第一話
ソルジャーと呼ばれる資格がある。
それは、戦闘のスペシャリストとして認められた人間が手にできる資格だ。ソルジャーになるには、ソルジャースクールに通わなければならない。規模は大陸や地域によって様々で、都会に行けば行くほど大きくなる。しかし、人が多くなるということは、イコールレベルが高いというわけではない。
比較的田舎の地域であるエヴェリサ大陸のソルジャースクールは、今、新入生で溢れ返っていた。ソルジャーになるのが大変なら、ソルジャースクールに入るのも大変だった。命に関わる仕事を請けるため、最低限の能力を身につけていると認定されなければ、入学は拒否される。
スクールの生徒は、基本的に任務をこなしながら生活している。収入を学費に使い、学び、そして上のランクを目指す。最低六年は生徒として生活しなければ、在学中の評価がどれほど高くても卒業は認められず、独り立ちできない。
校舎は一号館、二号館、三号館に別れ、他に食堂と寮がある。寮生になるにはもちろん学費とは別に金がかかるが、例外がいた。
特別選抜クラス……略して特選。
生徒でありながら、一人前のソルジャーとして通用すると認められた場合のみ入ることが許されるクラスだ。彼らは寮の宿泊代が無料で、他にも恩恵がある。生徒の段階では危険すぎて受けられない任務も、彼らは受けてもいいことになっている。もちろん自己責任で、死んでも保障などはない。
一般的なソルジャーの実力をCランクとし、新入生は最低でもDマイナスでなければ入学が認められない。初めからCランクに匹敵する実力を持つ新入生はほとんどいないが、大抵そういう人間は入学直後に特選に引っこ抜かれ、即戦力として可愛がられる。
「ロイ・ステンス……」
五階建ての寮の屋上から下を見下ろし、新入生を眺める美しい女性がいた。ウェーブのかかったショートカットが風に揺れ、白く感情の乏しい顔は、人形のような可愛らしさと、美しさを兼ね揃えている。服は質素なものだが、戦闘に不向きと思われる膝丈のスカートに黒いニーソックスを履き、そして胸元の真っ赤なリボンが印象をより強いものにしている。彼女は手すりに腕を乗せ、二枚の資料を右手に持ち、面倒くさそうに新入生が多く通る外を眺めていた。
特選Dチームリーダー、ノル・イシュビア。童顔なので年下に見られることが多いが、今年で二〇歳になる。
四年生ながら統率力と判断力を買われ、Sランクにまで昇格した彼女は、今では校内で有名な存在だった。生まれ持った美しい容姿のせいでもあったが、その戦闘能力の高さも眼を見張るものがある。まさに才色兼備、校内のアイドルだ。
そんな彼女の後方には、二人の生徒がいた。二人とも、Dチームのメンバーである。
一人はポニーテールの少女。三年生で、名をリシータ・ヘブンスという。
大きな遠距離用の弓と矢を背負い、腰には短剣が差してある。瞳は大きく、顔立ちも整っている上、外交的ですぐに仲良くなれる才能を持っていた。少々気が強いのだが、それでも彼女の人気は高い。彼女はスクールに通い、特選のメンバーになったことで人並みの生活ができるようになったが、それ以前は貧乏だったので、物を大切にする癖が抜けていない。
リシータは欠伸を噛み殺し、下を見ているノルに尋ねる。
「で、その男の子は見つかった?」
「これだけ多いもの。見つかるわけないじゃない」
「はぁ、面倒だよねえ。学校側で言い渡してくれれば楽なのに」
「最終的に決めるのは私たちだから、そういうわけにはいかないでしょ」
スカウトは強制ではない。メンバー選びは命がかかっている以上、その人間を仲間にしたいかどうかはチームの意見で決まるのだ。Dチームは特選の中でも一番人数が少ないため、贅沢を言っていられない状況なのだが、それでも相手が信頼できるかは確かめたい。
「協調性も戦闘力もあるけど、独断の状況判断能力にやや欠けるらしいわ。誰かと一緒にいて初めて力を発揮できるタイプね。まあ、それは学校側の用意した資料だから、実際はわからないけど」
「ふむふむ。協調性がない誰かさんとは大違いで、可愛気がありそうだね」
その誰かさんを見ながら、リシータは含み笑いをする。
