いと推しいとこのお兄ちゃん
これはほんと書きたい。
……書きたいの……っ
「むかしむかしあるところに、シンデレラという少女がいました」
目の前に広げられた可愛らしいイラストを眺めながら、上から降りそそぐ声に耳を傾ける。
「シンデレラは毎日継母と姉たちからいじめられていました。友達は屋根裏部屋のネズミだけ……」
耳に入り込む従兄弟の声が頭の奥でじんわりと広がっていく。
その家が持つあたたかな雰囲気と穏やかな空気と背中から感じる三歳上の従兄弟の体温。
それは緩やかに押し寄せる波のように心地の良いものとなって私に安息をもたらしてくれる。
「ある日の朝、継母たちが大はしゃぎしていました。話を聞くとどうやらお城の舞踏会に招待されたそうです。もしかして私も行かせてもらえるのかも、そう思ったシンデレラでしたが継母に『アンタはもちろんお留守番だよ!』言われてしまいとても落ち込みました」
私にとって、物語を紡ぐ従兄弟の声は子守唄だった。
ゆっくりと、ゆっくりと、瞼が重力にならって下りてくる。
お兄ちゃんの声を聞いていると気付けばいつも微睡みの中。
お兄ちゃんにしてみれば私を寝かしつけるために読んでくれてるわけではないのだけど。
お兄ちゃんの足の間に座り、お兄ちゃんの胸元に背中を預け、お兄ちゃんの声で絵本の世界に浸る時間が私は大好きだった。
あれからもう何年だろう。
お隣同士だからお兄ちゃんにはいつでも会えたけど、大きくなるにつれて絵本を読んでもらうことも減り、いつしか二人きりの空間で過ごすこともなくなった。
思春期にもなれば当然だよね。男女というものを意識してしまうし、異性に対する付き合い方も幼い頃とは変わってしまうものだし。
そうして日々は過ぎ、私が高校生になった時にお兄ちゃんは上京した。
夢があったらしい。それは何か教えてもらえなかったし、何なら上京することさえ寸前まで知らなかった。
それが少し悲しかったし寂しくもあったけど、お兄ちゃんにはお兄ちゃんの人生があるしと納得した。その頃にはあまり顔を合わせることもなかったし。
しかしお兄ちゃんが上京したとなると顔を合わせる回数もガクッと減った。
減ったっていうかほぼ会えないに等しい。お兄ちゃんが帰省したタイミングで年に一回会えるか会えないかってくらいだから。
去年は受験で忙しくてお兄ちゃんに会えなかった。
そして今年。
高校を卒業した私はこの春上京する。
久しぶりに連絡を取り合ったお兄ちゃんからの申し出と母の提案もあって、思いもしなかった環境下で私の新しい生活が始まるんだ。