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花嫁クエスト  作者: 玉兎
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第九章 海東青(五)


 蓬莱の右丞相である大瑠璃おおるり淑夜しゅくや、そして彼が語った正理の鏡。

 九郎から話を聞き終えた俺は、彼女が本来の待ち合わせ場所であった国佐の村ではなく、途中の町で待っていた理由を理解した。

 今は零落したとはいえ、国佐たちはれっきとした蓬莱の大貴族。淑夜は彼らにとって政敵以外の何者でもない。そんな相手の話に耳をかたむけ、あまつさえ先王の墓を荒らすような真似をすれば、最悪、国佐たちが敵にまわる。

 九郎はそれを避けたかったのだろう。



 さすがに墓荒らしというのは身もフタもない感想なので口にはしなかったが、苦笑まじりの九郎の顔を見るに、俺の内心は筒抜けだったようだ。

「仕方ないことだ。正直なところ、それがしも気が進まない」

 九郎は声をひそめて言った。ついでにいえば眉もひそめている。蓬莱の貴族という意味では九郎もまた国佐と立場を同じくする。王の陵墓を荒らすという行為にともなう嫌悪感は俺以上のものがあるのだろう。



 ただ、その行為が事態を打開する鍵になる――少なくともその可能性を秘めている以上、個人の倫理観を優先させる余地はない、と九郎は考えているようだった。

 同時に、俺がつかんできた情報に対する焦慮も隠しておらず、黒の双眸には思いつめたような深刻な光がちらついている。

 しばし後、九郎が発した言葉は予想以上に重苦しい響きを帯びていた。



「……伏姫が魔人であり、竜種がその周囲にはべっているとあらば、もはや一刻の猶予もない。右丞相の話をうのみにするのは危険だが、こちらに伏姫の正体を暴く手立てがない以上、選択の余地はない」

 九郎はそう言った後、次のように付け加えた。

「ただ、テオ殿のいうとおり、国外にこの情報を伝える必要があることも確かだ。ここは二手に分かれよう」



 九郎は蓬莱に残り、淑夜と共に正理の鏡を手に入れる。

 俺は青岳を越えてベルリーズに戻り、事の次第をスーシャやカーナ連合王国の要人たちに報告する。



「伏姫は翠微宮にこもりきりと聞くが、これほどの規模の出兵だ、出陣に際しては開陽に姿を見せるだろう。将兵の士気を高めるためには、それが一番てっとり早くて確実な方法だからだ。そこで彼奴きゃつの正体を暴くことができれば、人同士が相打つ事態は避けられる」

 言い終えた九郎は、どうだろうか、と問う眼差しを向けてくる。

 俺は否とも応とも言わず――より正確にいえば言うことができず――腕を組んで考えこんだ。



 率直にいえば、右丞相の話は不確定の要素が多く、信用すべきではないと思える。

 相手の思惑はわからず、伏姫がこちらの動きに気づかない保証もなく、そもそも正理の鏡とやらが本当に魔人の正体を暴けるのかすら判然としていない。当然のこと、失敗したら待っているのは死しかない。

 もっといえば、仮に成功したとしても、九郎に待っているのは死しかないように思う。



 衆人環視の中、正理の鏡で魔人の正体を暴く。これはよしとしよう。

 では九郎によって正体を暴かれた魔人は次にどのような行動にうつるのか。まさか「事やぶれたり」と潔く諦めたりはしないだろう。

 魔人の正体を暴くということは、魔人の枷を取り外すことと同義であり、正体を暴かれた魔人は本気を出して九郎に襲いかかるに違いない。

 失敗したら死、成功しても死。

 九郎の作戦はようするにそういうものだ。そんな作戦にほいほい頷けるはずがなかった。




 九郎がこの危険に気づいていないとは思えない。魔人の怖さを紙上でしか知らなかった頃ならともかく、今の九郎は霊山洞穴でユーベルと直接対峙し、刀を振るいもした。九郎ほどの腕前なら、あれで魔人の恐ろしさを十分に体感できたことだろう。

