添い寝
母親と一緒に寝ることを拒むようになったのはいつだっただろうか。父親と風呂に入ることを拒むようになったのはいつだっただろうか。今や、全く思い出すことはできない。転機となる記憶というものが残っているうちは、その転機より以前の状態から変化したことに意味の重点を置いている。転機が転機であると解釈されているその事実こそが、我々の変化への欲望の象徴であるということだ。欲望の象徴は自己解釈によって変化させられることはあるにせよ、記憶にとどまる。しかし、しばらくすると、それは転機ではなく当然のごとく発生すべき過程に変化し、それゆえ、いつの間にか記憶から消失してしまっているものだ。もはや私にとって、母親や父親から独立していく転機は過程へと変化していたことを意味していた。
しかし、未だに私の記憶には、幼い私に添い寝をする母親の姿が焼き付いていた。これは、私の添い寝に関する未練からくるものなのだろうか。ありとあらゆる転機を過程へと昇華させ、次々と過去を捨てていく記憶は、時に記憶の焼却炉に運び込む途中に落とし物をする。そして飛び散る火花と鈍い機械音に覆われた、劣悪な環境の中、その落し物は錆付いた金属に根を伸ばし、点滅するランプに蔓を巻き付けて記憶の場所に生息し続ける。今にも焼き焦がれてしまいそうで、それでいて一生を終えるまで消えることはなさそうなこうした類の記憶というものは、無意識ではないからこそ余計に気持ち悪く感じる。
私の脳内に根を張った母親との添い寝の記憶は足元から始まる。伸ばしても到底、布団の外部にはみ出す見込みがないくらい短い私の二の足は、敷布団と掛布団に挟まれて、服と肌の間の空間に湿気を充満させる。その湿気こそが私と服、すなわち私の外部が原理的に異なる起源から発生するものであることを私に教える。まさに、原始時代、裸で生活してきた我々の本能的なものだ。次いで、その湿気が、下着の上辺、へそのあたりから逃げ出していくと思えば、次いで現れる上着の下辺がその脱出を許さない。洞窟から脱出できそうなわずかながらの希望は、瞬間、天井に空いた吹き抜け穴に過ぎないことに気づき絶望に変わる。湿気は胸のあたりまで迫ってくる。腹が作り出す、微妙な高台を超えたあたりに位置するこの空間は、少しばかり余裕を感じさせてくれる。天井はやや高く適度に現れる凹凸が面白い。やがて通路はだんだん狭くなり、険しい道が始まる。胸の空間で体力をつけておいた湿気は最後の力を振り絞り、双曲線の形に曲がった坂道を一気に駆け上がり、洞窟から脱出することがかなう。こうして生じた服と私の肌との間に生じた湿気の通気口がエネルギー源なのだ。
私は母親の身体の下に手を滑り込ませるのが好きだった。母親が起きないようになるべく奥に手を差し込むゲーム的な楽しみもあったが、それ以上に母親の体温で手がじんわりと温まるのが面白かった。私の足元の方から這い上がってくるような湿気によって誕生したエネルギーは、やがて私の左手に流れ込み、母親の身体の下へと流出する。じんわりと温かい左手は、流れ出るエネルギーを感じている証だ。母親が起きないようにうまくエネルギーを放出できれば、それは母親の体内を通過し、寝息という形で現れる。寝息。そうだ、私が子供のころに好きだったのはこの寝息なのだ。焼却炉に向かう通路に根を張ったむかつくような記憶は、寝息を自らの栄養源として根を張り、整列されたタイルを歪ませるほどのパワーを内包している。寝ているときの母親は起きているときとは違った意味で、生命の動きそのものだった。私が作り出したエネルギーが、そのまま母親へと繋がり、それが吐息という動力になる。起きているときには、この一体感は感じることはできない。臍の緒を切断してから、親子とはいえ、独立した個体として生活している以上、自らの意思は自らが決め、母親の意思は母親が決める。いったん、横になってしまえば、そこには供給と需要という明確な関係を指定することができる。当時の私にとってそれが、無意識のうちの、至上の喜びであったのだろう。植物は枯れそうにない。