二話
ジュリア・ライゼントは、『ライゼント公爵の秘宝』と疑われるほどの美少女である。
純白で美しい肌と髪、睫毛、そして深紫色の瞳。
それは、どこか耽美的で誰しもジュリアの持つ独自の美の世界に引き込まれしまうほどだ。
ジュリアは『アルビノ』と呼ばれる2~3万人に1人がいるかいないかと呼ばれる先天性白皮症であった。
しかし、ジュリアの生きるこの世界で、『アルビノ』という症は知られてはおらず、ジュリアは『白薔薇の化身』や『女神の化身』と呼ばれていた。
夢から覚醒したジュリアは、いつものように侍女の手を借りて身の回りを整える。
ジュリアの純白の髪を編んでいた侍女ロゼの手がふと止まった。
「あら? ジュリア様の首のところが赤くなっていますわ」
ロゼはそう言って、昨日夢の中で彼がジュリアにつけた花びらを見つけた。
(え? 夢の中の出来事なのに……何故?)
目の前の鏡に自分の首を映してみると、そこにはくっきりと赤い花びらが付いていた。
「多分昨日の夜、蚊に刺されたんだわ」
内心焦りながらも、決してそれを表に出さず、ジュリアは淡々とそう述べた。
「なるほど、きっとそうですわね。ジュリア様の肌だと目立ってしまうので、スカーフを着けておきましょう」
ロゼは現在ジュリアが身につけている薄青色のドレスに合わせて、同じ色のスカーフを手際よく巻いた。
「ありがとう、ロゼ。それと今日の予定を教えてくれるかしら?」
「はい、もちろんです。今日はこれからアルン王子主催のお茶会が開かれ、ジュリア様はそれに出席することになっています。それと、ライゼント公爵様からお話があるとか……」
「お父様から? 一体何かしら……」
数分自室で待っていると、ライゼント公爵が勢いよく入室してきた。
「ジュリアっ!! あのバカ王子が私の愛しのジュリアを放ったらかして他の女の元に行きおったわ! なんと忌々しい!」
父上ーーライゼント公爵は、顔に青筋が立つほど頭にきているようだ。
(アルン王子がどうしようもなくバカであることは認めるが、仮にも次期国王をバカ王子呼ばわりするのはどうかと思いますわ、お父様……)
「お父様、落ち着いてください」
「落ち着いていられるか!! 私のジュリアの可愛さが分からないような奴は、死刑だ! 死刑!」
王族に向けて死刑宣告をするライゼント公爵。普通だったら、逆にライゼント公爵自身が死刑宣告されてもおかしくないのだが、現国王ファルドから厚い信頼を受けているライゼント公爵ならそれが許されてしまう。また、現国王ファルの我儘により可愛い愛娘ジュリアを嫁がせなければならなくなったライゼント公爵に、現国王ファルドはどうしても強きには出れない。
ジュリアは、この婚約は貴族に生まれた者としての義務だと心得ている。
しかし、アルン王子は違った。アルン王子には、ジュリアとの婚約が決まる前から将来を誓い合っていた女性がいたのだ。
ファルド現国王はその女性との婚約を願い出るアルン王子を説き伏せ、その仲を無理矢理引き裂いて、ジュリアと婚約を成立させた。
ジュリアはただそれに従っただけ。これが公爵家に生まれた者としての宿命なのだと。
一方のアルン王子は、このことが原因でジュリアを毛嫌いしている。なんせ、好きな女との仲を否定さられた挙句、好きでもない女と無理矢理婚約させられたのだから……。
「いいのです、お父様。私は誇り高きライゼント公爵の娘ですよ? 愛人の一人や二人、受け入れられなくてこの国の王妃になれるでしょうか? それにたくさんの世継ぎに恵まれた方がこの国のためともなります」
「しかし、それではあまりにもお前が可哀想ではないか……」
「お父様、そんなに悲しいお顔をなさらないで? 私はこのラファール王国に我が身の全てを捧げると決めているのですから……」
「そうか……でも、ジュリア。お前はもっと私に我儘を言うべきだ。お前がこの婚約を破棄したいと言うのなら、私は全力もってそれを実行にするのに……」
「その気持ちだけで十分ですわ、お父様」
(ごめんなさい、お父様。この身は全てこの国に捧げます。だから、どうか、私の心だけは彼のものであることを許してください……)
夢の中で出会っただけで、名前も知らない人。決して叶うはずもない恋……それでも、この溢れる想いを止めることなどできない。
部屋から退出していくライゼント公爵を見送る。
「私の心は貴方だけのもの…です……」
ジュリアの頬を涙が伝った。