表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁クエスト  作者: 玉兎
98/171

幕間 カミュ①


 ウィンディア王国のはるか北、峻険なガルカムウ山脈によって人界シルリスから隔絶された魔人領域ベルビアに、その城はあった。

 ジグラート。

 かつて、この地を治めていた吸血種によってつくられた白亜の大建造物は、城であると同時に天をつく巨大な塔でもある。

 あたかも月へ至らんとするかのように高々とそびえ立つ偉容は、ベルビア広しといえども他に類を見ず、まさしく吸血種の栄華の象徴といえる建物であった。



 もっとも、それも今は昔。ベルビア随一を謳われた壮麗な巨塔は竜種の手に落ちて久しく、かつての吸血種の居城は旧主の墓標となりはてている。

 この城を陥落せしめたことで、竜王――竜種の長に過ぎなかったジウは、魔人領域の覇者たる魔王の名を冠する資格を得た。

 そのジグラート城の一画。かつて月の民の王族が国の運営を行っていた部屋に、今、魔王軍の主力とも言うべき者たちが集結していた。



 第五層(竜種)トロイ。

 第五層(オーク族)ファーゴ。

 第五層(巨人族)ウラディスラフ。



 いずれも、ただ一人で一軍に匹敵すると恐れられる上位魔人であり、ここにフッキを加えた四名を称して四天王と呼ぶ者もいる。

 世界を噛み砕かんと欲するジウあぎとというべき者たち。

 だが、その彼らは今、隠しきれない驚愕をあらわにしていた。





「――フッキが倒された、だと。ただの人間にか?」

 ファーゴの野太い声が部屋全体に響き渡る。

 体毛のない浅黒い肌に扁平な顔立ち、オークの特徴でもある才槌頭と額から突き出た太いツノ。

 腰に皮布をつけただけの半裸――というより、ほとんど全裸に等しい格好をしたファーゴの顔には露骨な疑いの色が浮かんでいた。



 竜頭人身の姿をしたトロイは、相手の疑念を察しつつも無表情でうなずく。

「ああ、そうだ」

「信じられん!」

 吐き捨てるファーゴ。

 トロイは魔王の智恵袋として、これまで吸血種をはじめとした幾多の種族を討ち滅ぼしてきた実績を持つ。主君ジウの信頼も篤く、自他ともに認める四天王の代表格であったが、同時に魔人たちからさえ策の多い者であると見なされていた。

 したがって、フッキの死を聞いたファーゴが、そこに策略の臭いをかぎとったとしても無理からぬことであったといえる。



 トロイもそのことは承知していた。それゆえ、これ以上ファーゴの反論を許さないために上位者の存在を利用した。

「魔王様より直接うかがったことだ」

「ぬう……では、まことなのか。しかし、蓬莱はフッキの正体にまったく気づいておらず、国を閉ざすことさえうべなったと聞く。他国が大軍をもって攻め寄せようとも、今の蓬莱は落とせまい。せんずるところ、奇襲、闇討ちのたぐいが行われたのであろうが……シルルの眷属(アスティア)が出張ってきたというならともかく、人間ごときがどうやって第五層をしいしたのだ? 先の人間狩り(大侵攻)で不覚をとった下層のバカどもとはわけが違うのだぞ」



 本来、ベルビアにおいて竜種とオーク族の間にはあらがいようのない支配関係が成立しているのだが、魔人となった時点でファーゴはこの支配のくびきから脱している。

 魔人に命令できるのは、より上位の魔人のみ。

 トロイとファーゴは同格の魔人であり、ゆえに両者の間に上下関係は存在しない。

 また、オークであるファーゴは力だけが自慢の魔人だと見られがちだが、決してそうではないことをトロイは知っていた。粗野な外見とは裏腹に情報や策略にも通じており、単純だが真理をつく頭脳を持っている。

