第四話
「せんぱーい! クレイヴせんぱーい!」
スクールの門から出ようとしているクレイヴを見つけ、ロイは遠くから大声で呼びかけた。誰もがロイを振り返ったが、クレイヴ本人は反応を見せなかった。
絶対に聞こえてはいる。振り向きたくないだけなのだ。
ロイもそれはわかっていたので、走ってクレイヴに追いつくと、横に並んで歩き出す。
「本当にさっきは完敗でしたよ。でも、次は俺、もっと強くなって挑戦しますから」
「…………あ、そう」
気のない返事をされたので、次に何を言えばいいのかを躊躇した。そこで、腕輪のことを思い出し、手に持っていたそれをクレイヴに見せた。
「これ、ノル先輩が忘れも……」
そこで初めて、ロイはこの腕輪をじっくり見た。
「先輩、もしかしてこれって……。力を抑える効果があるやつじゃないスか?」
「ご明察」
礼も言わずに腕輪を受け取ると、クレイヴはすぐにそれをはめた。
もちろんロイは、彼が日頃自分の力を抑えている理由がわからない。
「しかも二個も?」
「一個に見える?」
「見えませんよ……。どうしてそこまでして力を抑えてるんスか?」
「そうしないと修行にならないから」
簡単な理由だったので、ロイは自分が恥ずかしくなった。ちょっと考えればわかりそうなことだ。天才が強くなるためには、力を出せないようにすればいい。元からある力だけで、クレイヴは簡単に結果を出せてしまうのだ。
だから、力を抑える必要がある。つまりはそういうことだ。
「腕輪があったって、ロイには勝てたよ。ただ、早く終わらせたかっただけ。……で、キミはどこまで着いてくるつもりかな」
「え?」
気がつけば、もうとっくに村に入っていた。
クレイヴとロイは、畑と一軒家が並ぶ道を歩いていき、中央の噴水までやってきた。そこを南に曲がると、小さな武器屋があった。
クレイヴはその店の前で止まると、ロイを振り返る。
「……用がないなら、帰って欲しいんだけど」
なんだかクレイヴは居心地が悪そうだった。不機嫌だとかイラついているとかそういう感じではなく、ロイがここにいること自体に困っているようだった。
強い口調で追い返したりはせず、もちろん剣を抜いたりもしない。ロイは笑顔を見せると、からかい口調で尋ねてみる。
「いやあ、先輩がどこに行くのか気になって」
「ここ」
そういって、武器屋を指差す。ロイはここが目的地でないことを察した。なぜならクレイヴの目が泳いでいる。どうやら本当の目的を早く果たしたくて、焦っているようだった。
スクールの外では、クレイヴは気が抜けているのかもしれない。いや、もしかしたらこの長閑な村がそうさせているのかもしれない。どちらにせよ、クレイヴは感情を表に濃く出していた。
「そうですか」
「そうですよ。……だから帰った方がいいよ」
「今日は先輩についていこうかと」
「…………」
クレイヴがため息をついた。その瞬間、何も言わずに走り出す。
「あ! 逃げた!」
ロイも後を追う。腕輪によって力を抑えられたクレイヴは、彼を振り切ることができなかった。
やむを得ない……。あまり村で騒ぎを起こしたくなかったが、クレイヴはコートの内側に手を突っ込んだ。そしてナイフを左右二本ずつ取り出し、後方に向かって一本ずつ投げた。
一本目は足元に、二本目は胸元に。残り二本はどちらかに回避するであろう左右に投げる。
ロイは一本目を脚で弾いたが、二本目は右に避けた。だがタイミングを合わせて投げられたナイフが彼を襲う。咄嗟に横転し、立ち上がると、もうクレイヴの姿はなかった。
「くっ……! 逃げられた」
ナイフまで投げてくるとは思わなかった。そこまでして振り切りたかった理由を知りたかったが、ロイは諦めた。これ以上しつこく付き纏ったら、帰ってすぐに斬られそうだったからである。
転がったので服が汚れた。ロイは埃を叩き、周りを見渡す。
まさに田舎の村だった。工場なんてものは影も形もない。必要以上の物を取らず、自然と共存しているような、優しい雰囲気の村だ。空気も清々しく、ロイは自然と口元を緩ませた。
「お前さん、あの兄ちゃんの知り合いか?」
突然、後方からしわがれた声がかかった。あの兄ちゃんとは、恐らくクレイヴのことを指しているのだろう。
「ええ、まあ」
ロイは笑顔で答える。振り向いた先には、老人が立っていた。
「そうか。ソルジャースクールの生徒だそうだな。彼には感謝しているんじゃよ」
「感謝?」
ロイは首をかしげる。
クレイヴが恨みを買うことはあっても、感謝されるとは思えなかった。ロイはクレイヴが好きだが、彼の戦闘における能力の高さが好きなだけで、人として好いているわけではない。
「ちょくちょく、ナサリーの所に行ってくれているようだし……。それで彼女がどれだけ昔の元気を取り戻したか」
「へ、へえー」
自分の知るクレイヴからは想像もできない話を聞かされたので、ロイは驚いていた。
「知らんのか?」
「ぜんぜん知りませんでした。新入生なんで」
「そうか」
老人はニヤリと笑みを浮かべた。それは、自分が話したくてうずうずしているという表情だった。普段のロイなら一目散に逃げ出す兆候だが、クレイヴの知らない一面を知っておきたいという好奇心から、老人の話に付き合うことにした。
二人は、噴水のある広場まで行き、適当な木陰に腰を下ろす。
「一年前くらい前かのぉ、ノルさんがこの村に彼を連れてきてな」
「一年前スか」
文字通り一年前ではないだろうが、クレイヴがスクールに入って間もないときだろう。
老人は続ける。
「最初、彼は村人を嘲笑的な顔つきで眺めていた。だからわしらも、あまりいい印象は持っていなかったんじゃが、ノルさんがナサリーとあの兄ちゃんを引き合わせたんじゃ」
「そのナサリーさんって誰です?」
「ナサリーは、道の向こうで雑貨屋をやっている娘じゃ」
そう言って、クレイヴが逃げた武器屋の先を指差す。
「ナサリーは、目の前で両親をモンスターに殺されてな。この辺じゃ有名な、片耳のマンティコアじゃよ。マンティコアは人の肉を好むから、ときどき村人を襲っていたんじゃ」
マンティコアは、人を襲うことで有名なモンスターだった。獅子の体に人の顔を持ち、巨大なサソリの尾と蝙蝠の翼を持つモンスターで、強暴だ。
ソルジャースクールが近くにあるということで、たまにモンスター狩りを周辺で行うことがあるのだが、マンティコアにやられる生徒は少なくない。そのため、進んで戦おうとする人間はごく少数で、腕自慢しか挑まないのだ。
「そのマンティコアは、ソルジャーに片耳を奪われて以来、人を見つけ次第襲ってきた。食べるためではない。殺すためだ。人間という種族に恨みを抱いていたんじゃろう」
老人は瞳を閉じ、情景を思い描くようにして軽く息を吸い込んだ。瞼の裏には、マンティコアの像と、そして話に関係してくるであろう、クレイヴとナサリーの姿が映し出されているのだろう。
ロイは、彼が口を開くのを待った。