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花嫁クエスト  作者: 玉兎
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第七章 政略の季節(四)


 翌朝、俺の意識が覚醒したのは、まだ夜も明けやらない時刻だった。

 寝台の上で眠りから覚めた俺が真っ先に感じたのは、顔を包む柔らかい感触と鼻腔をくすぐる甘い香り――要するに、昨日ウルクに抱きしめてもらったときと同じ感覚である。

 どうやらあまりの心地よさに、昨日の出来事を夢で再体験していたらしい。あるいは、昨日の出来事そのものがすべて夢だったのかも。



 そんなことを考えながら目を開くと、視界にはやっぱり昨日と同じ若草色の色彩が。

 ウルクが普段着ているチュニックと同じ色である。

 あれー、と首をかしげようとするが、その動きは寝ながら俺の頭を抱え込んでいるウルクによってはばまれてしまう。

 自分が昨日と同じようにウルクに抱き寄せられていることを、俺はいやおうなしに理解した。一方で、自分がベッドに寝ている状態であることも身体の感覚からわかる。

 つまるところ、俺は今ウルクと同衾していた。



 ――何がどうしてこうなった!?



 二重の意味で夢みたいな状況を前にして頭が混乱しかける。

 とっさに落ち着けと自分に言い聞かせた。はじめて妓館に連れて行かれた新兵ではあるまいし、こんなときこそ冷静にならなければ。

 俺はつとめて平静を保ちながら今にいたる状況を推測する。



 昨夜、俺が眠りに落ちた後、ウルクは俺のことを寝台まで運んでくれた。これは間違いない。おそらくイズや宿の人の助けを借りてのことだろう。

 そして、今ここにウルクがいるということは、そのまま俺と一緒に寝てくれたのだと思われる。

 さすがにウルクがすすんでそうしたわけではあるまい。寝ぼけた俺がウルクを離そうとしなかったためにやむをえず、というのが事の真相ではないか。



 俺がそこまで推測を進めたときだった。 

「……んぅ」

 耳元でウルクのむずがるような声がする。俺がごそごそと動いていることが気に入らなかったのか、離さないといわんばかりに腕に力が込められる。寝ぼけまじりの行動だったので、力自体はそれほど強くなかったが、押し付けられる胸の感触があまりに魅力的すぎて、ついついなすがままにされてしまった。



 俺のことを気遣ってくれた少女にけしからん振る舞いをする気はない。ないが、もうちょっとこの至福の時間を味わってもバチはあたらないのではなかろーか。

 これは向こうからの働きかけの結果なので、道義的にもなんら問題はないはずだ。

 決して大きくはないが確かな存在感を感じさせる双丘に、とろけそうなくらい魅惑的な芳香。

 桃源郷はいずこにありや、という問いの答えも今ならわかる――そんなことを考えながら、俺はゆっくりとまぶたを閉じた。



 この日、この朝、ベルリーズで一番安らかな眠りを享受したのは間違いなく俺だったに違いない。



◆◆



 次に目を覚ましたとき、ウルクの姿はすでになかった。机の上には朝食とおぼしきパンとチーズが置かれている。

 それらを冷たい水で胃に流し込んだ後、窓をあけて外を見やると、日はとうの昔に昇っており、通りにはすでに大勢の人の姿が見受けられた。



 いつもの俺からすれば寝坊というしかない時刻だが、寝すぎたゆえの気だるさは少しも感じない。むしろ爽快といって差し支えないくらいに気分はすっきりしていた。

 必要な睡眠を必要なだけとった、そんな充足感が全身を満たしている。

 昨夜、頭を抱えてわめきたい、とか思っていたことが遠い夢のように感じられて、今さらながらに自分が調子を崩していたことを自覚した。



 ふと思う。

 はたして俺は、一晩寝たおかげで美少女ウルク相手に鼻の下を伸ばせるくらい回復したのか、それともウルクとの間で鼻の下を伸ばす体験ができたから復調したとみるべきか、どちらなのだろう、と。

 一見どうでもよさそうな疑問だが、さにあらず。もし後者が正しいとすれば、俺は今後とも定期的にウルク成分(?)を補給する必要があるわけで、そのためにウルクの協力を仰ぐのは道義的にありやなしや。



