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三話『竜の名は……』

 楠木の言うとおりに長い廊下を渡っていくと、頑丈そうな扉が見えた。

 広めのエントランスがあったというのに、なぜ粗末な扉が出ねばならないのか……。と扉のノブを回しつつルークは不満に思う。


 ○


 冷たい空気が身に染みていく。

 生い茂った芝生の上で繰り広げられている異様な光景にルークは息を飲んだ。

「何だあれは……」


 地面に引かれた馬鹿デカい長方形の中で、赤を貴重としたユニフォームに身を包んだ女達が一定間隔を保ちつつ、足で玉を回しあっている。

 その集団から玉を奪うべく。黄色いゼッケンを着た女達が連動的に玉を保持した女へと迫りつづけている。

 中でも8と書かれたゼッケンを着た女は尋常で無い気迫を醸しだしつつ、最高速度を維持したまま、死に物狂いで玉に食らいつこうとしている。

 遠目で見ると幼げな見た目からは、想像できない竜のようなオーラが彼女にはあった。


「今朝の女か……?」


 朧気ながら記憶にある姿を探る。

 鱗の如く赤みのある長髪。意志の強そうな鋭い目。キツく食いしばった口元。

 主張しすぎない形の良い鼻がそれらを上手く調和させている。

 それから、小さい体躯と控えめすぎる胸に見合わない脚力。


 それら全てが朝に見た彼女よりも格段にグレードアップしており、ルークは驚きを隠せなかった。


「この女、本当に人族なのか……?」


 ルークも元は人型の魔物であった。

 それ故に人の肉体が発揮できる限界というものを心得ているし、その不便さも身を持って体感していた。

 だからこそ人間は魔術と武器、連携を通じて、他種と渡り合うのだ。

 しかし、魔術を使っている様子も無い彼女たちはルークの知る人間達を遙かに超越し、各人が勇者レベルの身体能力を発揮していた。それも女が。

 中でも竜の様な女の身体能力は突出していた。


 ここは恐らく、国中のエリートを集めた軍事養成施設なのだろう。

 行っているのはそのための訓練か。などとルークが考えていると……

「避けてっ!」という声が周囲に響いた。

 一直線に落ちてくる威力を持った浮き玉がルークの視界を塞ぐ。


「ゴフッッ!!」


 鼻っ柱を殴りつけ、跳ね返る玉の音だけが、その空間を一瞬だけ支配する。

 それからルークは膝から崩れ落ちるように跪くと鼻を押さえたままフラついた様子で再度立ち上がった。


「おお、なんだか今日は打たれ強いね。秀君」


「なんだ、お前は……」


 黒髪を短く切りそろえた女がボールを持ってルークに近づき、血の出ている鼻を見ると、どこからかタオルを取り出した。

 それから、「コーチが来るまで、これで抑えといてね」と言ってルークに手渡すと、元の位置へと走りだした。


 ――シュウ君、と呼ばれたな。

 ルークは先程の短髪から呼ばれた名前を頭の中で復唱し、一つの結論に辿り着いた。現在の身体には元の持ち主が存在していたという結論だ。

 この世界に来て、経験した事を逆算して考えると、そう考えるのが自然なのだが、様々な状況を仮定して置かなければ魔女に騙される事になる。というルークの経験則が、その結論へと至らせなかったのだ。


 周囲へ探りを入れ、不振に思われない対応に変えていく必要があるだろう。とルークは思案する。

 楠木という男はドワーフにしか見えないので例外、人間だとしても魔女に姿を変えられているに違いない。どちらにしても、魔女の連絡役としてこき使われている事に変わりは無いのだから、弱みを見せては相手の思う壺である。


 今後の方針について考えていたルークは集中を解くと、頭上から、大勢の笑い声が聞こえてくる事に気づいた。

 振り向くと、大勢の人間がルークの事を見て笑っているのだ。

 人が負傷したことの何が面白いのだ、とルークが思っていると、横から「笑うんじゃない!!」と怒鳴りつける声が聞こえてきた。


 振り向くと、大柄の女が無骨な大きめの黒い鞄を持って駆け寄ってきている姿が見える。それを聞いた人間達は神崎さんの過保護が出たぞ、と更に盛り上がった。


 ――こいつはどんな人間だったんだ……。

 ルークは自分の身体の持ち主に思いを馳せて、心底呆れる。


「大丈夫か? キミはこのクラブの将来なんだから、怪我には気をつけろよ」


 神崎という人間はハッキリと頼もしい声をルークにかけると、黒いカバンから白い止血栓を取り出して、鼻に突っ込んだ。


「ぐっ、何を!?」

「これくらい我慢しろ!!」


 怪我に気をつけろと言った矢先に攻撃を受けたのだと思ったルークは、なんて破天荒な女なんだと神崎を見た。

 細長いルークの身体よりもガッシリとした体付きで背丈も十センチくらい高い。長方形の中でボールを回しあっている女達の中と比べても強靱な肉体なので、教官かなにかなのだろうとルークは思った。


「申し訳な、ありません。教官」

「しっかりしろっ 教官はお前だろ!!」


 大丈夫か、大丈夫かと肩を揺さぶられルークは動揺する。

 ――こんな男が教官だと……?


