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花嫁クエスト  作者: 玉兎
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第十一章 北へ(四)


 その場に駆けつけたとき、イズは自分が目にしている光景の意味をすぐに理解することができなかった。

 それも当然といえば当然のこと。

 城塞騎士ジークフリート・ローレンシアが、昼日中、往来の真っ只中で剣を抜き、女性に斬りつけている光景の意味がすぐにわかるはずもない。

 まして、斬りかかっている相手が顔見知りの女性――カリスであり、そのすぐ近くに幼いトワの姿もあるとあってはなおさらである。



 いったい何が起こっているのかという疑問が脳内で渦を巻き、一瞬、イズの意識に空白が生じる。

 その直後。

 ガズンッッと爆発するような音をたててベルリーズの街路が揺れた。



 それは石畳を踏み砕く凄まじい踏み込みの音。

 ただし、動いたのはジークフリートではなく、かといってカリスでもない。

 動いたのはトワだった。栗色の髪の少女は瞬きのうちにジークフリートへと迫り、武器のように長く伸びた鉤爪が城塞騎士の頸部に振り下ろされる。



 カリスと対峙していたジークフリートは、目に驚きを浮かべながらも素早くその場から飛びすさって攻撃をかわした。

 空しく宙を薙いだ鉤爪が陽光に照らされて鈍い輝きを発する。

 その輝きを目の当たりにしたイズの背に、大きな氷のかたまりがすべり落ちた。



 勇者であるイズをして寒気を覚えてしまうほど、今の攻撃は俊敏しゅんびんであり、それ以上に剽悍ひょうかんだったのだ。

 犬歯をむき出しにして敵を威嚇するトワの顔には、イズのよく知る少女の面影はない。いや、面影以前に、そもそも人間の身体にあんな鉤爪は存在しない。あらわになった犬歯の形も人間のそれとは異なっている。



 いったいトワの身に何があったのか。いや、そもそもあれは本当にトワなのか。

 そもそもといえば、そもそもどうしてジークフリートがカリスに斬りかかったのか。

 次から次へと湧いてくる疑問に翻弄されつつ、イズはとにかくこの場の騒ぎを収めようと足を踏み出した。状況はさっぱりわからないが、このまま傍観していると事態はより悪化する――そのことだけは間違いないと思えたから。

 しかし。



『キシュィアアアアアアッ!!』



 イズが足を踏み出したのとほとんど同時に、トワの口から耳をつんざく咆哮がほとばしる。

 先にイズたちの耳朶を打った獣の雄叫び。口がきけないはずの少女が、聞く者の心胆を寒からしめる大音声をあげる。



 とたん、踏み出しかけたイズの足が凍りついたように動かなくなった。

 驚きのあまり、というわけではない。それは強制された畏怖の感情。ごく一部の魔物のみが持つとされる咆哮ロアの魔力であった。



 むろん、年端もいかない少女にできることではない。

 氷のように凍てついた静寂が周囲を押し包む。ほとんどの人間が動けないでいる中、トワはみずからがつくった状況に乗じ、再度ジークフリートに躍りかかった。

 おそらくは咆哮で動けないジークフリートの隙を突こうとしたのだろうが、それはつまり、トワが己の能力を認識しており、なおかつそれを利用する戦い方を心得ていることを意味する。



 と、イズの視界の端にぞっとする光景が映し出された。

 一瞬の半分にも満たないうちに硬直から解き放たれた城塞騎士の姿である。



 すでにジークフリートの目に驚愕はなく、その視線は襲い来るトワの姿を冷静に、冷徹に見据えていた。あたかも、突進してくる猛牛を待ちかまえる闘牛士マタドールのように。

 その姿を見て、イズはトワが血煙にまかれて地面に倒れる姿を幻視する。

 ――もっとも。



「はい、そこまでっと」



 そんな声と共に襟首えりくびひっつかまれたトワを見た瞬間、その幻視はあっという間に掻き消えてしまったのだが。



◆◆



 それは音もなく歩み寄ったテオの仕業だった。

 子猫のように宙吊りにされたトワは、突然の出来事にわけもわからず手足をバタつかせて暴れたが、すぐに自分をつかまえた人物が誰であるかに気づいたようで、その場で硬直してしまう。