 トロイにとってはやりにくい相手であった。



 竜頭の眉間にしわを寄せつつ、トロイはファーゴの言葉に応じる。

「他国が攻め寄せたのではなく、足元で反乱が起きた。その混乱の隙をつき、数名の人間がフッキを襲撃したそうだ」

「……まさか、その人間どもにやられたというのか? 魔王様に次ぐ力を持つ我ら第五層が? たかだか数名の人間ごときにやられたと、そういうのか!?」

 しゃべるうちに感情がたかぶってきたのだろう、怒鳴るように言い募るファーゴに対し、トロイは黙然とうなずく。

「然り、だ」

「それは何者……いや、待て」



 不意にあることに思い至り、ファーゴの怒気が掻き消える。

 かつて。

 これに似た報告を魔人たちは聞いたことがあった。

 取るにたらぬはずの人間の分際で、魔軍の陣容を次々と突き崩した者。

 両手に余る数の魔人を葬り、魔軍の侵略を妨害し続け、ついには魔王の居城であるジグラートにまで足を踏み入れてきた者。



 その者の名は勇者シルル。

 魔人たちでさえ、いまだ忘却することができない悪夢の記憶である。



 ファーゴが奇妙に低い声で確認をとる。

「もしや、シルルの係累か?」

「わからぬ。報告してきたベアトリスによれば、フッキ配下のユーベルとやらがフッキになりかわるべく策動していたらしい。その隙をつかれたとも考えられる」

 それを聞いたファーゴは、何かを思い出すように目をすがめた。

「ユーベル……ああ、あのゴブリンか。たしかにくせのある奴だったが、あれ程度の策動でフッキが隙を見せるか? それ以前に、月の民の生き残り(ベアトリス)が信用できるのか? フッキ抹殺を企んだのがユーベルではなく、あやつだったとしてもオレは驚かぬぞ」



 この場にいる三人のうち、トロイとファーゴは竜種と吸血種との覇権争いを経験している。

 吸血種の多くはきわめて優れた魔法の使い手であり、そんな彼らが魔人となって無限の魔力を得たらどうなるか、その恐ろしさは筆舌に尽くしがたい。ジグラートが陥落し、吸血種の長がジウによって討たれた戦いでも、多くの竜、多くの魔人が滅びている。

 ベアトリスはまさにその吸血種の魔人である。第一層とはいえ油断できる相手ではなかった。



「いっそ殺してしまえば、あとくされがなくなるものを」

 ファーゴの言葉に、内心でトロイは同意した。ベアトリスだけではなく、オークや巨人といった竜種以外の魔人どもも皆殺しにしてしまえばいい、とも考えた。

 が、実際にトロイの口から出た言葉は内心とは異なるものであった。



「すべては魔王様の御意による。我らはそれに沿って動くのみだ」

「毒蛇を飼いならすのも覇者の器量。承知している。酔狂なことだ、とは思うがな」

 そういってファーゴは哄笑したが、トロイはもちろん、先刻から口を真一文字に引き結んだままのウラディスラフもファーゴに唱和しなかったため、笑いの斉唱は実現しなかった。



 笑いをおさめたファーゴは、うってかわって鋭い眼光をトロイに向ける。

「それで、フッキ亡き後の人界は誰に任せる? なんならオレが動いてもかまわぬが」

「それには及ばぬ。シルルの封印を解く役目は引き続きベアトリスに、というのが魔王様のお考えだ。むろん人間どもへの報復は行わねばならぬが、こちらもカミュが一軍を率いてすでに向かっている」

 トロイがこの場にいない人物の名前を口にすると、ファーゴはふんと鼻息を吐き出した。



「あの無愛想な女オウガか! 確かに剣の腕は立つが、魔人ではなく、血を飲んで(眷属になって)すらいない者がどれだけ役に立つというのだ?」

「今回の出陣の目的は人間の殲滅ではない。おぬしにかぎらず、この場にいる者が向かえば、軽くひとあてしただけで人界の守りは崩れさってしまうだろう。それでは困るのだよ。それに、これは推測だが、魔王様はカミュに汚名返上の機会を与えたいと考えておられるのではないかな」

「はっは、毒蛇だけではあきたらず、猛獣まで手懐けようとか。酔狂なことだ。まったく、酔狂なことだ! まあ、手加減して戦うなどオレの性に合わぬ。適材適所ということにしておこうか」



 そう言うと、ファーゴは確認のためにもう一度口を開いた。

「それでは、オレはこれまでどおり北のケンタウロスどもの相手をしていればいいのだな? もっとも、彼奴らを統べていた王女はすでに捕らえたゆえ、あとは残党を潰すだけの簡単な作業だが。くく、馬相手というのもなかなかにオツなものだったぞ」

 股間をさすりながら好色な笑いを浮かべるファーゴを見て、トロイは辟易したように顔をしかめた。



「北の制圧はおぬしの任だ、好きにせよ。ウラディスラフ、東の攻略は順調か?」

 トロイが訊ねると、巨人族の魔人は無言でゆっくりとうなずいた。

 ベルビア東部には、竜種に敵対する複数の種族が協力してつくりあげた堅固な要塞が存在する。この建築にはドワーフや巨人族、さらに幾人かの魔人も関与しており、人間の手でつくられたウィンディアの長城ノース・コートとは比べるべくもない規模と強度を誇っている――否、誇っていた。つい先日までは。



