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花嫁クエスト  作者: 玉兎
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第四章 ハイランダー(四)

 木々の間に張り巡らされたロープにフックを引っ掛け、木から木へ。時には蔦をつかんで振り子のごとく枝から枝へ。

 まっとうに生きていれば一生経験することがないであろう経験を、俺たちはこれでもかとばかりに繰り返していた。



「わあああああ!」

 語尾に音符でもつきそうな勢いで歓声をあげるのがイズ。

「……! …………ッ!」

 奥歯をかみ締めながら、カッと目を見開いて集中するのがフレア。

「ここまで特に異常がないとすると、魔物たちはこの経路に気づいていないと見ていいですね」

 冷静に状況を分析しつつ、軽々と移動をこなすのがウルク。



 以上が高速ルートで移動中のパーティメンバーの様子である。

 樹海の住人であるウルクが淡々とこなすのは当然としても、はや楽しんでいる感さえあるイズは適応が早すぎるのではなかろうか。

「……まあ、こういうのが大好きな子だから……」

 休憩中、近くにいたフレアに話しかけると、疲労のにじむ声でそんな答えが返ってきた。



 ここまでの道中、平然と俺たちについてきたことからも分かるとおり、フレアの体力はかなりのものがある。魔法使いといえば、ひょろっとしたもやしっ子が連想されるものだが、フレアはこれにあてはまらない。

 思い返せば、以前に俺が受けたコーラルでの採集依頼、いつもは自分で行っているというようなことを口にしていたから、書物を渉猟するばかりでなく、山野を渉猟して身体を鍛えてきたのだろう。

 そんなフレアがめずらしく疲労をあらわにしている。どうも慣れない空中移動の連続で、体力よりも気力の方をごっそり削り取られてしまったらしい。



 まあ、これは仕方ないといえば仕方ない。というか、こちらが普通の反応で、イズの適応が早すぎるのである。

 それにフレアもフレアで、その削られた精神力を短い休憩時間でたちまち回復してしまうあたり、あんまり普通とは言いがたい。体力の件といい、実に魔法使いらしからぬバイタリティといえる。

 当人いわく、この程度で力つきていたらイズやミリア姉さんについていけなかった、とのこと。なかなかに多事多端な幼少期を過ごしたようだ。



 ちなみに、ここでフレアが口にした「ミリア姉さん」と俺はすでに面識がある。

 ミリアさんは以前俺が護衛を引き受けた行商人ポポロの奥方であり、夫を護衛してくれた礼に、と一度夕食に招かれたことがあるのだ。そのとき、ミリアさんがイズやフレアと同じ孤児院の出であることも教えてもらっている。

 ミリアさんは実に淑やかな美人で、子供のエルク君も人見知りをしない活発な子供だった。

『おとーさんを助けてくれてどーもありがとござました!』と元気いっぱいに礼を言われたときは思わず相好を崩してしまったよ。正直、羨望を覚えるくらいに理想的な家庭だった。




「というわけで、エルク君が寝た後、腹いせにポポロさんを二日酔いにしてやろうと酒場に連れ出したら、なぜかミリアさんもついてきて、二人してミリアさんに酔いつぶされた」

「……なにをやってるのよ、あなたたちは」

 話の流れで過去の一幕を語ったら、しらっとした目で睨まれてしまった。いや、ほんとに何をしてたんだろうな?

 とりあえず、飲めども飲めども一向にほろ酔い状態から移行しないミリアさんの酒豪っぷりが、へたな魔物よりもやばかったことは覚えている。



 それともう一つ、はっきり覚えていること。

 飲んだ場所はマルガの店だったのだが、途中から何故か店主まで参加してきて、化け物が二人に増えた。どうやらミリアさんとマルガの二人もけっこう古い付き合いらしい。



 それを聞いたフレアが疲れたように小さく息を吐きだした。

「古い付き合いというか、すべての元凶というか……いえ、さすがに元凶は言いすぎだけれども、今にいたる物事の原因はたいていあの二人にあるのよね」

「ほう、そうなのか?」

「ミリア姉さんとポポロさんが出会うきっかけをつくったのはマルガさんだし、イズが酒に弱いクセに酒好きになったのはミリア姉さんの影響だし、私が口うるさくて疑い深い人間になったのも……ああ、これは生まれつきの性格か」