 頭を悩ませつつも階下におり、井戸水で顔を洗う。

 と、昨日と同じように客席の一角から聞き覚えのある声がした。



「あ、テオ、おはよう!」

 俺を見つけるや、真っ先に声をかけてきたのはイズだった。

 イズの声音はいつもどおり明るかったが、視線は慎重に俺の表情を探っている。

 しばし後、その口から安堵の息が漏れたのは、俺が本来の調子を取り戻したことを悟ったからであろう。



 俺はそんなイズに頭を下げた。

「すまない。昨日は醜態を見せた」

「醜態だなんて、そんなことないよ!? ウルクが言ってたとおり、戦いづくめだったテオが調子を崩しちゃったのは仕方ないことだし、なによりテオが参っちゃった本当の原因は、ボクたちシルル教団のせいだと思うし」

 そう言うとイズは心底申し訳なさそうに頭を下げた。



 思えば、昨日もイズはずっとこんな表情をしていたな、と今になって思い至る。

 教団が俺を軟禁していたことへの罪の意識だと思いこんでいたが、もしかしたら、それを原因として俺が調子を崩しつつあったことに気づいていたのかもしれない。

 そんなことを考えている間にもイズの謝罪は続いていた。



「今だってボクは教団の命令でテオを見張ってる。本当にごめんね。テオはあの剣を教団に預けることにも同意してくれたのに、ボクたちはあなたを疑ってばかりだ」

 頭を下げる動きに応じて、艶のある黒髪がさらさらと肩から流れる。

 出会った頃は肩のラインで切りそろえられていたイズの髪は、今ではもう少し伸びていた。アスティア様に負けず劣らずの綺麗な黒髪なので、できればもう少し伸ばしてくれると俺的には嬉しい。

 むろん、恋人でもない女性に対して髪の長さを云々するような失礼な真似をする気はないが、昨夜と今朝、二度にわたってウルクと間近で接したせいだろう、以前までは気にならなかったことが気になって仕方ない。

 たとえば、今も黒髪の間からのぞいているイズのうなじの白さとか。



 ――って、いかんいかん! さっきから何考えてんだ、俺は。イズは真摯に謝罪してくれているというのに、これではただのスケベ野郎ではないか!?

 こんなところをスーシャに見られたら、今度はえっちではなくスケベ呼ばわりされてしまう。



 かぶりを振って脳裏から桃色の思考を振り払う。

 そうして努めて軽い調子で、イズに気にしないように告げた。

「俺が調子を崩したのは俺のせいだ。イズが謝る必要なんてないさ。ところで、ウルクがどこにいるか知ってるか? お詫びとお礼を言いたいんだけど」

「ウルクなら、一度フレアの家に戻ってるよ」

「フレアの?」

 不思議に思って問い返すと、イズが事情を教えてくれた。



 先にセラからベルリーズに戻ってきた際、ウルクは宿泊場所に宿屋を使っていた。

 しかし、今回の滞在場所はフレアの家にしたという。

 なんでも人間の魔法の蔵書に興味があったそうな。フレアもフレアで、エルフが扱う魔法技術を吸収できる機会とあって、ウルクの滞在は望むところであったらしい。もっといえば、先に話を持ちかけたのはフレアの方だったとか。



 考えてみれば、教団に目をつけられているのは俺ばかりではない。イズは教団に属しているからともかく、フレアやウルクには教団やカーナ連合、ランゴバルドといった勢力が接触の手を伸ばすことが考えられる。それこそ俺のように。

 フレアがウルクを誘ったのは安全のためという側面もあったのだろう。

 その先見はさすがというべきだった。そういえばあの王弟セルディオも、ボタン廃鉱でのフレアの助言を生かせなかったことを悔いていた。俺の解放のために知恵も出してくれたようだし、もしフレアが魔道師ではなく大国に仕官する道を選んでいたら、今ごろは神算鬼謀の名をほしいままにする天才軍師になっていたかもしれない。




 まあ、それはともかく今後のことである。

 今、イズ自身が言明していたが、昨日といい、今日といい、イズが俺に張り付いているのは見張りのため。シルル教団上層部は俺を解放したものの、依然として監視の目をつけている。

 その任務がイズに下されたのはスーシャや聖騎士団長の計らいであろうが、今の状態は俺にとってもイズにとってもよろしくなかった。現にイズは罪悪感で萎れてしまっており、常の快活さが鳴りを潜めてしまっている。俺としてもこんなイズは見たくない。




 ここはひとつ、さっさと事態を打開して常の関係を取り戻すべきだ。

 現在、ベルリーズは様々な思惑が交錯する政略という名の嵐の中心になっている。この嵐を鎮めるのは俺の手に余るが、俺や俺に近しい人たちを嵐の影響から守るくらいのことはできるはずだ。