「あ、ああ、そうだったな神崎。もう大丈夫だ。この鼻の異物を取っても構わないか」

「神崎さんだろ!! ダメだ。お前が失血死したらお爺さまに向ける顔が無いっ」


 神崎の声量がドンドン増していき、ルークの鼓膜はビリビリと震える。まるで静電気のようだ。


「秀一郎ッ! 今日からはお前がお爺さまに変わりこのチームの指揮を執る。その自覚を持って、監督として、まずは自分の身体を大事にするんだッ」


 神崎は揺さぶられ続けて青ざめたルークの身体を離すと、では私は練習に戻る。と言ってスタスタと元居たであろう位置に戻り、女達に声をかけ始めた。


 ○


 およそ十分後、女達は動きを止めた。

 そして、水を飲み。何やらボードを手にしている神崎の元に集っていった。

 現在の状況を理解する絶好の機会だとして、ルークも、その集団へと近づく。


 水色の髪を二つに結んだ隣の女が腰に手を当て、「邪魔しないでよね」

 と小声でルークに忠告する。

「ああ」とだけ答えてルークは神崎が話し出すのを待つ。


「お前ら、選手にはとても酷なことだっただろう」


 神崎が左から右へと全ての女達が居ることを確認すると、切り出す。


「今までチームを牽引してきた青木監督が病に倒れ、早四ヶ月。私の不甲斐ない指揮には、私自身も不満を隠せない。シーズン初めにこの状態を脱し、開幕にコンディションを合わせるためにもお前らには早く新しい指揮官が必要だ」


 それから一呼吸置くと、神崎はルークを皆の前へと手招きし連れ出した。

 その光景を目の当たりにしている選手達の間でザワザワとざわめきが起こる。


「そこで、青木監督の元で長い年月を過ごした秀一郎に監督を務めてもらうことにした」


 ルークの腰に手をやり堂々と宣言する。

 選手の大半が顔にネガティブな表情を浮かべ、ルークへ冷たい目線を向けた。

 ――やめろ!! そんな目で俺を見るなッ!!

 前の世界では大多数から尊敬されていたルークには耐えられぬ凍えた視線がそこにはあった。

 しかし、空気を読んで、誰もその発言に異論を唱える事はしなかった。


 否、一人だけ居た。

「嘘ぉぉおおお!! 信じらんないっ! コイツ、サッカーの事なんて何も知らないキモオタよぉ!?」


 慌てふためいた竜のような女がルークを指さして、大声で非難すると、皆の顔を見回した。が、あったものは……。


「ほう。秀一郎が信じられないと?」


 般若のような顔をした神崎が戦術用のボードを振りぶっている姿だけだった。


 ○


 その後、神崎にクールダウンだ。と声をかけられた選手達はアイシングをしたり、ストレッチをしたりして、建物の中へと戻っていった。

 何人かがルークに近づいてきたが、頭にでかいタンコブを作った竜のような女がルークを近くで睥睨していては誰も話しかけることはできない。


「ナギ。お前は戻らなくて良いのか」

「あだ名で呼ぶなッ!! あんたがピッチにカメラとか仕掛けないかどうか監視してるのよ。あんたが出て行けば、私も三十分後くらいに出るわ」


 ルークは選手達が竜のような女に近寄るとき、ナギと呼ばれていることに気づいた。ルークもそれに習ってナギと呼んだが、どうやらこれは真名ではないらしい。


「……なぜ、三十分後なんだ」

「うるさい! さっさと戻んなさいよっ」


 ナギに軽く小突かれて、ルークがよろける。


「やっ、やめろ! お前の蹴りだと骨が折れるかも分からんぞッ」

「人をバケモノみたいに呼ぶなぁぁぁあああ!!」


 ナギの小さい身体から放たれた蹴りは的確にルークの顎を射抜いた。

 視界が暗くなっていく最中、ナギのすり減ったスパイクのポイントを記憶に残し、ルークはこれからの進路を懸念した。






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