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10 彼にだけは秘密をうちあける

 レノン家から王城へ帰る馬車の中で、ヒューゴはずっと考えこんでいた。私は、彼の向かいの席に座っている。

「どんないきさつがあって、街で暮らすアイビーを見つけたのですか?」

 事件とは関係ないと思うが、好奇心からたずねた。ヒューゴは意外そうにまばたきして、私を見る。

「国王陛下のご命令で、ムーア家の邸内で起きた殺人事件を捜査していたのです。そのときに当主の弟が、私生児のアイビーさんをほったらかしにしていることに気づきました」

「殺人事件ですか?」

 私はぎょっとした。前世のゲームでは、そんなものは出てこなかった。

「愛憎どろどろの、金のからんだ骨肉の争いでした」

 ヒューゴはうれしそうに事件を思い出す。私は顔を引きつらせて、身を引いた。

「事件は解決して、私は国王陛下に事件のあらましを報告しました。そのせいでムーア家は、私生児を放置していたことがばれました。貴族は本当に、私生児を隠すのがうまいです。しかし私たち第三隊にかかれば、簡単にばれますが」

 彼は得意げに笑う。

「ムーア家はさすがに気まずくなって、アイビーさんを家族として迎えいれたのです」

 私はため息をついた。一生、知りたくはなかった、乙女ゲームのプロローグの舞台裏だ。

「ムーア家は、家族仲は悪いのですか?」

「悪いです。またいつ天使殺しが起きても、おかしくないです。だからアイビーさんは、恋人探しに必死だったのでしょう。はやく結婚して、ムーア家から出ていきたかったのだと思います」

 彼の声は沈んでいた。アイビーの死に責任を感じているのだろう。アイビーの男あさりの理由を知って、私も気持ちが落ちた。彼女はほほ笑みの下に、苦しみを隠していた。私はまた、たずねる。

「生前、アイビーと話したことがあるのですか?」

「一度だけあります。ムーア家当主立ち会いのもと、アイビーさんにさきの殺人事件について説明しました」

 アイビーは最初、貴族の家に迎えいれられて浮かれていた。父親と暮らせることに喜んでいた。しかしヒューゴの説明を聞くと、どんどんと顔色が悪くなったと言う。

「当主はその席で、アイビーさんに花園に編入するように命じました。本妻の子どもたちと同じように、花園に通う権利を与えたのです」

 ヒューゴはそう言うと、それきり黙ってしまった。私も口を閉ざして、うつむいた。アイビーはそのときに、花園で結婚相手を見つけることを決意したのだろう。ふと気づくと、ヒューゴがまじめな顔で私を見ていた。私はどきんとする。

「イネスさんの反応を見るに、彼は翼を隠し持っているようです。それに彼が口にしたゲームについて、あなたは何か知っていますね」

 私は彼の目を見つめ返した。もう覚悟は決めている。私はしゃべり始めた。

「これは誰にも言わないでください。私はずっと、家族にも友人にも内緒にしていました」

 私は気持ちを落ち着かせるために、ひとつ息を吐いた。

「私には前世の知識があります。この世界は、私が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界です」

 私の説明を、ヒューゴは真剣に聞いた。だが理解しづらいらしく、ところどころ質問をはさんできた。

「この世界はチェスの盤上のようなもので、私たちはゲームのコマですか?」

「いえ、チェスというより、小説のようなものです。読み終わった小説の中に入りこんで、登場人物になって、初めから物語をやっているような感じです」

 ヒューゴはうーんと考えこんだ。

「私も、登場人物のうちのひとりですか?」

「あなたはゲームに存在しませんでした。私は悪役でした」

 アリアとエマは、名無しのモブキャラだった。

「悪役、それは楽しそうです。私も一度くらい犯罪をおかして、第三隊のみんなに追い詰められたいです。人生、運命、プライド、命をかけた本気の知恵比べ。想像しただけで、ぞくぞくします」

 ヒューゴはうっとりする。さすが変態。私は彼の発言を無視した。

「ゲームの中で、アイビーは主人公でした。イーサン殿下と恋に落ちて結婚して、物語は終わります。場合によっては、イネスやオスカーさんや、ほかの男性と結婚します」

 ヒューゴは目を丸くした。

「小説みたいなものなのに、結末が複数あるのですか?」

「はい。アイビーの行動によって、どの結末になるかが決まります」

 彼は困ったように、金色の髪をかいた。

「アイビーさんが誰とも結婚できなかったり、死んだりする結末もあるのですか?」

「誰とも結婚できないバッドエンド、――不幸な結末はありましたが、死んだり殺されたりはなかったです」

 ヒューゴは顔をしかめて、少し黙る。後ろで縛っていた髪が、ぐちゃぐちゃになっていた。

「その小説を読んだから、君はイネスさんの秘密を知っている。そしてアイビーさんも、その小説を読んだ」

「そうです」

 私は答えた。敬語ではなくなったヒューゴに、少しとまどっている。彼は途方に暮れて、馬車の天井をあおぎ見た。

「シエナの話は信じがたい。しかし信じた方が、つじつまが合う。君とアイビーさんは、周囲から同じように思われている」

 私は首をかしげた。アイビーと私の共通点は何だろう。ヒューゴは私に視線を戻して、

「大人びている、カンがいい、知らないはずのことを知っている」

 私は納得した。それらはすべて、私たちが転生者だからだ。

「しかし君もイネスさんも、間抜けだね」

 突然、ヒューゴが面と向かって、悪口を言ってきた。

「いきなり、何よ?」

 さすがに、むかっとする。私の口からも敬語がなくなった。

「凶器だよ」

 ヒューゴがにやにやと笑い出した。彼は座っていても、私を見おろしてくる。

「凶器がどんなものか、まだ分からない? そして凶器が今、どこにあるのかも気づかない。そして君は、――シエナとアイビーさんは、イネスさんにだまされている」

 ヒューゴの笑みは深くなる。分からないことばかり言われて、私は不安になった。

「古今東西、女性はその手の話に弱い。それともイネスさんも、だまされているのか。どちらにせよ、あわれだね」

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