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第十四話

卒業制作をぜんぜんやっていません。

「ふーん」

 翌日、帰ってきたロイから話を聞いたクレイヴの第一声がこれだった。

 彼はあまり興味がなさそうに、夕暮れ時の屋上で似合わない裁縫を頑張っていた。恐らく、ナサリー関係のものなのだろう。授業ですら真面目に受けないクレイヴが、必死になって本と睨めっこしている。

「ふーん、て。先輩、もっと他に言うことありませんか?」

 みんなが自分の部屋に直行したというのに、ロイだけはクレイヴがいる屋上にやってきたのだ。ちなみに、なぜ彼が屋上にいると思ったかといえば、単純にアシドが部屋に一人だったからである。

 クレイヴは、屋上にいるか村にいることが多い。ロイは今日まで知らなかったのだが、ナサリーのいる近所の村の名前は、『シャンフ』というらしい。看板も何も見当たらなかったが、帰りの途中でリシータがいっていたのだ。

 黙々と作業を続けるクレイヴだったが、ポケットの縫い付けが上手くいかなくて、とうとう本を閉じた。

 彼は、エプロンを作っていたらしい。

「カルラは役に立った?」

 裁縫道具を仕舞いながら、クレイヴは尋ねる。

「いいえ、まったく。むしろ土蜘蛛の件に関しては足手纏いでした」

「だろうね……。あいつが引っかからなくても、リシータなら簡単に見つけただろうし」

「リシータ先輩、ですか」

 てっきり、評価するのはノルのほうだと思っていたが、クレイヴはちゃんとリシータも見ているようだ。眼中にない、というわけではないらしい。

「知らない? 彼女は貧乏でよく山に入ってたんだ。武器が弓なのも、刃物よりそっちのほうが狩りがしやすいから」

「初耳です」

「今でも貧乏性が抜けてないんだ。充分稼いでいるんだけどね」

「そういえば、放った矢を拾っていました」

「だろうね」

 そういって、裁縫道具とエプロン生地を持ち、クレイヴは屋上を去ろうとした。

 扉に手を伸ばしたとき、

「先輩!」

「ん?」

 ロイが後方から呼びかけたので、彼は振り返る。

「結構話してくれるようになりましたね」

「…………」

「いつか俺は、先輩に並ぶほど強くなりますよ」

 自信たっぷりの笑みで、ロイは拳を突き出した。

 そんなロイにクレイヴは背を向け、ひらひらと手を振って屋上から姿を消した。勝手に頑張れ、というような感じだった。

 突き出した拳をゆっくり下げ、ロイは扉をじっと見つめた。さっきまでクレイヴがそこにいたのだ。

 思い返す。

 土蜘蛛に通用した戦術が、クレイヴにはまったく通用しなかったこと。まったくダメージを与えることができないで、自分が完敗したことを……。

 Dチームのメンバーは、強い。

 他のチームを見たことはなかったが、少なくともクレイヴとノルは抜きん出ていた。アシドが相手なら、ロイも五分五分の戦いができると思っている。リシータとはそもそも戦闘スタイルが違いすぎる。接近すれば勝てるだろうが、遠距離なら負けるかもしれない。

 そして……。

 カルラ・シンゲル。

 彼女の存在だけが、Dチームで異質だった。




 一週間が経過した。

 ロイとカルラが教室を出ると、初仕事のときのように面々が待ち構えていた。今回はクレイヴも先に到着している。

 メンバーを見ると、一人増えている。帰ってきたDチームの仲間だろう、とロイは考えた。

 その少女は小柄で、背中には身長を大きく超える大鎌を負っていた。一五〇あるかないか、という程度の身長にしては扱いにくいはずだが、特選にいるのだから強いはずだ。……少なくとも、カルラよりは。そう思いながら、ロイは隣にいる少女に視線を移す。

 一週間経っても、まったく変化はなかった。講義中に寝ることは当然で、アシドや他の仲間に頼るばかりだ。さらに自分の好きなこと以外はやらない。もっとも、クレイヴもそこは当てはまっていたが。

「紹介しておくわね。Dチーム三年、エリン・タルバート」

 ノルが少女の背を軽く押し、自己紹介するよう促す。

「……よろしくお願いします」

 軽く頭を下げ、静かな声で挨拶した。

 髪は少年のように短く、黒いフード付きのローブを着用している。眼は大きいが、どことなく感情を感じられず、何を考えているのかわからない。しかし単純にぼーっとしているだけなのだろう、近寄り難い雰囲気はない。

 リシータが笑顔でエリンの手を取り、ぶんぶんと大きく握手する。

「いやぁ、また可愛い女の子が戻ってくれて、お姉さん嬉しいよ!」

「痛いです、やめてください」

「あ、ごめんね。そんなに力入れてないけど、痛かった?」

「いえ。存在が」

 そして、毒舌家だった。

 リシータはわざとらしい動作で「よよよよ……」とその場に屈みこみ、泣いた真似を始める。だが、誰も相手にしなかった。

「何か質問はある?」

 ノルが尋ねると、ロイが手を上げた。

「ランクは?」

「Aマイナス」

 答えを即答したエリンに、ロイは感嘆の声を漏らす。とてもそこまでの実力者には見えなかったが、実力に見合った特選メンバーというわけだ。心なしか、頼れる人間が増えて、ノルもほっとしている印象を受ける。

 そしてノルが、今度はロイとカルラを手で示す。

「紹介は?」

 ロイは明るい口調で自己紹介を始めようと思ったが、

「必要ありません」

 エリンはまるで興味がない、という感じで、小さな手で眼を擦った。帰ってきたばかりなのだろう、欠伸を噛み殺して、早く解散して欲しいという空気を漂わせている。

 クレイヴが苦笑し、軽くロイに視線を投げる。目が合うと、すぐにカルラを顎で示した。

 彼女は、呆然としていた。

「放課後、一個遠出の仕事が入ったから、出発できる用意をしておいて」

 ノルが沈黙し始めた空間を支配し、本題に入る。

「エリンも帰ってきたし、少しハードな仕事にしたわ」


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