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花嫁クエスト  作者: 玉兎
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幕間 フレア・リンク④


 蓬莱の国都でテオが魔人と再会を果たしていた頃、フレアとウルクの二人もまた、別の場所で別の再会を果たしていた。

 場所はウィンディア王都サザーランド、相手は戦神アスティア・ウルム。

 エルフがシルル教団の使者として王宮の門を叩くのはきわめて珍しく――というか事例が皆無であったために城門で多少時間をとられたが、報告を受けたアスティアが自ら足を運んだことで事なきを得る。

 アスティアがガルカムウに出撃していなかったことは、二人にとって幸いであった。



 王宮の一室に案内されたフレアたちは、そこでスーシャ教皇から託された書状をアスティアに手渡す。

 書状を一読したアスティアはかすかに眉根を寄せた。

「……蓬莱が動きますか」

 丁寧に書状をたたみながら戦神が呟く。



 今日のアスティアは鎧を着けておらず、長袖にロングスカートという出で立ちをして、さらには肩にストールまでかけている。

 季節に見合わない格好に見えるが、ウィンディア領では夏でも朝晩の冷え込みが厳しい日が多く、日中でも太陽が隠れれば肌寒さを感じてしまう。ことにアスティアの好む王立図書館は、本の保存のために日当たりを制限していることもあって、気温の低さが顕著にあらわれる。そのための備えであった。



 落ち着いた色合いの服はややもすると地味に映る。

 ウルクたちはなまじセラで鮮烈な戦闘シーンを目撃している分、今の姿のアスティアと街中ですれ違っても戦神だとは気づけなかったであろう。



 書状をしまい終えたアスティアは、対面でソファに座っている二人の労をねぎらった。

「使者の任、大儀でした、フレア、ウルクファルク。特にウルクファルクは、郷里が危険にさらされている最中に面倒をかけましたね」

 フレアとウルクは余計なことは一切口にせず、ただ無言で頭を垂れる。



 別段、アスティアに隔意を抱いているわけではなく、単純に疲れていたのである。

 ベルリーズからサザーランドまでの道のりは、ギール山道を越え、ランゴバルド王国を縦断し、メルキト河を渡って、さらに広大なウィンディア領を駆け抜けるというもの。

 ほとんど休むことなくその道程を踏破した少女たちの顔には、隠しきれない疲労の色が浮かんでいた。



 二人が携えてきた書状は、もともとテオがスーシャに頼まれて書いたものだった。蓬莱を取り巻く情勢を記し、スーシャの作戦――各国が連携して蓬莱の野心をおさえこむ――への協力を要請する旨が記されている。

 当初、これを届けるのはテオの役割であったが、突然の蓬莱行きによってそれができなくなってしまった。そこでウルクが「自分が代わりに行く」と申し出たのである。

 蓬莱がセラの樹海に兵を向けるとしても、ウィンディアに立ち寄る程度の余裕はあるだろうと判断してのことだ。今回の一件でウィンディア王国がどのように動くのか、それを確かめるためでもある。



 フレアも事情はほとんど変わらない。強いて違いをあげるなら、ウルクがテオのために名乗りをあげたのに対し、フレアの方はベルリーズを動けないイズの気持ちを慮って自主的に名乗りでた点である。

 また、ここしばらく、ウルクはフレアの家で寝起きしており、二人は毎夜のように魔法談義に花を咲かせていた。当然、これまで以上に二人の仲は深まっている。フレアの行動にはエルフの友人に対する気遣いも含まれていた。




 二人はそのあたりの事情については詳しく語らず、アスティアの方も訊ねようとしなかった。

 それどころではない、ということは三人ともわきまえている。今回の蓬莱の行動は、シルリス大陸に巨大な戦乱を引き起こしかねない危険をはらんでいる。速やかに、かつ的確に対処しなくてはならない。

