ここに灯るは 温度の理由 〈番外〉
クリスマス企画の番外編です。
本編とは(多分)関係無いです
地下は、寒い。
息が白くはならない程度、指先が鈍くなるのに気付く。
しん、と重たい冷たさを、細長い指がするりと脱ける。
其れを合図に銃火が唸る。花が一輪、咲く度に、陶磁器の肌に映り込む。
七ツの声が重なって、圧した空気が壁で弾ける。遊底が止まり、残響が消え、薬莢の音が谺した。
伊香 鈴音は力を抜いた。ただでさえ重いものを抱えているのに、11型けん銃は肩に厳しい。
「ひゅー! 御見事!!」
後ろから高い声がして、下ろした肩が跳ね上がる。
振り返ったらば後輩が居た。猫みたいな女子高生は三宅 惹子だ。
「やっほう」
ひらひらと右手を振って見せる。
ブレザーは、青が強めの紺色のもの。シャツはボタン二ツ開いていて、超が付くほど短いスカート。此れが女子高生の本気と言うもの。
「もう、驚かせないで」
オーバーゴーグルを外しながら、呆れた口調で言ってみる。
視線を奪われそうになるのを、決して悟られないように。
「にゃはは。後ろががら空きだったよ?」
鈴音ちゃんは後ろが弱いから。
……何のこと。
別に?
「世間は浮かれてるのに、こんなところで御仕事なの?」
後頭部に両手を当てて、惹子の口調は詰まらなそうだ。
其れに伊香は苦笑で返す。
「郵便局だもの、仕方無いわ、ね」
落ちた薬莢を、拾い集める。
其の冷たさに驚いて、自分の指の、温度に気付く。
「ふうん」
更に気も無く相槌をして、惹子も薬莢を拾い始めた。
伊香が四ツを拾ったところで、猫の手に手首を掴まれる。
「あ、今は駄目」
「ん?」
閉じた指を抉じ開けて、空の薬莢が掌を満たす。
にゃあ、と惹子の口角が吊り上がる。
「何を期待してたの?」
彼女の指先が首筋を掻く。ぞくりと背筋に震えが走る。
顔を隠したくて顎を引く。彼女を見たくて瞳を上げる。
媚びるような、言葉が零れる。
「……意地悪」
全て引っ包めて承知の上で、惹子は、にゃははと笑って見せる。
「御仕事のあと、楽しみにしてるから」
じゃあね、と言ったら身を翻し、すぐに姿が見えなくなった。
元から独りだったのに、急にぽつんと寂しくなった。
「もう」
今日の仕事は、早く終わらせよう。
◇ ◇ ◇
なんてことがあったら良いのに。
訓練場からの銃声を聞き、小山内ススムは考えた。
こんな世でもと言うよりは、こんな世だからと言うべきだろう。今日は世間が浮ついている。
なのにススムは何の因果か、機動車に郵便を積んでいる。
郵便局は、年末年始の繁忙期だ。既に短期の非常勤職員を迎え、年賀郵便の準備をしている。
ススムも早く配達を終え、年賀の作業をせねばならない。らしい。
ふう、と一ツ息を吐き、がこんがこんと荷台箱の蓋をする。蓋閉め、ヨシ。
「ねえ」
いきなり後ろから声を掛けられ、声に出さずに驚いた。いや、声も出ないほどと言うべきだった。
「ごめんごめん」
振り向いた先の女子高生は、そう謝って、にゃははと笑う。
小柄な身体に、ポニーテールがふわふわとする。シャツの襟。スカートの裾。ぱっちりとした、猫みたいな目。
「どしたっすか」
薄暗い地下が明るくなって、眩しさに少し眉が寄る。
「郵便屋さんは、御爺さんの格好で配達しないの?」
ススムが着ている防寒服は、黒地に黄色のラインが走る。
贈り物をする御爺さんより、消防士と言った風貌だ。見た目に限ればの話だが。
「……そりゃ、ピザ屋じゃねえすか」
呆れを隠せず言ってしまうが、相手は気にする様子も無かった。
「そうそう! 折角なのに勿体無くない?」
「折角?」
「いやだって、バイクの色」
赤と白。言われてみれば、イメージカラーはぴったりだった。
「そんな遊び心、あるとこじゃねえすよ」
そっかあ。残念だね。と言う様は、余り残念そうにも見えない。
「御互い初めて、頑張ろーね」
何のこっちゃと心臓が跳ね、年賀のことかと思い至った。
思考能力を使い果たして、「うん」と返すのが精一杯。
「忙しいとこ、ごめんね。気を付けて、行ってらっしゃい」
「ありがとう。そんじゃ」
左手を上げて応えると、機動車が颯爽と駆けて往く。イメージは実現しなかった。寒さでエンジンが掛からないのは、此の季節なら珍しくない。
幾度もレバーを踏み込んで、漸くエンジンの機嫌が直る。羞恥と運動が相俟って、ススムの身体は熱かった。
同期は笑わず見守って、にゃははと笑って見送ってくれた。
出発後、すぐに北風が熱を奪った。
指先は何故か暖かくって、悪くないなと頬が緩んだ。
恐竜の 歯磨き係と 配達員
ここに灯るは 温度の理由
人人人
<おわり>
YYY
御粗末さまでした。
良いクリスマスと幸せな新年を迎えられますように。
(本稿は今後の投稿により移動する可能性があります)