メモ帳
____20XX年、とある極秘の政府計画が始動された。
《Angelic Sacrifice》天使の生贄
この計画は、街一つを使用した壮大な実験となった。
《__神の年__》に生まれた子供を対象とした実験は、政府の中でも様々な反対を受けた。
___何も知らない子供を被験者としていいのか。
___人権を無視した非道な実験ではないのか。
しかし、その反対意見は次第に無くなっていった。
__________反対した者たちが、次々に死んでいったのだ。
《死神の生贄》とも称された計画は、子供たちの成長とともに準備を進めていった。
次の神を探すために。
争いのない世界のために。
_________少年少女たちの死を生贄として。
《Angelic Sacrifice》、始動。
あと20分、まだ余裕っしょ。
斑鳩茜は、3枚目のトーストを頬張る。蝉の鳴き声が、一段と煩かった。
いつもと変わらぬ風景で、茜は朝の時間を過ごす。
うん、さすがに4枚目はやめておこう。
『ごちそうさま。』
そう言って席を立つと、母親が「あ、そういえば」と話しかけた。
「今日は遅くなりそうだから、ご飯作っといてくれる?」
ご飯かぁ、今日は炭にならないといいな。
たびたび茜はこういう日がある。母は仕事が忙しく、遅くなる時は茜にご飯を作って自分で食べるように頼んでいるのだ。
母子家庭なので、家計は厳しい。食べていくのに、残業手当は必要不可欠だった。
それを茜も、痛いほど分かっていた。
しかし、茜は料理が得意ではない。前回はオムライスを作ったはずなのに、できたのは真っ黒い、食べられるとはとても言えない物体を作り上げた。茜は、少し悩んだ。
また夜ご飯無しとかいやだな。
でも、お母さんにご飯を作る時間はないだろうし、どうしよう。
茜が答えあぐねていると、母親が「茜?聞いてる?」と回答を求めた。
『あぁ、私作るよ。大丈夫。』
あ。言っちゃった。
母親は回答を聞くや否や、「うん、じゃぁカギ閉めよろしくね。」と急いで家を出て行った。
しゃーない、今日もオムライスにするかな。
今日できるオムライスは炭か、はたまた死のオムライスか。茜は少しだけ思案した。
ふと時計を見やると時刻は8時を回っていた。よし、行こう。
『行ってきまーす。』
誰もいない家に一人、声だけがこだました。
斑鳩茜、14歳。今をときめく華の中2。
このままずっとこの日常が続いて、やがては卒業する。そう思っていた。
テレビの向こうの惨事を伝えるニュースなど、所詮他人事。どこか遠いところで、自分の知らない人が知らないうちに死んでいく。
絶対に、自分には起こらない。なんてね。
じりじりと蒸し暑い太陽が、茜の肌を刺す。
____夏が、すぐそこまで迫ってきている梅雨明けの6月だった。
外へ出ると、蒸し暑い空気が茜の体を覆った。
蒸し暑っ。
このまま学校をさぼってしまおうか、とも考えた。
しかし、バレたら母親と教師のお説教が面倒くさいなと思い、仕方なく学校への足を進めた。
交差点に立つおじいさんに『おはようございます』と声をかけた。
朝から頑張ってんなー。そこまでして子供と触れ合いたいか。
嗄しわがれた「おはよう」を流し、茜は歩く。
本当に何にもないや。この町って。
茜の住むこの町は、はっきり言えば何もない町だった。
ただ山があって、川があって、そこにひっそりと佇む町。
この真那川町まなかわちょうは、それだけしかなかった。
あぁ、せめてショッピングモールの一つでも建ってくれないかしら。と愚痴を零し、裏路地を抜ける。
川沿いの舗装もされてない、細い道が見えてきた。よし、もう少し。
じゃりじゃり、と靴底から振動と音が伝わって来る。
歩いて3分位経っただろうか、見慣れた校舎が姿を見せた。
学校が近づくにつれ、茜は異変に気づき始めた。
『いつも、こんなに静かだっけ?』
音がしない。
いつもはこの時間なら、正直うるさいほどに生徒たちの声が聞こえてくるはずなのに。
今日、祝日だっけ。
しかし、昨日は何も言われてはいないので、そんなはずはない。
どんどん校舎は近づいてくるも、一向に生徒たちの声は聞こえてこない。
静寂に包まれた校門をくぐり、下駄箱へ向かう。
『あれ。』
何故か、私のクラスだけ全員揃ってる。
いつもは学校に来ないクラスメイトでさえ、学校に来ている。
茜は、なにか不穏な空気を感じる。
その感じ取った不安は、ついに現実となる。
クラスメイト以外の靴が、無い。
他のクラスの靴も、他の学年の靴も。
『何、これ・・・。』
嫌がらせ、のレベルじゃないよね。
明らかにおかしい校舎は、まるで化け物のように感じた。
しかし、クラスメイトは全員集合している。
きっと何かあったのだろう。
何かが、あってほしい。
じゃないと、この状況を、私は受け止めきれない。
焦りが、冷や汗となって茜の肌を伝う。
クラスメイトがいる、という安心感を探し、茜は教室へ向かっていった。
教室に上がるぎしぎし、という階段の音すら、不気味に感じた。
いつもは騒がしい学校も、音ひとつしない。
『一体、どういう事…?』
茜はさらに不安を募らせる。確かに、カレンダーの日付は金曜日を指していた。
間違いなく、今日は学校の日だ。
私の心配を他所に、階段を上る足は止まらない。
ぎしぎしと、不気味な音が響く。
まるで、見えない何かが其処にいるように。
茜は、視線を感じた。
後ろを振り返るも、人影はおろか塵ひとつない。
それが、もっと不気味に感じた。
『あれ』
予想どおり、私のクラス以外の教室は鍵がかかっており、人は一人もいなかった。
その代わりに、私のクラス__2年3組だけ、電気が付いているのが見える。
燦々(さんさん)と降り注ぐ教室の電気だけが、何故か懐かしく思えた。
きっとみんな居る。誰かに、とにかく会いたい。
教室のドアを開けると、クラスメイト全員が、椅子に座っている。
いつも通りな訳はなく、皆口を閉ざし、黙って机を凝視している。
集団行動__
そうふと思い、茜は少し背筋が凍った。
皆が同じように、同じ事をしている光景。
ぴったりと揃う姿は魅力的だが、またロボットのような無機質さも感じられる。
その光景にドアの前で立ち尽くしていると、クラスの学級委員__生徒会長でもある
瀬河が、口を開いた。
「早く座れ、お前が最後だ。」
