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第十三話

 村人から借りたのは、やや細身の牛だった。

 借りたということはつまり、しっかり返さなければならない。牛を穴に近づけて土蜘蛛をおびき寄せ、やつが襲ってくる前に巣穴から離脱させる。

 そして、外で待ち受けるロイと一騎打ち。それが計画だ。

 土蜘蛛の糸から牛を引き剥がすには、火がもっとも有力だった。ノルは松明に火をつけ、ロイとリシータが牛を結んだロープを持つ。ゆっくりと牛を巣穴に近づける。

 牛が一歩を踏み入れた瞬間、自分の足に違和感を覚えた牛が鳴き始める。

「せーの!」

 リシータの掛け声でロイと二人で引き始める。牛は痛みで悲鳴を上げたが、すぐにノルが火で糸を焼き切る。同時に、土蜘蛛が牛を確保しようと巣穴から顔を出した。

 大きな土気色の蜘蛛だった。八つの赤い瞳が三人と一匹の獲物を確認し、全身を露わにする。

 八つの脚は先が細く、刃物のようなむき出しの歯は、一度噛みつかれればただでは済まないことを理解するには充分だった。

 高さは一メートルほど、横幅も同じくらいだ。

「ようやく、俺の実力を発揮できる相手ですね」

 バグナウを土蜘蛛に向け、ブーツで地面を叩く。リシータは牛を遠くに引っ張っていき、ノルもその近くで一騎打ちを見守るつもりだ。

「いざとなったら助けてあげるよ!」

 リシータが牛を木に結びつけ、矢を構える。

「いりませんよ。俺の力、甘く見ないでください」

 告げると、ロイが駆ける。

 土蜘蛛は糸を吐き出した。だがまるで速さが追いついていない。ロイは木の一本に駆け上がると、また別の木に飛び移り、バグナウを後方に引いて土蜘蛛の背中に飛び移ろうとした。

 だが、八つの瞳はすでに死角を可能な限り減らしている。土蜘蛛はロイの速さに追いつけてはいなかったが、見失ってはいない。八つの脚を駆使し、なんとか彼の襲撃を回避する。

 目の前に降り立ったロイに牙を立てようとするが、またしても回避された。今度は側面からロイがバグナウを突き立てる。左の目が爪で潰された。

 土蜘蛛は怯み、後方に数歩下がった。だが残った瞳はロイを見て離さない。

「なんだ、まるで手応えがないな」

 バグナウに付着した土蜘蛛の血を払い、ロイは笑みを浮かべた。

 土蜘蛛は彼に勝てないと判断したのか、ロイを警戒しながらゆっくり後退し始めた。その尻の先には、自分の巣穴がある。あそこに戻れば、予め張り巡らせてある罠によって、逆転できると考えたのだろう。

 だが、ロイが見逃すはずはなかった。

 ゆっくりと右手を顔の前に近づけ、大きく息を吸う。そして振り下ろした瞬間、彼は駆け出した。

 複数の空気の歪みが土蜘蛛に襲い掛かる。一発、二発、三発……次々に小さな風の刃が土蜘蛛を傷つけ、ついには細長い前脚二本を斬り飛ばす。

 残った脚で急いで巣穴に戻ろうとしたが、ロイは左足で跳躍した直後だった。

 すでに射程内。鋭く蹴り上げられた右足は、土蜘蛛の顎を砕き、空中で半回転させ、背中から地面に落とす。跳躍した勢いのまま腹部に降り立ったロイは、止めといわんばかりにバグナウを突き立て、捻った。

 土蜘蛛はビクビクと両脚をバタつかせ、痙攣していたが、やがて動かなくなった。

「見ました? 俺の力。本当はこんなもんじゃないですが、土蜘蛛程度なら楽勝ですよ」

 自分の仕留めた獲物の上で、ロイはやってくる先輩たちを見て笑った。

 ノルは土蜘蛛が完全に息絶えていることを確認すると、軽く微笑みを返す。

「ええ。やっぱりあなたを入れてよかったわ」

「速い速い。サルみたいだったよ」

 リシータも感嘆し、拍手を送った。

「サルって……。もっといい表現ないですか?」

 がっくりと肩を落としたロイだが、表情は明るかった。先輩二人に認められるだけの働きができたことを、彼は誇りに思っていた。

 どうせならクレイヴにも見て欲しかったが、それは叶わない。

「じゃ、二人を助けましょうか」

 ノルが宣言し、入り口付近から松明の火で洞窟内の糸を綺麗に焼いていく。同時に、光が奥を照らし出し、捕われた二人の姿を映し出す。

「次はないかもしれないわ。注意しなさい」

 近づき、熱したナイフで糸を剥いでいく。アシドは自分が脚を引っ張ったことに対してショックを受けているようだったが、カルラは単純に怖がっていた。手が動かないため、涙は垂れ流されている。

「ううっ、ひっく! ううう……」

 やっと両腕が自由になり、カルラは嗚咽を堪えながらも自分の顔を覆った。

 助け出されたカルラとアシドは、少しの間木陰で休んでいた。ずっと同じ姿勢でいたため、糸から開放されたとき、筋肉が硬直して疲れていたのだ。

 カルラは涙を何度も拭きながら、アシドに慰めてもらっていた。ノルはその様子を見ていたが、落胆の色が隠せていない。アシドが本来の力を発揮すれば、土蜘蛛程度に遅れは取らないはずなのだ。希望を持っているとすれば、カルラが自発的にソルジャースクールをやめてもらえるかもしれない、ということだ。

 だが、それはチームリーダーであるノルの失点になる。学長もカルラにソルジャーとしての能力が欠如していることはわかっているのだ。だがそれでも入れたからには、相応の見返りがあったのかもしれない。

「お金って怖いわね……」

「ん? ノル、何か言った?」

「別に」

 リシータはそれ以上訊かなかった。

 その二人の後方で、ロイは土蜘蛛の牙を一本切り取っていた。戦利品として村に持ち帰るつもりらしい。

 後に、ロイの持ち帰った牙が村長の家に飾られることになった。



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