 アスティアは声に力を込めて二人に告げた。



「このことはすぐに陛下にお伝えします。今、私の口から結論をいうことはできませんが、陛下がシルル教皇の申し出に否と答えることは、おそらくありません」



 決定権は自分にはない、というアスティアの物言いであったが、ウィンディアにおいて戦神の提言を国王がなおざりにすることはありえない。事実上の快諾といってよかった。

 ウルクとフレアはちらと目を見交わし、互いの顔に安堵を見出して頬を緩める。

 書状を届けました、断られました、では子供の使いとかわらない。ウィンディア側が渋るようなら、これを説得しなければならないと考えていた二人にとって、アスティアの速やかな承諾は、肩の荷が一つ下りたことと同義であった。




 アスティアはそんな二人を優しい眼差しで見つめていたが、ほどなくして一つの問いを二人に向ける。

「二人はこの後どうするつもりですか? 二人ともセラに向かうようなら、教団の方へはわが国から使者を差し向けますが」

「そうしていただければ助かります、神アスティア」

 フレアが渡りに船だとうなずく。

 面倒をかけて申し訳ないというフレアに対し、アスティアは小さくかぶりを振り、次のように応じた。



「ちょうど、イズの請いに応じて建設中の教会に、しかるべき祭司を招きたいと考えていたところです。シルル教皇がベルリーズに出てきているのなら、エンテルキアまで人を遣わす手間がはぶけるというもの。気にしないでください」

「イズの請い、ですか?」

 初耳だったフレアの顔に驚きが浮かぶ。



 この時アスティアが口にしたのは、先のセラでの戦いの後、ウィンディア王国が行ったシルル教団への援助の一つである。

 アスティアはくすりと微笑んで付け加えた。

「イズの請いと言いましたが、正確にはテオの策です。私と共に魔人を退けたイズが、教団内で立場を危うくすることのないように、と」



「……そう、だったんですか」

 事情を悟ったフレアは嘆息するようにつぶやく。

 あの時、フレアたちはアスティアの口から魔人の目論見や、その脅威について聞かされたばかりだった。正直なところ、フレアはいつもどおりの自分を取り戻すまで数日かかっている。

 テオはそんな状況でイズの立場を思いやり、アスティアを通じて国王に働きかけていたのか。

 そのことにフレアは驚き、同時に、親友を思いやってくれたテオの行動に素直に感謝した。



 そんなフレアたちに対し、アスティアはもう一つの提案を口にする。

「見たところ、二人ともかなり疲れている様子。王宮に部屋を用意するので今日は泊まっていくと良いでしょう。セラへは私の竜で送ります」

 この申し出を聞いたフレアとウルクは思わず顔を見合わせた。

 渡りに船というなら、これこそ渡りに船の申し出だったが、さすがにここまで至れり尽くせりの対応をされると戸惑わざるをえない。

 王都にいるアスティアは、いわばウィンディア王国の最終防衛線であり、そう簡単に都を離れることはできないはずだ。



 竜という空路を使えばセラとの往復もさして時間はとらないだろう。だが、ウィンディアという国では、そのわずかな時間が致命的な事態を招きかねない。

 一時期、この国で生活していたフレアはそのことを知っている。当然、アスティアだって承知しているだろう。自然、フレアの口調に訝しさが混ざった。



「こちらにとってはありがたい申し出ですが、よろしいのですか?」

「もちろんです。ただ、代わりといってはなんですが、あなたたちの話を聞かせてほしい。ことにコーラルで何があったのかについて」



 廃都の呪いが解かれたことはウィンディア王国もすでに掴んでいる。しかし、ウィンディアは今回の遠征にまったく関わっておらず、シルル教団との間にも距離があるため、具体的に廃都で何があったのかについては探りようがなかった。その意味で、フレアたちは貴重な情報の宝庫といえる。

