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花嫁クエスト  作者: 玉兎
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第六章 魔剣(三)


「女オウガに、鉄仮面の魔人?」



 イズとフレア、ウルク、そして聖騎士団長エロイスと合流した俺とスーシャ。

 あわただしく行われた情報交換の末に発覚した新しい敵の存在に、俺は思わず顔をしかめていた。

 ただでさえ面倒な状況なのに、厄介事は片付くどころか積み重なっていくばかり。正直、もう勘弁してもらいたいと思ってもバチは当たらないだろう。



 まあ、魔人が今の状況に関与していることは確信していたから、鉄仮面については敵の正体がはっきりしただけだ、と捉えることもできる。

 問題は女オウガの方だ。

 聞けば、イズたちはつい先ほどまでそのオウガと戦っていて、イズは剣技で、フレアは魔法で、ウルクは速さで、それぞれ上を行かれて押されっぱなしだったという。

 その完璧っぷりに目をみはる。



 イズたち三人を単身であしらうとか、その女オウガ、どれだけの猛者だったんだ。昔、俺とシュナが世話になっていたオウガの母娘もすごい人たちだったが、やはりオウガはエルフと同じく、個として非常に優れた種族なのだろう――俺は口には出さずにそう思った。

 口に出さなかった理由は単純で、この二種族を同列に並べると、ウルクの機嫌が急角度で傾きそうだったからである。



 ちらとエルフの王女様を見やると、宿敵を相手取った後だからか、めずらしく視線を尖らせて戦意をあらわにしている。

 ……うーむ、俺がオウガ――とくに女性のオウガに親近感を抱いていることは隠しておいた方がよさそうだな、これ。

 いや、変に隠し事をするより、はっきり言った方がいいのだろうか? 廃都から無事に戻れたらきちんと考えることにしよう。



 俺がそんなことを考えている間にも、イズたちの説明は続いていた。

「戦っている途中、急に驚いた顔をして、ボクたちをほっぽってこっちに駆け出したんだ。それを追ってきたら、こうして聖下やテオと合流できたってわけ」

「話を聞くに、そちらが倒した竜屍兵はあのオウガの使い魔だったんでしょうね」

 フレアがイズの説明を補足する。



 俺は二人の言葉にうなずいた。

 おそらく、俺とスーシャがくだってきた階段は、この魔剣の空間に直通する裏口だったのだろう。

 イズたちと戦っていたオウガは、竜屍兵が倒されたことで裏口からの侵入者に気づき、急ぎこの場に取って返した。

 これで状況の説明はつく。



 問題は肝心の女オウガがどこに消えたのか、である。

 俺もスーシャもそんな人物は見ていない。思い当たるとすれば、つい先ほどまで感じていた正体不明の視線の主だが、イズたちを単身で相手取ったような猛者が、俺とスーシャを警戒して身を隠すとも思えない。

 女オウガはどこに消えたのか。視線の主は誰だったのか。

 聖騎士団長を急襲したきり姿を見せない鉄仮面といい、廃都は本当に魔境である。



 こうなれば、その魔境を生み出している元凶をさっさと排除してしまうべし。

 もしこの場に隠れ潜んでいる敵がいるならば、それであぶりだせるだろう。

 俺がスーシャの方をうかがうと、聖騎士団長と言葉を交わしていたスーシャは俺の視線に気づいてこくりとうなずいた。

 俺たちの親しげな様子に気づいたのか、他の面子はそろって訝しそうな顔をしたが、幸いにも突っ込んでくる者はいなかった。そんなことを問いただす状況ではない、と誰もがわきまえているのだろう。

 かわりに、後で質問の雨を浴びせられることになりそうだが、これは仕方ないと諦めるしかなかった。



 これも幸いというべきか、魔剣の破壊に対して反対を唱える者もいなかった。

 イズは「聖下の判断に自分が口をはさむ必要はない」として受け入れたし、聖騎士団長は反対どころか諸手をあげて賛成した。

 魔法使いであるフレアは伝説で謳われる「無限の魔力」を前にして思うところがあったに違いないが、俺のように邪念をわかすことなく破壊に賛同した。人の器には過ぎた物、という教皇の言葉に共感したにせよ、誘惑や衝動を完璧に押さえ込んだ鉄の自制心は見上げたものだ、と密かに感心する――単に俺の自制心が豆腐だった、という可能性には目をつむりたい。