_____何が、起こっているの?
『ちょっと待って瀬河、これ何?どうしたの?てか他の皆は?』
私が素直に疑問をぶつけると、ゆっくりと諭すように、瀬河は語った。
「何かは俺はわからん。だけど朝来たらこうだった。
お前も早く座れ、もうすぐチャイムが鳴る。」
そう告げると、瀬河はもう口を開かなかった。まるで、何かに怯えるように。
多分、瀬河の言うとおりにしたほうがいい。茜は直感的に思った。
とりあえずカバンを乱雑に置き、筆記用具も何も持たずに机に座った。
一体、何が始まるんだろう。
外は、柔らかな太陽光が降り注ぎ、小鳥のさえずりが聞こえる。
逆に、ぴんと張り詰められた教室の空気は、もう少しで千切れそうだ。
耐えられないと思った。心臓が高鳴り、厭な汗が額をつぅと滴る。もうそんな時期だ。
それでも耐えた。此処で立ち上がれば、皆の視線に撃たれる。
…どのくらい経ったのだろうか、いきなり一人の男が入ってきた。
「全員、揃ったようだな。」
___一体、誰だろう。
いかつい体付きで、身長は優に190を超えているだろう。
サングラスで目こそ隠しているものの、鋭い眼光が教室を刺す。
「どういう事ですか、説明してください。」と言い立ち上がったのは瀬河。
瀬河も180と学年で一番身長が高いが、その差は歴然だった。
「ガキは黙ってろ、今から説明するんだ。」と大男は言い放つ。
苦虫を噛み潰すような顔をし瀬河が座ると、大男は説明を始めた。
「俺は政府から派遣された人間…いわゆる《秘密警察》みたいなものだ。
今日はお前らに実験の手伝いをしてもらう。異論は許さん。
繰り返す、異論は許さん。これは世界が掛かった実験なんだ。」
緊張が切れた教室が、ざわざわと騒ぎ出す。
いきなりのことで、全く頭が回らない。
政府?秘密警察?実験?関係ないような語句が、次々と頭の中を駆け回る。
「で、その具体的な内容は」と瀬河。こんな時でも狼狽えない瀬河は、やはりリーダーだ。
大男は一瞬躊躇ったが、すぐに正気になり、一呼吸おいて言葉を絞り出す。
「殺し合いだ」
しんと教室が静まり返り、すぐに教室はすごい勢いで騒ぎ出す。
「はぁ!?」「ふざけんな!」「何なの!?」
耳を劈くような叫び声、怒号。泣き出すものまでいた。
不思議と、私は恐怖を感じなかった。
あぁ、そんなことか、と。
多分私はその状況を理解できなかったのだと思う。
酸欠のようなぼうっとした視界で、ただ醜い喧騒をただ見つめていた。
足掻いたところで何も変わらないのに、と。
これは一つのゲームだ。
主人公という一つの椅子を取り合うゲーム。
その椅子に座れなかったものは、ただのモブキャラとしてその生涯を終える。
…一体、その椅子には誰が座るのだろう。
と私の思考は、一つの怒号でかき消された。
「ふざけんなよ!こんなの俺はやらねぇぞ!」
そう言ったのは立花。クラスのお調子者だが、芯は強い人間だ。
「そ、そうよ!」「俺も嫌だ!」と、クラスメイト数人が立花に続いて出て行こうとする。
あぁ、駄目だ。行かないで。
声が出なかった。
足は震え、渇いた口からは「あ、あぁ」というちいさな嗚咽しか出てこない。
駄目だ、そこを越えたら死んでしまう。
刹那、数発の銃声が聞こえた。
それが立花たちに向けられたものだとは、数秒後に全員が悟った。
数発の銃声と共に、立花たちは「****」と声にもならない呻き声をあげ、
その場に崩れ落ちる。
更に悲鳴は数と大きさを増し、誰かの発した金切り声が耳を掻き切る。
当然のことだろう。人が死んだ。まさに今、目の前で。
他人ならまだしも、クラスメイトという密接な関係にある人物が死んだのだ。
『………ひっ』
吸い込んだような悲鳴をあげ、その場に膝から崩れ落ちる。
分かっていたのに、何もできなかった。ただ見ていただけだった。
喉からどんどん水分が出て行くのがわかる。
からからになっていく喉は、不思議と水分を欲さなかった。
その場に倒れたのは8人。4分の1が死んだ。
倒れたところが血で染まっていく。赤い、これが血なんだ。
人の死すら見たことがない私たちが、目の前で大切な人たちを亡くしたのだ。
吐瀉物がこみ上げてくるのを、必死に抑える。酸っぱい臭いが、口の中に立ち籠める。
乾燥した口内が、さらに吐き気を催した。
しばらくすると、悲鳴は聞こえなくなり、また教室はしんと静まり返った。
恐怖からなのか、それとももう頭が回らなくなったのか、呆然としている私たちを他所に、
大男たちはまた会話を続ける。
「やらないとこうなる。言っただろ、異論は許さないと。これは神聖な実験なんだ。
で、やるのか?やらないのか?」
未だ銃を持つ右手が、ピクッと小刻みに震える。
その鋭い眼光に、また私たちは凍りつく。
逆らえば死ぬ。殺し合いに参加しても、生き残るのは一人。
その瞬間、全員の脳裏に同じような言葉がよぎっただろう。
《生き残るためには、殺せ___》
「…………やるよ。どうせそっちしか道はないんだろ?」
と誰かが言った。
「ふん、最初からそうすればよかったんだ。」と表情が少し柔らかくなる大男たち。
クラスは32人、そのうちの8人が既に死んだ。
残りは24人。生き残るためには、23人殺さないといけない。
もう友情や恋愛なんて関係ない。
生き残りを賭けた、デスゲームだ。
一瞬、私は震えた。
それは恐怖によるものだったか、はたまた歓喜の震えだったのかはずっと分かることはない。
けれど一つだけわかる。
もう、元には戻れないこと。
かくして、総勢24人のデスゲームが始まった________
「では詳しく説明しよう。まずは席につけ。」と大男は告げた。
さっきのパニックでガタガタになった机を並べ、私たちは席に着く。
ぽっかりと8人の机だけ空いていることは、誰も言わなかった。
8人…だったものは、またサングラスを掛けた男たちに運ばれていった。
運ばれた後にどうなるのかは、私は知らない。知る由もない。
全員が席に着いたのを確認すると、大男は口を開く。
「紹介が遅れたな、俺はゼロとでも呼んでくれ。この実験の総責任者と言ってくれていい。
これはただの殺し合いではない。お前たち、大天使は知っているな?」
全員が同時に頷く。私も遅れないように、ちゃんと頷いた。
大天使とは、この世界の統治者。
100年前に大きい戦争が起きて世界は壊滅状態にあった。
