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花嫁クエスト  作者: 玉兎
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第五章 教皇親征(三)


 街道を整然と行進する人馬の大軍。

 シルル教の聖印である銀十字を掲げた一団は、針路を北東にとってまっすぐに進んでいく。

 目指すは廃都コーラル・シー。

 一団の先頭付近で馬を進ませていた俺は、後方を振り返って嘆声を発した。



「聖騎士団が五十人、教会騎士団が三百人、神官戦士団が二百人、義勇兵が六百人。総勢千人越えの大遠征か。大したもんだ」



 驚くべきはこれが一教団が主導する軍事作戦である、ということだ。カーナ連合やランゴバルドの兵は加わっていない。それで一千を超える戦力を集めたわけだから、もう普通に小国に匹敵する動員能力といえる。

 しかも、ただ数をかき集めただけの烏合の衆とはわけが違う。主力となる聖騎士団、教会騎士団の実力は大国の精鋭騎士団に匹敵する。神官戦士団は怪我の治療や解毒などの回復専門部隊、義勇兵は補給線の確保や宿舎の設営といった兵站専門部隊になるのだろう。このまま都市の二つ三つ攻め落とせる戦力であった。



 これだけの戦力を運用できるという一点で、シルル教団がどれだけ潤沢な資金を保有しているかがうかがい知れる。輜重の数もかなり多く、薬草や毒消しなどの医薬品はもちろん、毛皮の防寒服まで用意されていた。

 旧コーラル領に足を踏み入れた経験のない者たちは、夏も盛りのこの時期に何故毛皮を、と首をひねっていたが、答えは簡単で、旧コーラル領は陽光が差さないため奥に進めば進むほど気温が低くなっていくのである。



 以前、俺がコーラルに行ったときは外縁部で引き返したので防寒具は必要なかったが、もしあの時に奥まで進んでいれば、寒気という問題に直面していただろう。

 他にも行軍用の松明や、陣地に設置するかがり火と薪、燃料となる油など、輜重隊が運ぶ物資は多岐に渡る。

 惜しげもなくかき集められた大量の物資は、そのまま廃都浄化にかける教団の意気込みのあらわれであった。




 これだけの戦力を投じたのだ。浄化の可否はさておくとしても、廃都へ到達するのはたやすいだろうというのが大方の予測であり、事実、旧コーラル領に入ってからの行軍はきわめて順調だった。

 ベルリーズからコーラル・シーに至るまでの移動経路は、過去の遠征の積み重ねでほぼ確立されている。毒の瘴気が溜まっている地帯や、底なし沼が広がっている場所など、危険な区域はあらかじめ判明していたし、遠征に先立って偵察部隊がその種の情報に誤りがないことを確認している。万が一にも教皇に危険が及ばないよう、相当入念にしらべあげたらしい。



 十や二十の魔物の群れも、百、二百とかたまって行軍する騎士団を見れば、あわてて逃げ散っていく。ときおり知性のない魔物が襲いかかってくることもあったが、そういった魔物たちは鎧袖一触、騎士団に蹴散らされた。

