第九章 海東青(六)
国佐の村は物々しい雰囲気に包まれていた。
村人、特に若い男たちの多くが武器を手にとっていることが、村の雰囲気を一層剣呑なものにしている。
見るかぎり、家屋が焼け落ちているとか、負傷者がうずくまっているとか、そういった具体的な被害が出ている様子はないから、正規軍なり山賊なりに襲撃されたというわけではないだろう。
しかし、だとすると何のための武装なのか。
若者たちに案内されて国佐の家に向かう道すがら、俺はそんな疑問をおぼえていた。
ちなみに、案内されて、とは言ったものの、前後左右を男たちに囲まれた今の俺の姿は「案内」よりも「連行」という言葉を連想させる。
実際、彼らが俺を見つけたのは村の入り口ではなく、ふもとの街道なのだが、そこからここにいたるまで、彼らの注意は外よりも内に向けられていた。俺を守ることよりも、俺を逃がさないことに主眼を置いていたという意味で。
理由を問うても、返ってくる答えは「国佐様がお話になる」の一点張り。
俺は内心で首をかしげっぱなしだった。
どこからどう見ても好意的とは言いがたい扱いだが、こんな扱いを受ける理由がさっぱりわからない。
そもそも、俺にしても九郎にしても、いついつに村に帰る、などという知らせは出していないのに、どうして村人たちは俺が帰ってくる日時を正確に予測できたのか。
何日間もずっと街道を見張っていたという可能性もあるが、その場合、どうしてそこまでして俺を待っていたのか、という疑問が思い浮かぶ。
問題の国佐は自室で俺を待ち構えていた。
こちらを見る視線にトゲはなかったが、かといって思いやるような素振りもない。
一つだけ確かなことは、向こうは俺の抱える疑問や不満はお見通しに違いないということだ。
もったいぶるつもりはなかったようで、国佐は俺が椅子に座るや、すぐに口を開いた。
「久しい、というほど時は経っていないが、ともあれ、無事で何よりだ、戦士殿」
国佐の声は低く落ち着いており、立ち居振る舞いにも隙がない。声といい態度といい、あいかわらず若さに見合わない貫禄を感じさせる人物である。ともすれば、向かい合っている相手が十も年嵩のような気にさせられてしまう。
俺はわずかに口許をゆがめて挨拶を返した。
「ご厚情痛み入ります。もっとも、無事か否かはいささか疑問が残る展開になっているようですが」
声に軽い皮肉を混ぜてはみたものの、この程度では相手の分厚い面の皮を貫くには至らないだろう。
俺は単刀直入に訊ねることにした。
「どういうことか、とお訊ねしてもよろしいか、村長殿?」
「むろん。ここまで連れて来させたことに関していえば、貴公がこの村を通らずに蓬莱を出てしまうかもしれぬと考えたからだ。貴公には我らと外の橋渡しをしてもらわねばならない」
意図してか否か、肝心要のことをはぐらかした答えが返ってくる。
俺はかすかに目を細めて、再度問いを放った。
「俺が今日街道を通ることがわかっていたのですか? 開陽から戻るに際して、知らせは出していないはずなのですが」
「正確に今日通るとはわからなかった。こちらがつかんでいたのは、貴公と九郎殿が三日前に街道沿いの町で別れたこと。九郎殿は大瑠璃の提言にしたがって先王の陵墓に向かい、貴公は青岳を越えてベルリーズに戻ろうとしていること、それだけだ」
さらっとした調子で、とんでもないことをのたまう国佐。
それだけ? ほとんど全部じゃねーか!