 その上で今の作戦を口にしたことが、黒髪の少女の決意の固さを物語っている。

 そんな相手に対して、対案もなしに提案を却下しても納得しないに決まっている。だからこそ、俺は否とも応とも言えなかったのである。



◆◆



 むむむ、と眉間にしわを寄せて考えこむ。

 いうまでもなく伏姫は止めなければならないし、スーシャたちには蓬莱の情報を伝えなければならない。この二つを両立させるためには、なるほど、九郎の提案が一番現実的であろう。

 だが、それと引き換えに九郎が犠牲になるのはどうあっても容認できない。



 別の人間に使者にたってもらおうか、とも考えた。

 だが、蓬莱からベルリーズまでの道のりは、教会騎士である九郎でさえ倒れてしまったくらいに厳しいものだ。九郎なみに体力と根性にあふれた人間がそのあたりを歩いているわけもなく、なにより今の蓬莱で、伏姫に逆らって国境破りをしてくれる人間が見つかるとは思えない。

 やはりベルリーズへの報告は俺自身の手で行うのが一番確実だろう。シルル教皇を説き伏せる手間がいらないというのが俺の利点。この点に関していえば、蓬莱はおろか大陸全土を見渡したって俺以上の適任はいないと断言できる。



 発想を転換し、俺がベルリーズから戻ってくるまでの間、九郎には待機していてもらい、俺が戻ってからあらためて正理の鏡を取るために動き出す、という手もないことはないが――正直、これも難しいだろう。

 ベルリーズとの往復を考えると、どれだけ期間を短く見積もっても半月やそこらはかかってしまう。

 海東青の一件で多少はかき回せたとはいえ、蓬莱軍の出撃がそこまで延びるとは考えにくい。淑夜にしても、露骨なサボタージュは自身の首を絞めることになるから、この点で期待するのは酷というものである。



 あちらを立てればこちらが立たず。

 こうして考えてみると、最終的には九郎の作戦案が最も妥当という結論にいたってしまう。

 しかし、それでは九郎が犠牲になってしまうわけで――ああ、なんという堂々巡り。




 湯気を出す勢いで頭を高速回転させても、回し車をまわすネズミのごとくカラカラと空回りするばかりで、これといった良案が浮かんでこない。フレアやスーシャがこの場にいれば、何かしら考えついてくれただろうと思い、己の不甲斐なさにほぞを噛む。