 そうして、滅亡した帝国の領内を進むこと五日。遠征軍は戦いらしい戦い、危険らしい危険を経ることなく廃都の城壁を望む地点に達した。

 拍子抜けするほど、あっさりと。





「戦力を考えれば妥当な結果なんだろうが、ここまで順調だとかえって疑わしく感じるな」

 夜、勇者用の天幕に集まって話をしているうちに、ついそんな言葉が口をついて出た。

 すると、イズが同感だというようにうなずく。

「ああ、わかるかも。何かあるんじゃないかって勘ぐっちゃうよね」

「そうなんだよな。以前の遠征はどうだったんだ?」

「ここまで円滑に作戦が進んだことはなかったよ。ボクが参加した遠征はベルリーズ管区主導のもので、人員も三百人くらいだったから、一概に比べることはできないけどね」



 イズが言うには、以前の遠征ではコーラル領に入った日から魔物の奇襲が相次いで大変だったという。

 どれだけ盛大に松明を焚こうとも、周囲はこれ一面すべて闇。魔物たちにしてみれば毎日が夜襲日和(?)であり、朝、昼、夜の区別なく攻撃が仕掛けられたそうな。

 攻撃が続けば負傷者も出るし、負傷者が出れば行軍の足も鈍る。狡猾な魔物の中には、兵ではなく物資を狙う者もいたらしい。くわえて、廃都に近づけば近づくほど気温は下がり、兵の動きは鈍くなっていく。

 過去の遠征では、最終的に廃都にたどり着けずに終わった例もめずらしくないという。



 しかるに、今回はほぼ無傷でコーラル・シーの城壁を望む地点までたどりつけた。

 投入した戦力が違うからだと言われてしまえばそれまでだが、やはり魔物の動きはどこか妙だと感じられる。

 ここでフレアが口を開いた。

「これが人間同士の戦なら、敵軍を領内深くまで引きずり込んだ後、退路を断って包囲殲滅、というのが定石ね」

「フレア、怖いこと言わないでよ。退路は義勇兵団が固めているから滅多なことはないと思うけど……」

「義勇兵といえば聞こえはいいけど、要は志願した一般の信徒でしょう? こんな異常な戦場で魔物に奇襲を受けたら、落ち着いて戦えるとは思えないわ」



 そう言って、フレアははぁと息を吐いた。まるで冬の朝のように、フレアの口許が白いもやで覆われる。

 明けない夜、冬の寒さ。確かにこれ以上ないくらい異常な戦場である。フレアの危惧はもっともだと俺には思えたが、肝心の義勇兵たちが怯えすくんでいるかと問われれば、決してそんなことはないという。



「むしろ、気合が入りすぎて押さえておくのが大変だって、本陣で聖騎士団長が苦笑いしてたね」

 イズの言葉に俺は目をみはった。

「へえ、それは知らなかったな。この状況でそんなに士気が高いのか?」

「暗闇や寒さの対策はしっかりしてきたからね。なにより初めての聖下の親征だもの、みんな意気軒昂だよ。どの兵士さんも、夜も寒さも何するものぞ、もっと前線に配置してくれ、みたいな感じなんだって。その手の要望が後を絶たなくて聖下も困ってたよ。あと大司教さまは渋面だった」

「ふぅむ……」



 俺は眉間にしわを寄せて腕を組んだ。聖騎士団長とか、教皇とか、大司教とか、大陸レベルの有名人が普通に出てくる会話もすごいが、それよりも気になることがある。

 俺がちらとフレアを見やると、魔法使いの方も気遣わしげに唇に手をあてていた。

 なお、ウルクはこの後に見張りの任があるため、とうの昔に夢の園へ旅立っている。



 ほどなくして、フレアが厳しい表情で口を開いた。

「イズ。今、私が異常な戦場って言ったのはね、天気や気温だけじゃなくて、教皇がいる戦場という意味でもあるの。士気が高いのはもちろんけっこうなことだけど、見方を変えれば、戦意過多の新兵が山をなしているってことでしょう? 敵が攻めては引き、攻めては引きっていう風に新兵をつり出してしまうと、陣形なんてあっという間に崩れるわ」

 新兵の潰走が軍全体の敗走に繋がる例は枚挙にいとまがない。

 フレアの意見は完璧に俺の危惧を言語化したものだった。



 もちろん、今の敵は人間ではなく魔物であり、強さや凶暴性はともかく、戦術的にこちらを攪乱してくる可能性はきわめて低い。

 だが、俺たちはつい先日、そのきわめて低い可能性が現実に起こった一件と出くわしている。セラの樹海に攻め寄せた魔物が、軍隊さながらの統制を見せたことはエルフたちから聞かされていた。

