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第二話

荒んでいるあたいには、昔のような妄想力はないのか・・・!


 その青年は、長身を生かして、群れの中で頭一つ飛びぬけた状態で人を探していた。チームリーダーのノルによって、二人の新人を連れてきて欲しいといわれ、彼は張り切っていた。なぜなら、書類の少女が自分の好みだったからだ。それを表には出していないが、彼女を早く見つけ出したかった。

 少女の名はカルラ・シンゲル……。この辺では有名な、シンゲル家の長女だった。弟は一年早くソルジャースクールに入り、華々しい戦果を飾り続けている。しかし、彼女はどうだろうか。見たところ優しそうな顔をしていた。争いには向いてなさそうだ。

 四方に視線を巡らせ、頭に焼きついた少女のことを考える。性格、声、生で見る顔……。これから訪れるかもしれない心の春に、彼は喜んでいた。

 青年の名はアシド・ゲンベル。Dチームのサブリーダーをやっている三年生だ。

 腰に差した幅広の剣は、グラディウスと呼ばれるものだ。刀身が短く、頑丈で、突きに特化した両刃の剣だが、青年は幅広の剣の性質を利用し、盾としても使っている。それはこの青年の身体能力がなせる業だ。

 彼は特殊能力こそ持たなかったが、それを上回る身体能力を保有している。

「あの娘かぁ?」

 写真と違って髪の長さがセミロング気味だったが、顔はほぼ一致している。彼女は肩身が狭そうに他人と距離を取り、自分のクラスを探していた。Dマイナスのクラス表には、しかし彼女の名前はない。なぜなら、学長自ら特選に入るよう仕向けているからだ。

 何度も見直しているらしく、ため息をついているのが見えた。

 アシドは彼女に近づくと、優しい声を意識して話しかける。

「カルラ・シンゲルさん?」

 突然知らない青年に声をかけられ、彼女は驚いた風だったが、「はぁ……」と曖昧に頷き、彼を見上げる。

「よかった、やっと見つかった。俺は特選のDチーム、サブリーダーのアシド・ゲンベル。カルラさんをスカウトしに来た」

「すかうと……て! 特選!?」

 信じられない、というように彼女は自分の生徒手帳を見る。そこには、はっきりとDマイナスのランク表示がされているのだ。最低ランクにも関わらず、なぜ自分が特選に入るのか。そう思っているのがはっきりと感じられる表情だ。

「嫌?」

「そんなことは」

 ぶんぶん、と首を振り、笑顔を見せて特選に選ばれた幸運を素直に喜んだ。

「じゃ、行こうか」

 アシドが手を引き、群れの中から彼女を引っ張り出そうと歩き出す。もう頭の中に、ロイ・ステンスの存在はなかった。彼の中では、彼女さえ入ればもう一人はほぼどうでもいい存在と考えられていたからだ。

 群れから抜け出す。

「大丈夫?」

「あ、はい。平気、です」

 可愛らしい笑顔を浮かべ、カルラは応じる。アシドは嬉しかった。人見知りしそうな感じだったが、彼女は自分に心を許してくれたようだ。

 そのまま手を引きながら、寮に向けて歩く。

「他のメンバーもほとんどいいやつだから、心配することないよ」

「ほとんど?」

「そう。一人、身勝手で女好きで自信過剰なやつがいるけど、それ以外はみんないい人たちだから」

 アシドは楽しそうにメンバーの名前とどんな人かを言い、面々が待つ屋上に行くまでの間に、カルラと打ち解けていった。カルラは会話に受身な態度だったが、それでも緊張感はやや和らいだ様子で、笑顔を見せるようになり、アシドは手応えを感じていた。

「そうだ。俺に対しては敬語じゃなくていいから。その方が早く親しめるでしょ」

 最後にそういうと、屋上への扉を開け、自分のチームがいるはずの場所へ彼女を迎えた。だがそこにいたのは、三人ではなく二人だけだった。Dチームの中で今校内にいるのは四人だ。外で仕事をしているやつもいれば、面倒くさがってこないやつもいる。だが、それでも一人少なかった。

 リシータが気づき振り向いたが、ノルは一瞥しただけですぐに手すりの外へ視線を投げてしまった。

「クレイヴは?」

 アシドが尋ねる。その横では、リシータがカルラを見てはしゃいでいた。彼の問いに答えず突撃すると、両腕を広げてカルラに抱きついた。

「わーい! 女の子だ、美少女だ!」

 困惑した感じで、カルラはアシドを見た。アシドはリシータを優しく引き剥がすと、

「クレイヴは?」

「いや、知らない。勝手にどっか行っちゃった」

 リシータは答えると、すぐにカルラに抱きついた。

「うーん、女の子のいい匂いがする。やっぱりいいねぇ、美少女は心が和むねえ」

「リシータさんも女の子じゃん」

「わかってないなぁ、アシドは。自分じゃないからいいんじゃない」

 リシータはお気に入りの人形を抱くようにして、そのままカルラを屋上中央まで運んでいった。やっと解放されたカルラはリシータから少し距離を取り、アシドを見る。

 アシドが苦笑した。

「怖がってるよ」

「あっはははは。まあ、仕方ないね、いずれ慣れるよ」

 リシータが笑っている背後で、突然、屋上の扉が開け放たれた。そこから現れたのは、青紫のコートの少年……クレイヴ・ケーニッヒだった。

「おい、どこ行ってたんだよ」

 アシドがイラついたような口調で訊くが、クレイヴは何も言わず後方を振り向き、誰かに中に入るよう手で促した。

 そして現れたのは、書類で見た本当のスカウト対象、ロイ・ステンスだった。

 赤茶色の髪を持ち、膝当てをつけている。脚が長く、座高も含めた身長はアシドほどではないが高く、胸板も厚い。鍛えられていることが一目でわかったが、何よりも自信にあふれる瞳が印象的だった。