そんな時に現れたのが、大天使だった。
荒廃した土地を元のとおり緑豊かな土地に変え、戦争に関わった者たちを抹消した。
そして大天使は世界を統治し、誰もそれに異論を唱える者はいなかった。
___それから100年、大天使は代を変えながらもこの世界を統治し続けている。
確か、大天使は親から子へ継承されるものではないといつか授業で言っていた。
何かテストのようなものをし、それで継承者を決めていると___
「で、ゼロさん、その大天使様と僕たちに何の関係が?」誰かが言った。
「大天使は継承の時、テストをすると習っただろう?
そのテストが、これだ。」
厭な予感が的中した。大天使になる道のりなど、そう簡単なものではないと分かる。
「殺し合いがただの体力勝負だとでも思ったのか?
体力も勿論、知力や運も最大限に利用する。継承にはもってこいと言えるだろう。」
「けれど「話はここまでだ。」
急にゼロは話を遮った。
「ここから先は、生き残ったものにしか教えることはできない。
それに、今何を知ってもお前たちは参加するしかないだろう?」
厭らしい笑みを浮かべ、サングラスを上げるゼロ。全く、最低な人間のクズだ。
「簡単なことさ、生き残ればいいんだ、どんな手を使ってでも。
裏切るも信じるもお前たち次第。
どっちみち逃げ場なんてないんだよ。」とまたわざとらしくサングラスを上げた。
ふと周りを見ると、辺りは緊迫した空気に包まれていた。
そんなに張り詰めなくてもいいのに、と思いながら、私は視線を前に向けた。
「では次にルール説明だ。今から1人1枚プリントを配る。
失くすなとは言わないが、失くしたら困るぞぉ。」と薄ら笑いを浮かべた。
本当、厭な奴。
1人1人丁寧に配られたプリントには、ゴシック体の字でこう記されてあった。
《Angelic Sacrifice ルール》
其の壱 学校の敷地内はどこまでも使用可。
但し、敷地外に出た場合は失格とし、その場で抹消される。
其の弐 生贄たちは支給された武器の他に、学校に置いてあるものであればなんでも使用可。
敷地外に出た場合は使用はできなくなる。
其の参 この場には、あらゆる人権、法律、憲法は無いものとする。
リミットは月が昇るまで。
それ以降も勝負が続いた場合、明日へ持ち越しとする。
その時間帯はいかなる場合でも殺傷は禁止。
生贄に、神の救いあらんことを___________
生贄…ね。胸糞悪い。
『質問、いいですか?』と茜が手を挙げる。「どうぞ」とゼロ。
『この《支給された武器》とは何ですか?』
「今から一人一人に武器を支給する。種類は違うので殺して奪うもよし、交換するのも良し。それはお前たちの自由だ。それじゃぁ適当に並べ。」
どこからか、黒いスーツケースを持った男たちが現れた。
多分あの中に支給される武器が入っているのだろう。
名称のわからない器具からナイフ、大きい銃のようなものがクラスメイトに手渡されていく。
次は私の番だ。
『斑鳩 茜』と自分の名前を確認され、武器を手渡される。
『まじか…』
私に手渡されたのは、150センチちょっとの私の身長と同じくらいのサイズの大鎌。
優に30キロはあるだろう。一人じゃとても持てない。
『これは選択ミスだな。』と呟くと、
「なんだ、交換してもいいんだぞ?お前のサイズじゃ無理だろう。」と笑われた。
かなり癪に障ったので、『このままでいい。』とつい悪態をついた。
本当、やなやつ。
しばらくして、クラスメイト全員の手に武器が握られた。
ゼロは満足そうにニンマリ笑い、呟いた。
「では、ゲーム開始だ。」
その瞬間、地獄から鳴り響くように深いチャイムの音が、教室内を揺らしていった。
そのチャイムが鳴り響いた瞬間、23人はそれぞれ蜘蛛の子を散らしたように教室から
いなくなった。___私以外は。
考えろ、焦れば終わりだ。
生きて帰らねばいけない、私には愛する人がいるんだ。
そう目を閉じた瞼に出てきたのは母の姿だった。「茜。」と優しく微笑みかけられる。
こんなところでは死ねない。
頬をぱしっと叩き、まだ教室に残っていたゼロに語りかける。
『ねぇ』
「何だ」
『なぜ私たちが選ばれたの?』
「言っただろう、秘密だ。」
『戦う理由がない』
ゼロはわざとらしいため息を吐き、たちまち口元が歪んだ笑顔に変わる。
「死ぬんだよ、大天使が。」
大天使になれば寿命は短いらしく、寿命は僅か20年。
しかし私たちはまだ大天使が崩御する時を生きてはいなかった。
だからこそ、大天使が死ぬといった時は酷く驚いた。
『そういうこと。じゃぁ私も行く。』と教室を出て行こうとすると、ふと呼び止められた。
「おい」
『何』
「死ぬなよ。」
『殺し合いをするといったのはお前らのほうだろ。』
そう言うと、ゼロはもう私のほうを向かなかった。全く、変なやつだ。
秘密だといったのに喋ったり、殺し合いを始めながら生きろと言ったり。
何処かで会ったような気もする。___まぁ、いいか。
重い鎌をずるずると引きずり、教室を出て行く。
ドアを閉める瞬間にゼロが何か言ったような気がしたが、鎌の引きずる音で掻き消された。
「死ぬなよ、茜。終わったら、きっと__________________」
* * *
思ったよりも広い校舎は、非常に静かだった。
足音だけでもバレる、そこの角に誰か隠れているかもしれない。
ありもしない不安が、茜を襲う。心臓は速く鼓動を脈打ち、厭な汗はとめどなく溢れる。
とりあえず、何処か教室の中で隠れていたら___
私が選んだのは生徒会室。
すぐ近くに渡り廊下と階段があり、敵襲の時には逃げれる。
鎌を持って走るわけにはいかないので、非常時用に、と近くにあったカッターナイフを
ポケットに突っ込んだ。
ドアのすぐ前にもたれかかり、いつでも行動できるように備えておく。
少し鼓動が落ち着き、冷静になると自分の行動が馬鹿らしくなってきた。
あれ、私何やってるんだっけ?殺すとかバカバカしくない?
と思った時だった。再び鼓動が鳴り出す。
足音がする。階段を登ってきてる。
ヤバい_________茜は思わず、鎌を構えた。
鎌を持つ手が、心なしか震える。
殺さないと、死ぬ。
そんな思いが頭をよぎる。
きっと私の体格では、ほとんどのクラスメイトには勝てないだろう。
あれ、なんで戦う前提で考えてるんだ。もうおかしくなったのかな?
