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花嫁クエスト  作者: 玉兎
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第四章 ハイランダー(七)

「ふわあ……! すごい、すごいね、テオ!!」



 勇者の称号を授けられた歴戦の教会騎士が、子供のように目を輝かせて嘆声を発する。

 その友人はといえば、ややおっかなびっくりといったていながら、勇者と同じく興味深そうに周囲の光景に視線を向けている。

 魔人との激戦の直後にしては緊張感に欠ける光景だが、それも仕方ないだろう。竜の背に乗って空を飛ぶなど、イズとフレアにとっては生まれて初めての経験であろうから。



 ――かく言う俺もけっこうわくわくしている。ウィンディアで竜に乗れるのはアレス陛下とアスティア様だけなので、こんな経験は俺も初めてなのだ。

 竜の背中は俺とアスティア様、イズにフレア、さらにウルクとエルフ王を乗せてもなお余りある広さがある。かたい鱗に覆われていると思いきや、やわらかな和毛にこげがはえていて、上物の絨毯のように座り心地がいい。地形の制約を受けない高速移動手段として用いれば、貴族や豪商相手に簡単に大金が稼げそうだった。



 まあ実際にそれをやれば、便利な乗り物扱いされた竜が激怒するであろうが。

 竜は確固たる自我を備えた独立種族なので、おのれが認めない存在を背に乗せることはない。今回はあくまで例外だとわきまえないと、冗談ぬきで口から吐き出すブレスで燃やされかねない。

 そんなことを考えながら、俺は先刻からずっと黙りっぱなしのウルクに視線を向けた。



 エルフの王女は目に涙をためながら、父王の身体を大切そうに抱きしめている。

 長期にわたる虜囚生活でエルフ王の身体はひどく衰弱しているが、顔色は決して悪くない。呼吸も穏やかで、魔人による暴虐の痕跡は綺麗に拭われている。

 イズの――というより人間の術式では、短時間でここまでエルフ王を回復させることは難しかっただろう。

 それを為した当人は、騎竜の手綱を握りながら俺の報告を受けていた。




「――なるほど。おおよそのところはわかりました」

 艶やかな黒髪を風になびかせながら、アスティア様がこくりとうなずく。

 白銀の戦装束をまとって竜を駆る姿は、戦神の名にふさわしい威厳と迫力、凛々しさに満ちており、見慣れているはずの俺でさえ見とれてしまいそうになる。

 そんな俺の様子に気づいているのか、いないのか。

 女神様は小さく息を吐きながら、柳眉をひそめた。



「セラから烽火のろしがあがった時点であなただとは思っていましたが、本当に騒動の渦中に飛び込むのが好きですね、テオ」

「これはしたり。故国の安寧を思って身を粉にして働きましたのに、それをさも暴れ者かいたずらっ子のごとく評されるのは心外の極みでございます」



 真摯な声と表情で抗議すると、アスティア様は「だまされませんよ」というように目を細めた。

「我が騎士よ、私も日々学んでいます。あなたが妙にかしこまった話し方をするときは、こちらをからかうか、話の矛先をそらす意図があるのです」

「む、ばれてしまいましたか。申し訳ありません、アスティア様の美しい尊顔を拝するのも久しぶりゆえ、ついつい照れ隠しを口にしてしまいましたッ」

「ですから、あなたのそういうところが――!」



 何か言い返そうとしたアスティア様だったが、周囲のぽかんとした眼差しが自分たちに向けられていることに気づいたのだろう、こほんと可愛らしい咳払いをして話を元に戻した。



「余のことなら知らず、魔人が相手とあらば、こちらに一報を入れてから動くべきだったのではないかと言っているのです。私が烽火に気づかなかったらどうするつもりだったのですか?」

「セラの異変が伝われば、アスティア様は必ず魔人の存在を考慮して注視するはず。問題は魔人が北で策動し、アスティア様の注意をそちらにそらすことでしたが、そこまで事こまかに手を打つ敵ではないと判断いたしました」



 万全を期すべく時間をかけると、かえって事態が抜き差しならないものになる恐れがあった。『鍵』に勇者に教会、国同士の利害。厄介事のタネは掃いて捨てるほどあり、だからこそ拙速と承知で白精樹に向かったのである。