 自然を尊ぶ妖精族であるウルクにいたっては、はじめから魔人の力にかけらも興味を抱いていなかったらしく、どうしてそんなことを訊かれるのかと不思議そうな顔をしていた。




 かくて魔剣の破壊は全会一致で採択され、実行に移された。

 女神の錫杖を手に力を高めるスーシャと、妨害に備えて教皇の周囲をかためる俺たち。

 スーシャの小さな身体から噴き出る魔力に反応したのか、魔剣が放つ赤光が輝きを強める。魔法に疎い俺でさえ、二種類の力がせめぎあう様を感じ取ることができた。

 当然、魔法に通じた者たちは俺以上にはっきり感じ取ることができただろう。



 そして、それは人間に限った話ではなかった。



 はじめに俺の耳に飛び込んできたのは、ぴちゃぴちゃと水が弾ける音だった。雨の日に地面を叩く雨滴のような、そんな音。

 むろん、こんな地下深くに雨が降るはずはなく、松明の届かない闇の奥から響いてくる水音の正体は自然の雨滴ではありえない。

 では、この音は何なのか。

 俺たちが警戒を強める間にも雨ならざる雨は降り続いた。どこか粘り気を帯びた降水は止むどころか勢いを増し、溜まった水は瞬く間に地面を覆っていく。



 俺たちは対応に迷った。

 魔人なりオウガなりの襲撃は予測していたが、降雨が来るとは誰も考えていなかったのだ。

 『酸の雨』のような魔法かとも思ったが、それなら直接俺たちの頭上に降らせるだろう。雨はまるで俺たちを避けるように降り続き、水は腐った土と溶け合いながら俺たちの足元にひたひたと寄せてくる。



 異変が起きたのはその時だった。

 地面に染みこむことなく溜まり続けた水が、蠕動しながら一箇所に集まりだしたのだ。

 みるみるうちに膨れ上がっていく水の塊。通常の液体ではありえない異様な動きを見たフレアの顔に緊張が走った。



「……まずい、スライムよ!」

 響く警告の声。

 その言葉どおり、現れたのは不定形の粘液の魔物スライムだった。

 同時に、ただのスライムではありえなかった。

 これまでに襲いかかってきた連中とはサイズが違う。広大な地下空間の半ばを飲み込む大容量。



 巨大キングスライム。

 おそらく俺たちを地下に引きずり込んだのと同じ奴だろう。こんなバカでかいスライムが二匹も三匹もいるとは思えない。もっと正直にいえば、二匹も三匹もいてほしくない。一匹だけでも厄介きわまりないのだから。



 これまで何度も繰り返してきたが、廃都に生息するスライムは極めて攻撃的で、火も魔法も通じない。

 また、そういった特徴を抜きにしても、このサイズのスライムはそれ自体が一個の脅威となる。大量の液体が波濤となって襲いかかってくれば、これを防ぐ手段は存在しない。高火力の魔法を用いればあるいは、とも思うが、このスライムに魔法が効きづらいのは前述したとおりである。



 そんな俺の危惧を読み取ったかのように、敵はまさしくこちらが恐れていた攻撃を繰り出してきた。

 襲い来る溶解液の高波。

 自分が逃げる暇も、仲間を逃がす手段もありはしない。俺たちは一瞬でスライムに飲み込まれた。



◆◆



 人間が想像しうる死因は数あれど、スライムの中で生きたまま溶かされるというのは、その中でも最低最悪の一つに分類されるに違いない。

 厳密にいえば、溶かされるより前にスライムの体液で溺死するだろうが、これだって最悪であることにかわりはない。

 溶解液が皮膚を溶かしているのか、痛さとかゆさと熱さが渾然となった異様な感覚が全身を押し包む。それが自分が溶けていく感覚なのだと悟って、あまりのおぞましさに叫び出したくなった。



