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ヒーロストハーツ 2  作者: 乃空 望
序章 彼というアマセが生まれた日
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第五話 「ヒーロストハーツ」

「君から来ると良い。レディーファーストだ」



 ウィルアは優しい声音で二二を煽る。



「すっごいムカつくからそうする」



 彼女はすんなりその挑発に乗ったようで、腰にぶら下げた剣鉈を抜き取った。全身に帯びた黒い雷が荒ぶり、地面を抉っていく。



「……」

「…………」

「始め―――」



 数秒の沈黙の後、二二はさっきとは比べものにならない速度でウィルアへと詰め寄る。



「っるよ!」



 剣と剣が音を奏で合った。(つば)迫り合いを薙ぎ払うように、ウィルアは力を込めて剣を振る。



 危ういこともなく流れるようにそれを回避し、二二は少し相手との距離を置いて左へと走り出す。そのままウィルアの四方を自在に動き回り、壁を使い岩を使いで全ての物を足場として連続的に切りかかった。彼女の周りを覆う(いかずち)は、時にウィルアを捕まえようと躍り出る。



 だが、ウィルアは焦り一つの見せずに、その変則的に見える二二や雷の攻撃を、全て滑らかに防ぎ、逆に迫撃する二二を蹴りで返り討ちにした。



「ぐっ!」



 二二は悲鳴を上げて地面へと転がるが、受け身から再び素早く起き上がり、間髪入れずに魔弾を放つ。だがそのチャージ時間はウィルアにとっては長過ぎたらしい。



「根性だけは認めよう」



 そう言うとウィルアはその魔弾を剣の一振りであっという間に消し去った。



「うわぁ……」



 それを見た二二の表情は強ばりながらも、未だに笑みを浮かべている。だがその笑みは苦笑いに近い。多分ウィルアが魔弾を防ぐ事は重々承知だったのだろう。ただただ、レベルの差を感じているのだ。



 ……そうか。二二が魔弾を使わずに初めから接近戦に持ち込んだのは、僅かな隙もウィルアに見せないため。いや、てかそれできたんなら、俺もフィーナも最初から余裕で殺せてたんじゃね?



 一瞬で背筋が凍りつくような感覚を覚える。さっきのはでまかせでも強がりでもなく、本当に物足りていなかったのだ。いやそれどころか、遊んでいた。



 だが、そんな二二の本気と思われる動きをウィルアは平然と受け止めている。何も知らない奴から見ても、その実力差は明確だ。



 ……どいつもこいつも、企画外ってレベルじゃねぇよ。



 二二は気だるそうな目で、剣を持つ右の拳に力をいれる。



「いや、二二やっぱおかしいと思うんだけど。このビリビリ見せたの初めてだし、結構頑張ってるのに全く効いてないし。てか、そもそもあんた動いてないし」



 呆れ果てた様子で主張する二二に対し、ウィルアは微笑して「確かに、俺もエネルギーを増強に使うやり方を見たのは二回目だな」と言った。



「でも、君の動きは単純過ぎる。本能のままに動いていても俺には当たらないぞ」

「……二二単純って言葉嫌いになりそうなんだけど」

「何?それは駄目だな。よし、じゃあ素直ということにしよう。これならどうだ?」

「まぁ、それなら許すかな」


 

 二人はそんな会話をしている間に、双方が剣に、手の平に光と闇をそれぞれ集め始めている。その殺意なのか敵意なのかを覆い隠すように交わされていた言葉は、もうそこには残っていない。



「よし、そろそろ終わらせよう。それがこの場で一番最善だ」

「やだなぁ。二二の最善とか言うのを……勝手に決めないでよっ!」



 そう叫んだ二二の手の平からは、魔弾が放たれる。



 それはフィーナがホワイトフラワーで受け止めたのと同じくらいの威力だろう。咄嗟に俺はフィーナを守るために彼女を抱きかかえたまま、覆うように身を伏せた。



 一直線に魔弾は進む。それを切り裂くように、ウィルアが剣から何かを放った。



 光の斬撃波だ。



 宙で激突し合った二つの力は、相殺し合ったかのように見えたが、爆風を切り裂きながら斬撃波は直進し、二二のいる一帯へと直撃する。爆発が生じ、空高くに舞い始めた黒煙が、一気に様々な形を成して散っていった。



 二二のいるべき場所に、もう彼女の姿はない。



「……」



 だが、死体と思われるような亡骸も、血の痕跡も、そこには一切なかった。あの瞬間にご自慢の素早さで逃げ切ったのだろうか?



