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花嫁クエスト  作者: 玉兎
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幕間 伏姫


 西の大国、蓬莱。

 その国土の中心部に霊山れいざんと呼ばれる山地がある。

 霊山は蛇がとぐろを巻いているような形状をしている。蓬莱において蛇は生と死の象徴であり、蓬莱人は蛇の形をした山に人為を越えた何かを感じて、古くから尊んできたのである。

 数年前のこと、その霊山に巨大な魔物が住み着き、人々を襲うという事件が起きた。

 この魔物はきわめて強大で、送り込まれた討伐軍はことごとく敗北し、一時、蓬莱国内は騒然となる。



 この騒ぎが終息したのは、一人の巫女の活躍による。

 巫女の名前は福。

 後の伏姫であり、これ以後、伏姫の名は蓬莱国内に広く知れ渡るようになっていく。

 現在、伏姫が住まいとしている翠微宮もこの霊山に建てられていた。



 この山の奥深くには一つの洞穴が存在する。

 かつて伏姫が魔物と戦った場所、今は封じた魔物を祭る祭壇が築かれている場所。

 霊山内部に広がる洞穴は驚くほどに広く、道は幾重にも枝分かれしていて、正しい経路を把握していなければすぐに迷ってしまうだろう。



 今、その道を二十人あまりの集団が、前後を衛兵に挟まれながら歩いていた。集団を構成する人々は老若男女様々だが、いずれの手にもシルル教の聖印である銀十字が握られていることから、その素性は明らかであった。

 そんなシルル教徒たちを囲む衛兵は、いずれも長大な薙刀を携えた女性たち。白衣緋袴の装いは巫女を思わせるが、立ち居振る舞いには微塵も隙がない。それもそのはずで、彼女たちは音に聞こえた伏姫直属の親衛隊なのである。

 一見すれば、親衛隊がシルル教徒を護衛しているように見える。が、シルル教徒たちの怯えきった表情を見れば、彼らの任務が護衛の対極にあることは明白であった。




 やがて一行は、山中にあるとは信じがたい広大な空間にたどり着く。

 一千の軍勢が演習を行うこともできそうな広間は、異様なほどに暑かった。この場合、熱いという表現も間違っていない。溶岩が川となって流れており、耐え難いほどの暑熱を生み出しているからだ。

 信徒たちの口から怯えたような声があがったが、衛兵たちはまったく感情を動かした様子を見せず、広間の奥へと進んでいく。

 ためらう信徒は、後尾の兵士に薙刀の切っ先を突きつけられ、無理やり進まされた。



 広間中央につくられた祭壇に行き着くまでには、百を超える階段を登らねばならなかった。

 強制的に祭壇に並ばされたシルル教徒たちは、不安げに周囲を見渡す。

 広い祭壇だった。二十人の信徒と、十人の衛兵がいても、まだ空間に余裕がある。こんな洞穴の奥深くに、これほどの高さ、広さをもつ祭壇をつくるのは相当に手間がかかったはずだ。

 討ち取った魔物の霊を慰めるためのものにしては、いささか不自然なくらい手が込んでいた。




 祭壇の端に並べられた幾十ものかがり火が、祭壇中央に座らされた信徒たちを赤々と照らし出している。

 高く、明るく設えられた祭壇は、人ならざる巨大な魔物に対して、供物がよく見えるように配慮している――そんな風にも受け取ることもできた。



「蓬莱の政道はいつからこのような無道なものに成り果てたのか。伏姫殿は我らにいかなる罪があるとおおせなのだ!?」

 教会の責任者をつとめていた司祭が、声高に兵士たちに詰め寄る。

 この司祭は蓬莱生まれの蓬莱人であるが、父母にならって幼少時からシルル教団に属している。伏姫が急激に台頭する以前、これは格別めずらしいことではなかった。



 実のところ、司祭は自分たちが連行された原因に心当たりがあった。

 これまで司祭は、伏姫の台頭とその過激な主張に危険なものを感じており、蓬莱国内で意見を同じくする者たちと連絡を取り合っていた。しかし、伏姫に対する蓬莱民衆の熱烈な支持もあって、有効な手を打つことはほとんどできずにいた。

 内から伏姫を正すことは難しい。であれば、外から掣肘してもらうしかない。

 伏姫の発した動員令を見た司祭は、その考えにもとづいて先ごろ国外に急使を派遣した。

 おそらく、伏姫はそのことを察知したのだろう。



 事が露見すれば、自分は蓬莱兵に捕まるであろう。そのことは司祭の予測のうちにあった。

 近年、蓬莱の主権者になりおおせた伏姫が、シルル教団を敵視しているのは周知の事実である。それでなくても自国の秘事を漏らしたのだ、厳罰に処されることは覚悟していた。

 だが、自分のみならず、関わりのない信徒たち、ましてや女子供まで捕まり、あまつさえこのような洞窟に連れ込まれ、生贄のごとく引き据えられるなど想像だにしていなかった。