 だが、口を開けば貴重な空気を浪費した挙句、口内までスライムに蹂躙されてしまう。

 意識がはっきりしている間になんとか活路を見出したかったが、まぶたを開けば眼球まで溶かされる。そうなればもう、意識を保つどころか正気を保つことさえ難しい。狂乱して暴れまわった挙句、スライムの養分にされてしまうのは御免だった。



 くそ、と内心で口汚く吐き捨てる。

 これから訪れるであろう悲惨な最期に関してはいくらでも頭が働くのに、肝心要の危機を切り抜ける方策はいっこうに浮かんでこない。

 気がつけば、脳裏に八年前の悪夢がちらつきはじめていた。

 走馬灯、というやつだろうか。



 ふざけんな、と再び口汚く吐き捨てる。

 まだ死ぬには早い。早すぎる。こんなところでスライムに喰われるために国を出たわけじゃないんだ、ちくしょうが。

 俺は奥歯をかみ締めながら懸命に活路を探る。

 目も口も閉じておかねばならず、鼻と耳は役に立たない。

 五感の内、役に立ちそうのは触覚――剣を握る右手と、床についた左手から伝わってくる感覚だけだ。



 この状況では剣は邪魔にしかならない。俺は剣を手放し、両手を使って這うようにスライムの体内を移動しはじめた。四つんばいになって這う姿は、はたから見ればさぞ滑稽だったろうが、今はそんなことを気にしている場合ではない。とにかくここから脱出しないと、呼吸一つ満足にできやしない。



 できれば俺とスーシャが使った階段に行きたかった。あれを使えば上の階へ逃げることができる。

 ただ、スライムに飲み込まれた際に思いきり床に身体を打ちつけたせいで、自分が今どこにいるのか、どちらに階段があるのかといった方向感覚は失われている。

 だから、今、自分が這っている方向が正しいはずだと信じて、水槽に落とされたアリのように水底を必死に這い続けた。



 悪あがきだ、ということはわかっていた。

 悪あがきをして何が悪い、と開き直ってもいた。



 呼吸もままならない状況で進める距離などわずかしかない。

 いよいよ息が苦しくなり、身体を苛む苦痛も耐えがたいほどに大きくなっていく。

 最後の力を振り絞って、さらに先へ進み――ごつん、と壁にぶつかった。手を伸ばして壁の感触を確かめた俺は、右に、左にと手を這わす。伝わってくるのは、無慈悲なくらいに平坦な壁の感触だけ。這い進んだ先がたまさか正答につながっていた、という奇跡は訪れなかった。



 ここで、呼吸も、意識も限界にきた。



「――ぐ、ぼ……ぼァ!」

 たまらず開いてしまった口からスライムの体液が侵入してくる。たちまち口内は溶解液で満たされ、無防備な舌と喉を焼かれた。勝手に喉が収縮し、魔物はさらに身体の奥深くにまで分け入って来る。

 あまりのおぞましさ、苦しさにとうとう目も開いてしまった。



 視界に映ったのは黒く濁ったスライムの体内。他の仲間の姿は見えない。その光景が見えたのもほんの一瞬だけで、すぐに眼球も焼かれていく。

 黒一色だった視界に血のような赤色が混ざり始めた。いや、血のような、ではなく、それは本当に俺の目から流れた血の色だったのだろう。




 混濁していく意識の中で、その赤色が八年前の赤い空と重なっていく。

 あの時、小便を垂らして震えていたガキは、八年の後、スライムのエサになってくたばるのか。

 そんなことのために、俺は今日まで生きてきたのか。



「……ぶ……ぼ……ッ!!」



 ふざけるな、という叫びは魔物の体液に溶かされて無様なうめきに変じ、俺の体内に残された最後の空気が泡となって口から離れていく。

 その泡を追うように必死に手を伸ばす。起き上がろうともがきながら、懸命に。

 冷静に考えれば、泡を掴めるはずもないし、掴んだところで空気が戻るわけでもない。

 それでも手を伸ばす。

 強いられた死に対する、それが精一杯の抵抗だった。このときの俺には、それ以外にできることなど何もなかった。

 だから。



「…………ッ!?」

 伸ばした手の先に、壁に突き立った一本の剣が存在したのは、本当にただの偶然だった。




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