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ヒーロストハーツ 2  作者: 乃空 望
序章 彼というアマセが生まれた日
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第一話 「記憶のない始まり」

 目を覚ますと、細い路地裏に俺はいた。



 身体は捨てられたように壁にもたれかかり、尻には固い無機物が触れている。建物同士が挟むこの狭い空間は冷えていて、ほのかに暖かい。



 周囲を見渡してみても、あるのはゴミと表現していい物ばかりで、俺がここにいる理由を示せそうなものはないようだ。



 ふと自分の身体がどうなったのか気になり確認してみると、手も足も鼻も爪もちゃんとある。髪の毛だってふさふさだし。……まぁ服装はパンツ一枚だけど。



 あるものはある。だがないものもある。記憶もまた然りで、はっきりと覚えていることと忘れてしまっていることがあるようだ。



 特に自分のことに関しては殊更酷い。身長や体重はまだ分かるとして、名前や経歴、家族構成、そして経験。これら全ては一欠けらも思い出せなかった。いわゆる、記憶喪失というものだろう。



「……お前は誰だ?」



 声に出してみるが、当然どこからも返事は返ってこない。


 それどころかその声さえも街の雑多




 いやぁ、マジかぁ……。ここどこだよマジでどこなんだよ?



 とりあえず服は紺のTシャツとトランクスを履いていたため、大通りを歩いても問題なさそうだ。



「まぁ、問題しかないよな…」



 道行く者達が動く生ゴミを見るような目でこちらを睨んでいる。



 そりゃそうだ。ボクサーパンツとかではないから俺の俺もくっきりと形を主張しているだろうし、そもそもこんな格好で街中を歩く人間がいれば俺だって即座に110番だ。



 ん?110番ってなんだっけ。いや、覚えてるけどなーんか喉元辺りで止まってるんだよなぁ。まぁ思い出せないことなんてどうでもいい事だろ。



 まったく、混乱いているのはこいつらだけじゃないって事を分かってもらいたいなせめて。俺も負けないレベルで混乱してる。



 大体空があまりに綺麗に見えすぎる。身体がワクワクしてるから俺は多分この感情を知らない。



 シンプルな二階程の高さしかないレンガ造りの家々が立ち並び、この街の大まかな構造は環状型に迷路型を少し混ぜたようなものだろう。



 その中で俺が今いるこの区域はおそらく、商業区域ってところだな。美味そうな匂いや食べ物が大半を占めている。



 まぁそこまではまだ別に問題はない。



 問題となる部分はすれ違う人々のほぼ全員がカラフルな髪色をしているという点だ。白髪とか金髪ならまだ分かるけど青っ!?いやいや、銀髪だったり赤髪だったり紫髪だったりってこぞって派手だなおい。



 黒髪とか全くいないし下手したらこれパンツよりも髪色で目立ってんじゃないか?あ、あの子可愛い。



 だが、これほどの事があってもまだ受け入れようとすれば多分受け入れられる。俺という人間は結構容量が大きいらしい。でも、受け入れたくないことももちろんある。



 何がって、さっきからそこそこの頻度で頭部が人間の頭じゃない奴らを見かける。毛深そうな奴や皮膚が硬そうな奴、スベスベしてそうな奴まで様々だ。



 その頭は犬であったりワニであったり虎であったり、正直もう何でも良い。何か一杯いる。



「ここマジで……どこなんだよ」



 誰かに聞こえそうな程の溜め息と言葉を吐いて、とりあえずの結論を出す。



 多分ここは、俺のいた国じゃない。おそらく世界でもない。



 俺のいた場所の人達の目線は、多分もっと俺に優しかったはずだ。





 かれこれ二十分は歩いただろう。帰り方は分からず腹も減り、でもお金も無ければ記憶もない。持ち物もトランクスとTシャツだけで、旅立つ勇者よりも貧相な格好だ。せめて木の剣くらい欲しい。