「逃げ足の早い子だな。最初から最後まで、本能のままに……か」



 ウィルアは丁寧に剣を鞘に収めていく。身体には、傷どころか汚れ一つないように見えた。



 すべてを見終えた後、いつの間にか気を失ってしまったフィーナの身体を抱き起こし、肩で背負いながらウィルアの元へと歩く。……歩く。



 何だか、今の一部始終があっという間すぎて、全てが現実ではないみたいだ。身体の感覚が、ふわふわと宙に浮かんでいるような気さえした。



 自分の馬鹿みたいに間抜けな顔の隣に、彼女の顔がある。



あぁ。その存在は確かに、現実のものだ。



 他に何も考えられないのか、ただ考えたくないだけなのか、歩いている()(なか)、女の子ってのは重いもんなんだなと思ってしまった。これが男ならもっと重くて汗くさくて、ゴツゴツしているんだろう。



 でも、今の彼女は汚れていても綺麗で、土埃の内側からは甘い匂いが生まれ、その身体を包む肌はとても柔らかい。



 この重さはきっと、生きている重みだ。疲れ切った彼女の鼓動が、熱が、煙に汚れた俺の肌を通して伝わってくる。



 右の腕が、今日は触れたものの事を何でも知ってしまえそうなくらい、息をして、何かを感じ取ろうとしている。そんな気がしてならない。



 一歩ずつ、一歩ずつ。前に進む度に彼女の呼吸は近くなり、彼の背は大きくなっていく。



 何だかそれは、懐かしい気もした。


 

 この気持ちは何なのだろうか。



 こちらの足音に気づいたウィルアは、はっとしたように振り向いて、急いで俺達の元へと駆け寄る。



 この野郎、俺らの事忘れてやがったな。



 彼は(ねぎら)いの言葉と共に、俺とフィーナは光を与え始めた。フィーナのものと同様にその光は暖かく、傷が癒えるわけではないが、心を落ち着かせてくれる。



「大丈夫か?」



 声が耳に響く。



「あぁ、彼女とあんた……ウィルアさんのおかげで」

「おいおい、今更さん付けなんてどうしたんだよ。らしくないぞ」



「らしくない?」



 俺がそういうと、ウィルアは少し表情を曇らせる。



「いや、悪い。らしくないというより必要ない、だな。ウィルアで良いぞ」



 そう言って彼は微笑する。必要ない…か。さっきの光景を見てしまったせいで遠い存在に見えるが、彼自身は意外と誰かの身近にいようとする人間なのかもしれない。俺もその反応に軽く笑い返した。



「……君の名前は、何て言うんだ?」

「俺の…名前?」



 ウィルアは不安そうな表情でこちらを見つめている。そうだ、俺の名前。さっき彼女に伝えようとして、何度も何度も思い出そうとした。でも、結局思い出せなかった、俺の名前。



「いや、それが…さぁ。俺、記憶喪失みたいで。」



 その言葉に、はっきりとウィルアが目を見開くのが分かった。それと同時に、悲しみが瞳の奥へと映る。こいつはきっと、優しい人間なんだろうな。きっと路頭に迷っている俺の気持ちを汲み取ってくれようとしているんだろう。



 僅かな静寂の後、彼は口を開く。



「…そうか、記憶喪失か。それは困ったな。何がって色々困るんだ。そうだな。何が一番困るかと言えば―――」



 ウィルアはまた少し口を閉ざす。きっと、相手に迂闊な同情だとか、共感だとかを見せないようにしていのだろう。自分の分からない事を、相手に分かるだとか、こんな事で困っているんだろう?って、言ってしまわないように。



「そうだ、名前だ。君に今聞いたように、名前がないと色々不便だと思わないか」

「ん〜、まぁな。…そうなんだよな。実はフィーナにも、彼女にもまだ何も教えれてなくてさ。俺の方だけが知ってるって感じになっちゃってて、そんなのはずるいって思ってんだけどさ」



 頭が自然と下を向いていく。彼女に名前を聞いた時、俺は返事を用意出来ていなかった。約束だって言葉だって、相手にちゃんと返さないと、互いを知らない俺達は何も知ることができない。