 それを見たイズは、こちらはもう問題ないと見て取って、もう片方の当事者に向かって大股で歩み寄った。



「いったい何をしているのだ、ジークフリート卿!? 往来で無辜むこの民に剣を向けるなど、教会騎士にあるまじき振る舞いだろうッ」



 イズの口から叱声がほとばしる。

 発端を見ていなかったイズには、非がどちらにあるのかは分からない。ただ、仮になにがしかの非が姉妹にあったのだとしても、教会騎士が往来で剣を抜くなど言語道断である。

 ジークフリートは仮にも勇者候補だった者のひとり。まさか乱心したとも思えないが、白髪の同僚の行為はどんな理由があったとしても看過できるものではない。

 イズは鋭い視線でジークフリートを見据えつつ、聖剣の柄に手をかけた。




 街路の一角で対峙するイズたちを見て、何事かと集まってきた人々がどよめいた。

 イズもジークフリートも教会騎士の正装をしているため、両者はいやおうなしに目立っている。くわえて、ここはイズにとって故郷の街。勇者イズ・シーディアの名と姿はベルリーズの住人にとって近しいものであり、イズの正体に気づいている者もそこかしこに見受けられる。

 そのことが騒ぎを一層大きくし、かつ深刻なものにしていた。



 ただでさえ教団内部がゴタゴタしている最中だ。勇者と城塞騎士が街中で争った、などということが上に知られればタダでは済まないだろう。

 イズはそのことを承知していたが、ここで退く気はまったくなかった。



 すると、そんなイズの覚悟を見抜いたのか、あるいは初めから本気でカリスを斬る気はなかったのか、ジークフリートはおもむろに剣を鞘に収めた。

 それは戦意の放棄を伝える行動であったが、イズを――より正確にいえば、イズの後ろにいる姉妹を見据えるジークフリートの視線の強さはいささかも衰えていない。

 ややあってジークフリートはゆっくりと口を開いた。



「シーディア、けいはジノン教を知っていますか?」



 場にそぐわない穏やかな声音は本来の明晰さを失っておらず、この騎士が正気を失っていないことを物語っている。

 眼前の青年が正気を保っているなら保っているで、事態はより面倒なことになる――イズはそう思ったが、とりあえず後のことは後のこととして相手の話を聞く姿勢をとった。



「……ジノン教、初耳です」

 低い声で応じる。実際、ジノン教というのはイズにとって聞き覚えのない単語だった。

 イズの後方では、カリスが痛みをこらえるように眉根を寄せていたが、前方のジークフリートを見ていたイズはそのことに気づけない。

 返答を受けたジークフリートは、小さくうなずいた。



「されば説明を。ジノン教とは魔人を崇拝する邪教の一種です。その信徒たちは砂漠の国ゼイエンに身をひそめてシルル教団の目を逃れ、道行く旅人や隊商を襲って人命と財貨を奪ってきました。彼らは解放暦の始まりから今に至る長寿の組織。勇者選儀のおり、私がゼイエンで出くわした魔物発生事件を耳にしたことはありますか? あれはまさにジノン教徒たちの策動によって発生したものでした」



 邪教、の一語にイズは目をみはる。

 魔人崇拝とは読んで字のごとく、魔人を崇め奉ることで彼らの怒りを遠ざけようとする教義である。

 言うまでもなく異端の教えであるが、長きに渡って大侵攻という魔人災害に苦しめられてきたシルリス大陸では、ときおりこの手の邪教が幅をきかせる時期がある。

 イズから見れば、魔人に祈るという行為に意味があるとはとうてい思えないのだが、そこに意味があると信じる人々が存在することは否定しようのない事実だった。



 むろん、これら邪教の信仰がおおやけに認められることはなく、発見されれば即座に捕まり、処刑される。そこに老若男女の区別はない。

 一見すると酷烈な措置のように映るが、この手の教えを奉じる者たちはしばしば他者の安寧をおびやかす。彼らにとって、既存の国家やシルル教団は「崇高な魔人に敵対する愚か者の集団」に過ぎず、これの妨害、抹殺は正義の行いとなるのだ。

