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お願いだからもうついてこないでください!何でもしますから!

第四回書き出し祭り参加作品

 表紙やパッケージのデザインってとても大事だよね。

 ジャケ買いとかする人って、それをひと目見て心を掴まれたから商品を手に取るワケで。

 少なくとも、私があの本を手に取った時はそうだった。


 至って普通の感情、普通の行動。


 ────その筈だったのに。




『計算でお待ちの、番号札十五番のお客様…………』

「……もったいないなぁー」


 微かに聞こえる店内放送と私の独り言が重なる。

 ここは働いて三年になる中古ショップ『ユーズドリンク』、そのバックヤード内。

 私はそこの一画に廃棄となる本やCDなどが詰まった箱を置きに来たところだったんだけど。

 ある一冊がどうしても気になって、そこから離れられなかった。


 妖艶な紫色に金細工が施された装丁。

 背表紙には箔押しされた見慣れない文字。

 まるで魔導書みたいなデザインがゲーム好きの私の心をくすぐってくる。


 この本はついさっき私が査定を担当した物の中にあって、その時からずっと気になってたんだ。

 異彩を放つっていうの? なんか、存在感がすごくて。

 古い漫画本の中にその見た目じゃ、目立って当たり前な気もするけど。

 なんかそれだけじゃないような気もして。


 だから、興味六割くらいの気持ちでその本を手に取って中身を見ようとした。

 どのみち査定のために書き込みなど無いか、確認しないといけないし。


 だけど何故か開けなかった。


 一番最初のページは開くことができた。

 しかし、その先はどうしてか捲れない。

 反対側から開こうとしてもだめ。実は収納箱ってこともなさそう。

 せっかく綺麗でもこれでは書籍として扱えない。


(こんなに気になるのは、持ち込んだお客様が変な反応だったからかなぁ?)


 理由と共に値段をつけられなかったことを伝えた時、例の本に対して見覚えがなさそうな顔してたんだよね。ちなみに中年の男性だったんだけど。


 その時は私が受付をした後すぐそのまま私が査定したし、だからお客様が持ち込まれた物の中にあったのは間違いない。

 他に査定待ちも無かったから混ざった可能性もなし。


(ま、気にしてもしょーがないか)


 値段がつけられなかった以上、商品化は出来ない。

 勝手に持ち帰るなんてのも勿論だめ。勝手に商品にすること、持ち帰りは不正になるからね。

 ……とは、思いつつも後ろ髪引かれちゃうのは何でだろう。


「あっ、古之屋(このや)さーん、次の査定入ったよー」

「はーい、今行くー」


 そこへちょうどいいところに同期入社のスタッフが呼びに来てくれた。

 私は返事をして思考を仕事モードに切り換える。

 例の本に向けてまた巡り会えますようにと願いながら、同期と共にバックヤードを出た。

 査定を待つ品々を前にした頃には、本のことは頭の隅に追いやってあったんだけど。


 再会の時は想像よりも早くやってきた。





 今日を終えれば待ちに待った有給消化!

 七日間の連休やっほい! ……なんて今朝は思っていたのに。


 私──古之屋モトコは恐怖に震えていた。


 始まりは退勤後のこと。


 間違いなく廃棄品の所へ置いたあの妖艶な本。

 それが何故か私のロッカーの中にあった。

 ちょうど今日は廃品回収日だったから、あの後トラックの荷台へ積まれた筈なのに。


 まさか誰かの悪戯?

 でもロッカーの鍵は各個人で管理しているから、貸さない限り開けられない。

 当然、私が持ち込んだワケでもない。


 一緒に退勤したスタッフに聞いても誰も覚えが無いって。

 この時はとりあえず本を廃棄品置き場に戻しておいたんだけど。



 次は、一人駅に向かう途中で寄ったコンビニで起きた。


 持ち金を確認しようと鞄を見たら、何故かあの本があった。

 ちゃんとしっかり新たに詰まれた廃棄品の上に置いたはずなのに!?


 流石に気味が悪い。でもお店に戻るのも億劫だったので、コンビニのゴミ箱へと突っ込みました。ごめんなさい。

 ついでに買い食いする気も萎えたので、私はそのまま駅へと向かった。


 今度はコンビニから数百メートル先の自販機の前で。

 実は奇怪な現象の連続に心臓がバクバクしていた。

 それで落ち着くために飲み物を買おうと鞄を開けたら……。


「ぅえええっ!?」


 もう恐ろしくて、変な汗出た。

 ここまでくればこの本に対する印象は最悪。

 もう気持ち悪くて仕方がなくて──空き缶専用と書かれたゴミ箱に突っ込んだ。ごめんなさい。


 それでも何故かこの本は私の元へ戻ってくる。私に還りなさいなんて言ってないのに。


 次は改札の前だ。

 悲鳴が出そうなのを必死に堪えて駅のトイレに投げ入れた。


 だけどもう諦めたのか、その後は本の姿を見かけなかった。

 電車の中でも、降りた後でも、その帰り道でも。


 だからもう大丈夫ってホッとしたのに。

 ヤツは先回りしていたんだ、一人暮らしをする私の部屋に。



「な、なんであるのぉ!?」


 恐怖からの解放にご機嫌で帰宅した私が玄関を開けた瞬間、落ちてきたモノ。

 Gだと思って腰を抜かした私の前に、あの本が転がっていた。

 まだ電気も点けていない薄暗い中では、本がギラギラと妖艶に光って見える。

 ていうか普通でないオーラを纏っているようにも見えなくない。

 まるでTHE闇のアイテムですって感じ。


 …………え、待って。


「もしかして、呪いの本……?」


 そうだとしたらこの不思議現象にも説明がいく。いやいって欲しくないんだけど。

 だってもし本当にそうなら、私はこの本に『取り憑かれている』ことになるよね?