 この間、裁判はもちろん、弁明をする時間も、もっといえば罪状の通告さえ為されていない。それはつまり、法にのっとって裁くつもりはないという宣告である。



 司祭に詰め寄られた衛兵も、それ以外の衛兵たちも相変わらず言葉を発しない。司祭たちを見る眼差しは、人ではなく物を見る者のそれである。

 彼女たちはここまでシルル教徒に手かせ、足かせをはめようとはしなかったが、それが慈悲や情けによるものでないことは、この視線からも明らかだった。

 そのことをいやおうなしに理解させられた司祭は、怒りで顔を赤らめつつ、更なる詰問を行おうとする。



 その司祭の声を遮ったのは、信徒たちの中で最年少にあたる神官見習いの少女の声だった。

「……し、司祭さま……司祭さまッ! あれ、あそこ! 誰かいる、いますッ!」

 恐怖に震える見習いの指は、祭壇の前方、何もない無明の闇を指している。

 声につられてそちらを見やった信徒たちは、強張った顔にいぶかしさを刻んだ。司祭も怪訝そうに眉根を寄せて前方を見るばかり。彼らの目には誰の姿も映っていなかった。

 だが。




「…………くふふ、良い目をしておるのう、わらべよ。実にわらわ好みの、良きまなこじゃ」




 そんな声と共に闇の中から姿を現した者がいる。

 その人物は、まるで当たり前のように空中に姿を見せると、目に見えない床を踏みしめて祭壇へと降り立った。

 髪に、耳に、首に、腕に、腰に、足につけた無数の装飾品がこすれあい、しゃらしゃらと涼やかな音をたてる。

 蓬莱では知らぬ者とてない鮮麗な姿は、伏姫その人のものであった。



 あまりに突然かつ異様な伏姫の登場に、シルル教徒たちはみな言葉を失っていたが、さすがというべきか、真っ先に我に返ったのは司祭だった。

「伏姫殿! こたびの無体な振る舞いは、いかなる意図があってのことなのか、是非ともお聞かせ願いたい! ことによっては我らシルル教団と蓬莱国の間に埋めようのない溝が生じまするぞ!」

「はて、異なことを。兵は国の大事なり。その大事を許可なく他国へ流すことが罪ではなくて何であろう? そちの発した急使は国境を越える際、三人の蓬莱兵を斬っておる。これがとがではなくて何であろう? 罪咎を犯した者を裁くに、どうして教団の許可がいるものか」



「兵士を斬ったなどと、そんなはずはございませぬ。あの者は短剣一つ帯びずに出立したのですぞ。それでどうして屈強な兵を三人も斬ることができましょうや?」

「ほう、兵事を知らせんとした罪は認めるか?」

「否とよ。いま罪を認めるとおっしゃったが、そも罪状の宣告もなしに我らを連行したのは御身ではありませんか。それがしどもは、ここに来るまで自分たちが連行される理由さえ知らされていなかったのです。罪を認めろとおっしゃるなら、まず罪の所在を明らかにするのが筋と申すもの」



 ここで司祭は一度言葉を切ると、あらためて眼前の伏姫を見据え、鋭い語気で続けた。

「たしかに先日、我が子を国境に遣わしました。しかし、これは誓って蓬莱に害を為すためではございませぬ! しかるにそちらは罪状の通告もなしに強引な振る舞い。連行に際しては無道な暴力もあって少なからぬ血も流れもうした。罪咎がいずれにあるのか、公明正大な判断を願いたいのはこちらの方でござる」

「……ふむ」

「こたびの行いに罪ありとおっしゃるのであれば、まずその根拠を伺いましょう。したが、その前に! 仮にそれがしに罪があったにせよ、罪に服するはそれがしのみで十分のはず。余の者たちはすぐに解放していただきたい!」



 司祭の痛烈な訴えを聞いた伏姫は、思案するように人差し指を唇にあて――しばし後、何かを思いついたようにぺろりと指先をなめた。



「いやじゃ、と申したらどうするかえ、司祭どの?」

「……その時は、貴殿の無道を正すべく行動することになりましょうぞ」

「ほう、ほう! 無道を正す。実に心地よい言葉、心地よい覚悟である。じゃが、世に口先だけのやからは多いもの。司祭どのが彼奴らのともがらでないとは言いきれぬ。ゆえに、ここはそちの覚悟を見せてもらおうかの」



 伏姫はそういうと、あたかも抱擁を望むように司祭の前で両腕を左右に広げた。

「申しておく。妾はそちらを解き放つつもりはない。だが、そちはそれを無道という。ならば正してみせよ。この場にて妾を打ち倒すことがかなえば、兵どもに手出しはさせぬ。このこと、蓬莱の民よりたまわりし『伏』の名にかけて誓おうぞ」

