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花嫁クエスト  作者: 玉兎
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第七章 政略の季節(二)


 引き合わされた姉妹のうち、姉のカリスがランカース公の愛妾だったと聞いたとき、俺が思わず顔をしかめたのはごくごく近い記憶に由来している。

 ランカース公爵はランゴバルド王国を代表する貴族の一人であったが、先ごろ魔人にくみして王国転覆を企んだ罪により一族もろとも処刑された。

 この誅殺の刃は年齢、性別に関わりなくランカース一族に襲いかかり、年端もいかない子供や嬰児も断頭台に送られている。名門ランカース公爵家の血筋は完全に断たれたといってよい。



 俺たちがこのことを知ったのは、セラでの戦いを終え、ソラリスの街からベルリーズに戻る途中のことだった。叛逆罪の決定的な証拠となったのが、ボタン廃鉱で見つかった魔方陣であることもその時に併せて知った。

 フレアはセルディオに対し、魔方陣が人間同士の争いをあおる魔人の罠である可能性を指摘していたが、結果としてこの提言は完璧に無視された形になる。

 話を聞いた直後のフレアの表情はかたく強張り、俺にしてもそんなフレアと大差のない顔をしていただろうと思う。



 あの時、俺がボタン廃鉱を調べるべく画策していなければ、ランカース公も、その一族も今なお健在だったろう。ある意味、俺も一連の粛清に手を貸したことになるわけで、それは顔も強張ろうというものだ。

 ――まあ、俺という人間はそのことを延々と気に病むほど生真面目な性格はしていないのだけど。考えても仕方ないことは考えない、そんな割り切りにも慣れていた。




 姉妹との顔見せが終わった後、別の部屋に俺をいざなったセルディオがおもむろに口を開く。

「公爵一族は処刑され、公爵と子息の奥方たちは僧院に入れられた。叛逆に関わりが薄いとみなされた家人や愛妾もそれぞれの実家に帰されたんだけど……中には帰ることができない者もいてね」

 たとえば、隣国から献上品として捧げられた踊り子とその妹などだ――その王弟の言葉が先ほどの姉妹を指していることは確認するまでもなかった。



 踊り子や楽士といったある種の技芸を売り物にする人間が、大国への献上品として扱われるのはめずらしいことではない。容色が優れていれば、そのまま権力者の寵愛の対象になる場合もある。

 献上した踊り子らが権力者の寵愛を得られれば、一に当人が裕福な生活を送れるようになり、二に故国が大国の庇護を受けられる。

 踊り子にとっても国にとっても益がある、小国なりの生存戦略というわけだ。



 姉妹を送り込んだのはランゴバルドの南東に位置する砂漠の小国で、名をゼイエンというそうだ。

 この国はランゴバルドとカーナ連合という二大強国に挟まれ、国の運営に苦慮してきた歴史を持つ。

 これまではランゴバルドが野心を示せばカーナ連合に、カーナ連合が欲目を見せればランゴバルドに、というように巧みに両国の間を行き来していたのだが、覇気に満ちた現王クライフの登極後、ゼイエンは苦境に立たされていた。

 クライフはこの砂漠の国の外交的な綱渡りを不実とみなし、強圧的な態度でたびたびゼイエンの国政に容喙ようかいした。



 このままでは遠からずゼイエンはランゴバルドの属国と化すだろう。いや、属国で済めば良い方で、ランゴバルドに併合されてゼイエンという国が消滅してしまう可能性さえある。

 これを恐れたゼイエンの為政者たちは、状況を打破すべく様々な手を打っていった。

 その一つが、ランゴバルド宮廷において穏健派で知られるランカース公爵への接近だったらしい。



 とはいえ、ゼイエンの外交政策に不快感を覚えているという点ではランカース公もクライフ王と立場を同じくしており、ゼイエン側はまず公爵の歓心を買う必要に迫られた。そうしなければ話し合いの席にさえつけない。

 ゼイエンにとっては一歩間違えれば国が滅びる事態である。それを避けるため、間違いなく公爵の心を蕩かすことのできるとっておきの人材を送り込んだに違いない。



 それがカリスたち姉妹だった。

 なるほど、と俺は内心で大きくうなずく。どうりで姉、妹、共に美人さんだったわけだ。

 まあ、アスティア様を見慣れている上に、最近はイズやフレア、ウルクにスーシャとやたらと美人に縁がある俺は驚いたりしなかったけどね!