 クレイヴはノルのほうを見た。彼女はロイを見て、一目で使える人材だと見抜いたらしく、目が輝いた。

「ノルさん、連れてきた」

「ご苦労様。何か揉め事起こさなかったでしょうね?」

「平気だと思う」

「思う? まあ、いいわ」

 クレイヴが現れると、ノルは中央に全員を集めた。この六人で全員だ。もちろん今いるDチームは、ということだが。

「来る途中に話を聞いたと思うけど、あなたたち二人をDチームにスカウトしたいの。どう?」

 ノルが尋ねる。どこか心配そうに二人を……いや、カルラを見て、すぐロイに移した。ロイには是非入ってもらいたい。だが、できればカルラには断ってもらいたいと考えているようだ。本人に入るなとは言えない。彼女はDマイナスのクラス表に記載されていないため、特選に入らないと居場所がないのだ。

 ロイは自信に満ちた笑みを浮かべた。

「光栄ッスよ、本当! 俺、頑張ります!」

 一つだけ心配事が消え、ノルは微笑んだ。少なくともプラスマイナスゼロにはなりそうだ。

 カルラも、弱々しく頷いた。

「よろしくお願いします」

「……わかったわ。二人とも、書類にサインして、今日中に学事かクラスの担任に持っていって。特選に入ったら先生の監督はなくなるけど、その分自分たちで物事を進めないといけないから、何かわからないことがあったら訊いて」

 手早く書類を差し出し、ノルはちらっとクレイヴとリシータを見た。リシータは一瞬だけ不安そうな表情を見せたが、やがていつもどおりぱっと笑顔を見せ、カルラに抱きついて喜びの表情を浮かべた。

 彼女は、可愛い女の子が好きだった。弱い人間が特選に入るのは不安だろうが、美少女が近くにいて嬉しいのは、偽りのない反応だ。

 だが、クレイヴはカルラが入ると宣言してから、苛立ちが増しているようだった。ノルの視線に気づいたクレイヴが、目で「二人になりたい」と訴えるのがわかった。

 ノルは頷き、四人を残して屋上の隅に移動する。

 四人に会話が聞こえないことを確認すると、クレイヴが口を開きかけた。だが、それを察して、先にノルが言葉を発す。

「言いたいことはわかるわ」

「じゃあどうして? 彼女は駄目だ。まったく戦力にならない。そこら辺の新入生の方が使える」

「同感よ。でも学長が決めたことなの。私もできることなら断りたいわ……。選択肢は彼女を入れるか、入れずに処罰を受けるかよ」

「くそ」

 忌々しそうに呟き、四人を見る。二人の声は聞こえていないようで、こちらを見る素振りも見せない。

「リシータも乗り気じゃない」

「わかっているわ。ただ、アシドは乗り気ね」

「ロイ・ステンスの存在を忘れて楽しんでいたみたいだからね。僕が連れてこなければどうなっていたか」

「……余計なこと、してないでしょうね?」

 さっきまでカルラについて話していたのに、ノルが対象をクレイヴに変えた。ノルはクレイヴがトラブルメーカーだとわかっているので、なるべく人の多い所に出したくないのだ。

 だから、アシド一人に二人分のスカウトを頼んだのだが、結局はクレイヴが動いてしまった。

 詰問するような眼差しを向けられ、クレイヴが俯く。

「……たぶん、平気」

「何をやったのか、白状しなさい」

 自信のなさそうな言葉に、ノルが眉をひそめて強い口調で告げた。クレイヴは諦め、肩を竦めて口を開く。

「……ロイ・ステンスに向かってナイフを投げた」

 はぁ、とため息をついたのはノルだった。カルラが戦力外であることは、書類を見ただけでわかった。だからこそ、クレイヴは残る一人の実力を知りたかったのだろう。あまり勝手なことはして欲しくないとは思いつつ、やってしまったのなら仕方がない。ノルは軽くチョップをしただけで許した。

 彼女以外の人間が同じことをしたら、クレイヴは即座に剣を抜いただろう。だが、彼はノルのことを慕っていた。わざわざ避けられるチョップを受けたのも、一個のコミュニケーションのつもりなのだろう。

「ごめん」

 素直に謝ったクレイヴだが、反省していないのは一目瞭然だった。

 ノルは苦笑する。

「で、どうだった? 使えると思えた?」

「三本投げた。一つ目は簡単に避けられたし、残りの二本は当てるつもりで投げたけど、脚で弾かれた。結構使えそう」

「そう。で、カルラ・シンゲルにも同じことしたんじゃないの?」

「しようと思った。けど……」

 言葉を濁し、再び談笑する四人を見る。

「……やめたんだ。当たる気がしたから」



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