不器用も不器用
「あぁ、もう死ぬ。これマジで死ぬ」
「もうアマセさん。そんなんじゃ祭りで負けてセリカさんに殺されちゃいますよ?」
「んな事言ってもよ……」
あんなの泣きたくなるに決まっている。毎日死ぬほどセリカに殴られては癒しの精霊に回復されまた殴られる。これ以上エスカレートするなら死んだ方がまだマシに思えるってもんだ。
もうあいつの稽古を受けて五日目だが、今日はその癒しの精霊とかいう外道からも逃げ回った。セリカは稽古となると頭がおかしいくらいに厳しくなるし、終わった後ではやたら優しく謝ってくる。性格のせいなのか飴と鞭戦法なのか知らんが、本当に面倒くさい女だ。
この短期間で可愛いと面倒くさいと結婚してくれを数え切れないほど言った。反応してくれたのはたったの三回だ。よく憶えてる。返事は死んで。いやぁつれない。
汗だらけでは更に疲労を増しかねないと思い、全身に水を浴びると、フィーナが横からタオルを差し出してくれた。上半身裸でもズボンさえ履いていれば優しいらしい。
「おっ、さんきゅ」
「いいえ。……まぁ確かにセリカさんは厳しそうです。その点で言えばジャックさんは優しいんで私は幸運ですね」
「そうなんだよなぁ。最初あった時はイカレ金髪サイコ野郎かと思ったけど、意外とまともでビックリだ」
「アマセさんって人を酷く表現する力はヒューマ一かもしれませんね」
フィーナが軽蔑の眼差しを向ける。冗談の通じないやつだ。
「ま、どう言おうがジャックはここにいねぇんだから別にーーーーー」
「呼んだか?」
「っ?」
軽口を余裕綽々でたたこうとすると、庭の方からやけに爽やかな声がした。いや、するなよ。
「あ、あぁ。何だ、ジャックか。別に呼んでなーーー」
「さっきアマセさんが悪口言ってましたよ」
「フィーナくぅん!?」
「少しは怒られて懲りてください」
彼女の予想外の発言に慌てふためく俺の方へ、ジャックが近づいてくる。その顔は見事に健康的な笑顔だ。
「おいおい、悪口は勘弁しろよ。俺はこう見えてメンタル弱いんだぜ」
そう言ってニカッと笑う彼の表情からは、何一つ怒りを感じられない。セリカなら五連続ぐらいで腹パンかましてくるぞ。
「いや、悪く言ったつもりはないんだよ。何っていうか、比喩表現っていうか」
「ヒユヒョウゲン?」
「あぁ、マジでなんでもないから」
「もう、逃げないでくださいよ」
つまらなさそうな顔をするフィーナにうっせぇと言葉を投げる。
「まぁ何かよく分かんねぇけど。とりあえず傷だらけだなぁアマセ。こっぴどくやられてんだろ」
「お陰様で」
「私はお世話になっています」
うんざり気味の俺の横で、フィーナが律儀に会釈する。
ジャック=パーソン。ウィルアの使用人であるエティ=パーソンの兄であり、ウィルアの友人。夢は英雄になること……らしい。
言動は真面目なのか突飛なのかよく分からないが、エティと比べてしまうと堅苦しさが微塵も感じられないところと馬鹿なところが目立つ。
「まぁそんなに恨んでやるなよ。アマセにも何かあるように、あいつにだって色々あるんだ」
「…色々?」
「っそ。色々」
色々か。まぁ何か理由があっても、俺が毎日死にかけている現状は変わらない。
「例えばどんなのだよ」
「ん〜例えばかぁ」
尋ねられた質問に答えづらいのか、ジャックが少し首をそらす。
「そんだなぁ。言っていい範囲ってなると、ほら、あいつっていっつも周りに精霊がいっぱいいるだろ?」
「あぁ」
確かに沢山いる。色んな色の奴らがあっちからセリカの方に寄ってきてるみたいだ。
あれ、可愛いですよね。とフィーナが笑う。こいつは奴らの鬼畜さを知らないんだな暢気な女め。
「昔からあいつはそんなんでさ。天才だのなんだの言われてガキの頃から毎日大人が付きっきり。周りの同年代の奴らは憧れと嫉妬で誰も話しかけれずに、あいつは結局精霊と心を通わす以外に話し相手もいなかったんだ」
「なるほど。それで精霊以外に友達のいない何かミステリアスに見える天才美人剣騎様になったわけだ」
「人の心があるのかどうか疑うくらい最低なこと言いますね」
「安心しろ。冗談だ」