 ともあれ、故国の命運を担ってランゴバルドを訪れたカリスは巧みに公爵の心を掴み、首尾よく愛妾の座におさまった。この時点で、ゼイエンの目論見は八割方成ったといっても過言ではなかっただろう。

 ところが、さあこれからというときに肝心の公爵が反逆罪で処刑されてしまったことで、状況は急変してしまう。

 カリスを送り込んだ者たちは慌てふためいたに違いない。へたをすると自分たちまでランカース公の与党とみなされ、討伐の対象にされかねないのだから。



 そこまで考えた俺は、セルディオが口にした「帰ることができない」の意味に思い至った。

 カリスたちの存在は、ゼイエンにとってすでに有害無益に成り果てているのだ。

 いつ何時、愛妾の存在を理由にクライフが兵を向けてくるか分からない。そんな状況でカリスが帰国したところで歓迎されるはずがない。最悪の場合、ゼイエンの無実の証し立てとして首を斬られる恐れさえあった。





 セルディオは紅茶のカップを口許に運び、軽く口を湿らせる。

「他にも似たような境遇の娘たちはいてね。彼女たちは若い騎士たちに下賜されたんだけど……ああ、君はこういうことに不快をおぼえるタイプかな?」

「いえ、そんなことはありません」

 セルディオが問うているのは、女性を物のように扱うことに憤りを感じるか、ということだろう。

 これに対して俺はかぶりを振った。



 誤解のないように言っておくと、俺が女性を蔑視しているとか、そういうことではない。

 公爵一族の寵愛を受けて安楽に生活していた女性たちに、いきなり「明日から各人で自活しろ」といって世間に放り出すわけにもいくまい、ということである。

 行き場のない女性たちを臣下に下賜したクライフ王のやり方は、見方をかえれば寄る辺のない者たちに生活の基盤を与えることになる。ことさら不快をおぼえたり、非難をしたりするつもりはなかった。



 俺の見解を聞いたセルディオは小さくうなずく。

「結構。なら話を続けるけど、今もいったように帰るアテのない娘たちは若い騎士たちに下賜された。けれど、あのカリスという娘についてはそれができなかった。理由は、彼女がランカース公の子を宿しているかもしれなかったからだ」



 何気ないセルディオの物言い。

 しかし、それを聞いた瞬間、俺はギシリと音をたてて固まった。



 少々、というには長すぎる間を置いてから、眼前の王弟に強張った声を向ける。

「…………殿下。今、聞き捨てならないことを仰いませんでしたか?」

「はっは、魔人と対峙し、のみならず追い返した戦士にとっては、なんていうこともない話だろう?」

 セルディオはこちらの抗議を笑殺しようとしたが、そんなことでごまかされるものか。



 いや、本当に笑い事ではない。ランカース公の子供ということは、要するに国王クライフの抹殺対象ということである。

 公爵の血を継ぐ者を女子供まで殺しつくした国王が、カリスの子だけを見逃す理由はない。ばれれば間違いなく殺される。当然、周りにいる者たちもただでは済まない。へたをすると――というか、ほぼ確実に叛逆者の子をかばった罪で殺される。



 警戒心をあらわにする俺に対し、セルディオはなおも続けた。

「まあそう警戒しないでおくれ。言っただろう。子を宿しているかもしれなかったから、と。まだ宿っていると決まったわけではないんだよ」

「……日数的に、そろそろはっきりするのではありませんか?」

「うん、そうだね。ただ、子の有無をはっきりさせてしまえば、私としても陛下に報告せざるを得なくなる。宿っていなければ問題はない。けれど宿っていた場合、陛下はまず間違いなく殺せという命令を下すだろう。君のお仲間の魔道師殿の助言を活かせなかった私にこんなことを言う資格はないんだが、できればこれ以上の血を流したくないんだよ」