 大侵攻の歴史の中には邪教の手引きによって滅びた国も存在し、そういった歴史が積み重なった末に、邪教信仰には厳罰をもってあたることが慣例化されていた。



 ジークフリートによれば、ジノン教はまさしくこの類の邪教であり、くだんの魔物発生事件が起きたのも彼らの教義に沿ってのことだったらしい。

 そして、城塞騎士は続けてこう言った。



「私の名誉にかけて断言しましょう。あなたの後ろにいる姉妹は彼らの一員です、シーディア」



 ジークフリートの理知的な赤い瞳がイズの瞳とぶつかる。

 嘘をついているとは思えなかった。少なくとも、ジークフリートがそれを事実だと信じていることは疑いない。

 イズは後ろを振り返ることなく、険しい顔で問いかけた。



「それは確たる証拠があっての告発か、ジークフリート卿? 後になって、勘違いでしたで済む話ではないぞ」

「その姉妹がゼイエンの出であることは調べがついています。ジノン教徒はゼイエンの為政者の周囲に耳目となる者をはべらせ、国政を意のままに操っていました。多くの場合、耳目となったのは妙齢の女性たち、踊り子や歌妓かぎだったのです」



 これを聞いたイズはキリリと柳眉を逆立て、相手の説明を簡潔にまとめてみせた。

「それはつまり、具体的な証拠は何もない、ということではないのか?」

「ええ、そのとおりです。私の見当違いという可能性もあったでしょう」

 責めるようなイズの語調に怯んだ様子もなく、ジークフリートはあっさりとうなずいてみせる。

 しかし、むろんというべきか、己の非を認めてそれで終わりではなかった。

 ジークフリートの双眸に眩めくような意志の光が躍る。 



「けれど、そう考えていたのは先ほどまでです。シーディア、そちらの女性は私の放った一刀を、隠し持っていた懐剣で見事に受けとめてみせた。無辜の民にそのような芸当ができると思いますか? 何より、あなたも我が目で見たはずです。年端もいかない子供が魔力を帯びた咆哮をあげ、人ならざる爪と牙をあらわにして襲いかかってきた、その姿を。人と魔の融合はジノン教徒たちが積極的に行っていた研究の一つ。これ以上の証拠はありますまい」



 ジークフリートは確信をこめて断言し、イズは黙して眉をひそめた。

 カリスたちがジノン教徒である、というジークフリートの告発には客観的な証拠がない。

 しかし、教会騎士という身分と、何より変貌したトワの姿が、ジークフリートの言葉に説得力を与えている。周囲の人垣からカリスとトワに注がれる視線は、疑念を超えて敵意の域に達しつつあった。



 ことにトワに向けられた視線がまずい。

 鋭く伸びた鉤爪、牙のごとく伸びた歯、整っていた目鼻立ちも人間から別の何かへと歪に崩れつつある。

 周囲から押し殺したうめき声や、女性のものとおぼしい悲鳴も聞こえてきた。



 ここに至って、イズは城塞騎士の意図の一端を探り当てた。

 人目がある街中で剣を抜いて住民の注目を集め、その上で声高に邪教の存在を唱える。ジークフリートは住民という証人を得て、姉妹を斬る行為を正当化しようとしたのだ。

 言葉だけならともかく、トワの変貌という動かぬ証拠を目撃した人々は、間違いなくジークフリートの側に正義を見るだろう。姉妹をかばえば、その者も邪教崇拝の罪に問われかねない――



 ――そうか、それが狙いなんだ。



 イズはギリッと奥歯を噛む。

 姉妹を襲えば、テオがそれをかばうのは自明の理。そうなればテオにも邪教崇拝の罪を問うことができる。

 イズたちの帰りを待っていたようなタイミングで行われた姉妹への接触、その意味をイズは正確に洞察した。

 そんなイズの推測を肯定するかのように、城塞騎士の視線がイズから離れ、姉妹をかばうテオへと向けられる。



「テオ・レーベ殿。先刻は名乗る間もなかったので、あらためて自己紹介いたします。私の名前はジークフリート・ローレンシア。かつてイズ卿と勇者の名を競った者、シルル教団教会騎士の一人です。お聞きのとおり、そちらの姉妹には邪教崇拝の嫌疑がかかっています。中央教会に連行し、取調べをいたしますのでお引渡し願いたい。否と仰せになるのであれば――」



