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魔晶使いと囚われの少女  作者: 練-ren-
4/5

 

 あたし達が向かう出口から、反対側の方向にあたる通路から、大きな爆発音と悲鳴がした。

 もちろんレニの【幻聴】による物だ。

 

「なっ、何だ!?」

「来たのかっ!!」

 

 慌てふためく信者達。

 そこに爆発音のした通路の奥からレニの【幻覚】が現れる。

 出口に向かう様な動きを見せた【レニ】は、目の前に信者達がいるのに気付くと、舌打ちをするような仕草をした後、元の通路へと引き返す。

 

 芸が細かい。

 

「あいつかっ!?」

「待てっ、逃がすなっ!!」

 

 釣られて通路の方へと入っていく信者の数──3人。

 まあ、悪くない。

 さすがに全員は無理だったけど。

 その信者達の背後を覆うように白い煙が現れる。

 

「うわっ?」

「なんだっ?、なんだこれはっ!?」

 

 白煙の向こう側から、分かりやすくパニックになっている声が聞こえる。

 数秒とはいえ足止め成功。

 

 ───行ける!

 

 とんっ、とあたしの肩を軽く叩くと出口に向かって走り出すレニ。あたしも続いて走る。

 

「! お前達っ!?」

 

 前方にいた信者達があたし達の接近に気付く。

 まぁ、自分達に向かって突進してくる人影に気付かなきゃ、何の為に居るんだって話だけど。

 

「な……」

「ぐ……」

 

 と、あたしの前方でいきなり信者が二人倒れた。

 いつ投げたのか全然分からなかったけど、レニが【睡眠】を使ったのだろう。

 

 ──あと一人!!

 

 レニが最後の人に近づくと───腰から剣を抜いた。

 

 レニ!?

 

 見たくはなかった白刃が、彼の右手から信者の首元へとまっすぐ放たれる。

 

 ──!!

 

 けれど、そこに血しぶきをあげて倒れる信者の姿はなかった。

 そこにはがっちりとレニの剣を受け止めている、大振りの短剣。その短剣を支えるのは同じくがっしりとした太い腕。

 

 相手がレニの攻撃を受け止めていた。

 

 レニが鋭く息を吐く音が聞こえた。

 彼の右足が鋭く伸びる。が、相手もそれに合わせるように左足で受け止めた。

 左手、左足。右の剣を使うと見せかけて、もう一度右足を今度は上段へ。

 

 だがそんなレニの攻撃を受け止めると、今度は相手の右足がレニの腹部へと吸い込まれる。

 細身といえ背のあるレニの体が、軽々と後ろに飛ばされる。

 

「レニ!」

 

 レニは地面に転がると、半回転してすぐに起き上がった。

 

「何ともない」

 

 実際ダメージがあるようには見えない。

 ただ、レニの場合そういう演技をしているだけの場合もあるし、鵜呑みに出来ないけれど。

 

 その時、後ろから物音。

 

 ひいいぃぃぃっっ!!

 

 いつの間にか【白煙】に包まれていた信者達がすぐ後ろに立って取り囲んでいた。

 

 やっぱり効果時間5秒は短かったか……

 

 だが男達はそれ以上、あたしにもレニにも近づいてこない。

 周りを取り囲むようにして、様子を見ている。彼らの視線は、先ほど【睡眠】で倒した男達に向けられていた。

 

 うん、怖いよね……

 

 無理もない。

 先ほど逃げるレニを追いかけたら、煙に包まれ、戻ってきたら二人倒されているのだ。警戒しない方がおかしい。

 一方で、あたし達を捕まえる気力が失われた様には見えない。

 少しでも隙を見せれば、彼らはいっせいに飛び掛ってくるだろう。

 

 レニも周りの状況を確認すると、剣を構え直し、口を開いた。

 

「同業者か……」

 

 レニの言葉に黒いフードを被っていた男は、ピクリと肩を動かすとフードを投げ捨てた。

 

「ご明察だ。魔晶使いレニ」

 

 フードの下からはがっしりとした筋肉に包まれた、三十歳位のいかにも戦士といった男が現れた。

 考えてみれば、むしろ簡単な答えだった。

 信者の中にも戦闘訓練を受けている者はいるだろうけど、プロの傭兵であるレニと渡り合うのは無理がある。

 男は両手を広げると、軽い口調で話し出した。

 

「ちょっとした小遣い稼ぎのつもりで用心棒なんざ引き受けて見たが、まさかあんたみたいな有名人に会えるたぁねぇ。ちなみにオレはラドックってんだが、知ってるかい?」

「知らない」

 

 素っ気ないレニの言葉に、ラドックは気分を害した様でもなく、言葉を続ける。

 

「だろうねェ。あんたほどの有名人じゃあオレみたいな小物の事までは知らないよなぁ」

 

 有名人……

 

 男──ラドックが口にする言葉に、あたしの心がざわつく。

 ラドックが不意に、こちらを向いた。

 

「知ってるかい、嬢ちゃん」

 

 黄色く、薄汚い歯が見える。

 

「こいつはな、石一個投げるだけで、ここにいる全員を殺せるバケモノだ」

 

 ──え?