来てほしくない。
そんな思いとは裏腹に、階段を上る足音が近づいてくる。
足音的に、そこまで大きい人ではない。
隙を突けば、_______殺せる。
呼吸を落ち着かせ、鎌を持つ手に力をかける。
足音が、生徒会室の前で止まった。
そして扉に手が掛けられ__________________
『優雨?』
「え、茜。」
鎌を持っていた手から力を抜いた。
《青陰 優雨》__私は優雨と呼んでいる。
小学校の頃からの親友で、同じクラスになれた時は喜んだものだ。
彼女の手には____『何それ』
思わず聞いた。そんな武器もあるのか、と少し拍子抜けした。
「モーニングスターだって。私も初めて聞いた。」
どうやら棍棒に棘がついたような武器だ。まるで鬼が持つようなものだと思った。
「それ…鎌?」
『あ、うん。結構重い。』
正直、怖かった。
いつもは見慣れているクラスメイトでも、いつ牙を剥くか分からない。
油断すれば、殺されると思った。
「それにしても」と優雨は話を切り出した。
「正直茜に会った時、怖かった。いつでも殺せますよー的なオーラ放ってた(笑)」
『私も。でもちょっと安心した。』
よかった。優雨も私と同じだった。まだ状況が信じられなくて、ただすべてに怯える
子羊のように。
「正直分かんないけど…私は殺さないから、安心して。」
優雨の顔がほころぶ。うん、いつもの優雨だ。
思わず私もほころんだ。『私も。親友なんて殺せるわけないじゃん。』
と、二人でつい笑ってしまった。この状況でも、まだ笑う余裕はあった。
「絶対、生き残ろう。」と優雨が手を差し伸べる。
私は、しっかりとその手を掴んだ。
「私、ちょっと外見てくる。すぐ戻ってくるから。」と生徒会室を出て行った優雨。
あ、武器忘れてる。危ないって。
伝えようとして、顔だけを覗かせる。
『優雨…?』
優雨がいない。
きっと階段で降りたのだろう。
私はひたすら、優雨の帰りを待った。
しばらくして、優雨が戻ってきた。
『おかえり、どうだった?』
「特に何もなかった。静かだね。」
と優雨が階段のところから呼びかける。
その時、私は気づいてしまった。
優雨の背後に誰かいる。それも大きい。
よく見えない私は目をこする。瞬間、血の気が引いた。
『優雨っ!今すぐ逃げて!!!』
後ろにいたのは本田 嶺二。野球をしており、身長は瀬河並みの大きさ。
しかも体格だけなら瀬河に負けず劣らずだ。
それだけならよかった。
本田は、手に大きな斧を持っていた。
斧の刃先は、血で赤黒く染まっている。
優雨は何が起きたのか理解できず、首を傾げている。
武器。武器は。
____ここにある。優雨は武器を持っていない。
私の豹変に驚いたのか、優雨は後ろを振り返ろうとする。
刹那_________
本田の斧が、優雨の背中を切り裂いた。
何が起きたのかわかっていない優雨は、直立不動の姿勢でこちらを向いている。
口から血が溢れ出し、そのまま無言で崩れ落ちる。
「*********」
何か伝えようとしているが、その声は本田の一振りで再び遮られた。
私は助けることも逃げることもできず、凍りついたまま一部始終を見ていた。
__人って、こんな簡単に死ぬんだっけ?
優雨の付近に広がった血だまりを踏みつけ、本田は悪魔のように笑う。
「お前で3人目だよ、青陰。」
* * *
本田の落とした視線は、次は私に向けられた。
「次はお前だよ。」
脳がパニックになる。
気絶することもできず、視線は虚無を彷徨う。また酸欠になった視界で、酸っぱさが
口の中を支配する。
『げgげrrごjrえぼうぉえrrrrr』
どうしても我慢できなかった吐き気が、床に放出される。
今日、トースト3枚食べたっけ。とふと思い出す。
「おいおい、汚ねぇな。」と本田は笑う。
口元を持っていたハンカチで拭き、思わず叫ぶ。
『頭おかしいでしょ!?なんでそんな簡単に殺せるわけ!?』
「俺だって最初、立花が殺された時はそう思ったよ。
でも生き残るためには最後の一人にならないといけないんだろう?
なら俺は殺すよ。もう頭がおかしいんだとは思うんだけどな。」
と口元を歪ませ、嘲笑した。
引きつったような笑いが、また一層不気味だ。
それ以上はもう何も言えなかった。
本田もそれをわかっていたからか、続けた。
「だからよ、お前も大人しく殺されてくれねぇか?」と。
『そんなの出来る訳無いじゃん』と茜が吐き出した。
土砂物を制服の裾で拭き、真っ直ぐに本田の方を向く。
本田はにやりと口元を歪ませた。
「だよな。さっき殺したやつもそう言ってたよ。」と本田はクラスメイトの名を出した。
『…卑怯だ』
クラスメイトは、優雨と力の無い女子2人だった。
本田と勝負するなど、男子でも苦労するのに女子では手も足も出ないだろう。
「生き残る為だよ。俺が死んだら家族が路頭に迷う。」