 意味ありげに言葉を切ったジークフリートは、先ほど鞘に戻した銀剣の柄にそっと手を添える。

 気が付けば、先刻からイズたちをつけていた姿なき護衛たちの気配がテオを包囲していた。おそらくは彼らもジークフリートの配下――つまりは銀十字軍クルセイダーズの面々だったのだろう。

 そして銀十字軍は聖賢会議の直属戦力。

 つまりはそういうことであった。



◆◆



 緊迫した雰囲気、しわぶき一つない静寂があたりを覆う。

 晩夏の暑熱さえ押しのける冷たい敵意に包囲されたテオは、しかし、怯んだ様子もなく、軽く肩をすくめて口を開いた。



「否」

 およそ考えうる限り、この世で最も短い返答がなされる。

 紅玉のようなジークフリートの赤い目がすっと細められた。

「……今、なんと?」

「否、と言ったんだ。それで? こちらが否と言ったらどうするんだ?」



 周囲を取り巻く敵意に気づいていないはずはないだろうに、テオは平然と言い返す。

 ジークフリートはまなじりを決して応じた。



「邪教徒には厳罰をもってあたらねばなりません。それを邪魔するというのであれば、その者にも邪教崇拝の罪を問うことになるでしょう」

「なるほど、つまりは殺すということだな」

 こくりとうなずいたテオは、ためらいのない自然な動作で腰の剣を抜き放った。



「けっこう。なら戦おう、教会騎士」



 いっそ拍子抜けするほどあっさりと、テオはシルル教団への敵対を表明する。

 ジークフリートは面食らったように目を丸くした。

 姉妹に対していいがかりに等しい嫌疑をかけたのは、テオの過失を引き出すためだった。その意味で、衆人環視の中、すすんで邪教徒をかばい、教団への敵対を公言したテオの行動はジークフリートにとって願ってもないものだった。



 だというのに、ジークフリートの顔には戸惑いがある。

 まさかここまで簡単に事が運ぶとは思っていなかったのである。



 かつて、単身で都市ひとつを救ってのけた騎士は眉をひそめた。

 難癖をつけているのが自分たちの側であることは、ジークフリート自身が承知している。中央教会におけるテオの言動を見るかぎり、かなり頭の切れる人物だった。姉妹を弁護する言葉、横暴な教団を非難する言葉はいくらでも湧いて出るはずだ。

 それなのに、あっさりと聖賢会議の手にのってきたテオの思惑が気にかかった。

 ジークフリートは確認するように問いかける。



「百年の昔、邪教徒によって滅びた聖ルクレウス王国の悲劇以来、魔人崇拝の教義および信者の根絶は、我らシルル教徒にとって絶対の優先事項です。彼らをかばうということは、彼らと同じ罪を背負うということ。それでも二人をかばうのですか? これは推測ですが、その者たちはあなたに対しても素性の一切を隠していたはず。今後の人生を投げ打ってまでかばう価値があるとは思えませんが」



 それを聞いたテオはわずかに考える素振りを見せた。

「人生うんぬんは余計なお世話だが――ふむ、たしかに。砂漠の出とは聞いたが、それ以上の詳しい話は聞いていないな」

「姉が武芸を修めていることも、妹がその身に魔を飼っていることも知らなかった――そうですね?」

 ジークフリートの問いに、テオはこくりとうなずく。

 それを見て、ジークフリートは力を得たように声を張った。



「それならば――」

「ま、当然のことだがな」



 相手の言葉をさえぎるように、テオはあっさりと姉妹の秘密を容認した。

 城塞騎士は戸惑ったように目を瞬かせる。



「……当然、とは?」

「出会ってからまだ二月足らず、しかもそのうち一月は蓬莱に行っていて、まるまる留守にしていた。つまるところ、俺たちの付き合いはまだ一月にも満たない浅いものだ。そんな相手に一から十まで素性を明かす奴なんていやしない。少なくとも、俺は明かさん」