 今の俺はウルクのおかげで絶好調、転んでもただでは起きない山岳騎士ハイランダーの真髄を見せてくれる。



 シルル教団にせよ、ランゴバルド王国にせよ、思い知るといい。俺にちょっかいをかけてくるということは、俺からもちょっかいをかけられる距離にいるということなのだ、くくく。



「というわけでイズ。中央教会に行くぞ」

「え、ええと、どういうわけなのかはわからないけど、わかったよ。何か用事でもあるの? たぶん聖下にお会いするのは難しいと思うよ?」

「だろうな。スーシャと会いたいのは山々だが、今はいい。教会の中で監視されながら話をしたって、名前の一つも呼んであげられないし」

 俺が答えると、イズは不思議そうに首をかしげた。スーシャと会う以外で俺が教会に赴く用事が思いつかないらしい。



「えと、やっぱり教団に剣を預けるのはやめる、とかかな?」

「そうじゃない。そもそも預けたといっても、あれは俺の所有物というわけじゃないしな」

 魔人によれば月喰という銘らしいあの魔剣は今次遠征における戦利品。その所有権が遠征軍を組織したシルル教団に属するのは自明の理だ。

 戦利品の権利は拾得者が持つ、とかそういう契約条項があった場合は話がかわってくるが、今回の遠征では特にそういった決まりはなかったし、俺からも求めなかった。

 あくまで俺しか持てない(とスーシャが判断した)から俺が持っていただけである。



 廃都からの帰途で、あの魔剣が魔物を生み出したり、周囲の人間を狂乱に陥れたりするようなことはなかった。つまり、アイテムとして一応の安全性は確認されたわけで、おそらく今ごろ教会の中では、本当に持てる人間は俺しかいないのか、という試みがなされているに違いない。具体的にいえば、誰かに剣を握らせて実験している。

 なので、返せといっても返ってくるはずがない。無駄なことはしないにかぎる。



 イズはむむむと唸った。

「だとすると、何のために行くの?」

「それはもちろん、廃都の浄化という偉業を成し遂げたシルル教団に対して、できるかぎりの敬意と感謝の念を捧げるためだよ」

 具体的には寄付しにいくと告げると、イズの目が点になった。



 廃都から戻った遠征部隊の大半はいまだにベルリーズに留まっている。負傷者が多く、エンテルキアに帰りたくても帰れないのだ。数百の将兵が駐留しているわけだから、そのための宿舎やら薬やら食事やらの滞在費用は日々膨れ上がるばかり。戦死者の遺族に対する弔慰金の額もあわせれば、必要な金額は莫大な額にのぼるだろう。

 シルル教団ほどの組織だから、資金が枯渇するようなことはあるまいが、教団の財政に影響がでないはずはない。

 カーナ連合やランゴバルドから援助の申し出があるとはいえ、それは対価を必要とする金銭だ。無条件で受け取れるものではないだろう。

 その点、信徒や市民の善意の寄付なら何の問題もない。



「ギール山道での褒美もまだ手つかずだし、合間合間でちょくちょくこなしてた依頼の報酬もある」

 ついでにいえば、ランゴバルド王から『下賜』されたのはあの姉妹だけではない。全部あわせれば、軽く銀貨一万枚は超えるだろう。

 先に俺がアスティア様を通じて陛下に嘆願したシルル教団への援助の件(イズの功績にするために働きかけたあれ)は無事に宰相の認可を得て実行に移されたから、俺の個人財産はいまだ目減りしていない。



 そのすべてをここで使う。

 シルル教団にとっては端金はしたがねであろうが、俺にとっては事実上の全財産だ。それをすべて、銀貨一枚余さずに今次遠征で奮闘した将兵、俺にとっては戦友ともいえる人たちのために寄付をする。

 うん、我ながら文句のつけようがない美談である。

 俺の行動に注目が集まっている時期だけに名声アップ間違いなしだ。



 そのかわり、俺は明日から宿代も払えないくらい困窮してしまうけどな!



 イズの眉が緩やかに八の字を描く。勇者の顔にはでかでかと「理解に苦しむ」と書かれていた。

「テオのことだから、何か考えがあってのことだと思うんだけど……」

 勇者はどこかおずおずとした様子で問いを向けてきた。

「その行動にどういう意味があるの?」

「ふふ、名高きブレイブハートといえど、我が意図を察することはかなわぬか」



 ふぁさっと髪をかき上げてカッコつけてみる。

 呆れたようにジト目になるイズを見て、俺はけらけらと笑ってみせた。



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