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14 変態騎士がわが家に来た

 翌日、家の食堂で家族と朝食を食べていると、メイドが困惑した様子で私のところへやってきた。

「ヒューゴ・サトクリフと名乗る騎士の方が邸に来られて、私用でお嬢様に会いたいとおっしゃっています」

「ありがとう。彼なら私の恋人だから、応接室にお通しして」

 私の作戦はうまくいったらしい。私はほくそえんだ。けれどメイドは目を丸くして、父が、ぶっと紅茶を吹き出す。

「どうしたの、お父様?」

 私は驚いた。

「何でもない」

 父はそう答えるが、動揺しているように見える。母は心配そうに私に問いかけた。

「イーサン殿下とちがって、誠実な男性なの?」

 私はうなずく。これは自信を持って言える。

「ヒューゴはいい男よ」

 母はとまどいつつも、安心したらしい。弟と妹は、あぜんとしている。妙な雰囲気になった食卓に、私は困った。しかしヒューゴを待たせるわけにはいかない。私はテーブルナプキンで口をふいて、食堂から出ていった。

 まずは自室に戻り、机の引き出しから例のものを取りだす。ハンカチにくるんで隠して、右手に持つ。次に応接室へ向かった。

 扉を開けると、ヒューゴはむすっとした顔でソファーに座っていた。テーブルの上には、高価なティーカップがある。メイドたちはヒューゴを賓客扱いしたようだ。彼は私に気づくと、顔を上げた。

「やぁ、シエナ。かわいい君に会いたくて、こんなに朝はやくに来てしまった。突然の訪問を許してくれ」

 怒りに引きつった笑みを浮かべる。ヒューゴは本気で怒っている。私は怖くなって、後ずさった。

「昨日、君が資料室から盗んだものを返してほしい」

 ヒューゴは低い声で言う。彼の視線はすでに、私の右手に注がれていた。

「ごめんなさい」

 私は反省した。ハンカチからナイフを取り出して、ヒューゴに渡す。ヒューゴは受け取って、ナイフをじっくり見る。まだ機嫌は悪そうだ。彼はあきれたようにしゃべる。

「殺人に使用されたナイフを盗むなんて、あの少女はヒューゴの恋人にちがいない。オリヴァーさんがそう言っていた」

 オリヴァーは昨日、応対してくれた騎士だ。

「もう君とは、会うつもりはなかったのに」

 ヒューゴはため息をつく。昨日、私は資料室で、ナイフを自分のカバンに入れた。ちょっとどきどきしたが、誰にもとがめられずに城から出られた。家に帰ると、ナイフは自室に隠した。

「私はあなたに会いたかったの。今、イネスはどうなっているの?」

 私は彼の向かいに腰かけて、たずねた。ずっと気になっていることだった。ヒューゴは顔を上げて、私を興味深そうに見る。私は重ねて質問する。

「イネスは王族よね? でも王子の証明であるナイフは、あなたが隠したままで……。イネスは、アイビーを殺した罰を受けるの?」

 アイビーのために、イネスが処罰されるか確かめたかった。ヒューゴは苦笑する。

「前にも言っただろう。君はだまされている。なぜなら、イネスさんは王族ではない」

「え? でもイネスには翼がある。乙女ゲームでも、アイビーとふたりきりのラブシーンでは、イネスは翼を見せていた」

 私はとまどって、反論する。

「翼は、僕にも君にもある。翼があっても、王族とはかぎらない」

 ヒューゴは笑って、自分の翼を出現させた。ならばイネスは王族ではなく、ただの貴族? 私は混乱してきた。

「なら、そのナイフは何なの?」

 ヒューゴはナイフに視線をやって、楽しげに両目を細める。

「僕も、このナイフにはだまされた。ただ事件の翌日、王家御用達の職人たちにナイフを見せた。このナイフは粗悪品、紋章も雑な作りだ。つまり、にせものだ」

 私は口をぽかんと開けた。ナイフをまじまじと見る。言われてみれば、安物っぽい。けれど、よく分からない。

「イネスさんはこのナイフを、一度も疑ったことがなかったのだろう。彼は紋章が本物と、自分が王子と信じていた。イネスさんの育ての親もそうだ」

 ヒューゴは、くすりと笑う。

「君とアイビーさんも、イネスさんが王家の天使と思っていた」

 うそでしょ、とつぶやきそうになった。でも確かに、乙女ゲームでもイネスは王子として、王城に迎え入れられたわけではない。ナイフの紋章も、ゲームではくわしく映っていなかった。私は脱力して、ソファーに沈みこむ。

「じゃ、イネスは何者なの?」

「イネスさんの母親は、ウェンディという名前の貴族の女性だ。彼女は夫のある身でありながら、浮気をしてイネスさんを身ごもった。浮気相手は同じく、既婚者の貴族だった」

 ヒューゴは紅茶のカップに口をつけた。それからまた話しだす。

「ふたりは相談して、産まれたばかりのイネスさんを平民の家に押しつけた。多額の口止め料と養育費とともに。それだけでは不安だったので」

 ある鍛冶屋に行き、ひとりの職人に紋章つきのナイフを作らせた。そのナイフをイネスに、王家の隠し子というウソとともに与えた。純朴なイネスたちは、そのウソを信じたのだ。

「イネスさんの出生の秘密を探るのは大変だった。本当に貴族は、私生児を隠すのがうまい。紋章つきのナイフを作った職人は昨日、捕縛した」

 ヒューゴは会心の笑みを浮かべる。私は、イネスの両親にあきれた。たかが浮気を隠すために、王家の紋章入りナイフを作らせるなんて。下手をすれば国家転覆罪で、死刑になってもおかしくない。

「職人を捕まえに鍛冶屋に行っているすきに、君がナイフを盗んだ。さすが僕の恋人を名乗るだけのことはある。とんでもない、じゃじゃ馬だ」

 ヒューゴは首をすくめた。私は、うっと言葉に詰まる。彼は私を見て、おもしろそうに笑った。

「イネスさんは今、ウェンディさんの所有する別荘にかくまわれている。あさってから裁判が始まる。アイビーさんが望んだどおり、イネスさんは裁かれる」

 私は、肩の力が抜けていくのを感じた。

「よかった。それを聞いて、安心した」

 私は笑った。ヒューゴもほほ笑んでいる。けれど私は、ふと思い出す。

「イネスが王子ではないなんて、アイビーがナイフを隠したのは無意味だったの?」

 私は困惑して、ヒューゴにたずねた。アイビーはイネスが王族と思って、命がけでナイフを隠したのだ。ヒューゴは少し考えてから、まじめな顔で答える。

「それは分からない。ただアイビーさんがナイフを隠さなければ、イネスさんの望みどおりの展開になった可能性もある。イネスさんを追い詰めたのは、アイビーさんだ。僕は彼女の指示に従ったにすぎない」

 もしもアイビーがナイフを隠さなければ、死体を最初に発見した私とアリアとエマが、犯人は王家の天使だ、イーサン殿下だと騒いだのかもしれない。ヒューゴはカップを手に取って、飲まずに皿に戻した。

「イーサン殿下は、イネスさんの裁判に関わる。殿下は、イネスさんは王族ではなかったとは言え、王族ならば犯罪をおかしても構わないというこの国の風潮が気に入らないそうだ。裁判終了後は、裁判制度の改革に取り組むとおっしゃった」

 ヒューゴはほほ笑んだ。彼は、裏のない笑顔をしている。きっとヒューゴは、イーサンの理想を支持している。私も、同じ気持ちだった。

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