鎌をかけている――にしては、あまりにも内容が具体的過ぎる。
大瑠璃だの、先王の陵墓だのといった単語はあてずっぽうで出てくるものではない。あの場の会話を盗み聞きされたとしか思えないが、俺にしても九郎にしても、内容が内容なので他者の耳に入らないように極力用心していた。
よほど気配を隠すのが巧みな密偵でも付けられていたか、あるいは――
「貴公らがこの国を訪れた際、九郎殿の手当てをした老婆はもともと蓬莱王に仕える巫女だった。分かりやすく申せば伏姫の輩だよ。それも王に仕えるほどの実力をもった、な」
その言葉を翻訳すれば、魔法ないし呪術的な手段で俺たちの動向を見張っていた、ということになる。
国佐はさらに続けた。
「もっとも、いつでも、誰でも覗き見ることができるほど便利な力ではない。ことに遠く離れた相手を見るためには、目印となるものが必要となるそうだ」
「……治療をした際、九郎殿に何やら仕掛けをほどこしておいた、ということですか」
「そのとおり」
悪びれた風もなく、国佐はあっさりうなずいた。
「貴公らの到来は苦境を脱する契機となりえると考え、俺が命じた。悪く思うな」
このとき、俺が感じたのは怒りよりも奇妙な納得だった。
油断も隙もなさそうな国佐が、見張りをつけるでもなく、資金だけ貸し与えて俺たちを自由に行動させたのはどうしてなのか。
これまでは単純に九郎やその父に恩を感じているから、と考えて納得していたのだが、冷静になって考えれば、この結論には違和感がつきまとう。今、俺の目の前にいる相手はそこまでお人よしではないだろう。
かつて特権階級にあった者たちが、迫害を恐れて山中につくりあげたのがこの村だ。そして国佐はその村長として最善を尽くす義務がある。
いつ誰に襲われてもおかしくない――そんな現状を変革する機会が訪れれば、何が何でも喰らいつうのは当然のこと。
はじめて会った時から、国佐が持つある種の凄味を認識していながら、こちらに向けられた厚意を疑うことなく信じてしまったのは、我ながら迂闊としか言いようがなかった。
怒るにしても、その対象は国佐ではなく、自分自身の無用心さであるべきだろう――俺はそう考えて怒りを飲み込んだが、それでも一つだけ確認しておかなければならないことがあった。
周囲を取り巻く男たちを視線でひと撫でしつつ、低い声で問いかける。
「その目印とやらが九郎殿の身体に害をなすものであるのなら、あなた方とはここで決裂せざるをえません」
別に剣の柄に手をかけたりはしなかったが、返答次第ではそれをためらうつもりはなかった。
そんな俺の内心が言葉によらず伝わったのだろう、部屋の空気が音を立てて張り詰める。
直後、ガシャリ、という複数の金属音が耳朶を刺した。
一触即発の空気は、しかし、次の瞬間に霧散する。
国佐が軽く右手を振るや、若者たちはハッとした様子で姿勢を正し、こちらへの敵意をおさえこんだ。
一軍の指揮官の振る舞いそのものであり、それだけで国佐の信望と統率力を察することができる。
当の国佐は黒の双眸に強い光を湛えて俺を見据えた。
「心配は無用だ、戦士殿。恩人の娘に危害を加えるつもりはない」
国佐はそう言った後、自嘲するように唇を歪める。
「我ながら説得力がない言葉だとは思うが。今さら信じてくれというのも虫が良い話だが、斑鳩司祭への恩義を忘れていないというのは俺の本心だ。ゆえに司祭を殺した伏姫を許すつもりはなく、九郎殿への助勢をためらうこともない。たとえ――そう、たとえ相手が魔人であろうとも、な」
その言葉を聞いた俺は小さくうなずきながらも、内心で顔をしかめた。
対魔人戦における頼もしい味方ができた、と無邪気に喜ぶ気にはなれない。
俺は慎重に言葉を選びながら、国佐に問いをなげかけた。
「……この村の物々しい雰囲気は、その助勢のためと受け取ってよろしいか?」
「いかにも。国王に捕まった九郎殿を救出するための準備と受け取ってもらってかまわない。ついでのこと、右丞相にも恩を着せてやろうと思っている」
感情を押し隠すため、低い声音で問いかけた俺に対し、国佐はまたしても聞き捨てならない情報を吐き出してきた。
「捕まった!? 九郎殿が!?」
目を剥いて声を高める俺。
国佐は微塵も動じた様子を見せずにうなずいた。
「そうだ。貴公と別れた後、九郎殿はすぐに開陽に戻り、大瑠璃と共に陵墓に向かった。ところが、だ。どうやら計画はすべて国王に筒抜けだったようだ。右丞相ともども捕らえられ、今は王宮の一室に幽閉されている」