じゃあ言わなければ良いじゃないですか。そう言ってふてくされる彼女に対し、最もだと思ってしまう。でも一々相手にかける言葉を気にしてたら、本当に言いたいことも言えなくなってしまう気がする。
我ながらに格好よくて最高の言い分だな。
「はは。まぁどんな風にとってやっても俺は構わねぇけどさ。少しくらいがさつな所とかは、考慮してやってくれよな」
ジャックは妙に慣れたように笑う。あの女、他でも結構やらかしてるだろ絶対。
友達がいないと誇張したが、多分ウィルアやジャックとは仲も悪くないんだろうな。それこそ、友達って言えるんじゃないのか。
「あぁ。その辺は頭に入れとく。でさ、今更だけど精霊使いとか剣騎とかって、そんなに凄いのか?」
「す、凄いなんてものじゃないですよ!」
突然フィーナが勢いよく話題に食いつく。
「おぉ、どうぞフィーナ君」
話を促すと、彼女は目を輝かせて熱く語り始めた。
「まず、アマセさんは記憶のせいで抜け落ちてるみたいですけど、精霊というのはそもそも普通の人に懐かないんですよ」
「そうなのか?」
「はい」
フィーナが力強く頷く。お前は何なんだ。
まぁ、確かにセリカの周り以外で、他人に精霊が寄り付いているのを見た事がない。
一人の時に見ることはあっても、セリカ以外の誰かと行動していて、あのフワフワした奴らを目で視認できたことがないのは事実というわけだ。
「元々精霊は森に生きる存在で、エルフの隣人と呼ばれています」
エルフ。いるんだ。
「エルフは比較的温厚で、森を護る者としてこのネフィアの世界に長く繁栄しているんですけど、あの人達って何か汚れが苦手らしくて……」
「…汚れ?」
「はい。闇に近いものではあります。誰しもの内にある醜い心と言えば分かりやすいですかね」
「あぁ。大体分かった」
汚れか。俺の心は綺麗に違いないな。
「ここまで言えば分かると思います。精霊は汚れを嫌い、汚れは生きる者のほぼ全てが持ち合わせる。正直言って無理なんですよね。エルフ以外が精霊と分かち合うなんて」
「それを、セリカは成し遂げてるってか?」
「はい。あの人の心はきっと綺麗なんです。確かに荒っぽいところとかもある気がしますけど、精霊は心の本質を見抜きます。どんな言動でも、精霊がそれを示すんです。本音は良い人なんだって」
「……精霊なぁ」
にわかに信じ難い。何度も殺されかけた相手の心はとても綺麗なんだって、無邪気な子供心並みの恐怖を思わされる。でも、事実なんだろう。現にあの時あいつは俺のために何かをやろうとしてくれたのだから。
「まぁ、色々納得したし凄いのも分かった。剣騎もそんな感じと思っていいのか?」
「剣騎はちょっとちげぇな。それは国でもっとも優れた者っていうやたらに重いもんだ」
フィーナの次はジャックが説明をしてくれるようだ。
「ん、一番強いってことか?」
「はは、まぁ近いけど、そうじゃねぇ。言ったろ?一番優れてんだよ」
「あぁ、そうか」
理解力のない俺を叱るように、空に鳥の鳴き声が響く。もうすぐ昼だろうか。
「単純に剣の腕だけでいくならウィルアかカーネリア家のアークフェルト。後は王国軍第一騎兵部隊とかいうたいそうな名前の所の隊長さん辺りだろうな。名前は確か、ユーエルだったっけな。別格だなこいつらは。あ、もちろんセリカも精霊の力をフルで借りるならこいつらと並ぶぜ」
「そうなのか」
精霊の力。おそらく、俺はまだ最初に蹴られた時以外その力を見たことは無い。あの目にも止まらない動きをウィルアも含め、あと三人くらいできると考えると、次元が違うにも程がある。
「がはぁ……。何かもう、勝手にやってくれってレベルだな」
「何言ってんだよ英雄。今度の祭りまでにはアマセもそうなってもらうんだぜ」
「いや、無理無理マジで、無理だろ。無理だって」
突然無理難題を言われ慌てていると、フィーナが横でくすりと笑う。
「ふふ、頑張ってくださいねアマセさん」
「何逃げようとしてんだお前もだろフィーナ」
「もちろんフィーナも一緒に、英雄になろうぜ!」
「あはは、あは、……はぁい」
ずっと話から隠れていたフィーナへ容赦ない台詞だ。ジャック強いぜ。
乗り気じゃないままに、俺とフィーナは生返事をした。
……祭りとやらまで、あと一週間という日の昼下がりだ。