 こうなったら、もういっそのこと俺と九郎の役割を交換するか。

 九郎ならイズとも面識があるから使者の資格は十分だ。

 かわりに俺は魔人と対峙することになるわけだが、年少者、それも女の子に危険を押し付けて国外に去るよりは百倍マシ――



 などと考えていると。

 不意に、とん、と胸を突かれた。

 見れば、九郎が渋い表情で右拳を握り、俺の胸を軽く突っついている。

 相手の突然の行動に目を丸くしていると、口許を「へ」の字に曲げた九郎と目が合った。



「さすがに面と向かって無視されるのは良い気分ではないぞ、テオ殿」

「ぬぇ!? あ、いや、今のは無視していたわけではなくてですねッ!?」

 思わず反論したものの、ああでもないこうでもないと苦慮していた間、眼前にいる九郎のことを放っておいたのは事実だからして、無視したととられても仕方ない気はする。

 そう思い、ともかく無礼を詫びようとした俺だったが、謝罪の言葉は途中で止まってしまった。

 俺の慌て顔を見た九郎が、渋面から一転してクスクスと笑いはじめたからである。



「……あー、九郎殿?」

 相手の反応の意味がわからず、戸惑いがそのまま声になって口から出る。

 九郎はといえば、口許をほころばせたまま俺を見上げた。



「ふふ、いや、すまない、冗談だ。テオ殿が何を考えていたのかくらいは察しがつくよ」

「そ、そうですか?」

「ああ。ただ、目の前にいるそれがしのことをそっちのけで考えにふけるのは、できればやめてもらいたいな。相談する価値もないと言われているようで、へこんでしまう」

 ちなみにこれは冗談ではないぞ、と付け足す九郎。

 微笑んではいるが、今しがたの俺の態度に傷ついたのは事実らしい。



 九郎のことを考えてのこととはいえ、たしかに俺のとった態度は褒められたものではなかった。

 もし、九郎が今の状況で俺をそっちのけで考え事にふけりはじめたら、俺だって傷つくだろう。

 なので、その点については速やかに、かつ真摯に謝罪する。

 九郎はにこりと笑ってうなずいた。



「謝罪をうけいれよう。同時に、こちらからも礼を述べておく」

「礼?」

 不思議に思って首をかしげると、九郎はどこかくすぐったそうに続けた。

「それがしの案をとった場合、失敗したらむろんのこと、成功しても死地に身を投じることになるからな。そのことを案じてくれたのだろう?」



 あっさりと、これ以上ないくらい見事に心中を読まれて、むぐ、と言葉に詰まる。

「ぬぬ……お見通しでしたか」

「なに、テオ殿なら無骨な我が身も案じてくれるだろうと思ったまで。いや、期待しただけ、というべきかな」

 なんでもないことのようにそう言った九郎は、すぐに表情を真剣なものに改める。

 次に発された言葉は強い決意に満ち満ちていた。



「事がうまく運んだとしても、それがしは魔人と対峙することになる。その危険は承知しているが、案じてくれるな。家族を失ったかもしれぬことで、捨て鉢になっているわけでは断じてないのだ。確実とはいいがたいが成算もある」



 ここで九郎は、正理の鏡と並び称される七星剣の効能を教えてくれた。

 蓬莱王の血脈に反応するという宝刀は、鏡と同じく女神シルルの力を宿しており、魔物を降伏ごうぶくする神授の利剣なのだという。



「魔人に通じるかは分からない。それ以前に、それがしが扱えるのかも分からないが、右丞相はなにか確信がある様子だった。あの御仁の思惑はわからねど、試してみる価値はあろうと思う。しくじれば無手で魔人と相対することになるが、その場合とて、むざむざ殺されてやるつもりはない」

 身のこなしならテオ殿にだって引けは取らぬゆえ。九郎はそういってにやりと笑った。

 それを聞いた俺は、九郎が自棄になっていないことに安堵しつつも、一つの危惧を口にする。



「……不吉なことを言うようですが、剣を扱えない場合、鏡の方も扱えない可能性があるのでは?」

 懸念をこめて問いかける。剣と鏡が対になる神器なのであれば、片方が使えなければもう片方も使えない、ということは十分ありえることだろう。

 すると、九郎は気を悪くした様子もなく、むしろ、そうなればかえって迷いがなくなると言わんばかりにすっきりした表情で応じた。



「確かにそうだな。その場合はもう仕方ない。墓泥棒に身を落とさずに済んだことを幸運と考えて、さっさと陵墓から退散するとしよう。その上で、あらためて魔人を止める手立てを考えようと思う」

「なるほど、そういうことなら――」

 俺は小さくひとりごちた。

 今の九郎の話を聞くかぎり、自棄になった様子もなければ、思いつめた様子もない。この分なら俺の心配は不要だろうと思えた。



 魔人の力を考えれば不安の種は尽きないが、今もっともしてはならないのは、敵を恐れてグズグズと時間を浪費してしまうことだ。万全の準備を整える時間も資金もない以上、どこかで思い切った決断を下す必要がある。

 それはきっと、今この時なのだろう。

 俺はそう判断した。



 その判断が間違いだったことを俺が知るのは、これより三日後、国佐の村に立ち寄ったときである。




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