黄昏時、校内の一室で彼女の悲劇を僕は知る
1回 話しただけで、すっげぇ「仲良くなったよね」感出してくるヤツいない?
新学期早々わけのわからない体験をした日の放課後、僕は帰宅部であるにも関わらず学校に残り校内のとある一室にいた。
そう、僕はあの後屋上に出入りしていたのが先生にバレて生活指導を食らっているのだった。
あんな思いをした後でたった一人生活指導を食らっているのなら端から見ればこの上無くみじめかも知れないが、安心してください。僕は一人ではありません。
「……それで最近では『THE MAD CAPSULE MARKETS』というバンドにハマっていてね。少々前の世代……'90年代のバンドで、もう解散してしまってはいるんだけども。なかなか味があるんだ。あの独特のメロディラインが癖になるというか、テンポの良さが心地良いというか……」
今日、屋上で僕の平穏を貪り尽くした元凶……津島叶と二人で指導を受けている。彼女が屋上を後にした2~3分くらい経ってから僕も屋上を出ようとしたのだが、塔屋の扉を開けるとちょうど階段の下で通りがかった先生が津島に説教をしている場面にバッタリと……。そして僕らは2人そろって生活指導に……。一人のほうがマシです。
「……だから園子温監督の映画はもっと皆が観るべきだと思うんだ。あと、石井克人監督の作品も面白いんだよね。まぁ、やっぱり『鮫肌男と桃尻女』かな。ベタだけどね。あとね……」
津島と僕は一年、二年と同じクラス。だが正直ちゃんと口をきいたのは今日で初めてだ。今日までの印象で言うと彼女は見た目のわりに寡黙で大人しく、かといって無愛想ということもなく、彼女から話しかける事こそ無いが他人から話しかけられれば気さくに答えてくれるタイプだ。誰かとつるんでいるワケでもないし、不思議ちゃんという雰囲気でもない。この学校は校則はユルい方だから髪を染めてるヤツもざらにいるし、特に目立つタイプでもない。授業中は黙々とノートに向かっているし、授業の合間には一人で本を読んでいることが多い。昼休みはあまり教室にはいないが、その謎はさっき解けた。恐らく屋上への出入りは頻繁なのだろうことを除いては生活態度はマジメな方だ。
つまり寡黙で大人びているが愛想はあるし、わりとマジメな人……というのが彼女に対する印象だった。
それが今日1日でだいぶ変わった。
まず彼女の方から話しかけて来るのだということもそうだが、それ以上に話し始めるとここまで饒舌なのだという事実に驚いた。生活指導が始まって一時間と言ったところか、彼女のマシンガン・トークは止む気配すら見せない。もう、反省文そっちのけで喋り続けている。僕はきちんと反省文をしたためながら、彼女の話しに適当な相づちを打っている。
しかし、もしこの饒舌が彼女の素だとしたら普段教室で寡黙をおよそっているのはかなり疲れるんじゃないのか?
前述の通り彼女は誰かとよくつるんだりしているワケではないし、自分から誰かに話しかけることも無い。ならば、その……喋りたい衝動とかは無いのか?もしあるならば、どう解消しているのか?
「……あの時のバーノン・ウェルズが演じた役は映画史に残る名悪役だったと思うんだ。他にも彼は…………」
突如、彼女のお喋りが鳴りやんだ。マシンガン・トークの弾切れにしては歯切れが悪い。
僕はふと彼女の方を見た。
すると彼女は無言で僕の顔を見据えている。
僕は恐る恐る彼女にどうしたのか尋ねてみた。
「君は疑問に思ってるみたいだね?」
……?…………!?
単純に驚いた。彼女は僕が考えている事がわかるのか?
「わかるよ。疑問を持つのも当然だ」
ますます驚いた。ひょっとしたら彼女には、"そういう何か"があるのではないか?
