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それは一瞬の出来事だった。
部屋の中が白い煙に包まれたと思うと、あたしの周りで数人の男達のうめき声、それに何かが倒れる音が続いた。
え、何!?
煙が晴れて、視界が戻る。今までと違う光景にあたしは目を見張った。
「……すごい」
あたしを監視していた三人の男達は、全て床に倒れていた。
赤いものが付いてるようには見えないので、死んだりはしていないと思う。
多分。
そして今、この部屋には先ほどまでは居なかった、見覚えの無い四人目の男がいる。
男は無言で倒れてる男達を縛り、剣や杖、その他の道具を外すと、ようやくあたしの前にやって来てボソリと言った。
「助けに来た」
◇
少しホコリっぽい空気。
木枠で補強されただけで、土がむき出しになっている壁。
炭鉱のような造りの洞窟の中を、あたしと男性は歩いていた。
外に向かって。
「じゃあ、神父さまが?」
「ああ」
「ふぅん。神父さまでも傭兵さんへのツテがあるのね。あ、それともアリシアおばさん? いつも教会にいるけど一般人だし」
「……」
「それともピートだったり……ねぇ」
「何だ?」
「もう少し話してよっ。怖くて仕方ないじゃないっ」
「ああ」
今、あたし達がいるのは、悪魔を崇拝している者達の教会である。
もっともそういう特殊な人達だけあって、おおっぴらに教会なんて呼べる物はなく、ここは洞窟の中に作られた施設だった。教会というよりアジトと言ったほうが、お似合いな気がする。
あたし達の街から少し入った山の中に、悪魔教徒がいる事は分かっていたことだった。
でも、何か事を起こすわけでも無かったので、無理に寝た子を起こす事もあるまいと放置されていたのだ。
それが甘かった。
今から3日前。これまで息を潜めていた悪魔教徒達はついに事を起こした。
あたしのいる街に襲撃をかけ、あろうことか儀式の為の生贄として、『光の神』の教会の#修道女__シスター__#の誘拐を計画したのだ。
いや、まあ。その修道女ってのがあたしなんですけど。しかもまだ見習い。
悪魔教徒達の動きを見ていると、明日か明後日には儀式が行われ、あたしは悪魔に奉げられていたはずである。
状況からして無駄話をしちゃいけないとは思うけど、助けが来たという安心感と、また捕まったらどうしようという不安があたし中で鬩ぎあって落ち着かないのだ。
なのにこの男は……
「止まれ」
「わっ」
男はT字路の突き当たりであたしを止めると、耳を澄ませる。
「……行こう」
一言。そして、返事も待たずに歩き出す。
「走ったほうが良くない? あたし、体力には自身あるよ」
嘘じゃない。
教会に襲撃があったときも、最初は抵抗したんだから。
神父様が人質にとられたりしなければ、あたしは死ぬ気で抵抗していたと思う。
その時暴れた上に、ここ数日の拘束のおかげで、お気に入りの真っ白だった祭服と自慢の金髪は、今では土と埃で結構汚れている。
というか、あたし汗臭くないかな……?
ここに連れて来られてから三日。湯浴みなんてさせて貰えなかった。
自分では気にならないが、自分の体臭は自分では分かりにくいはず。
そんなこっちの心境など知りもせず、男が話す。
「不要だ」
「でも、逃げたのがバレたら、すぐに追いかけてこない?」
「この地下洞窟は結構深い。しかもここはその最深部だ。下手に走るよりも体力を温存して、着実に出口に向かうべきだ」
「ふーん」
それにしても本当に無口だなこの人。
そういえば、名前を聞いてない。
「そーだ、名前聞いてなかった。あたしは──」
「知ってる。レスティア」
「あ、知ってたんだ」
「助ける相手の名前や特徴も知らずに、仕事はできない」
確かに……馬鹿だと思われたかな。
「あ、あははははっ。そっ、そーだね。ティアって呼んで」
「レスティアでいい」
なんだかなぁ。
「レニだ」
「は?」
「名前……止まれ」
レニって言うんだ……
新しい交差点で止まりながら、あたしはレニの事を観察した。
背は多分180の手前。傭兵なんてやってるのに体は細い。
服装は全体的に黒。真っ黒じゃないけど暗い色が多い。
髪も目も黒く、うざったく無い程度に伸ばしている。
年は若く見える。
二十台半ばといったところ。まぁ、十四のあたしからすればオジサンだけど。
顔も細面で結構良い方。普通ならかなりモテるタイプだろう。
全体的に影があるタイプなんだよね……悪く言えば暗い。
しかし、何よりも気になったのはその装備だ。
左側の腰に一本、ショートソードを差してるだけで他には目立ったものが無い。あとは腰に小さな袋を身につけてるだけで、他には何にもないのだ。
ふと思ったけれど、あたしの特徴は何と聞かされているのだろう?
「ねぇ、レニ。あたしの特徴って──」
「いるな」
「え?」
左側の壁に背を付けて、レニが通路の奥に意識を向けているのが分かる。何がいるのかと、通路に顔を出そうとしたあたしの頭を、レニの手が押さえつけた。
「無闇に顔をだすな」
「すいません」
いーじゃん、ちょっとくらい。
文句は言いたかったけど、止められる前に通路の先が見えたから、それで良しとした。
教団の信者らしく二人の人影がいるのが見えた。
なにやら二人で話をしながら、こちらに近づいて来ている。
どうしよ……
足音はまだ遠いけれど、着実にこちらに近づいてくる。焦ってるような感じは受けないから、まだあたし達が逃げたことは知られていないかも知れないけれど、このままここに居たら見つかってしまう。
「どうする?」
「倒す」
あたしの言葉にレニは簡潔に応えると、腰の袋に手を入れて何かを取り出した。
──宝石?
彼の手の中には、色とりどりの宝石が幾つか握られていた。