 めずらしく俺に対して冗談を口にしたフレアがかすかに微笑む。



 思わずどきりとした。

 俺と話すとき、フレアはたいてい仏頂面をしているので、今のように柔らかい表情を見ると、いつもとの落差とあいまってすごく可愛く感じられる。



「ん? 何を鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔してるのよ?」

 怪訝そうな顔をして問いかけてきたので、俺は素直に内心の思いを口にした。

「いや、笑うとすごい可愛いなあ、と思って」

 虚をつかれたように目を瞠るフレア。

 ややあって、魔法使いはニコリと蕩けるような笑みを浮かべて問いかけてきた。



「ゴブリンが火球をくらったみたいな顔をさせてあげましょうか?」

「死相ということですねわかります」

「オークが光撃レーザーをくらった顔でもいいわ」

「それもう顔が原形とどめてないよな?」

「で、あなたはどっちがいい? もしくは他に言いたいことはある?」

「妙なことを言ってすみませんでしたッ」



 素直に謝ると、フレアはふんとそっぽを向いた。その頬が赤らんでいるのは怒りのためか、照れのためか。

 正直、そのあたりをもう少しつついてみたかったが、これ以上からかうと本気で怒られそうなので自制する。いや、からかうといっても「可愛い」と思ったのはまじりっけなしの本気なのだが、それで機嫌を損ねられても困る。

 とりあえず、多少なりとフレアの気がまぎれてくれたのなら、あしらわれることを覚悟して話しかけた甲斐もあったというものであった。



◆◆



 その後も休息を挟みつつ移動を重ねていく。

 時折眼下にゴブリンやオークの姿を見かけることはあったが、連中は上にはまったく注意をはらっていなかったので発見されることはなかった。

 そうこうしている間に日は沈み、二日目の夜を迎える。

 昨日と同じく枝の上での夜営となるが、樹齢何百、何千というような巨木の枝は寝返りをうてるくらいの幅があり、よっぽど寝相が悪くないかぎり地面に落ちる心配はなかった。



 夜が明けると再び行動開始。

 白精樹が近づくにつれて巨木の数も増しており、そのぶん木と木を結ぶ距離も縮まって移動しやすくなってきた。くわえて、この頃になるとフレアもエルフ式高速移動方法に習熟しつつあって、一行の移動速度はさらに速くなっていた。

 比例して、眼下に魔物の姿を見かけたることも多くなったが、大半は樹上の俺たちに気づかず、そのまま進むことができた。



 しかし、ただ一度だけ戦闘になってしまったことがある。

 相手はプルプルという魔物で、名前と同様に外見も特徴的だった。

 簡単にいえば、充血したような真っ赤な目玉に手足と羽根が生えている怪物である。目玉といっても、大きさはそこらの岩ほどもあり、手足の長さを含めると体長はゴブリンと同程度。

 ただし、単体の戦闘力はゴブリンを凌駕している。口こそないので魔法は使えないが、いわゆる「邪眼」の能力を持っていて、赤い眼球に睨まれると麻痺状態になる危険がある。



 さらにプルプルの厄介な点は召喚獣の類であることだ。ゴブリンやオークのように自然の営みで数を増やす魔物とは異なり、明確な使役者が存在する。

 プルプルはその巨大な目で見たものを情報として使役者に提供する、いわば監視人。その監視人が樹上を歩いていた俺たちを見つけて襲いかかってきた。たまたま樹上にいたというよりも、はじめから樹上の監視を任としていたのだろう。



 繰り返すが、プルプルは厄介な魔物である。

 とはいえ、さすがに俺たち全員を相手にするのに一体では無理があった。樹上の戦闘は足元が安定しない上、戦える人数に限りがあるので地上よりやりにくいが、それとて十分に対処が可能な問題だ。