 たしかに賭けではあった。しかし、勝算がなかったわけではない。魔人を討ち取ることはともかく、エルフ王の身柄を奪還することは可能と踏んでいた。

 もちろん、イズたちには白精樹に突入する前にすべて説明済みである。



 アスティア様はそんな俺をじっと見つめていたが、やがてふっと顔をやわらげる。

「魔人と戦いたいがために無茶をしたのならお説教をしようと思っていましたが、どうやらそれは不要のようですね」

「戦いたかったのは否定いたしません」

 そうでなければ、好きこのんでおとりになりはしない。



 それを聞いたアスティア様がわずかに首をかたむける。

「実際に魔人と刃をまじえてみて、どのような感想をいだきましたか?」

「攻撃する手段がないのは参りました。やはり、魔人に通用する力が欲しいですね」

 嘘偽りのない、心からの思い。

 深い思慮を宿した戦神の双眸が、こちらの内心を測るように小さくきらめいた。



◆◆



「テオ、テオ。アスティア様にあんな口の聞き方をしていいの?」

 アスティア様との会話を終えた俺に、イズが小声で話しかけてくる。

 なにしろ相手は現存する唯一の神。俺にとっては故国の守護神だ。イズから見れば、今の俺の態度ははなはだしく不敬に映ったことだろう。



 俺は考えるそぶりも見せずに応じた。

「良い悪いで言ったら、間違いなく悪いな」

「そ、そうだよね。ウィンディアにとっては国の守護し――」

「他のハイランダーに知られたら、全員から袋叩きにされる。馴れ馴れしいって」

「……そうなの?」

「うむ、そうなんだ」



 山岳騎士ハイランダーなどと仰々しく名乗っているが、ひとたび中に入ってみれば、その実態はアスティア様ファンクラブだ。構成員はアスティア様のためなら例え火のなか水のなか、といった連中ばかりである。

 女神の前では借りてきた猫みたいにおとなしいが、酒宴となれば全員で裸になって踊り出し、潰れるまで酒を飲む。各人が好きな武器を使い、好きな防具を着るので部隊としての統一感などかけらもない。



 共通理解があるとすれば、どんな戦いであっても生きのびること、ただそれだけ。

 規律? 礼儀? 聞いたことのないさかなだな、とうそぶく者たちで構成される山岳騎士団は、ぶっちゃけ山賊よりも品がない。



 イズの近くで話を聞いていたフレアが、何かを思い出したように盛大に顔をしかめた。

「……たしかにあれは、山岳騎士というより山賊騎士だったわね」

「山賊騎士は言いえて妙……ん? その言い方だと、どこかで山岳騎士団を見たことがあるのか?」

 怪訝に思って問いかける。

 山岳騎士団ハイランダーズは基本的にガルカムウ山脈から動かず、国の式典などに出ることもまずない。したがって、長城ノース・コートにでも出てこないかぎり、戦う姿を目にすることはないはずだ。



 こちらの問いかけにフレアはそっけなく応じる。

「以前、少しだけウィンディアで傭兵をしていたことがあったのよ」

「ああ、魔法を使える人間は貴重だから、基本的に北に送られるな。ということは、どこかですれ違っていたかもしれないわけか」

「――そうね。そんなこともあったかもしれないわね」

 そういうと、フレアはそのまま口を閉ざしてしまった。表情はそれほど険しくないので、俺の返答で気分を害したわけではなさそうだが、どうしたのだろうか。あと、イズはなんで急にニヤニヤ(ニコニコではない)しだしたんだ?




