5
誰もあたし達の後を追ってこなかった。
ラドックの最後は、それだけ彼らに恐怖を植え付けたんだと思う。
そうは言っても、いつ彼らの気が変わるとも分からないので、洞窟を出てからも気を許すことは出来ず、その後も歩き続けたけれど。
「ん? ねえねえ、レマ。あれって街だよね!?」
そんなあたしの視界に、小さいけれど確かに光る物が見えた。
街だった。
帰って来れたんだ。
まだ少し歩かなければならないし、完全に油断をするわけには行かないけれど、ここまで来れば安全だろう。
「……あれは後悔の念が形になったものだ」
彼も多少気が緩んだのだろうか。ふいにレニが口を開いた。
あれというものが、ラドックを『崩した』石の事だと言うことは分かっていた。
ただ、そう言われても、何と返したら良いか分からない。
恥ずかしながら、懺悔室に入るのは、懺悔をする側専門で、受ける側はやったことがなかった。
聞くべきではないと思いながらも、他の話題が見つからない。いや、うやむやにして置きたくない。
「……本当なの? その……ラドックの言ってたことって?」
恋人に渡した石が爆発。
レニはこちらを見ずに言葉をかえした。
「……ああ、本当だ」
言いながら、『石』が入ってる袋に左手が伸びた。
動き自体に特に意味はないのだろう。そのまま言葉を続ける。
「前に聞かれた質問だが、魔晶石は誰にでも使える。レスティアでも、いやそこらの子供でさえもだ」
そういえば、そんなことを口にした。
「……石の力の発動条件は、軽く念じるだけで良い。だから以前、オレはある女性に炎の術を使うための石を数個渡したことがある」
レニの視線は相変わらず下に向けられたままだ。
「そんな彼女がある戦闘の際、近くの敵に向かって炎の石を使った。石は爆発しその敵は炎に包まれたが、驚くことに相手はそのまま彼女に体当たりをしたんだ……」
少し顔を上げる。
「体当たりそのものは対したダメージじゃなかったんだ。それだけなら対したことにはならなかったのに……」
ぐっと彼は拳を握った。
「……相手の殺意に石が反応したんだ」
そこから先は言われなくても分かった。
だから迷宮内であたしに石を渡さなかったのだ。
攻撃用の石は無かったけれど、何かの弾みでどんな悲劇が起きるか分からないから。
「その……人を殺めるのをやめたのも、その辺りが理由なの?」
あたしの言葉にレニは目を伏せたまま、魔晶石が入ってる袋に手を入れた。
取り出したのは──紫の石。
「それって……」
おかしい……この石は一つしか持ってないんじゃ?
「この『お守り』は彼女が亡くなってから作れるように、いや、作られるようになった。何故だが分からないがいつの間にか袋の中に入ってるんだ。勝手にな」
指先にある石を見ているのに、その視線はとても遠い。
「この石は殺意に反応し、持つものを滅ぼそうとする。こんな物を持っていたら、人は殺せない」
確かに危険すぎる。
殺意に反応するというのなら、レニ自身の殺意にも反応しかねない。
あの時、ラドックに刃は向けたが、殺意どころか傷をつける気もなかったのだろう。
その時、不意にラドックの最後があたしの頭に浮かんだ。
「だ、駄目だよレニ……そんな、そんなのって」
今になって分かった。
これはレニの後悔の念が、結晶となった物だ。
自分で自分を殺す為の石
それがどういう意味を持つのか──
けれど、そんなあたしの思いを読んだのか、レニが口を開く。
「安心しろ。死ぬつもりなら、策など使わずにラドックに殺されていた」
「策?」
「石の入った袋は落ちたんじゃない。落としたんだ。戦闘中、相手が武器を落とすと、つい拾いに行きたくなる性質が人にはある。まして珍しい術だからな……つい使いたくなる物なんだ」
ラドックとの戦闘中、レニの腰から袋が落ちたのは偶然では無かったのだ。
「所詮、オレはこんな男なんだ。恋人の事を馬鹿にされている時でさえ、勝つ為……いや逃げるための手段を考えている。オレはその程度の男なんだよ」
寂しそうにレニは笑った。
そんな彼に、あたしは言った。
「そんな事ないよ」
レニが顔を上げる。
その表情には戸惑いの色が出ている。
「あの涙は嘘じゃないもの」
あたしはあの時、たしかに見た。
ラドックに反撃を受けて、倒れたレニ。
起き上がろうとした時、彼の目から光る物が落ちたのを私は見たのだ。
レニは俯いたまま確かに言った。
「……ありがとう、ティア」
そう言うと彼は、あたしの頬を伝わる涙をそっと拭った。
その後、レニはあたしを街の前まで送り届けると、それ以上何も言わずにその場を去った。
あたしにはその姿が見えなくなるまで、黙って見送ることしか出来なかった。
◇
「まだ起きているのですか、ティア?」
「あ、すみません。もう寝ます」
「今日はいろいろあったのだから、早く寝なさい」
「はい、おやすみなさい」
あの後教会に帰ってから聞いたけど、神父様とレニのつながりも分かった。
神父様が以前旅をしていた時、旅先でちょうどレニの恋人の葬儀を依頼された事があるらしい。
しっかりと地元の教会で依頼した方が良いと、最初は神父様も断られたらしい。
ただ、その神父様に対して、
「理由は言えませんが、わたしは教会に入れぬ身です」
そう答えたそうだ。
なにやら複雑な事情があるようだと察した神父様は、略式とはいえ、一人で葬儀を行ったらしい。
それ以降、レニと神父様の間に接点は無かったが、今回、教会が悪魔教徒から襲撃を受けたとの話を聞き、レニが様子を見に来てくれたとの事だった。
そしてその時、神父様があたしの事を話したら、以前の礼として、あたしを助けに向かってくれたとの事だった。
あたしは自室に戻ると、明かりを消してベッドに入った。
でも、その日は一睡もしなかった。
レニが自分を許せるように、ずっと祈らずにはいられなかったから──
(了)