しおを辿るは 十六夜の羽
【音声記録】
発話者:佐藤 辰斗(日本郵政防衛公社 潮路郵便局 集配防衛部課長)
発話者:羽田十六夜(日本郵政防衛公社 東海支社 戦略情報室室長)
【音声の再生を開始します】
「道中、御無事で何よりでした」
「いやいやァ、突然で悪かったねェ」
「こんな田舎の空気は肌に合わんでしょう」
「此れは此れで悪くないサ」
「コーヒーしか御座いませんで」
「丁寧に有難う。頂こう」
「御口に合えば、宜しいのですが」
「……不味いね。まるで泥水だ」
「現場の味です」
「懐かしい味だよ。――さて」
「はい」
「邪魔しに来たのは他でも無いのサ。先日の事件について、知り得ることを聞かせて欲しい」
「事故では無く、事件ですか」
「支社でも見解が統一できてなくてね」
「つまり、情報室の見解と言うことです? 其れとも、室長殿個人の?」
「佐藤課長、アタシを詮索するのはよしな。今日はアタシが詮索に来たんだ」
「失礼しました。しかし私も、詳しいことは分からんのです」
「ふむ」
「申し訳無い」
「〈歯磨き係〉とは接触したかえ?」
「はい?」
「白ばっくれなくて良いよ。〈歯磨き係〉だ」
「……其のようなものは、存じ上げませんが」
「そうか。じゃあ、訊き方を変えよう」
「?」
「潮路郵便局非常勤職員・小山内ススム。彼は〈事件〉に巻き込まれたのか?」
「恐らく、としか」
「恐らく?」
「無線が入ったんですが。応答しても真面に話せる状態ではありませんでした」
「へぇ」
「結局のところ、此れはただごとでは無いと判断し、私が現場へ」
「現場へ行ったのだな?」
「はい。彼は右の前腕に負傷、其れと低酸素による意識喪失の状態にありました」
「其れで?」
「現地と、局にて応急の手当てを行いました。翌日は寝ていたようですが、翌々日には普段の通り生活しています」
「課長」
「はい」
「隠しごとは無しだ」
「何故、其のように」
「調べは付いているからだ。佐藤 辰斗、〈研究所〉元・警備主任殿」
「何処で、其れを――」
「アタシの情報は、弾丸より早いのサ」
「……」
「さて、佐藤課長。まだ嘘を吐くかえ?」
「いえ、認めます。私は嘘を吐きました」
「ふむ」
「小山内ススムは〈事件〉に巻き込まれました」
「聞かせて貰おう」
「当日、〈研究所〉への配達中に〈事件〉が発生。恐竜人間の攻撃を受け、負傷しました」
「恐竜人間とは、また。剣呑な」
「はい。辛くも彼は〈研究所〉を脱出、其処で意識を喪失しています」
「課長は恐竜人間を確認したか?」
「電送の映像にて」
「発砲許可は?」
「出しましたが、発砲されていないようです。弾は減っていませんでした」
「現地で恐竜人間を見たか?」
「いえ、見ていません」
「ならば何故、小山内ススムは殺されなかった?」
「其れについては、何とも。……ただ、」
「ただ?」
「〈歯磨き係〉とは、接触していません」
「……」
「……」
「くふッ」
「……」
「なるほどなるほど……ふふッ、なるほどね」
「こんなところで、御許し頂けませんか」
「好いね、佐藤課長。アンタは好い」
「……恐縮です」
「情報提供に感謝するよ。御礼に一ツ、ハナシをしよう」
「何でしょう」
「課長、アタシはね」
「はい」
「本社の手駒で終わるつもりは無いンだ」
「――と、言いますと」
「本社は大規模な攻撃作戦を計画している。恐らく、他組織との統合作戦になる」
「其れを、どうして私に」
「本社は、支社を切り棄てるつもりなのサ」
「確かなのですか」
「支社も現場を切り棄てる。心当たりが有るんじゃないか?」
「……なるほど。増援を出さない、坊田局」
「そうさね。本社は本社で、支社は支社で戦力を温存したいんだ」
「そして末端から切り棄てられる」
「末端の僅かな戦力と、住民の命すら使って時間を稼ぎたいのサ」
「合点が入りました。しかし、」
「ん?」
「どうして私に、こんなハナシを」
「利害を同じくするからだ」
「……買い被りです」
「さっきのハナシが総て本当ならば、課長は、ただの無能者だ」
「私は、ただの無能者です。だから左遷され、こんな辺境に居る」
「ふふン」
「何が、可笑しいのです」
「叛乱は、辺境から起こるものだからだ」
「……御冗談を」
「いや、本気だよ私は。此のままで終わる気は無いのサ」
「……」
「例え泥水を啜っても――ん、やっぱり不味い」
「其れは一応、コーヒーですよ」
「今度、ちゃんとしたコーヒ-を御馳走しよう」
「私には、此れが口に合いますので」
「其れは残念。では別の贈り物だ」
「別の、ですか?」
「駐車場に非常集配車が置いてある。天井窓にM型軽機関銃がマウントできる新型車だよ」
「何と。宜しいので」
「試製品だが、追跡弾と受信機も積んである。すぐ必要になるはずだ」
「流石、御耳が早い」
「言ったろう? アタシの情報は――」
「弾丸より早い。御見逸れ致しました」
「そしてアタシは潮路局を――佐藤課長を、可能な限り支援しよう」
「感謝、します」
「では失礼するよ。泥水、御馳走様」
「小山内には、会って行かれないので」
「結構。どうせ課長に口止めされている、だろう?」
「……全く、敵いませんな」
「時間を取らせて済まなかった。見送りも結構だ、仕事に戻ってくれ」
「了解しました。どうぞ御帰りも御気を付けて」
「課長もな。武運長久を、祈っているよ」
【音声の再生を終了します】
恐竜の 歯磨き係と 配達員
しおを辿るは 十六夜の羽 ―了―