 あの一件と、ここまでの行軍があまりにもスムーズだった点が俺の猜疑心を刺激する。

 すこぶる嫌な予感がした。



 ――しかし、そんな俺を嘲笑するように、この夜は何も起こらなかった。



◆◆



「うぉぉ、寒い寒い」

 翌朝――といっても空は暗いままなのだが――目覚めた俺は林立する天幕とかがり火の間をぬうように輜重部隊のもとへ向かった。

 今朝の食事当番は俺であり、ウルクが見張りから帰ってくる前に暖かい食事を用意しておいてあげたい。あと、俺も早く温かい物が食べたい。

 暗く寒いこの地では、温かい食事(酒含む)は唯一の癒しであった。



 輜重隊の天幕の前では、俺と同じ考えを持った者たちが列をなしていたが、さすがは教会の騎士たちというべきか、配給にケチをつけたり、割り込んだりする者は見当たらない。正直、ちょっと気味が悪いくらいのお行儀の良さである。

 兵士というより、修行僧か何かのようで、まるでアスティア様が直接指揮をとっているときの山岳騎士団のよう――あ、俺たちもたいして変わらんかった。



 ともあれ、予定の食糧と温めたブドウ酒を受け取った俺は、ほくほく顔で自分の天幕へ向かう。

「火酒がないのは不満だが、まあ贅沢は言えないな」

 戦地で酒を許可するとは聖下もなかなか分かっていらっしゃる。聖職者が指揮をとると、やたらと将兵を規則で縛ろうとするものだが、今代の教皇にその弊はないらしい。

 実際には単なる寒さ対策であろうが「信仰さえあれば寒気など何ほどのものか!」とかいう精神論を振りかざさないだけでも十分ありがたかった。

 と、そのとき。



「……へ……れた!?」

「わか……た……!」



 少し離れたところから慌しい声が聞こえてきて、俺はその場で足をとめた。

「なんだ?」

 食糧を配給する場所でさえ皆がおとなしくしていたというのに、いったい何の騒ぎだろう。魔物の襲撃があれば、それと分かるように鐘が打ち鳴らされるはずだから、緊急事態というわけではないはずだが。



 首をひねっていると、不意に近くの天幕の影から神官服をまとった人物が姿を見せた。

 後方をうかがうように足早に歩いてきた人物は、俺に気づいてびっくりしたように立ち止まる。帽子を深くかぶっているために顔は見えないが、背丈はかなり低い。神官戦士団の一人なのだろうが、どうみても子供にしか見えなかった。



 と、俺の顔を見上げた神官が何かに気づいたように声をあげた。

「あれ? あなたは……」

「ぬ?」

 澄んだ声の響きと、こちらを見上げる翠緑の双眸が記憶の一部を強烈に揺さぶる。



 ――この子、たしかベルリーズで教会まで道案内をした子ではなかったか?



 そのことを確かめるべく口を開こうとすると、少女はそれを制するように唇に人差し指をあてて、俺を物陰に引っ張り込んだ。何が何やらわからなかったが、とりあえず少女と一緒に置かれていた木箱の影に身を隠す。

 ややあって、バタバタ、ガチャガチャと騒々しい足音が近づいてきた。おそらく二人組だろう。足音の主たちは物陰に隠れた俺たちに気づかなかったようで、重々しい甲冑を揺らしながら通り過ぎてしまう。