 

 ラドックの言葉が浸透するのに、少し時間がかかった。

 

 レニが過去に人を殺したことがあるだろうとは思っていた。でも、はっきりと告げられると、動揺を隠せない。

 そんなあたしの様子に気付いたのか、ラドックが楽しそうに続ける。

 

「さっきも言ったが、こいつは裏の世界じゃちょっとした有名人なんだぜ。数々の幻覚魔法を使って潜入し、攻撃魔法で拠点の中心に大打撃を与える。ゲリラ戦術の使い手としてはトップクラスだ」

 

 半分までは分かる。

 実際、あたしを助けに来るところまでは、レニは一切見つからずに来ていた。

 問題は後半だ。レニは攻撃魔法を持っていない。

 だがそんなあたしの疑問に、ラドックが答えてくれるようだった。

 

「ところがだ。数年前から、妙な噂が流れ出した」

 

 首をかしげるような仕草をラドックがする。

 

「『あの【魔晶使い】が殺しの依頼を一切受けなくなった』ってんだからな。何の冗談かと思ったさ。だが──」

 

 話しながらラドックは横を見る。

 

 あれは!?

 

 ラドックの視線の先には【睡眠】の石があった。

 あたしが気付かなかっただけで、ラドックは【睡眠】の石を避けていたのだ。

 

「まさかあんな補助系魔法を使ってくるとはな。噂は本当だったってわけだ」

「ちなみにその噂なんだが……一つ聞いていいか?」

「……」

 

 レニは答えない。何も変わらない冷静な瞳でラドックを見ている。

 

「恋人に渡した魔晶石が暴発したってのは、本当かい?」

 

 途端。

 意味をなさない言葉を叫んで、レニはラドックに飛び掛る。

 でもその動きは、あたしの目から見ても明らかに無茶苦茶だった。

 

「馬鹿が!!」

 

 レニの攻撃をあっさり避けると、ラドックは彼の顔を思い切り殴りつける。

 

「ぐっ」

 

 ふっとんだレニの体から何かが落ちた。

 いつもレニの腰についていた、魔晶石の袋。

 

「レニ!!」

 

 思わず叫んだあたしだったけど、すぐ後ろに何かがいるのを感じた。

 

「しまっ──」

 

 次の瞬間、あたしは信者に待ち構えていた信者達に羽交い絞めにされていた。

 

 うかつだった──

 

 ラドックは魔晶石の入った袋を蹴り上げ、見事にキャッチする。

 

「はっはぁ! 絶体絶命だなぁ【魔晶使い】。大事な石もなく、人質もとられちまったら手も足も出ねえだろ! まさか、ああも簡単に切れるとは思わなかったがな」

 

 そっか、さっきのはレニを怒らせる為に言ってたんだ。

 起き上がってきたレニに向かって叫ぶラドック。

 

「へへっ。てめぇほどの奴だと、どんな切り札があるか分からねぇからな。こいつを使わせて貰うぜ」

 

 あれは……

 

 ラドックが取り出したのは紫色の石。レニが『お守り』と言っていた石だ。

 

「はっ! 一切殺しを受けなくなったらしいが、ネタは上がってんだ。一つだけいつも使わない魔晶石があるってな」

 

 ラドックが軽く石を握ると、手を肩の位置にまで上げて止める。

 

「なぁ? こいつは攻撃用の石なんだろ? いざとなりゃぁコイツでぶっ飛ばすんだろ?」

 

 レニは何も答えない。

 ただ、その表情は先ほどと違って、いつも通り冷静な面持ちだった。

 そんなレニの表情が気に入らなかったのか。ラドックが叫んだ。

 

「なあ!!」

 

 ラドックの腕に力がこもるのが分かる、『お守り』を投げる気だ。

 

 神様──!!

 

 思わず祈りを奉げようとしたあたしの耳に、神様ではなくレニの声が届いた。

 

「……好きにしろ。その手で出来るものなら、な」

 

 手?

 

 レニの言葉にあたしと、そしてラドックの視線が彼の右手に注がれる。

 

「な、手がっ!?」

 

 振り上げていた彼の右腕は、いつのまにか真っ黒になっていた。

 

「いっ、一体何が──!?」

 

 動揺するラドック。

 そんな彼の体の揺れが影響したのだろうか。

 

 ズチャ

 

 濡れた雑巾の様な音をたて、黒ずんだ何かが彼の右肩から落ちた。

 それだけでは終わらず《黒》は、彼の体を段々と侵食していく。

 

「うっ、うわあああぁぁぁぁぁ!?」

 

 恐怖にもだえるラドック。

 特に痛みがある様には見えない。だが、その《黒》の侵食は止まらず、ラドックの体がぼろぼろと崩れていく。

 

「な、なんだこれはっ。たっ、助けてくれぇぇぇ!!」

 

 《黒》の侵食は胴体の部分にまで及び、既に生命を維持する上で重要な部位が崩れ落ちている。

 普通ならとっくに死んでいるはずである。

 

 でも──ラドックはまだ動いている。

 

「ひいいぃぃぃ!!」

 

 耳元で叫び声。

 あたしの体を拘束していた力が無くなった。

 振り向くと信者が逃げ出していた。ラドックの最後を目の前にして逃げ出したのだ。

 そんなあたしに声がかかる。

 

「行くぞ」

 

 レニの声だった。

 先ほどとは打って変わって物静かな声。

 力が入らないあたしの体をささえると、レニは出口に向かって歩き出した。

 

 出口を抜け、扉を閉めたあと、扉の向こうで何かが倒れる音がした。 

 

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