 そんなことを言っている間にも、竜は巨大な翼をはためかせてシルリス大陸の空を飛び続けた。

 ほどなくして、俺たちはウィンディア王国の西端にあるソラリスの街に到着する。

 セラの樹海に最も近い街であり、ウィンディア側に逃れてきたエルフの多くはここで傷を癒しているという。

 突然の竜の出現に、ソラリスは人とエルフとを問わず大騒ぎになったが、事情を知るや、悲鳴は一転して歓呼の声となった。



 ことに喜んだのがエルフたちである。

 セラ北部は最初期に魔軍の奇襲を受けた激戦地であり、それだけに被害も大きかった。逃げてきた妖精族のほとんどは友や家族を失い、自身も深い傷を負った者ばかり。

 故郷の森が宿敵たる鬼族に蹂躙されているというのに反撃の手立てもない。そんな現状に歯噛みしていた彼ら彼女らにとって、今回の王救出はこの地に逃げてきて以来はじめて接した吉報に他ならなかった。



 エルフ王はアスティア様の奇跡(神聖魔法)でほぼ全快していたが、それは傷が塞がったという意味での回復であり、幽囚生活で衰えた筋力は長い時間をかけて取り戻さなくてはならない。

 意識もいまだ戻っておらず、ただちに政庁に運び込まれた。当然のようにウルクもそれに付き添う。



 その後、ソラリスの街では政庁の方角に向かって頭を垂れ、真摯に王の回復を願うエルフの姿が散見された。

 こんなときであっても、大勢で政庁に押しかけて騒ぎを起こすような真似をしないのは、さすが聡明をもって鳴るエルフ族というところだろうか。

 後でウルクに聞いたところ、北の集落の代表者が一度だけ面会に訪れたそうだが、そのエルフも寝台で横になった王の顔を見るや、すぐに立ち去ったそうだ。





 で、その間、俺が何をしていたかといえば、特に何もしていなかった。

 正確にいえば、何もできずに一人で寝台に突っ伏していた。俺も俺で疲労やら何やらでけっこう限界だったのである。魔人との一対一はきつかった。



「……天敵、か。たしかに攻撃が通じない相手には勝ちようがない」

 寝台に横たわりながら、なんとなしにユーベルに負わされた肩の傷に手をあてる。傷自体はとうにイズが塞いでくれていたが、今も俺の肩には長針でうがたれた丸い傷跡がうっすらと残っている。

 今回の戦いで俺が魔人に与えたダメージらしいダメージは、敵の針を奪って肩口に突き刺してやったものだけだ。それも魔人にとっては浅傷であり、有効打とはいいがたい。



 魔人に効いたのは聖剣と神槍の攻撃くらいで、フレアとウルクが二人がかりで放った魔法の数々でさえ、かすり傷ひとつを負わせるのがやっとだった。

 人間から見れば理不尽なまでの防御力。

 今の俺がどれだけ剣の腕を磨いても魔人には決して届かない。

 必要なのは武器である。イズの聖剣も、元はといえば旧コーラル帝国で果てた戦神の武器だと聞いた。魔人と戦うにはそのレベルの武器が必要だ。

 しかし――



「そんなもんがそこらに転がっているはずもないしなあ……」

 思わずうなり声がもれる。

 実のところ、これに関しては以前にちょっと調べたことがある。

 記録上、女神シルルと共に戦った戦神は八柱。そのうち生き残っているのはアスティア様のみであるが、イズの『火輪』を除いた他の神々の武器がどうなったのかは知らない。おそらく大半はシルル教団が回収していると思われるが、このあたりは詳しい記録が残っていないので、遠くウィンディアからでは調べようがなかったのである。



 アスティア様にたずねるという手もあったが、尊敬する女神に「死んだお仲間の武器が今どこにあるか知ってますか?」とは訊けなかった。さすがにそこまで無神経にはなれん。

 それに、アスティア様は過去に関する問いかけには基本的に答えてくれないので、たぶん訊いても教えてくれないだろう。



 ユーベルの魔針が障壁を貫いたことから、魔人由来の武器であっても魔人への攻撃手段としては有用だと考えられる。が、これを探すのは神の武器以上の難題であり、現実的とはいいがたい。

「いっそエンテルキアにいって――だけど、仮に教団が持っていたとしても貸してはくれないだろうなあ」

 呟いてため息を吐く。

 くわえて、ウィンディアの人間が教会の秘事をかぎまわるような真似をしたら、それはそれで大問題になってしまう。シルル教団がウィンディア王国、ひいてはアスティア様の存在を問題視しているのは以前に触れたとおりである。