 だが、長らく竜種の猛攻を防ぎ続けた要塞はすでに地上から消滅している。ウラディスラフによって敵方の魔人ともども叩きつぶされてしまったのだ――文字通りの意味で。

 先にトロイが口にした『この場にいる者が向かえば、軽くひとあてしただけで人界の守りは崩れさってしまう』という言葉は嘘偽りのない事実であった。



 ウラディスラフの肯定をうけて、トロイは大きくうなずく。

「ならばよし。各々、些事に惑わされることなく、与えられた任務に精励せよ。それが魔王様の御意である」

 その言葉を閉会を告げる合図として、魔人トロイは部屋から姿を消した。間を置かず、巨人族の巨体も溶けるように空中に掻き消える。



 ただひとり部屋に残ったファーゴは、錐で空けたようなまん丸の双眸に嘲弄をたたえて唇を曲げた。

「フンッ! 魔王様の御意、か。望めば今日にでも滅ぼすことができる人間どもをあえて永らえさせ、いたぶり続けることにいかなる意味があるのやら。ジウ様の酔狂は今にはじまったことではないが、腹心のフッキを失ってなお腰をあげぬということは、やはり彼の地には竜どもが執着する何かがあるのだな。彼奴らが何を企んでいるのか、調べねばなるまい」



 その呟きが宙にとけるよりも早く、オークの魔人はその場から姿を消す。

 三人の魔人が去った後、室内に残ったのは耳が痛くなるほどの冷たい静寂だけであった。




◆◆◆




 魔軍の一団を率いて南に向かっていたカミュは、突然の来訪者を前に目を丸くしていた。

 それはそうだろう。いきなり目の前に身の丈四メートルはありそうな巨人が現れれば誰でも驚く。しかも、それが魔軍の最高戦力と目される第五層の魔人ウラディスラフであればなおのこと、驚かざるを得なかった。



「……人界攻めの任、ウラが代わろう」

 それが巨人の第一声。

 頭上から降り注ぐ魔人の重々しい声を聞き、カミュは目を瞬かせる。が、すぐに相手の意を悟って表情を緩めた。

「好意には感謝しますが、それではあなたが罰せられてしまいます、ウラディスラフ。あなたが罰せられれば、あなたの部族もただでは済まないでしょう」

「……ウラは恩義に報いる。ウラの子を助けてくれたカムに報いる。カムは人間と戦いたくない。ウラは人間と戦える。だから、ウラが代わる。目的果たせば、魔王は何も言わない」



 巨人族の口では「カミュ」という発音が難しいらしく、ウラディスラフはカミュのことを「カム」と呼ぶ。

 その身に無限に等しい戦闘力をたくわえた、朴訥ぼくとつな巨人族の顔を見上げたカミュは、もう一度かぶりを振った。

「気遣いには重ねて感謝します。けれど、大丈夫ですよ。たしかに私は人間と戦うのは好みませんが、別段、彼らに親愛の情を抱いているわけではない。むしろ、憎んでさえいます。幼い頃、私と母はこのツノ目当てに人間たちに狩りたてられた。その記憶は忘れられるものではありませんから」



 カミュはそういって、自身の額から伸びる角を軽くなぜる。

 ウラディスラフは理解に苦しむ様子で眉間にしわを寄せた。

「……憎んでいるのに、戦うのは好まない。それは矛盾していると、ウラは思うのだが」

「簡単です。私たち母子を狩りたてたのは人間ですが、そんな私たちを助けてくれたのも人間なのですよ。恩人たちが生きていて、敵の中で剣を構えているかもしれないと思えば、どうしたって人間と戦うのはためらわざるを得ません」



 それを聞いたウラディスラフは、納得しかねるようにうなり声をあげる。

「それなら、やはり、ウラと代わればいいではないか」

「そこまであなたに面倒をかけるわけにはいきません。それに今回の人界攻めは、先の失態に対する罰でもありますから、それを免れようとすれば、魔王の怒りはあなたや、あなたの一族にもふりかかってしまうでしょう。それは私の本意ではありません」

「…………ぬぅ」



 一般的に巨人族は巨躯と剛力だけが取り得の蛮族だと思われている。

 だが、彼らは血のつながった家族のみならず、同族に対する情がきわめて篤い誠実な一族であり、たとえば人間のように同族同士で争うことは絶対にしない。

 巨人族が武器を手にとる時は、きまって外敵を相手にするときであった。

 ……強いて他の例外を挙げるとすれば、強大な征服者から女子供を守るために、やむをえず征服者の走狗になる時くらいだろう。



 ウラディスラフはそんな巨人族の雄なる人物である。

 自身の感情と一族の安寧をはかりにかければ、どうしたってはかりは一方に傾かざるを得なかった。



「……すまぬ、カム」

「謝らないでください、ウラディスラフ。自分の失態を、自分で償うのは当然のことではないですか。それに、今回の任は少しだけ楽しみでもあるのです」

「たの、しみ?」

「生死の知れなかった恩人が生きていたのが分かりましたからね。人界を攻めよとは言われましたが、どう攻めろとは言われていない。であれば、敵地に攻め込む前に、相手の内情を調べるのは指揮する者の裁量の内でしょう」



 そう言うと、カミュは本当に楽しそうにクスクスと微笑んだ。

 それを見たウラディスラフは思わず目を丸くする。巨人の知るかぎり、カミュがここまで楽しげな姿を見せたのは初めてのことであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