なるほど、そうか。
噂でちらりと聞いたことがある。本田のうちは父親が蒸発し、あまり体が丈夫ではない母と
幼い弟がいる。
そのため、本田が中学生では恵まれた体格を活かし、アルバイトをしているという。
「俺だって本当はクラスメイトなんか殺したくなかったんだよ…
でもさ、見ただろ、立花たちを。」
『見たよ。』
「殺さないと生き残れないんだよ。これはそういうゲームなんだ。だからよ。」
本田は斧を持っていた手に力をさらに込めた。筋肉が収縮しているのが、こちらからでもはっきりと分かる。
「大人しく殺されてくれよ、お願いだ。」
___________そう言って斧を振り上げた。
* * *
咄嗟に持っていた優雨のモーニングスターを頭上にかざす。ガチンと金属と金属がこすれ合う音が廊下に響き渡る。
斧の当たる衝撃は強く、たった一撃でモーニングスターは粉々に砕け散った。
ありがとう優雨、助かった。
心の中でそう念じながら、素早く立ち上がる。鎌はあまりにも重いため、仕方なく置いていくことにした。
____この時の私は、何故か酷く冷静だった。
殺されるという恐怖よりも、どうやれば殺せるのかを考えていた。これが洗脳かと思った。
「ぐぁぁぁぁぁ!」
訳のわからない雄叫びを上げて突進してくる本田を、低い身長を活かし、かがんで躱す。
本田が振り返るよりも早く、階段を駆け下りる。
早く、速く。
正直体格は違いすぎるし、基本的な体力も本田とは比べものにもならない。
でも、こっちには知力がある。本田になくて、私だけにあるもの。
走りながら、ひたすら対策を考える。息が苦しくなり、肺が悲鳴をあげる。
だんだん尽きていく体力とは裏腹に、本田はその体力と瞬発力でどんどん加速していく。
あと間隔が3メートルもなくなった時、茜の目には長い渡り廊下と、その先の窓が見えた。
行ける。
茜はその窓に向かって、ひたすらに走った。
目の前に見えてくる、大きい窓。ここならできる。
本田が私の襟を掴もうとした、その時________
『残念だったな、本田。』
窓の直前で、しゃがむ。急ブレーキがかけられなかったため、体は壁に打ち付けられた。
鈍い痛みが体に走る。必死に耐えた。
「えっ」
本田も目線を私の方に向けた、その一瞬のことだった。
窓は下1メートルくらいが壁で、そこから上は1.5メートルくらいが窓だ。
本田は頭からガラスに突っ込んだ。
止まらなかった本田の体はそのままガラスを割り、空中へと投げ出された。
ガラスの破片が、腕を掠めた。
たぶんこれで、封じれる。
3階から落ちる衝撃は、たとえ普通の人間なら耐えられないだろう。
それでも本田はしぶとかった。窓のふちに手をかけ、ぶら下がるような状態で
どうにか耐えている。
「ぐぁぁ…」
体重が70くらいある本田は、自分の体を支えるので精一杯だった。
上がってくるような気配はない。
「頼む…助けてくれ…なんでもするから…」
涙目で懇願する本田は、さっきまでの鬼気たる表情とは一転していた。
『アホか。優雨を殺したくせに、何ぬかしてんだか。』
やっぱりクラスメイトを殺すのには抵抗感があるが、今はそんなこと言ってられない。
第一、こいつは優雨を殺した。何も戸惑いなく。
ポケットからカッターナイフを取り出し、刃を出す。
その瞬間、ぶら下がっている本田の顔は一気に青ざめていった。
「おい…止めてくれ…頼むから…」
まずは一本。
本田の左手の中指を突き刺した。肉の感触が伝わってくる。
「痛いっ!やめろ、やめてくれ!!!」
血はとめどなく溢れ、抜いたカッターナイフの刃には血がべっとりとついている。
にほーん、さんぼーん。
人差し指、薬指とどんどんカッターナイフを刺しては抜いていく。
この手が、この手が優雨を殺した。
積もった恨みが、刺す手をどんどん強くさせる。
「痛い痛い痛い痛いイタイ痛い」
本田が苦痛に顔を歪ませる。小指を刺した時、片手が窓のふちから離れた。
「頼む…止めてくれよ…」
本田は泣いていた。涙が頬をどんどん伝っていく。
『男のくせに泣いてんじゃねーよ。』
次は右手。もう戸惑いなんてなかった。
一本、二本。
カッターナイフの刃がいくら折れようとも、茜はその手を緩めなかった。
それはまるで狂気だった。
茜はただカッターナイフを振りかざしていた。
血が制服についても、何も反応しなかった。
自己防衛のための攻撃が、だんだん憎しみの攻撃へと変化していく。
『憎い…お前なんかに優雨は殺された…憎い憎い憎い』
そうして、刃が右手の薬指を刺した時だった。
「********」
本田がうめき声をあげ、足をばたつかせた。
顔を振って抵抗していたため、涙が茜の頬に飛んでくる。
右手も窓のふちを離れる。なす術もなくなった本田は、重力に沿って落ちていった。
骨の砕ける音が下の方から聞こえた。多分下は酷いことになっているだろう。