 もっとも、それではアスティアが二人の口から教団の秘事を聞きだそうとしているのかといえば、決してそんなことはなかった。

 その証拠にアスティアはこんな言葉を付け足す。



「すべてを、とは言いません。話せるところだけで結構です。それだけで、扉の外で入る機会をうかがっている方は十分に満足されるでしょうから」

 ウルクとフレアが「え?」と声をあげるのと、扉がガタンと大きく揺れたのはほぼ同時だった。

 ややあって部屋の扉が開かれ、決まり悪げに一人の男性が姿を見せる。



「気づいておったなら、はよう言うてくれればよいものを。趣味が悪いぞ、アスティア」

 そういう男性の顔には幾重にもしわが走っており、五十歳より下ということはなさそうだった。老年といって差し支えない年齢である。

 しかし、顔と身体を覆う精気は壮年のそれだ。炎のような赤毛を乱暴になでつけ、あごと頬に濃いひげをたくわえた容姿は獅子を連想させる。



 男性の苦言に対し、アスティアは澄ました顔で応じた。

「盗み聞きをしていた方に言われたくはありませんよ、陛下」

「盗み聞きとは人聞きの悪い。我らが女神のもとに美しき客人たちがまいったと聞いて、こっそり様子をうかがいにきただけではないか」

「それを趣味が悪いというのです。盗み聞きの否定にもなっていないではありませんか」

「おう、言われてみればそのとおりだな」

 アスティアに陛下と呼ばれた男性は、わっはっは、と大声で笑った。



 澄んでいるわけでもなければ、響きが良いわけでもない野太い笑い声は、美声と呼ぶには程遠い。割れ鐘のごとき、という形容がこれほど似つかわしい声もめずらしいだろう。

 それは戦場の隅々まで轟きわたり、三軍を叱咤する帝王の声。

 ウィンディア国王アレス・フォーセインその人であった。



 もとより、戦神たるアスティアが「陛下」と呼ぶ人間は、シルリス大陸広しといえど一人しか存在しない。

 フレアとウルクは慌てて立ち上がって礼をほどこそうとしたが、アレスは軽く右手をあげて二人の動きを制した。



「かしこまらずともよい。楽にしてくれい。外見から察するに、妖精族の王女であるウルクファルク殿と、そちらは魔道師のフレア殿であろう? 先のセラでの戦いについてはアスティアから聞いておる。恐れることなく魔人と戦い、生を掴みえた勇者たちだ。礼をほどこすべきはわしの方であろうよ」



 いかにも悠揚ゆうようたる物腰であり、懐の深さを感じさせる物言いであった。

 自然と頭を垂れたくなる威厳に満ちた英雄王の声だったが、それを聞いたアスティアは声を低めるでもなく淡々といった。



「美人とみれば年齢に関わりなく良い顔をしようとする癖、昔から変わりませんね。いい年をして、まだ妾を増やすつもりですか?」

 それを聞いたアレスは眉尻を下げて大仰に嘆いてみせる。

「……おい、アスティアよ。せっかく見目麗しい乙女たちの前で寛大な国王陛下を演じようとしているのだ。水を差さんでくれ」

「自分の子供どころか、孫でもおかしくない年頃の娘たちに粉をかけてどうするつもりですか。王として鼎の軽重を問われますよ」

「はっはっは、美人の前ではとりあえず格好をつける。それが男というものだ。年齢差など些細なことよ」



 老いてますますさかんなりと褒められてもいいくらいだ。そううそぶくアレス。

 アスティアは呆れたようにすっと目を細めると、何気ない調子でぼそりと呟いた。



「その言葉、そのまま王妃殿下にお伝えしても?」

「――などと冗談を言っている場合ではないようだな! 外でちらと聞いたが、なにやら面倒なことが起きているようではないか。さっそく話を聞くとしよう!」



 フレアとウルクの二人は、唐突にはじまった英雄王と戦神の漫才じみたやり取りを前にしばし呆然としていたが、アレスが「王妃」の一言で慌てふためく頃には大体の事情を察していた。

 エルフの王女は控えめに苦笑し、魔道師は冷めた眼差しを英雄王に向ける。

 考えてみれば、ウィンディア王は花嫁令を布告した張本人なのだ。好色多情であるのは、ある意味、当然というべきであった。



◆◆



「お父様以外に王を名乗る人と言葉を交わしたのは初めてですが、一口に王といっても色々な方がいるものなのですね。それとも、これはエルフと人間の違いの一つなのでしょうか?」