 それを聞いた司祭が、後方の階段を塞ぐ衛兵に目を向ける。相変わらず衛兵の顔にはいかなる感情も浮かんでいない。

 伏姫の命令を遵守するのか。それ以前に、こちらが伏姫を傷つけることを座視しているのかもわからない。



 司祭の逡巡を見抜いた伏姫は、やや興をそがれた声で告げた。

「迷うもよいが、いつまでも待ちはせぬぞえ。そちの覚悟で掴みとった機会を、そちの不覚悟で捨てるというなら、それはそれで帳尻は合うていようがの」

 それを聞いた司祭は目に覚悟を宿す。

 伏姫の思惑は測りかねたが、ためらっている暇はない。

「みな、その場に伏せ、目を閉じ、耳を塞いでいなさい」

 不安げに己を見つめる者たちにそう言い置くと、司祭は詠唱をはじめた。



『天地に満ちる数多の精霊よ……』



 たちまちその内容を読み取ったのだろう、伏姫の目がほんのわずか、見開かれた。

 それは数ある魔法の中でも、最も習得が難しいとされている雷撃術。

 人間が扱う魔法としては最高峰の一つに数えられるものであり、生身でくらえばタダではすまない。伏姫が巫女としてどれだけ優れていようと、人間である以上、完璧に防ぐことは不可能であろう。司祭はそう考えた。




 司祭の視界にうつる伏姫は、その場から動かなかった。

 逃げないのか、逃げられないのか。

 いずれにせよ、ここまでくれば外さない。信徒たちの前で人をあやめることに抵抗はあったが、ここで手を抜けば待っているのは自分たちの破滅である。

 そう考え、一気に詠唱を練り上げた。



『我が願いは神鳴る剣! 邪悪を断ち切る閃光となれ!』



 直後、眩い閃光が洞穴を覆い尽くした。溶岩の不気味な赤で覆われていた光景が、一瞬だけ純白のそれに切り替わる。

 そして轟音。

 確かな手ごたえを感じた司祭は、祭壇の外に吹き飛ばされた伏姫のことを思って、目礼するように目を伏せた。

 仮に伏姫の身体が雷撃に耐えられたとしても、落ちれば無事ではすまない高さだ。

 さきほど、伏姫は空中に浮遊していたが、雷撃を喰らった直後にあれができる余力が残っているとは思えない。

 つまり、どう考えても伏姫は死んだ。



 シルル教徒の自分が蓬莱の主権者を殺したのだ。この後、どれだけの騒ぎになるか想像もつかない。おそらく自分は怒り狂った蓬莱の民に殺されることになるだろう。

 だが、それでも罪のない信徒たちを守ることはできた。

 今はそれでよしとしよう――司祭がそんなことを考えたときだった。

 ありえない声が司祭の鼓膜を震わせる。



「ふむ。人間にしてはなかなか、といったところかえ」



「…………な、んッ!?」

 聞き間違いようもない伏姫の声。

 司祭が慌てて顔をあげると、そこには先刻までと変わらない姫巫女の姿があった。

 本当に何ひとつ変わっていない。表情も、態度も、衣服も、装飾品も、何ひとつ。

 今しがたの雷撃がそよ風か何かだったかのように、伏姫は悠然とその場に立っていた。



 司祭の口からあえぐような声が漏れる。

「ば、ばかな……対抗魔法を使ったところで、無傷で耐えることなど……」

「使っておらぬぞえ、そんなものは。あーれー、と悲鳴をあげて祭壇の外に落ちてやろうかとも思うておったのじゃが、いかんせん、術が貧弱すぎるわえ。ま、今も言うたように人間にしてはなかなかであるが、この程度では芝居をしてやる気になれぬのう」 

「…………人間、に、しては?」

「そうじゃ、人間にしては、じゃ」



 そういうと、伏姫はばさりと袖を払い、口を三日月の形に開いた。

「くふふ、人の形で過ごすのもなかなかに愉しいが、時には元の姿に戻り、思うさま肉を喰らいたくなる。したが、困ったことに妾が竜形をとると、そちらは震えて声も出せなくなるのじゃ。生餌を食らう醍醐味は、暴れるエサを悲鳴と共に噛み砕くことにある。請う、司祭どの。今すこし正気を保ち、妾の願いをかなえてくだされや」



 そういった直後、伏姫の顔に変化が生じた。

 秀麗な顔が見る見るうちにひび割れ、皮膚の下から赤黒い肉がもりあがってくる。それだけではない。腕も、足も、豪奢な衣服を裂いて膨れ上がった胴体も、まったく同じ変化を見せる。

 おぞましい光景を目の当たりにした司祭は思わずうめき声をあげ、信徒たちの口から甲高い悲鳴があがる。



 瞬く間に血まみれの肉塊となった伏姫。

 その肉塊はさらに大きく膨れ上がっていく。肉が肉を磨り潰す。血が血を塗りつぶす。

 正視に堪えない光景だった。それなのに、目を離すことができない。目を閉じることもできない。瞬きひとつ満足に行えない。

 膨れ上がる魔力が祭壇上の人間たちを嘗めまわし、身体と心を恐慌で染めあげていった。



 恐れ、怯え、恐慌の波に飲まれたシルル教徒たちの前に『それ』はゆっくりと姿をあらわした。

 肉塊から突き出た四肢は鱗で覆われている。肉塊から生えた巨大な翼は、ここが地上であれば空を覆ったであろう。そして、最後に肉塊から伸びたのは、長い長い竜の首だった。

 首の数は三。鱗の色は金。すなわち三頭黄金竜。 

 竜王ジウの側近にして、人の姿で蓬莱を統べる魔人、第五層フッキの真の姿であった。



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