「国王に……それは」
知らず、うめくような声が出る。
俺の危惧を察したか、国佐も同意するように表情を引き締める。
「まず間違いなく伏姫の差し金であろうよ。右丞相も迂闊よな。伏姫が魔人であるのなら、魔人に対抗し得る神器に注意を割くのは当然のこと。ましてや、貴公の企みによって、開陽市民の間で魔人の存在が口の端にのぼるようになっている今、何の策もなしに陵墓へもぐるなど愚かとしかいいようがない。せめて、国都で陽動のための騒ぎを一つ二つ起こしてからにすれば、まだ成功の可能性もあったろうが、それもなしではな」
事がうまく運ぶはずがない、と国佐は冷笑する。
冷笑が向けられた相手は大瑠璃淑夜であったが、国佐の中では俺や九郎も対象に含まれているに違いない。
実際、迂闊であったことは否定しようがない。
反面、準備のための時間も資金もない状況ではきめ細かな策などたてようがなかったのも事実である。
へたに細工をしようとして、かえって敵に気づかれる恐れもあったから、まっすぐに陵墓に向かった判断が必ずしも間違っていたとはいえないのだが――現実に失敗してしまっている以上、すべては言い訳、自己弁護に堕してしまう。冷笑を甘受せざるを得なかった。
まあ、それはいい。ぶっちゃけ、国佐にどう思われようと知ったことではないのだ。
今問題なのは、王宮に捕らわれているという九郎をいかにして救い出すかである。
これについて国佐は次のように明言した。
「心配無用。九郎殿の救出については全面的に俺が請け合おう。貴公は予定どおり、できるだけ速やかにベルリーズに戻り、この国の状況を諸国に知らせてもらいたい」
「……九郎殿の危難を知る前ならいざ知らず、今の俺がその言葉にうなずくとお思いか?」
目に雷火をともして問いかける。
声音に危険なものを感じたか、またしても周囲の男たちが動きかけたが、これは国佐によって制された。
先刻と同様、軽く手を振って部下たちをとどめた国佐は、静かな口調で言う。
「思っているとも。貴公は今の状況をよくわかっているはずだ。ここで自分ひとりが救出に加わったところで、九郎殿を助け出せる確率があがるわけではないということもな。さらにいえば、仮に貴公の活躍で首尾よく九郎殿を救い出せたとしても、そのときにはもう蓬莱と大陸を取り巻く状況は挽回のしようがないほどに悪化してしまっていることだろう。時間がない――それを承知していればこそ、貴公は九郎殿と行動を共にせず、ここまで戻ってきたのではなかったのか?」
「…………ぬう」
思わずうなる。
国佐のいうことは一から十まで正しい。ぐうの音も出ないとはこのことか。
俺が眉間にしわを寄せて奥歯をかんでいると、国佐はとどめとばかりにこんなことを言ってきた。
「即断できないというなら、あえて背を押させて――いや、突き飛ばさせてもらおうか。貴公がどうしてもベルリーズへ戻ることを肯わぬというのなら、俺たちは九郎殿の救出から手を引く。そう心得てもらいたい」
「…………つい先ほど、恩がどうこうと言っておられたような気がしますが?」
皮肉と疑念をない交ぜにした俺の問いかけに対し、国佐は悠然と応じた。
「むろん、斑鳩司祭の恩は感じている。しかし、だからといって何の成算もないままに、俺に従ってくれる者たちを死地に突き落とすつもりはない。今回、俺が動くと決めたのは斑鳩司祭の恩に報いるためであるが、将来を考えてのことでもあるのだ」
伏姫が魔人であることが知れ渡れば、蓬莱国の権威は完膚なきまでに失墜し、現政権は崩壊する。それはすなわち、国佐たちにとって返り咲きの機会が到来することを意味する。
ただ、今の国佐たちにそれを単独で為すだけの力はなく、どうしても他者の助けがいる。
この場合の他者というのは個人ではない。それはカーナ連合であり、ランゴバルドであり、ウィンディアであり、シルル教団であった。
つまるところ、国佐が望んでいるのは、伏姫を筆頭とする現政権に対抗する反対勢力、その旗頭の地位である。
現政権が打倒された暁には蓬莱を統べる立場にのぼる――国佐はその立ち位置を欲していた。
自分をそういう立場の人間として報告しろ。そのかわり九郎救出に全力を投じようというわけで、わかりやすいといえばこれ以上ないくらいにわかりやすい要求だった。