 そういってかぶりを振るセルディオの表情は沈鬱だった。

 王都での血なまぐさい粛清の光景を思い出しているのだろうか。



「多くの戦場、多くの陰謀に関わってきた身だ。今さら無垢を気取る気はないけれど、赤子を手にかける経験なんて少ないに越したことはないだろう?」

 憂鬱そうに眉間をもみほぐしながら問う王弟。

 俺が何ともいえずに眉根を寄せると、王弟は小さく肩をすくめてから続けた。



「はじめは陛下が落ち着くのを待ってから説得するつもりだった。ランカース公爵家ほどの名門を断絶させたままでは、人心がいつまで経っても落ち着かない。生まれた子に罪はなく、その子に公爵家を継がせると布告すれば臣民の動揺を散じることもできるだろう。その際、主要な領地を召し上げてしまえば、将来背かれる恐れもなくなるしね。けれど、そうはいかなくなった。実はつい先日、陛下が王宮で暗殺者に襲われたんだ」



 ……この王弟、さっきからしれっとした顔で爆弾発言を投げつけてくるな。

 ランゴバルド王が暗殺者に襲われるとか、普通に一大事ではないか。

 俺は緊張よりも呆れを感じたが、その一件が気になったのは事実なので、余計なことはいわずに王弟の話に耳を傾けた。


 

「陛下によれば、刺客は覆面をかぶっていたそうだ。どうやったのか今もって判明していないのだけど、十重二十重の警備を抜けて陛下の自室まで忍び込んだ暗殺者の剣は、陛下のここを――」

 そういってセルディオは右目からこめかみにかけての線を、すっと指でなぞった。

「ばっさりと断ち切った。あと少し剣先がずれていたら、右の眼窩から脳天を貫かれていただろう、そのくらいの重傷だったんだ。幸い、命はとりとめたのだけど、陛下はこの暗殺者を差し向けたのがランカース公の残党だと信じ込んでいてね。今、王宮は一触即発の空気なんだよ。最悪の場合、陛下は東部に兵を向けて、ランカース公一族だけでなく、公爵に近しい東部諸侯を一掃しようとするだろう」



 そんな状況で公爵の遺児に情けを、と訴えたところで聞く耳をもってもらえるはずがない。それどころか母親ごと刑戮されかねない。

 セルディオは別の手段をとるしかなかった。



「これは以前、どこぞの占星術師が言っていた言葉なんだが、観測されない事象は存在していないのと変わらないそうだ。これを今の状況に敷衍ふえんすると、なかなかに有益な考え方になる。つまり、カリスの腹に子がいると確認されていない以上、子は存在していないのと同じ、というわけだね」

 国王の臣下として、主君に偽りを報告することはできない。隠し立てをすることもできない。

 だから、あえて確認しなかった。確認されない赤子は存在しないのと同義だから。

 そして。



「……今のうちに誰かと娶わせてしまえば、仮に数ヶ月後に子が生まれたとしても、それはランカース公となんら関わりのない子供である、ということですか」

「まさしく然り、だよ、戦士殿。ただ、陛下は疎漏のない方でもある。ランカース一族の愛妾だった娘が、一年経たずに子を産んだと知れば、公爵の血筋である可能性を慮って殺せとお命じになるはずだ。そのとき、陛下に仕えている者たちでは命令を拒みきれない。騎士たちはもちろん、たとえ私であってもだ。だから、あの姉妹を助けるためには、どうしても国外に送らなければならない。それも、いざというとき、ランゴバルド王の意向を拒めるくらいに強い立場にいる者が望ましい」



 たとえばウィンディアの国王とか理想的だね。

 ランゴバルドの王弟はそう言ってにこやかに微笑んだ。



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