気になった。……いや、雨で濡れたから風呂に入っていただけだ。終われば帰ってしまうのはあたりまえのこと、だな。何をしに来たのかはわからないけど。


「うん。女の子が、男の子の家にあがるのってドキドキするんだよ?だから今日はこれだけ。リハビリみたいな?」


よくわからないが、そういうものか。俺は「モコ、家でドキドキする」とメモしたら彼女に取り上げられてしまった。次に活かすために、過ごしやすい家作りの参考にしようと思ったのに……。


「何書いてるの!?」

「モコがドキドキしない家のための参考です」

「いいから!貴方はそのままで暮らしてなよ!」

「そういうものですか、ちょっと残念です」

「何が!?」

「モコさんはドキドキするから家に来たのだと思っていましたから」

「ーーまあ、それもあるんだけど、一番は貴方が心配だから。特殊だからね……」

「……」


ドールを抱えてたしな。モコは爽やかな微笑みの中に含んだものを滲ませているが、それが何かわかるほどの目は、俺にはなかった。


「今回は集金のついでにで寄ったんだ。ほら、花火大会があるだろ?規模は小さいがな」

「花火大会、ですか」

「そうだ」


モコは少し考えるような顔をして、


「一緒に行くか?」


と訊いた。だが俺は「いえ」と断わった。モコもしつこく理由を吐かせる性格ではなかったので、花火大会の話はこれで終わった。そして、モコがいた時間もまた過ぎ去った。時間は流れている。永遠ではないのだから、あたりまえのことなのではあるが、急に人気がなくなったように感じてしまって、家の中を寂しく感じるものがあった。……同じ時間を生きられないのだから、慣れるしかないのだ。それに慣れることは『永遠に』ないのだということはわかっていた。


いつまでも立っていても仕方がない。俺は二階のドールに会いに行った。ーーとその前に、メモだ。


〈花火大会ようのお金。500円〉


もしまたモコか誰かが来たときには、渡せるように財布から五百円玉を抜いて、メモと一緒に下駄箱の上に置いた。花火大会か……家の二階からでも見えるんだよな……。だけどそれは……。


そんなことよりも!ドールだ。俺に残された時間は短い。例え今解決できなくても、次の俺のためにもメモを残しておかないと!ドールに関するものをなんでも、家をひっくり返して探した。台所、土間、書斎、居間、玄関。だがドールの身元はわからなかった。ゴミ箱をひっくり返しても、アレを買った記録はない。燃えるものだったとして、ゴミ出しは週に二回。最後に捨てに行ったのは二日前。一昨日よりも前にドールがやってきたのか、あるいは、庭で証拠を焼いたかだが、雨の多い季節だ。湿った土の上で燃やすとは考えにくい。ここ三日は雨続きであることは、メモからわかっている。


郵送にしろ、直接買ったにしろ、梱包や領収書、レシートの類いがまったくないのは……妙だ。通帳の残金を見ても、特別に降ろされた後は見つからなかった。では、誰が、いつ、『一切の証拠を破棄して』ドールを買ったのか?謎は深まる。


ーーピピッ!


ポケットの中から音がした。ケーテルの着信だ。メールが来たらしい。家のルーターを通じたネット回線経由だ。差出人は、先ほどのジュリだ。


〈服を忘れたので、後日伺わせていただきます〉


だ、そうだ。お茶目だな。俺はこのことをメモした。


〈モコ、服を忘れたので取りにくる〉


しかしドール、これは大きな謎だな。ミステリーだ。誰が何のために、あるいは……『俺自身が目的を持って買った』か、だ。だとすればその目的とやらはやはり、ドールそのものに残されているかもしれない。俺はもう一度、このドールを調べなおした。太腿の付け根に、奇妙な英数字があるだけだ。この英数字に意味があるのかと検索エンジンにかけたが、ヒットなし。うむ……。


俺はそこでふと、この英数字はなんらかのパスワードではないのかと思いついた。ゲームとかの隠し要素として、ログファイル収集というのがある。世界観とか、モブの日常あるいはなにかを記録したデータだ。パスワード指定ということは、なんらかの電子データである可能性がある。この家で電子データを一括で管理させているのは……


「ファイルを」

『承知いたしました』


俺はスマートスピーカーに指示した。モニターは一番近くのケーテルを利用した。ケーテルの画面に、スマートスピーカーに預けてある全データファイルの一覧が表示された。ただの画像フォルダや、メモの断片などをデータ化したものが纏められている。ファイルの数自体はそれほど多くはない。ファイル名を見る限り、一目で特徴的なものはなかった。


だが、そう時間を遡る必要はない。ドールは何年も過去の代物ではないだろう。ドールそのものは限りなく新品に近い状態だった。ならば……俺は近い日にちのメモフォルダから片っ端から調べあげた。幸いにも、目的のメモはすぐに見つかった。ファイルの中にひとつだけ、『暗号化されたファイル』が格納されている。


ファイル名は末端を省略して、『国語と物語が人を時代で繋ぐ』とある。仰々しい名前だ。


「……時間、か」


記憶が気化するのがわかった。ここまできて……なにもかもが夢の中だったかのように抜け落ちていく。だがこのファイルを忘れるわけにはいかない。おそらく、パスワードはわかっている。俺はパスワードとこのファイルについてメモした。ドールの解明における最重要の手掛かりとして。



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