第二話 「困った時は...」
「年齢不詳、身元不明。名前も分からず記憶喪失か。こりゃあアレだな、刑務所行きだな」
「ホワッツ!?待ってくれよっ!むしろ俺困ってる側にいるだろ!?普通衛兵とか、何かそんな感じの人ならこういう可哀想な人を放っておいたりしないだろっ!」
「唾飛ばすなったく、そんなんだから刑務所で面倒見てやるって言ってんだよ。感謝しな」
「ち、違う……こんなの間違ってるっ!」
アマセは机の上で頭を抱え、絶望する。
「なぁ嬢ちゃん。こいつ勝手にシリアスムードに入りやがったぞ」
「急いで刑務所にぶち込むのが賢明だと思います」
目の前の無精髭を蓄えた、三十代半ばに見える気だるそうな男に、今俺は取り調べを受けている。どう考えたってこいつは囚人側だろ。
それに加えてずっと右から注がれている軽蔑の眼差しがかなり心に突き刺さっている。
俺を閉じ込めたこの個室は石造りのシンプルなもので、風通しを良くするために数ヶ所穴が開けられた壁。
出口と言えそうなものは入ってきた扉以外は見当たらない。
人が三人はいるだけで窮屈な中は、四角い机が一つと三脚の丸椅子が二つ。地面には藁が敷き詰められ、絨毯替わりにされている。
服は親切なことに上下一式をくれた。ちょっと余裕のあるカーキズボンと灰色がかったアンダーシャツだ。肌に綺麗にフィットしていて、こうして見ると意外と自分に筋肉があることが分かる。
「まぁ、何だ。正当な事情がない限り十七歳の女をパンツ晒しながら追いかけたってのは普通に犯罪だからなぁ」
「はい、もちろん心得ています」
「う、嘘ですよねっ!絶対あれ分かってなかったですよ。何回も来ないでくださいって私言ったつもりだったんですけど!?」
ふむ、どうやら彼女は勘違いをしているらしい。
「ふっ、あれはあんたが俺の優しさに照れていると思ったんだよ」
「いやいや、そんな事普通ありえませんよおかしいですよサイコパスですよぉ……」
呆れたのか疲れたのか、はたまた俺のキメ顔に見とれているのか、彼女の声はだんだんか細くなっていく。何かごめんな。
「まぁ本音を言えば、パンツが白日の元に晒されている事を忘れていただけだ」
「衛兵さんこの人を今すぐ死刑台に送ってください」
「お前さん、どんどん墓ルートに直進してんなぁ」
三十路越え(推定)の男は重い腰を持ち上げながら、ベルトに付けている牢屋の鍵へと手を伸ばす。
「ま、待てっ!じゃあこうしないか。今度こそ君であんたの探し物を俺が手伝うってのはどうだ。いや、手伝わせて欲しいっ!」
「え、いや…何でそうなるんですか。ていうか私は人を探ししてるだけですよ」
そう言って彼女は途端に一歩退いて嫌そうな顔をする。いや、ドン引きしている。あれ、俺もしかして嫌われてたりする?
いやいや、それはないな。
「あ、そうなのか?で、でも…困ってるのは本当なんだろ?こうして時間を食わせた以上、汚名返上も含めて手を貸したいんだよ」
「ん〜…でも……」
「大丈夫っ!今度はズボンも履いてるだろ、ほらっ!!」
俺は立ち上がり、下半身を彼女の方へと突き出した。
「い、いや、立ち上がらなくて良いですからっ、座ってくださいっ、ハウス!」
「お前さんアレだろ。全く反省してない感じだろ」
「違うな。俺はきっと常に前だけを向いている人間なんだ。もちろんそうともいうかもしれないがな」
「何かもうますます連れていきたくなくなりました……」
彼女は少し赤くなった顔を両手で仰ぎ、落ち着いた所でこちらを見つめる。
思案顔で何度か俺の全身を見回した後、深いため息を一回。そこでようやく口を開いた。
「…まぁ、確かに見た目も普通になりましたし、心配して声をかけてくれたのは本当だと思うので」
それから微笑を浮かべ、
「もう変な事をしないのなら、付いてきても良いですよ」
と言った。
小窓から吹き込む風が彼女の髪をなびかせる。窓から差し込む僅かな光は、すべて彼女を照らすためにあるように思えた。
「おうおう、優しい嬢ちゃんだねぇ」
「全くですよ。もう少し感謝の色なり何なり見せてくれたって良いと思うんですけど」
俺が喜びのあまりブレイクダンスを頭の中で踊っていると、二人共呆れ顔をしている。この感動が分からないなんて悲しい奴らだ。
「んで、誰を探すんだ?この街の連中は誰一人分からないけど」
「嬢ちゃん、引き受けたからには頑張れよ」
「この使い勝手が悪そうな感じに既に後悔してます……。えぇっと、男の人です。ウィルア=ハートマイトさんっていう」
「なるほどな」
俺の陽気な瞳とは別に迷子のような彼女の瞳には、確かな不安が浮かんでいた。
大丈夫だ。頼りになる俺がいる。
「よっしゃ、それじゃあ行こう!」
彼女の不安を解消するために、俺はこの世界での一歩を、この取り調べ室から始める。
誰かが言っていた。困った時はまず人助けだってな。