 最早トランクスは俺の身体とこの大地のそよ風に完全に馴染んで、むしろこのスタイルが普通と思えてきた。まったく…トランクスは最高だぜ。




 そんな変質者を放って置いて、街の住民は楽しく談笑をしている。



「おい、聞いたか。何か今すげぇ美味いリーゴが売られてるらしいぜ!」

「へぇ、市場区でか?」



 え、マジぃ?美味そぅ。



「あぁ、もう少し奥に行った所に売ってあるってよ。橋の先!」

「なら少し行ってみるか。家も近いしな」



 うん私も行く行く〜。



 そんな事は一言も言えず、通りを往く連中が美味そうな飯を食って腹をくだせと心の中で呪う事しかできない。



 というか、言語は一致してるのか。それはかなり難易度が下がるな。意外と生きていけそうでもない。



 僅かな希望を見い出し、ただ歩く俺の視界に一人の少女の姿が映る。この大通りの真ん中、ほんの数メートル先。



 少し赤みがかった桜色の髪色に、やや左側を伸ばしたショートエア。その組み合わせに見合う柔和で綺麗な顔立ちをしている。



 吸い込まれる程に透き通ったエメラルドグリーンの大きな瞳と主張しすぎない鼻。口元はキュッと結ばれていて、淡いピンク色が白くきめ細かい肌と見事に調和している。



 そこに残る若干の幼さは、素直に可愛いと感じさせるものだ。



 そんな彼女は、先程から困った表情で何やらキョロキョロとしている。



 ……落とし物だろうか?あのように困った人に手を差し伸べたくなるのは、きっと俺という人間の(さが)なのだろう。



 ここに来る前もきっと凄く良い奴だったに違いない。いやぁこれはモテてたな。



 正義感を胸に、ちょっとチキンな声量でも聞こえる距離まで近づいて、

「ねぇ、君」

 と声をかけてみた。



 その声に反応し、彼女はこちらへと振り向く。風が吹き、彼女の甘くて良い匂いがこちらへと届いた。



 自分の名前が呼ばれたかどうかを確かめるためにこちらへと軽く目を向けたのだろう。俺と目が合うと同時に彼女の顔が真っ青になっていくのが分かった。理由は不明だ。



「えっと、君さ。何か探し物でもしてる感じ…か?」

「へっ?あ、いや、探し物ですか…?全然…本当凄く全然してませんよ!?」


 

 可哀想に。言語障害に陥っているらしい。驚きからかは分からないが、彼女のおぼつかない言葉遣いに対し、俺は優しい声色で問いかける。



「そうか?でもさっきキョロキョロ辺りを見渡してたみたいだけど」

「ききき気のせいですよ。私ずっと前を見てましたから。今も実は前を向いている感じであなたの目も実際の所見ていなくて、この会話も存在しなかったみたいな感じですから!」

「いや、この会話は存在しててよ」



 彼女は苦笑いに震える声で否定するが、どう見たって冷や汗を流しているように見える。これはきっと相当切羽詰まっているに違いない。



「何、遠慮するなよ。俺は土地勘があるわけじゃないが、何かを探すくらいの事は手伝えるぜ」



 そう言って最高のイケメンスマイルを作り、彼女の肩に触れようとすると「ひぃっ…」と言って彼女は後ずさった。



 いやいやどうしたんだ?こんな親切な俺をまるで避けるみたいに。通行人もその冷たさには結構引いてるぞ?



「どうしたんだよ。ほら、困ってるんだろ。力になるよ」

「ぁ……いやぁ…」



 彼女は涙目になりながら少しずつ離れていこうとする。そんなに俺の優しさが嬉しいのか、こいつめ。



 俺は人との距離感には慣れているつもりだったため、じわじわと広がる距離を自然に縮めていく。我ながらその動きは芸術だ。



「大丈夫、手伝うよ」



 もう一度イケメンスマイル攻撃で彼女に手を伸ばした。あとは手を取るだけだ。



 すると、彼女はやっと折れてくれたようだ。「助けてくださいいいいぃぃ」と急に絶叫しながら大通りの奥へ踵を返した。



「お、おい待てよ!」



 彼女の背を追って俺も走り出す。



くそ……そんなに辛い状況に陥っていたのか。俺がもっと早くに君を見つけていればっ!



 よく分からない自責の念に駆られながら、彼女へと続く。



 それにしても、全力疾走の道案内ってのは結構斬新だな。



「おいっ、どこまで行くつもりなんだっ!」

「ひぃっ!?な、何で…付いてこないでくださいいいい」



「君が嬉しいのは分かるっ!けど、どこを目指して走っているのかぐらいは教えてくれないか?」

「衛兵さんの所に決まってるじゃないですか!あなた本当にヤバい人ですよね、頭ぶっ飛んでますよ!?」

「ありがとな。でもそんなに褒めるなよっ!」



 なるほど、探し物の目処はもうついていて、これからその衛兵の元に向かうって訳だ。任せといてくれ、絶対に見つけてみせる。



 少しずつ息を切らしながらも俺は彼女に尋ねる。



「なぁ!……君の名前は、なんて言うんだ?」

「い、言うわけないじゃないですかっ!ストーカですか変態ですか馬鹿なんですか!?」



 ん、ストーカー?変態?何を言っているんだこの子は。確かに頭が良い方ではないが。



 俺はふと自分の全身を見つめ直してみる。少し伸びきった髪に紺のTシャツと腰にフィットしたトランクス。うん、もはや身体の一部だ。何の問題もない。



 いや、待てよ?本来トランクスの上に人類は何かを履いていたはずだ…。



「…………っ!」



 全ての謎が解けた。周りの冷ややかな視線。あれは俺に向けられていたものだ。



 彼女の涙と震えるような声。そりゃこんな男に話しかけられたら怖いに決まっている。



 そして今、彼女が走っている理由、それは……。



「衛兵さん!」



 彼女が泣きながら衛兵へと擦り寄る。彼の体格はがっちりとしていて、いかにも強そうだ。



「……」

 俺の見た目から何かを察したのだろう。衛兵はすぐさま俺の元へと駆け出す。



 しかし甘い。甘過ぎる。俺は生存本能の元に、決断を出す前に来た道へとUターンしていたのだ。その速さは圧倒的。凡人では到底追いつけないんだよ。



 勝ち誇ったように視界を真横に向けると、そこには俺と同じ速度で並走する衛兵の姿がある。



「……」

「…………」

「…………どうもぉ」



 よくよく考えれば、彼女をずっと追いかけてきたせいで俺自身は疲労困憊だ。



 衛兵の左手が俺の肩をしっかりと掴む、その兜の下は何だか笑みを作っているような気がして、俺も自然と優しい笑顔を浮かべる。



 優しい異世界。



「あああぁぁぁぁぁ……………」



 大通りの一帯に響く声だけが、俺の存在をこの世界に強く主張していた。

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