 状況から推測するに、少女は彼らに追われていたらしい。



 少女の様子からして罪を犯した風でもないが、まがりなりにも今の俺は勇者の仲間。このまま、はいさよなら、というのはあまりに無責任だろう。

 そう考えた俺が事情を問うべく口を開いたとき、不意にくぅぅという可愛らしい音が耳朶を揺らした。



 音の発生源は眼前の少女のお腹で、それと気づいた少女は驚いたように目を丸くした後、一瞬で真っ赤になって顔を伏せてしまった。

 大きめの帽子の両側を引っ張るようにして深くかぶり、少しでも俺の視線から逃れようとする姿は、とろけそうなくらい可愛い。

 事情は一切わからないが保護確定。



「あっと……俺たちの天幕に来るか? さっきの二人が戻ってくるかもしれないからな。あと、ちょうど飯にしようと思っていたところだし」

 冷静に考えると、腹が鳴って恥ずかしがっている子にかける言葉ではなかった(特に後半)が、そこは勘弁してもらおう。

 少女は少し考えるそぶりを見せたが、すぐにこくりとうなずいた。





「しかし、不思議な縁もあったものだな。ベルリーズで偶然に出会った子と、こんなところで再会するとは」

 帰り際、俺の言葉を聞いた少女は、両手で食糧袋を抱えながら小さく首をかしげた。念のために言っておくと、これは向こうからお手伝いしますと言ってきたので渡したものである。へたに遠慮するのも気詰まりだろうと思ったのだ。



 食糧袋を持ち直した少女は、静かに俺の言葉に応じた。

「偶然といえば偶然ですが、すべてが偶然だったわけではありません」

「ふむ?」

「先ほどあなたと会ったのは偶然です。しかし、再会したのは偶然ではありません。何故といって、わたしはあなたたちに会いに行くところだったからです。遅かれ早かれ、わたしとあなたは再会していました」

 要領を得ない言葉だった。少なくとも俺にとっては。

 思わず眉根を寄せた俺に気づいているのかいないのか、少女はさらに続ける。



「先のベルリーズでもそう。あなたを見かけたのは本当に偶然でした。けれど、わたしとあなたが出会ったのは偶然ではありません。あの日、あの時に出会っていなければ、わたしは別の日にあなたのもとを訪ねるつもりだったからです、山岳騎士ハイランダーテオ・レーベ殿」

「……ふむ」

 俺は足を止めずに隣を歩く少女を観察する。

 訊ねたいことは山ほどあったが、ありすぎて逆にどれから訊けばいいのか迷ってしまう。

 そうして迷っているうちに、いつの間にか天幕に戻ってきていた。



 見れば、俺の後に起き出したらしいイズが、少し眠たげにかがり火に薪をくべている。

「あ、テオ、食べ物とってきてくれたんだ。ありがと――って、えぇ!?」

 こちらを振り向いたイズが笑顔で礼を言おうとして、途中で凍りついた。

 その視線は俺ではなく少女に据えられている。

 当の少女はといえば、こちらは輝くような笑みでイズへの挨拶を口にした。

「おはようございます、イズ姉さま」



「……姉さま?」

 ぽつりと呟き、怪訝に思って眉をひそめる。

 と、ここでようやく硬直が解けたらしいイズが、慌てて左右を確認しながら小走りに駆け寄ってきた。

「ちょ、聖下!? なんでここにいるんですか、それも一人で!?」

「一人ではありませんよ。テオ殿がいらっしゃいます」

「いや、それは見ればわかりますけど、護衛はどこに置いてきたんですか! そもそも、なんで聖下がテオと一緒に――」



 俺をそっちのけにして会話をはじめる二人。

 何やら聞き逃してはならない単語がいくつか耳に飛び込んできた気がする。

 ……いや、まあ、うん、ここまで来ればさすがにわかるけどね。そもそも教会関係者で俺の名と山岳騎士の身分を知っている人間はそう多くない。そこに十歳くらいの女の子という条件をつければ、該当するのは一人しかいないだろう。

 問題はその人物がイズを姉さまと呼び、さらに俺に興味を抱いているっぽいことなのだが――




「そうだ、テオ殿。遅ればせながら、名乗らせていただきます」

 イズとの会話を中断させた少女は、俺に向き直って姿勢を正した。

「わたしの名前はスーシャ・リド。シルル教団で教皇を務めております。どうかお見知りおきください」

 そういうと、教皇スーシャは混乱する俺の顔を見上げ、にこりと柔らかく微笑んだ。



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