「そんなのイヤァァ!」


 私は叫んだ。

 それから本を夕焼けに向けてスパーキング!!

 割と近い所でガシャーンって聞こえたような気がするけど、ごめんなさいそれどころじゃない!


 だって私……気ままに一人暮らししてるけど、ホラーとかそういうの大の苦手なんだよぉおお!

 ホラゲ実況だってコメント付きな上に昼間じゃないと見れないし、映画なんて絶対無理! テレビの恐怖体験特集だって見てやらないんだからぁ!!

 それくらい駄目なのにこんなホラーな現象が私自身に起きたらもう一人暮らしできなくなっちゃうじゃん……!


 どうかもうこれ以上ついてこないでと、私はガクブル震える足でなんとか部屋へと上がる。

 震え過ぎて靴を脱ぐのも時間が掛かった。


 ドアを締めると途端に真っ暗になった部屋が怖い。

 しかし電気を点けるまで安心できないのも事実。

 ああ、早く淡い蛍光灯の光に包まれてホッとしたい。

 そんな思いで私は壁を探るようにスイッチを押した。


「…………ん?」


 手のひらにスイッチじゃない感触。

 明るくなった視界の端に紫色。

 嫌な予感と共にさあっと血の気が引いていく。



 もう察して頂けたことだろう。


 外にぶん投げた筈のあの本が。

 今。

 私の手の下に。



「イヤァアアアアアア!!!!」



 人生史上最も悲鳴らしい声が私の口から飛び出た。

 さぞ近所迷惑なことだろう。もしかしたら警察を呼ばれちゃうかもしれない。でもそんなこと気にしていられない。


 だってだって!


「もぉおおおおお!! 何で私に付き纏うのぉおお!? 明日から連休でわくわくしてたのに、楽しみな気持ちを返してよぉお!! 楽しいお休みの始まりにさせてよぉおお!!」


 私はその場に頭を抱えて蹲り、膝の中で叫んだ。


 もうやめて! 私のSAN値はもうゼロよ!

 ていうか、こんな恐怖に見舞われて私が正気を保ってなんかいられるワケがない!


 だから私は恐怖に屈した。

 それがふわふわと宙に浮いていることに気づきもせず、膝を揃え床に三つ指ついて額を床に打ちつける。


 つまり、土下座。


 私は必死に叫んだ。



「お願いだからもうついてこないでくださいぃいい! 何でもしますからぁあ!!」



 ────あら、今何でもするって言ったわね?



 するとゾクリと鳥肌が立つような色っぽい声が響いた。

 え……? と更なる恐怖の予感に恐る恐る顔を上げてみれば、そこでようやく本が浮いている事に気付いた。

 茫然と見上げていると本がパカッと開いて、風に吹かれたようにパラパラとページが捲られる。

 白い紙に浮かび上がる見慣れない赤色の文字。

 ずらずらと書き連ねられたその文字がカッと光った瞬間、紫色の煙がぶわああっと溢れ出てきた。


「ぎゃあナニコレ!?」


 視界一面あっという間に紫煙に覆われた。

 ワインレッドの光が、ライブ演出にあるようなレーザーライトみたく四方八方へと伸ばされる。

 それが私の目にも直撃しようとするもんだから、つい目がァァッてやるとこだった。それどころじゃないわ、私の馬鹿。


 紫煙の向こうでバサリと何かが羽ばたく。

 煙をスクリーンに、妖艶な光と蛍光灯で映し出されたシルエットは──天使?


「やぁっと出られた。ホント、窮屈だったわぁ……」


 色気のある声、再び。

 天使が髪を掻き上げると、さらりと翻った髪で紫煙がふわりと払われた。

 本の表紙と同じ色の紫髪、二次元からそのまま飛び出てきたような中性的で整った顔。

 細いけど逞しさのある胸板、程よく引き締まった腰回り。



 そして、────ぶらぶらなすび。



「ハァイ、子猫ちゃん。アタシのためにしっかり働いて頂戴ね?」


 紫煙を払って現れた黒い翼。

 その持ち主の天使(オネエ)は全裸だった。


「な、なす……」


 私には少々刺激が強過ぎた。

 もう限界だと私の頭の中がなすびで埋め尽くされた瞬間、私の意識はぷつりと途絶えた。

こちら『堕天使なオネエとオタクな私の恋活七日間』というタイトルで連載中です。

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