 テオはジークフリートの言葉をすべて嘘として切り捨てているわけではない。

 むしろ、トワの姿や、今に至っても無言を貫くカリスの態度からして、城塞騎士の告発は正鵠を射ているのだろうと思っている。

 ただ、それらをわきまえた上で、大したことではないと割り切っているだけだった。

 そもそも、ランゴバルド王弟セルディオによって引き合わされた時から、二人が訳ありの身であるのはわかりすぎるほどわかっている。今さら邪教がどうこうと言われたところで動揺する理由がなかった。




「俺は十のとき、魔物に襲われた父を見捨てて逃げ出した。十二のときは姉を置き去りにして大侵攻から逃げのびた。口にしたくない過去の一つや二つ、人間ならあって当然。だからまあ、お前の話したことが事実だろうが嘘だろうが、俺がここで退く理由にはならないわけだ。理解したか、教会騎士?」

 ここでテオは口をとがらせ、さらに続ける。

「というか、他人がいらんことをいうな。そういうのは本人の口から聞かないと意味がないんだよ。お前のせいで、今、俺はめちゃくちゃ気まずい」



 愚痴とも何とも言いがたい述懐をこぼした後、テオはあらためて剣を構え、そのままぐっと腰を落とした。

 獲物に狙いを定めた四足の猛獣のように、しなやかな四肢が躍動に備えて力を蓄えていく。

 言葉こそどこか冗談めかしたものであったが、テオの眼光は完全に本気であった。交渉のための脅し(ブラフ)では決してない。



 このままジークフリートが姉妹を連行しようとすれば、間違いなくテオはシルル教団に対して牙を剥く。魔剣を召喚することも、それによってこの場に集った住人が傷つくことも辞さないだろう。

 ジークフリートはそう確信した。



 もはや事態は戦うか否かではなく、どちらが先手をとるかの段階に入っている。

 ジークフリートが躊躇していれば、向こうから攻撃してくるに違いない。

 戦意と敵意がとけあい、空気が音をたてて張り詰めていく。街路を吹く風さえ、怖じたように動きを止めた。

 一秒、二秒、三秒――灼けるような緊張感が限界に達する。

 応じて、テオとジークフリートが同時に動き出そうとした時だった。



「ええい、これは何の騒ぎだ!?」

「許可なき集会は禁じられている! 責任者はどこだ、事と次第によってはタダではおかぬぞッ!」



 居丈高な声を張り上げながら、数人の騎士がその場に姿をあらわした。

 教会騎士ではない。彼らの鎧に輝くのはシルル教団の銀十字ではなく、円形の盾を意匠化した紋章、カーナ連合王国のものだ。

 ベルリーズはカーナ連合の首都であり、その治安維持を司るのは、当然カーナ連合の騎士たちである。彼らは巡回の最中に騒動に気づき、駆けつけてきたのだろう。



 カーナ騎士たちを見たテオの反応は、ジークフリートが思わず目を丸くするほどに素早かった。

 虚脱したように地面に座り込むトワの身体を小脇に抱え、カリスの手を引っ張って人垣の中に飛び込んでいく。周囲からは悲鳴じみた声があがったが、テオは委細構わず人ごみを駆け抜け、さっさと騒動の中心から脱してしまった。

 実に鮮やかな手並みで、ジークフリートは内心でこっそり感心したほどである。



 そのジークフリートはテオの後を追わなかった。というより、追えなかった。

 すでに教会騎士として名乗りをあげてしまっているので、ここで立ち去っては後々面倒なことになってしまう。それくらいなら、今のうちにカーナ騎士に対して状況を説明した方が良い。

 カーナ連合との揉め事を避け、なおかつ、カーナ連合が事態に介入することを防ぐ。テオたちの後を追うにしても、これを片付けてからでなければ――それがジークフリートの考えであった。



 ただ、正直にいえば、テオを追うことをやめた最も大きな理由は別にある。先ほどの状況の焼き直しになることを嫌ったのだ。

 テオと向き合ったとき、胸にきざした声なき声――この相手と戦えば、取り返しのつかないことになるという予感が、ジークフリートの足をこの場に縫いとめたのである。




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