 俺が正面で牽制している隙に、他の枝を経由して後方に回り込んだウルクの双剣がプルプルの身体(?)を十文字に切り裂く。口なしの魔物は悲鳴をあげることもできず、黒い体液をまき散らしながら地上へと落下していった。



「魔人が置いた見張りか」

「おそらくそうでしょう」

 俺の声にウルクが応じる。俺にせよ、ウルクにせよ、剣は抜いたままだ。

 場合によってはすぐさま魔人が襲撃してくることも考えられる。こういうとき、時間と距離を無にする瞬間移動は本当に恐ろしい。



 ――だが、幸いというべきか、このとき魔人は動かなかった。



「……来ない、かな?」

 しばし後、俺たち同様に周囲を警戒していたイズがぽつりとつぶやく。

「そうみたいね。来ないのか、来られないのかはわからないけど……」

 フレアもそう言って肩の力を抜く。ただ、フレアの言葉には続きがあった。



「樹上を見張っていたということは、魔人がこの移動経路を知っていたということでしょう。ロープを切るなり、木を倒すなり、つぶしておく手段はいくらでもあったはずなのに放置した。それでいて見張りだけは置いておくっていうのは妙な話ね」

「んー、ボクたちを白精樹に近づけたくないなら、さっさと道を壊しておくよね。だとしたら、白精樹までは来てほしいけど奇襲は受けたくないってことなのかな?」



 イズはそういって首をひねる。そして、誰かが応じるより先に自力で答えにたどりついた。

「あ、そっか! ボクたちがどうこうっていうより『鍵』を持ってるウルクには無事に着いてもらわないと困るんだ」

 その言葉にフレアは小さくうなずく。

「そうでしょうね。ウルクが樹海のどことも知れない場所で魔物に倒された日には、魔人はまた探し物を見失ってしまうことになるもの。ただ、そうだとすると、ウルクを見つけた今、魔人が白精樹でじっとしている理由がないのよ。正直、すぐにでも襲ってくると思ったんだけど」

「ああ、それで来ないのか、来られないのかわからないって言ったんだね。んーと、テオとウルクはどう思う?」



「イズが怖くて、来たくても来られないんじゃないかな」

「なるほど。魔人にとって人間に腕を切り落とされるなど初めての経験でしょうし、十分に考えられますね」

 俺の軽口にウルクが素早く反応する。すると、フレアも納得できたと言うように深くうなずいた。

「そっか。向こうがイズを怖がってるっていうのは盲点だったわ。魔人も裸足で逃げ出すなんて勇者の面目躍如ね」



「……いや、みんなもうちょっと真面目に考えようよ」

 半眼になって睨んでくるイズにわるいわるいと謝ってから、がしがしと頭をかく。

「ただあれだ、魔人が何を考えているかなんて俺たちが考えてもわかるもんじゃないだろ? だったら、あまり深く考えないっていう選択肢もあってしかるべきと思うわけだ」

 俺が言うと、イズは困惑気味に眉根を寄せた。

「むむ、なんだかごまかされた気がしないでもないけど、言ってることはもっともだね」

「だからって、何も考えずに突き進むのが正解ってわけでもないけどね」

 フレアがちくりと言葉の針でつついてきたので、俺は「ごもっとも」と苦笑した。



 実際、軽口にまぎらわせてはみたものの、ここまでユーベルが沈黙を保っている理由は、イズと聖剣を恐れていることくらいしか思いつかない。

 伝え聞く魔人らしからぬ慎重さであるが、それをいうなら先の襲撃の際、目的を果たさずに逃げ帰ったことも十分魔人らしからぬ行動だ。

 ユーベルとやら、本当に魔人なのかと疑いたくなってくるが、実際に対峙したウルクたちの話によれば、威圧感はベアトリス以上のものがあったというから、まったくわけがわからない。



 力と人格の乖離。

 力に秀でた者が必ずしも覇気と思慮をあわせ持つとはかぎらないにしても、ユーベルは二つの不均衡がはなはだしい。

 それに、他にも気になることが幾つかある。そこに付け込むためにはどうするべきか。

 エルフの聖域たる白精樹を目前に控え、俺は頭をフル回転させた。



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