屋上にいるもう一人の少年は、リシータの言葉が聞こえているにもかかわらず、ずっと虚空を見つめていた。いや、見ているのは校外の村だ。人口一〇〇人前後の小さな村だが、ソルジャースクールがあるため経済的には潤っている。
少年は青紫色のロングコートを羽織り、両腰にはショートソード、背中には自分の身長以上のトゥハンドソードを負っている。ロングコートの内側には、小さな細身の投げナイフが左右に数本ずつ用意されていて、遠近戦における戦闘能力の高さを窺わせている。
さらに両腕の金属の腕輪には、美しい文字で何かが刻まれていた。本来、この腕輪は敵に対してだまし討ちに使うものだった。相手の力を軽減させるためのもので、用途としてはみやげ物として献上し、相手がそれを身につけたところで奇襲をかけるという類のものだ。しかし少年は、それを自分の力を抑え、戦闘を難しくするためにつけている。
投げナイフも腕輪も、彼の中にある印象的な戦いの後、自分で自分を高めるために用意したのだ。
クレイヴ・ケーニッヒ。
特選の二年で、歴代三番目の早さでAランクに昇格した少年だ。
ノルはクレイヴを見て微笑むと、再び新入生の群れへ視線を移した。
「アシドに頼んだんだっけ? 二人のスカウト」
リシータが隣の手すりに寄りかかり、欠伸をしながら尋ねた。ノルは頷いただけで、視線を動かしはしない。どうやら、気になることがあるようだ。
「あまりスカウトに乗り気じゃないね。どうしたの?」
「別に。ただちょっと、もう一人の新人が気になってね。選り好みできるほど、私たちのチームは余裕があるわけじゃないのはわかっているけど、彼女はあまり入れたくないの」
そういって、ロイ・ステンスではない方の、少女が写っている書類をリシータに渡す。リシータは眉を寄せて書類を見ていたが、驚いた表情を浮かべてクレイヴの方へ駆けていく。
「ねえねえ! これってどういうこと!?」
「なんで僕に聞くのさ」
うんざりした様子でリシータを見るクレイヴは、彼女より先に状況を知っていたようだった。
「シンゲル家って言えば、この辺の名家じゃん! しかもソルジャーとして優秀で、ここの建設費の半分を寄付したって!」
「優秀なのは彼女の弟だよ。同期で入ったから知ってるけど、そこそこ強いらしい。見たことはないけど」
クレイヴは書類の少女を指で弾き、リシータに背を向けて屋上から出て行ってしまった。ぽつんと立ち尽くした彼女は、明確な答えが得られなかったので頬を膨らませ、この場にいない後輩に向けて怒りを爆発させる。
「ムキー! 何よ何よ何よ! 天才とか言われていい気になっちゃって! 先輩の質問に答えず出て行くなんて、後で覚悟しなさいよ、クレイヴ!」
地団太を踏み、すっきりしたのかノルのほうへ再び歩き出す。ノルはずっと何かを考えているらしいので質問をしなかったのだが、クレイヴがいなくなった今、答えを聞けそうなのはリーダーしかいない、とリシータは考えた。
「特選にどうして彼女が入るの? 書類のミス?」
「いいえ。彼女はDマイナス……ううん、本当はDマイナスにもなれない力しか持っていないわ」
ギリギリランクの人間が特選に入るのは異例だった。それだけの力しか持っていないと思われているからだ。しかし彼女はスカウトしなければならない、と学長から言われている以上、生徒であるノルに選択肢はなかった。
ノルはチームリーダーとして、彼女の存在が危険だと考えていた。できることならロイ・ステンス一人でいい。彼だけでも充分戦力になってくれるはずだ。少なくとも、この少女よりは……。
リシータはまだわけがわからないらしく、唸っていた。
「どうして学長は彼女を特選に入れたいのかなあ?」
「さっきあなたが答えを言ったわよ。きっとシンゲル家の長女だから、断れなかったんでしょうね。親が名家だもの。下手をしたらどうなるか」
「うへえ、親と同じ道に進ませるために我が子を危険に晒すの?」
「その辺の事情は知らないけど、名家には名家の都合があるんでしょ」
ノルがやっと新入生の群れから視線を外した。だが、群れから離れた青紫のコートを見つけると、ため息をついて呟く。
「まったく、あの子も勝手なんだから……」
就活してると邪気眼や妄想力が薄れてしまって困ります。復活させる方法を知っていたら教えてください。