正直、へたに本心を包み隠す相手よりもよっぽど話がしやすいくらいだ。まあ話しやすいというだけで、そんな相手に対する好悪の念はまた別なわけだが、俺が国佐にどう思われてもかまわないと考えているように、国佐も俺の好意を得たいと望んでいるわけではないのだろう。
だいたい、俺自身が野心を燃やして国を飛び出した身であるから、国佐の打算的な行動を非難できる立場ではない。
ここで俺をとらえて、伏姫や国王にすり寄るという選択肢も向こうにはあるわけで、この相手を悪人と断ずるのは公正とは言えないだろう。
気に食わないが理解はできるという意味で、案外、俺と国佐は似た者同士なのかもしれない。まあ俺がそう感じているというだけで、他者がどう判断するかはわからないが。
ただ、一つだけ気になる点があった。
「念のためにいっておきますが、俺の報告を要人たちがどう受け止めるかまでは保証できませんよ?」
蓬莱は魔人に支配されており、その蓬莱で孤軍奮闘しているのが朱鷺国佐である、と俺が報告したとして、各国がその報告を素直に信じるかはわからない。仮に信じたとしても、国佐の思い通りに援助してくれるかはもっとわからない。
伏姫を打倒した後、国佐以外の蓬莱人をたてるかもしれないし、もっといえば蓬莱の混乱を武力占領の好機と見なす国だってあるかもしれない。ランゴバルドあたりは最もこの危険が大きい。
俺の言葉を聞いた国佐は、あっさりとうなずいて、こう応じた。
「当然のことだ。だが、蓬莱の国内事情を知らない者たちの頭に、真っ先に俺の名前が刻まれるのは間違いない。それだけで十分に価値があるとは思わないか? 諸国が最初に接触の手を伸ばす相手は俺になるわけだからな。そこから先、どのように援助を引き出すかは俺次第。そこまで貴公に背負わせるつもりはないよ」
これまでどこか硬かった国佐の口調が崩れ、言葉に活気が充溢しはじめる。年相応、という言葉を同年齢の俺が使うのはどんなものかと思うが、はじめて国佐が年相応に見えた瞬間だった。
それだけ興奮している、ということなのかもしれない。長年、苦渋に耐えてきた身には期するものがあるのだろう。
そのせいかどうかはわからないが、国佐はさらに自身の内心を明らかにした。
「極端な話、他国が混乱につけいって攻めて来るなら、それはそれでかまわぬのだ。蓬莱の民は外に関心を向けない分、内を守ろうという意識は他国の民よりはるかに強い。外国の侵略など決して受けいれまい。蓬莱王の正統な跡継ぎである九郎殿をたてて侵略にあらがえば、黙っていても人心を収攬することができる。大きな声ではいえぬが、むしろそうなってくれた方がその後の統治も楽に進むというものだ」
それを聞いた俺は思わず目を見開いた。今、なんかすごいことを言わなかったか、この人?
「…………今、蓬莱王の正統な跡継ぎ、と聞こえましたが?」
「そうだ。まだ確証はつかめていないが、右丞相の行動を見るに、まず間違いあるまい。九郎殿は先王と大瑠璃妃の間にうまれた王女殿下だ。伏姫の正体が暴かれれば、魔人を亜母と慕う志士果王は退位せざるをえなくなる。そうなったとき、九郎殿を代わりの王にたてることで混乱を最小限にとどめる、というのが右丞相の狙いだろう」
国佐はそう言うと、十七年前の王妃選びの一件を教えてくれた。
俺を信用してくれたから――ではもちろんなく、これも含めて諸国に報告しろ、ということだろう。首尾よく九郎を救出することができれば、国佐は蓬莱王の正嫡を懐に抱え込むことになり、ますます重要性が増すことになる。
話を聞くかぎり、九郎の王女云々は状況証拠ばかりで信憑性に欠けるように思えたが、九郎が言っていた七星剣の特徴――蓬莱王の血に反応して光る――が真実であるのなら、事の真偽は簡単に判別できる。
となると、右丞相が九郎を神器に誘った理由の一つは、このことを確認するためなのかもしれない。九郎にしても、いきなり「あなた様は先王のご息女であらせられるのです」などと言われても信じないに決まっているが、七星剣という動かぬ証拠があれば信じざるをえなくなる。少なくとも、相手の話に耳を傾けようという気にはなるだろう。
そう考えた瞬間、俺の背筋に冷たいものがはしった。
陵墓で九郎が己の素性を知ったとして、ではその場合、伏姫や国王は九郎のことをどういう目で見るのか。そのことに思い至ってしまったからである。