『…』
何も感じなかった。
本田が大切な親友を殺したからなのか、はたまた狂気の沙汰だったのか。
視界に入れる気もなく、その場を後にした。
* * *
生徒会室へ戻る途中、やはり其処には優雨がいた。
体こそ切断されているが、死ぬ瞬間の整った顔がそのまま床に横たわっていた。
『優雨…敵はとったよ。』
優雨の優しい「ありがとう」が聞こえた気がした。
茜は優の目を手のひらで多い、瞼を閉じさせる。
血溜まりの中にいなければ、まるで眠っているかのような安らかな顔だった。
廊下には血の匂いが蔓延している。思わず顔を背けると、窓からクラスメイトが見えた。
みんな、生き残るために必死なんだ。
『鎌…あった。』
生徒会室には鎌がそっくりそのまま置かれていた。
ひと段落ついて安心したからなのか、突然睡魔が茜を襲う。
『眠い…何処か寝る場所ないかな…』
ここで寝ると、襲われた時にとっさの対応ができない。隠れなければ。
生徒会室には横長の棚があった。おもむろに開けると、人が十分入れそうな隙間があった。
鎌を隠し、棚の中に入り内側から戸を閉める。
少し狭い…
そう思いながらも、睡魔はだんだん強くなっていく。
眠りに落ちる直前、体がふわっと浮いたような気がした。
まるで、天へ昇っているかのように。
どうしても貴方のことが忘れられない
こんなに自分を傷つけても
笑いかけてよ
その笑顔が欲しいの
愛してるなんて言葉
それはそれで滑稽だけれども
それでも貴方のことが好きなの
何故目を開けないの?
何故冷たいの?
そうね
貴方はもう此処にはいないんだから
気がつくと、私は草原の真ん中に立っていた。広い青空が澄み渡っている。
涼しい風が頬を撫でる。
あれ、此処は何処?私、さっきまで何してたっけ?
…うまく思い出せない。
「おーい!茜ー!」誰かが呼んでいる。
見慣れた顔が私の前に現れる。
『優雨!死んでなかったの!?』
「死ぬ?なんのこと?」と優雨は首をかしげる。
「ほら、もうみんないるよ。」
優雨が指差した先には、クラスメイト達が手を振っていた。
『立花…本田まで』
そこには死んだはずのクラスメイト達がいた。
「なんだよ、行こうぜ。」と本田が肩を軽く叩いた。
あぁ、いつも通りだ。日常が、其処にはあった。
思わず笑顔がほころびそうになった___が、そうはならなかった。
青空は瞬く間に赤黒く染まり、足元の草原は黒く染まっていく。
逃げようとしても、足の方からだんだん体が草に覆われる。
足掻く私をよそに、優雨達はゆっくりと去っていく。
あの人も、こちらを振り返らずに足を進める。
『みんな…待って…』
「待って?」本田が振り返る。しかしその声は本田のものではなかった。
「だって…」不協和音の声が、耳元で聞こえた。
「お前が殺したんだよ、斑鳩。」
その瞬間、私は頭を撃ち抜かれる。
『はぁ…はぁ…』
頬を嫌な汗が伝う。どうやら夢だったようだ。
私はやっと自分が犯した過ちに気付く。
殺したんだ、人を。私がこの手で。
狂気はすっかり抜け、後から襲ってくるのは罪悪感だけだった。
蒸し暑かったので、確認してから棚から出る。
窓からは、茜色の夕日が差し込んでいた。
『もう夕方…』
本田と戦っていた時は朝だったような気がするのに、かなり眠っていたようだ。
頭が痛い。脱水症状を起こしているみたいだ。
水は無い。水道までは距離がある、この状況で鉢合わせたら間違いなく危険だ。
どうしようかと考えていると、いきなりサイレンと共に校内放送が流れた。
いきなりで、おもわず驚く。
《”一日目終了。生存者は全員体育館に集合。なお、戦闘は中断せよ。繰り返す…》
『終わった…?』
どうやら日没の時間のようだ。少なくとも今は殺されることは無い。
鎌を引きずって、私は体育館に急いだ。
体育館に行くと、もう何人かは集まっていた。
よかった、彼は生きている。
まだいるよね、と思いながら輪の中に入ると、ゼロがいた。
「これで全員揃ったな。」ゼロは呟く。
みんながざわめく。体育館の中なので、ざわめきは反響して大きくなっていた。
生き残った人の人数を数える。1、2、…16。
最初は24人いたはず。また8人が死んだ。
その中の二人は_____私の目の前で。
皆の顔を見ると、それぞれ違う形でそこにいた。
怪我をしている人、無表情で凍りついている人、なぜか楽観的な人。
「今からは部屋割りと夜の説明だ。よく聞けよ。」とゼロ。
どうして彼はそんなに平常心を保っていられるのか。
「夕食は各部屋でしてもらう。黒子が運んでくれるので、そこらへんは心配するな。」
とゼロは後ろをちょいと指した。やはりサングラスの男達がいる。
「夜の時間は殺傷禁止。見つかった場合はこちらで即射殺する。但し__『見つかったら』
の話だがな。」
見つかったら?見つからなかった場合は、いいの?