「思い出してぇなぁ」



 ぽつりと呟くと、そうだな。とウィルアは返事をする。彼はそこから少し喉を唸らせながら、何かを思案し始めた。



 少しと言っても本当にほんのちょっとだ。長くても十秒とか、そのくらい。



 ウィルアはよしっ。と言うと、

「アマセだ」

 と笑った。



「……アマセ?」



 頭の中でハテナが浮かぶ。急に何を言っているんだろうか。こちらの意図が伝わってないと察したようで、彼は少し照れくさそうにしながら、君の名前だよ。と言った。



「君の名前だ。思い浮かばないようなら、自分で今は名付けてしまえば良い。思い出せるその日までな」



 なるほど。



「こういうのは自分でやってみても大体はしっくりこないからな。記憶がなくても、結構頷けるだろ」



 いや、別に気に入らないなら大丈だ。そう慌てて訂正を求めようとする彼を前に、俺の頭で何度もアマセという言葉が繰り返される。



 天瀬……か。



「ありがとな」

「んっ?」



 突然のお礼に、ウィルアは目を丸くする。



「名前の事だよ。アマセ、気に入ったぜ。すっげぇ良い名前だ」

「ほ、本当か!そうか……気に入ったか」



 ウィルアは必殺イケメンスマイルを炸裂させる。その表情は本当に嬉しさに満ちていた。



 ……止めてくれ。男に興味はないんだ神様よ。気持ちを切り替えようと、腕の中で寝息をたてるフィーナの顔に目を向ける。



 あぁ…やっぱり美少女は最高だぜっ!



 心の中でガッツポーズをし、ここでふとある事を思い出した。何かって、ここにいる理由だ。



 いや、よく冷静になってみればやばいだろ。何か全部解決して後は二人は幸せなキスをしてうんぬんかんぬんみたいな展開になってるけど、これ何も解決してないよな。名前しかゲットしてないよな。ふわふわしてる場合じゃないぞ俺。



いや、待てよ?



「なぁ、ウィルア」

「どうした?」

「ウィルアなんだよな?…彼女が、フィーナがお前のことを探していた」

「あぁ、そうか。…遅刻したこと、怒ってたか?」

「ん〜、いや、別に何も言ってなかった…と思う」

「そうか。後で謝らないとな」



 やはりこいつがフィーナの探していた男なのだろう。そうであるなら、人探しだけは解決できたのか。だが、結果的に言えば人助けをしても記憶も戻らず。貰った服はもう汚れてしまってお金に関すれば一文無し。この状態で明日も明後日も徘徊すれば、それこそマジで牢屋に……。



 一連の思考を見守ってたウィルアは、俺の青ざめた顔に気づいたようだ。



「記憶がないということは、住む場所とかも、今は思い出せないって事になるのか」



 おいおいまさかまさか、この展開は?



「フィーナは俺の客人だ。彼女を救ってくれたお礼としてなんだが、今日は一先ず、ハートマイト家に来ないか?アマセを、俺の家へと招待させ欲しい」

「えっ!マジで!いやいや、それは流石にちょっと悪い気がするけど是非お願いしちゃおうかなっ!」



 その言葉を待ってましたとばかりに食いつく俺を見て、彼は少しばかり苦笑いを浮かべる。



「ふっ、部屋も客人用に、ある程度数を用意してある。問題はない。それに、彼女が目を覚ました時に名前も伝えられないのは、少しばかり格好悪いだろう?」

「確かにな。恩にきるよ。ウィルア」

「それはこったも同じだ。…行こう。フィーナを早く休ませてあげないとな」



 そう言ってウィルアはフィーナの左肩へ腕を回す。俺は頷いて、彼女の右肩を背負い込んだ。



 二人で抱えても、やはり彼女の身体は重い。



 荒れ果てた大通りに、黒煙を吸い込んだ空が青く広がっている。



 これからどこに行くか、道のりは全く分からない。目的地の場所なんて俺は見たことがないし、フィーナの事もウィルアの事も、まだ何も知らない。それもそうだ。この一日で全てが知り得るなら、人生なんてこんなに忙しくはない。



 でも、それでも俺は今日、彼女の名前と彼の名前を知ることができた。そして、俺の名前を得ることができた。失ったこれまでの俺の気持ちも、記憶も、心も、いつか知ることができるはずだ。



 俺は世界を疑わない。俺だって、世界の一部なんだ。俺は、アマセは、この瞬間から、この世界の一部になったんだ。

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