一話
ファーネル王国筆頭公爵のライゼント公爵の長女であるジュリア・ライゼントは、十歳の誕生日を迎えてから、とても不思議な夢を見るようになった。
夢の中でのジュリアは、今よりも大人びた美しい女性に成長しており、ジュリアが笑うだけで周囲に花が綻んだ。
そして、常にジュリアの側には一人の男性が存在していた。
漆黒の双眸に、艶やかな黒髮、そして何と言ってもその精悍でありながら綺麗な顔付き。彼を包み込む全てが、『美しい』という言葉でしか表現することができない。そんな男性。
ジュリアは、出会ったその瞬間から少しずつ彼に惹かれていく自分に気がついた。
しかし、ジュリアには歴とした婚約者がいる。ファーネル王国の現国王ファルドの第一子アルン王子だ。といっても、現国王ファルドの命令によって決まった政略結婚である。
それでもジュリアは、公爵令嬢として未来の夫となるアルン王子を支えなければいけない。だからこそ、自分が夢の中での彼に抱くこの思いを諦めなければならない、そうと分かっているのに、彼に惹かれてしまう。
ジュリアが誰にも告げることができない秘密を抱えて、六年が経っただろうか。一ヶ月後に迎えるジュリアの十六歳の誕生日を機に、アルン王子の下へとジュリアは嫁ぐことが決まっている。
もし、アルン王子と結婚して夫婦としての契りを交わしたら、もう彼に会えなくなるかもしれない。そう思うと、ジュリアの心は軋んだ。
それならば、残りの一ヶ月間を大切にしよう。そして、それを自分の思い出にし、アルン王子の下へと嫁げばいい。ジュリアはそう心に決めて、静かに目を閉じた。
その日もジュリアは、夢を見た。
いつもの彼は、その精悍な顔つきには似合わない優しい笑みを浮かべてジュリアを迎えてくれる。
しかし、今日は違った。いつもの穏やかな瞳でない。彼の瞳に宿っているのは『強い怒り』と『嫉妬』。
いつもは腫れ物を触るように優しく扱ってくるのに、その日の彼はジュリアの左手首を勢いよく掴み、ジュリアを引きずるかのようにしてずんずんと庭園の奥へと突き進む。ジュリアの視界には、様々な色の薔薇が映っては通り過ぎていく。
そして、足がもつれながらも歩くこと数分、美しい東屋に辿り着いた。
その美しい東屋は、通常の東屋よりも大きく、ベットらしきものが付いている。
彼は、そこのベットへとジュリアを投げ飛ばし、すぐさま覆い被さる。
ふと先ほどまで彼に掴まれていた左手首に痛みを感じ、視線を向けるとそこは赤くなっていた。
ズキッという鈍い痛みに思わず涙ぐんでいると、少し落ち着きを取り戻した彼が申し訳なさそうに謝ってくる。
「すまない、ジュリア。私のせいで赤くなってしまった……」
彼はそう言うと、赤くなったジュリアの左手首をそっと掴み、自分の口元へと近づけていく。そして、赤くなった部分に、優しく口付けを落とした。
思わず彼のその動作に見惚れていると、彼は色気を含んだ瞳でジュリアを見下ろしてくる。
「ただジュリアが私以外の誰かのものになることが、許せなかった。ジュリアは、私一人だけのものなのに……」
そう言って、彼はジュリアの細い薬指を口に含み、甘く噛んできた。
途端ジュリアは左の薬指にピリッという痛みが走り、思わず身体がピクリと動いてしまった。
ジュリアが恥ずかしそうに身をよじるのにも関わらず、彼はそれをいっこうに止めようとはしない。
そしてあろうことか、あまりの恥ずかしさに、目が潤み涙を浮かべるジュリアの反応を見て、どこか楽しんでいる。
未来のファーネル王国の王妃として、真綿に包まれながら、花よ蝶よと愛でられて大切に育てられてきたジュリアにとって、異性に薬指を口内へと含まれることなど初めての経験であった。
「んんっ……」
必死に抑えていた声がつい口の間から漏れてしまう。
そのことに快くした彼は、ジュリアの薬指を一度舌で舐め、自分の口から出した。
ジュリアは、顔を真っ赤にさせながら乱れた呼吸に肩を上下させた。
「ッ!?」
乱れた呼吸で薄く桃色に色付く自分の首をきつく吸われ、ジュリアはハッと我に返った。
「ジュリアの肌は本当に白い。そして……とても甘い。まるで桃のようだ」
突然のことに目を見張っていると、彼は熱い眼差しをジュリアに向けてきた。
「これから毎晩、ジュリアに私のものだという証を刻もう……」
彼はジュリアの耳元でそう呟くと、再びその白い首に一枚の赤い花びらを咲かせた。
暇つぶしで読んでいただけると、光栄です。