 やはり今は花嫁令に全力をそそぐべきだ、と俺はあらためて目的を据え直した。

 アレス陛下の後を継ぎ、アスティア様の加護を得る。魔人と戦う力を得る方法としては、これが一番確実だろうから。



「まあ、目下の問題はその『一番確実な方法』がいっかな進捗しない現状だな」

 思わずぼやく。

 もともと簡単に事が進むとは思っていなかったが、いまだに花嫁はおろか恋人のこの字も見つけられないのはいかがなものか。

 ……いやまあ、ウルクからは遠まわしに好意を伝えられた気がしないでもないけれども、一口に好意と言っても様々な種類があるわけで、感謝の気持ちを恋だの愛だのに結びつけてはいけない。



 さらに問題はもう一つある。花嫁令が終わるまでに三度みたび魔人と遭遇しないという保証はどこにもない、という点だ。

 逃げのびたユーベルが俺を抹殺対象とした可能性もあり、あれがもう一度襲いかかってきたとき、有効な武器なしでは撃退することは困難である。

 都合よくイズやアスティア様が近くにいてくれるとはかぎらず、そのときにどう対処するべきか。



 そんなことをあれやこれやと考えているうちに、徐々に瞼が重くなってきた。

 口からあくびがもれる。さすがに逃げ出した当日、しかもアスティア様がいるこの街に魔人が襲いかかってくることもあるまいと考えた俺は、眠気にあらがうことなく目を閉じる。

 切り立った崖を飛び降りるように、俺の意識はたちまち眠りの淵へと転がり落ちていった。



◆◆



 覚醒をうながしたのは、扉を叩く小さなノックの音だった。

 窓の外は夜闇に閉ざされている。俺たちがソラリスに着いたときはまだ日は沈んでいなかったので、どうやらけっこうな時間寝ていたようだ。



「……はいはい、どちらさま――」

 くぁぁ、とあくびしながら扉を開ける。途端、小柄な影が室内に飛び込んできた。

 もう少し正確にいうと、俺の胸に飛び込んできた。

 軽いくせにしっかりとした質感をともなった衝撃が身体を揺らす。おぅふ。



「いったいなにごと――だぁッ!?」

 確認の声は、そのまま驚愕の叫びに変じた。

 少し視線を下げると、金色の髪に包まれた小さな頭が目に入ってくる。長い髪、長い耳。花のような香りが鼻腔をくすぐり、背中に伸びた細い手がぎゅっと俺の身体を包み込んで――いやまあ端的にいうと、ウルクにおもいっきり抱きしめられていました。

 いや、抱きしめられているだけならまだよかったのだが、ウルクは俺の胸に顔をうめながらえぐえぐと嗚咽をこぼしている。



 ウルクが何も言わないので、嬉しいのか、悲しいのかもわからない。俺にわかるのは、離すものかと言わんばかりに力の込められた両腕の強さくらいである。

 たぶんエルフ王の容態になんらかの変化があったのだと思うが、詳しいことがわからないでは言葉のかけようがない。

 とりあえず軽く背をなでて落ち着かせようと試みたが、そうするとウルクはますます強く身体を押し付けてくる。心なし、泣き声も大きくなった気がする。



 ええと、これはどうすればいいのだろう? 

 かつて経験したことのない事態に、俺は心の底から困惑した。



 そんな俺の耳に第三者の感心した声が響く。

「――男子、三日会わざれば刮目してこれを見るべし。これまでさして女人に関心を払っていなかったあなたのこと、花嫁令に苦戦しているに相違なしと思っていましたが、これは私が浅はかだったようです。あの少年もいつの間にか大人になっていたのですね。本当に人の成長はあっという間です」

「いや、アスティア様、そんな息子に恋人ができた母親みたいな顔されても反応に困るんですが――あれ、イズたちもいたのか?」

「あ、うん、アスティア様に話があるからって言われたんだけど……あの、出直した方がいい、かな?」

「頼むから真顔で訊かないでくれ」

 せめて笑いながら言ってほしい。そうすれば冗談として受け流せるのに。

 フレアにいたっては早くも踵を返そうとしている。



 胸で泣き続けるウルクをなだめつつ、この状況をどう終息させたものかと俺は途方に暮れた。



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