「『そんな名優なのに"バーノン・ウェルズ"なんて聞いたこと無いなぁ』と思っているんだろ?違うかい?」
違う。……違うし違った。彼女は別になんかそういうあれではない。普通のバカだ。
「私もまったく同じ意見だよ。彼はヒールな役柄が有名だが、その実とても気の良い人物なんだ。まさに名優さ。今メル・ギブソンの出世作とも言えるマッド・マックスがリブートされたことで話題だが、特にメル・ギブソン版の1で敵の親玉をやっていた"ヒュー・キース・バーン"という人が今回のリブート版でも敵のボス役で登場したことも大きく話題になっているんだ。是非ともリブート版の2に"バーノン・ウェルズ"を出して欲しいよね」
僕はそうじゃないのだと言うことを簡潔に伝えた。
すると彼女は一瞬キョトンとしたあと、なんだかとても癪に障る笑みを浮かべた。
「そうだね。確かに普段学校ではあまり喋らない方だね、私は。そうか、君はそんなことが気になっていたのか。変わってるね」
お前には言われたくないことだ。
「確かに本来私はかなりお喋りな人間だね。ずっと喋らずにいるとストレスだろうというのも、その通りだ。それをどう解消しているのか?簡単なことだ……」
彼女は頬杖を付き自信満々な表情で語った。
「自宅でお母さんに聞いてもらう。学校で喋らなかった分、お母さんに話しを聞いてもらっているよ」
なぜか少し同情した。
「うちのお母さんはなんと言うか……聞き上手でね。私が話しているとき最低限の相づちは打ってくれて、しかも余計なことは言わないんだ。それでいて私が意見を求めれば無言ではあるがちゃんと答えてくれる。ちょうど君のような感じさ。うなずいたり、首を振ったり。時には目で語ったりね。入浴時と就寝時以外はずっと喋っているかな。もちろんお母さんはずっと聞いてくれているよ」
大変ですね、お母さん。
「君はなんとなく聞き方がお母さんと似通っているんだ。だから君には話し易いんだろうな。普段クラスの人にはどういう話題で話しかけたら良いのか、よくわからなくてね。ファッションの流行とかドラマの話とか、あんまりそういうのに触れたくないと思って生活していたら、まるで話題に疎くなっていたんだよ。君以外の友人がいないワケじゃないんだけどね。本当だよ。嘘じゃないから」
奇をてらい過ぎるあまり流行を排除して生きて来た結果、まわりの話について行けなくなり、僕にたまたま母親に通ずる部分を見出だしたから執拗に話しかけたと。つまりそういうことだろうか……。
ある種のコミュ障じゃないか。おまけにどうやら友達はいないらしい。徐々にだが確実に彼女が可哀想に思えて来た。
「妹もいるんだ、中3のね。けど妹は話を聞いてくれるどころか、私が喋ろうとするとキレるんだよ。スゴく恐いんだこれが」
思春期の妹にビビりまくっているのか……。なおさら哀れだ。
「お父さんは……別に嫌っているワケではないんだけどね。あんまり話したくない。最近加齢臭がしてきたし」
こいつも大概思春期だった。
よくよく考えてみると"津島叶"という人間の全容が明らかになってきた。
普段学校ではクールな感じでやっているが、実際は知識の偏りと人見知りがゆえに人の輪に入れず寡黙になりがちなだけ。かわりに家では母親にめちゃくちゃ喋る。2コ下で反抗期の妹にはビビりまくり、中年ど真ん中の父親には自分が反抗期。
不思議なヤツだと思ったけど、わりとどこにでもいる痛いヤツだった。
言っても外見はわりと美人な方だし、男子の間ではそれなりに話題に上がる。
まぁ、もしその男子達が彼女の本質を知ったら十中八九好評は酷評に変わるだろう。そうなれば恐らく周囲から嫌われはしないものの、いじられキャラ的なポジションになる可能性は非常に高い。周りからすれば好意なのだが彼女がそれに上手く答えられるとは思えない。結果、変な空気を作り出し周りはどんどん離れていくだろう。かといって、これまで通りの寡黙を演じていては友達などできるとは思いづらい。
どう転んでも絶望だ。救いようが無い。哀れ過ぎて涙が出てくる。
「ところで良き友人くん。私についてさんざん教えたと思うんだが、今度は君が私に教えてくれる番なんじゃないかな?」
彼女は妙に不敵な笑みを浮かべ僕に問いかけた。
「反省文ってどういう風に書いたらいいのか教えてくれないかな?なにぶん文章を書くのが不得手でね」
思い返してみれば彼女の成績はお世辞にも良いとは言い難かった。この上に本気のバカまで加わるとは……。
僕は彼女に反省文をどう書けばいいかを無駄に優しく伝授した。
このあと最終下校時刻になっても反省文は、彼女に付きっきりの僕が3/4程度で彼女は二行しか書けていないということで生活指導は翌日まで延びた。
終
大抵はちょっとイタいヤツだけど、悪いヤツではないんだよね。
そこがまた難しいんだけど。