「私には国王の知り合いはいないけれど、あれを人間の国王の基準に据えるのは間違いだってことは断言できるわ」



 サザーランドの街路を歩きながら、ウルクとフレアはそんな言葉を交わしていた。話題の大半がアレスやアスティアに関わるものであったのは当然のことだろう。

 ウィンディアの王都は国内でも北の方に位置しており、太陽が稜線の彼方に隠れる時刻になると一気に気温が下がる。ウルクもフレアも王城で借りた毛皮のマントを羽織っているのだが、それでも隙間から寒気が忍び込んでくるのが感じ取れた。



 アスティアによれば、この夏は天候不順で晴れの日が目だって少ないという。

 そのためか、街路を歩く人の数は少なく、活気という点ではベルリーズとは比べ物にならなかった。少なくともウルクの目にはそう映る。

 もっとも、酒場や宿屋の前を通り過ぎると、陽気な歓声や嬌声が外まで響いてくるので、一概に景気が悪いというわけではないようだが。



 そのウルクの疑問にフレアが答えた。

 魔法使いの少女は軽く両手をこすりながら口を開く。

「基本的に、この国の人たちは日が落ちたら外を出歩くことはないわ。騒ぐにしても家の中、店の中ね。質実といえばそのとおりだけど、要は魔物に対する警戒心が強いのよ。城壁のある街中に魔物が出没するなんてほとんどないけれど、それでもまったくないわけではないから」



 それを聞いたウルクは「なるほど」とうなずき、北の方角を見やった。

 高大な王都の城壁のさらに向こうに、天をつく偉容がそびえたっている。夜闇にまぎれるように――否、夜闇を圧するように屹立する山脈の名前はガルカムウ。

 ウィンディアの国民は、常にあの山脈を目にしながら生活している。別の言い方をすれば、常に山脈に、そして山脈に巣食う魔物たちに見下ろされながら生活している。



「たしかに、これでは夜に出歩く気にはなれませんね」

 ウルクがため息まじりにつぶやくと、フレアも同じ表情でうなずいた。

「そういうこと。そろそろ衛兵の見回りも厳しくなる頃だわ。身分証を持っているとはいえ、咎められたら面倒なことになるし、早いところ用件を済ませましょ」

 うなずきあった二人は足を速め、王都の北側、騎士の邸宅が多く立ち並ぶ一画に足を踏み入れた。街の北側に騎士の邸宅が多い理由は、ガルカムウの魔物たちに城門を破られた際、住民の盾となる役割を課されているからである。



 自然、あたりの邸宅の門扉は厚く、外壁は高くなっており、道行く人にとってはどことなく冷ややかな印象を与える街並みになっている。

 そんな中にあって、二人の目的地である邸宅は、周囲の家屋敷に比べると落ち着いた雰囲気を漂わせていた。

 鉄柵でつくられた門扉から中の様子をうかがったウルクが口を開く。



「アスティア様に聞いたとおりの特徴ですね。ここがテオの家ですか」

「なんというか、周囲が豪邸ばかりだから目立たないけど、この邸宅だけを見れば十分すぎるくらい大きな家ね。弟さんが一人で住んでいるって話だったけど、維持するだけでも大変そうだわ」

「たしかに。ここを一人で管理するとなると、掃除だけでも一日がかりですね」



 フレアとそんな会話をしながら、ウルクは門扉に取り付けられた呼び鈴を鳴らした。

 あたりに特徴的な鈴の音が響きわたり、わずかに遅れて邸宅の方から少年のものとおぼしき声が聞こえてくる。

「はい、どちらさまでしょうか?」

 やがて、そういって門扉越しに顔をのぞかせた人物を見たウルクとフレアは、たおやかさと繊弱さをあわせもった相手の容姿を目の当たりにし、期せずしてまったく同じ感想を抱いた。



 ――弟?




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