なんてやつだ。睡眠くらいさせろよ。
といっても、茜はさっき十分に睡眠をとっていたので眠くはなかった。今日は
仮眠でしのげそうな感じだ。
「では部屋へ案内する。ちなみに部屋は自分しか知らない。安心してくれ。」
と黒子にアイマスクをされた。どうやらこれで案内されるようだ。
* * *
「どうぞ、外してください。」
『ここ…』
私がいた教室、それは生徒会室だった。
なんという偶然なんだろう、いや、運がいいのかな?
鎌をとりあえず置き、運ばれてきた夕食を食べる。
まずいわけでは無いが、どうしても朝のことを思い出して食べられない。
まるでフラッシュバックしてくるようだ。血の匂いがこびりついている。
結局半分も食べられなかった。どうしても食欲がわかない。
水は支給されたものをちゃんと飲んだ。水分が体に染み渡る。
窓を見ると、外はもう暗かった。ちらほらと教室の明かりが見える。
空は、満天の星に包まれていた。
『もう、元には戻れないね。』
呟いた言葉は、誰に言ったのかわからないまま空へ消えていった。
その日、結局私は眠りにつくことはできなかった。
《残り、16人》
鳥のさえずりで茜は眼を開けた。
カーテンの隙間から朝日が見える。窓ガラスで反射した光は、虹となって床に映し出された。
茜は時計を見る。眼が霞んでよく見えないが、どうやら6時半のようだ。
最後に見た時計の針は5時半を指していたような気がする。
どうせなら、全て夢であって欲しかった。
しかし、無情にも茜の眼に映るのは鎌と、血に染まった制服だった。
『全部、夢であって欲しかったのに。』
いつの間にか教室には水の入った魔法瓶と朝食が置かれていた。
一緒に置かれていたコップに水を入れ飲んだ。すっと身体に染み渡ってくる。
彼は無事だろうか。
寝ていなかったので頭が痛い。しかし、ずっと眼を閉じていたので仮眠ほどはしていたかも
しれない。
教室は出ていいのだろうか。
重いドアを開けると、そこはいつもと変わらない学校の風景だった。
『…なんでこんなことになっちゃったんだろうね。』
茜の声は、無情にも無人の廊下に響き渡った。
朝食を食べ、時が経つのをひたすら待った。いつもはわからない時計の秒針の音が、
やけに大きかった。
『とりあえず、何か口に入れないと。』
置かれていたのは食パンと目玉焼き、サラダだ。
食パンに目玉焼きとサラダをのせ、無心で頬張った。
その決して豪華とは言えない食事が、なぜか母の手料理よりも美味しかった。
30分ほど教室で過ごしただろうか、教室のスピーカーから声が聞こえてきた。
《おはよう。といっても寝られなかっただろうがな。2日目開始だ。
その前に、ルールの追加点を確認する。》
追加点?何が変わるのだろう。
《2日目終了時には集まらず、また犠牲者の報告もされない。誰が生き残っているのか
わからない状態で3日目を始めてもらう。終了時には各教室へ戻れ。
夕食が準備されているはずだ。昼食は教室に準備される。適当な時間で食べろ。
但し、その時間は襲撃可能だ。
では2日目を開始する。幸運を祈るぞ。》
とゼロが言い切ると、どこからともなく煩いサイレンの音が聞こえてきた。
近くには民家がある。朝の7時なのに、こんなに鳴らしていいものなのか。
それとも、この街自体が私たちのために”作られた”ものだとしたら?
鳥肌が立った。偽物ならば、彼らの人生は何なのだろうか?
鎌を握り、その手にぐっと力を込める。
___また始まる、殺し合いが。
すこしゆっくりした後、生徒会室を物色することにした。
一応ここは拠点なので、整えておくほかはないだろう。
生徒会室には他とは違い、大きい長机やコンピューターなどが設置されていた。
万が一の襲撃に備え、戸は内側から鍵をかけておいた。
侵入は数秒だけでも防げるはずだ。
電源は…入る。
茜はパソコンのスイッチを入れ、起動させる。
情報が手に入るかもしれないと少し心が躍った。
『やっぱりダメか…』
ネットワークを開いても、意味不明な文字の羅列が並ぶだけ。
その四角い箱は、全く役に立たなかった。
他にも部屋を物色していると、何故か生徒会室の鍵と手にしっくりくるサイズの
キャンプ用ナイフがあった。
ナイフは折りたたみ式で、持ち運びに便利そうだ。
…支給品。でいいのだろうか。
使えるものは全て使っておきたいので、ナイフはスカートのポケットに入れた。
中に入っていたカッターナイフにこびりついていた血の匂いが鼻を掠める。
その瞬間、クラスメイトの顔がふと頭に出てきた。
やっぱりどうなっても、このクラスが好きなんだろうな、なんて。
時計を見ると、もうすぐ8時を迎えるところだった。
大丈夫、大丈夫。誰が来ても、きっと私らしくすることができる。
鎌は持てないので置いていった。ナイフさえあれば、大丈夫。
まだ大切な人は生きている。守らないと。
自分以外全員を殺さないといけないのに、誰かを守るなんて滑稽だと思う。
でもそんな理論や数式だけじゃ表せない何かが、私の中にはあるはず、あると信じたい。
生徒会室の重いドアを開ける。光が目をちらつかせた。
『…眩しいな』
私は斑鳩茜。生き残るために、私は私以外の全員を殺す。
もう自分が生きたいのか死にたいのかはわからなくなってきた。
だから、私は私を信じる。
困った時、信じられるのは自分だけだから。
その先に待っているものが絶望だったとしても、後悔はしない。
私が選んだ道だから。
『よし、行こう。』
小鳥のさえずりだけが静寂の廊下に響いていた。
そしてそのさえずりは、茜の足跡と混じり合って一つになった。
《ー日没まで、あと11時間ー》
しばらく廊下を散策していると、何やら叫び声のような声が聞こえた。
「******!!」
耳を澄ましていると、何度も声が聞こえる。どうやら男の声のようだ。
『誰かが戦っている・・・?』
茜は状況を知りたかった。
自分は戦いはしたが、誰かが交戦しているところは見たことがなかった。
声はどうやら中庭から聞こえているようだ。2階の廊下から、見つからないように頭だけ
窓から出し、こっそりと状況をうかがう。
『...!?』思わず声を出しそうになった。
不利な状況に声を上げていたのは瀬川だった。その相手は____
『天音さん?』
天音 玲華。勉強は恐ろしいほどできる、クールな委員長だ。
あまり騒がないし、運動は得意ではなさそうなのに。
私の目に見えたのは、いつもの表情を崩さずに鬼のような猛攻をふるっている天音さん
だった。
「くっ.....!」
瀬川は長い槍を持ち、一生懸命抵抗している。
それをするするとかわし、手に持っていたアイスピックを瀬川の脇腹に突き刺した。
「うわぁぁぁぁ!」瀬川が悶絶する。
アイスピックを抜いた脇腹は赤黒く染まり、血が溢れる。
眉ひとつ動かさない天音さんは、脇腹を押さえて必死に傷口をかばう瀬川の目に____
アイスピックを突き刺した。
「あ”あ”あ”あ”****」
声にならない悲痛な叫びをあげ、瀬川が崩れ落ちる。
アイスピックは未だ目に突き刺さっていた。
その場に倒れている瀬川は痙攣を繰り返していたが、やがて動かなくなった。
瀬川。
生徒会長で、頭もよくて、運動もできて、___優しかった。
勉強を教えてくれたし、一人でいるときは声をかけてくれる時もあった。
恋心ではないけど、大切な友達であることは変わりがない。
「斑鳩、ぼっちか?なら話そうぜー。」
瀬川の低い声が頭を流れる。
頬に涙が一すじ流れた。このゲームが始まってから、初めて泣いた。
涙はもう出ないと思っていたのに、枯れてはいなかった。
よかった、私はまだ人の感情でいられている。安心した。
と思ったのは束の間だった。
かがんでいた私の背中に、切り付けられたような痛みが襲った。同時に声。
「あれあれー?ゲーム中だよ、油断はいけないんだよー?」
少女の声が聞こえる。
それが誰の声か、私はすぐにわかった。
少女のような高めの声、おどけたような口調。振り返って確認する。
『....藤谷。』
命の危険を、感じた。
藤谷 楓は、どこかがおかしかった。
クラスの中でも浮いていて、その雰囲気は独特なものだった。
手首に走る傷、異様な雰囲気、時折見せる歪な笑顔。クラス中が深くは関わることのない、
イレギュラーな存在だった。
「あれあれ、逃げないの?逃げないと殺すよ?」
藤谷は目を爛々と光らせ、しかし不自然な笑顔でペラペラ続けた。
その笑顔には一抹の恐怖が含まれていたが。
背中が時差で激しく痛む。切りつけられた表面が空気に触れている所為なのだろう。
藤谷が持っていたのはカッターナイフだったが、私の持っているものより大型のものだった。
そう、体なんて簡単に切断してしまえそうな___
「いやぁ、まさかこんなことになるとは思わなかったよー。
でもさ、こんなにいいチャンスなんてそうそうないよね?__人を殺せるなんて。」
『は?』
あまりにも頭のネジが数本飛んだ発言で、思わず声を出してしまった。
「いいじゃんいいじゃん、せっかく殺せるんなら存分に殺したいよねー。
茜ちゃんはそう思わないの?」
『藤谷、ごめん。私には意味わかんないんだけど。』
すると藤谷は「ねぇねぇ」と言って、スカートの裾をまくりあげた。
まくった隙間から見えた太ももを見て、茜は思わず恐怖の声をあげた。
それはもはや人間の体ではない。
太ももには無数の切り傷があって、所々には青痣があった。
よく見ると、数日前に付けられたような少し赤みを帯びた痣もちらほら見られる。
「パパもママも、みーんな私を傷つける。けれどさ、誰も助けてくれないんだよ?
傷つけられたら、傷つけるのがこの世界の世界の常だよ。」
藤谷の目からだんだんと光が消えていく。代わりに、大きなカッターナイフに付いた血が
赤黒く光る。
「だからさ、お前も死ねよ。」
ドスの効いた低い声でそう言うと、間髪入れすにカッターナイフを振り下ろした。