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花嫁クエスト  作者: 玉兎
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幕間 フレア・リンク②

 ランゴバルド王国の西部国境まであと半日というところまでやってきた日の夜、フレアたちはキャプテンに連れ出されて街の酒場にやってきていた。代金はすべて我輩がもつ、という心強い一言と共に。

 今回の件で助力してくれたことへの礼だとキャプテンは言ったが、それが別れの宴であることは明白だった。



 キャプテンはランゴバルドの王弟セルディオの命令を受け、イズたち教団使節の護衛を務めてきたが、それも国境につくまでであり、以後は別行動となる。互いに異なる国に生き、異なる組織に仕える身であるから今後の再会も期しがたい。

 ただの酒の誘いなら断わるところだが、このタイミングでの誘いに首を横に振るほどフレアも偏屈ではなかった。明日以降はろくに酒を飲む暇もなくなるであろう一行に対する、いささか不器用な気遣いも含まれているとあってはなおさらである。

 もっとも――



「自分が真っ先に酔っぱらってたら、ありがたみも半減するわ」

「あはは」

 ぼそっとつぶやくフレアに、対面に座っているイズが苦笑を返した。

 二人の視線が、酒場の中央で大きなジョッキを片手に気炎をあげる近衛騎士に向けられる。少し前、今日の払いは我輩がもとう、という宣言を酒場の他の客たちにもしてのけたため、一躍人気者になってしまったのだ。



 調子に乗ったキャプテンは、これまでの自分の武勲を身振り手振りを交えて得々と語り、それに対して他の客たちはやんやの喝采を浴びせる。

 そんなキャプテンを見てイズは「お金あるのかな?」と心配していたが、フレアとしては、さあねと肩をすくめるしかなかった。



「――かくて我輩たちは魔人ベアトリクスめと対峙した!」

「キャプテン卿、ベアトリクスではなくベアトリスだ」

「さすがは魔人というべきか、我輩の剣技も容易に通じず、苦戦を余儀なくされた!」

「卿はアレとは一度も剣を交えていないだろう」

「だが、魔人相手に怯むなど近衛騎士の名折れである! 我輩は苦戦の末についにベアトリクスめをうちまかし、彼奴は部下と共にほうほうの体で逃げていきおった!」

「だからベアトリクスではなくベアトリスだというに」

「ええい、いちいち茶々を入れるでないわ、テオ!」



 赤ら顔で魔人との戦いを語るキャプテンに対し、こちらも相当量の酒がはいっているテオが冷静にツッコミを入れている。

 フレアたちは知る由もなかったが、この時点でランカース公爵の処刑は実行されており、魔人との関与も発表されている。だが、西部国境に近いこの街には未だ報告も噂も届いておらず、魔人という言葉も酔っ払いの戯言として処理されていた。客の中で魔人という言葉を気にとめたのは、実際に戦った者たちくらいである。



 道化じみたやりとりを繰り返すキャプテンとテオの二人を見て、周囲の客たちが酒臭い笑い声をあげる中、フレアは呆れ混じりに息を吐き出した。

「よくまあ、あんなのと戦った話を酒の肴にできるわね……」

「二人とも、もうずいぶん飲んでるからねえ……」

 イズはそう言って二人が最初にいたテーブル――つまり、今、イズたちが使っているテーブルの上を見る。



 そこにはブドウ酒、麦酒、さらには蜂蜜酒や火酒の瓶がところせましと並んでおり、しかもほとんどが空になっていた。空けたのが誰であるかは言うまでもないだろう。

 イズが優しげに微笑む。

「仕方ないよ。弟さんが見つかってからも、キャプテン卿はずっとボクたちの護衛をつとめてくれていたわけだし」

「律儀よね。あのとき、王都に残ってもよかったのに」

 フレアもイズと似た表情でうなずいた。



 先にボタン廃鉱で見つかった魔方陣は、王都のランカース公爵の屋敷地下につながっており、そこには他にもいくつかの魔方陣が設置されていた。

 王弟の調査に協力したフレアたちはそのことを知っている。新たに見つかった魔方陣が、ボタン廃鉱と同じく、さらわれた被害者たちの監禁場所につながっていたことも。

 この発見によって三桁に近い数の虜囚が救出されたのだが、その中にキャプテンの弟もいたのである。



 聞けば、バトゥ家に他の身寄りはないという。当然のように、イズたちはキャプテンが憔悴した弟の看病をするものと考えていたのだが、ランゴバルドの近衛騎士はみずから王弟に願い出た「教団使節の護衛」という任務の完遂を優先した。弟も、こけた頬に微笑を浮かべて同意したというから、兄の気性をよく理解しているのだろう。

 イズたち――ことにフレアなどは、これまでのキャプテンの行動(初対面でいきなり斬りつけてきたこととか)に対して言いたいことが山ほどあったのだが、この兄弟の振舞いを聞かされては、すべてを苦笑と共に飲み下すしかなかった。




「それにしても、ここ数日でずいぶん仲良くなったわよね、あの二人」

 フレアがテオとキャプテンの二人を指差すと、イズが楽しそうにくすくすと笑う。

「よくできた弟を持ったお兄ちゃん同士、通じるものがあるってテオが言ってたよ。キャプテン卿も、弟さんのことが解決したおかげで心に余裕ができたみたいだし、それもあってのことじゃないかな」

 もともとテオはキャプテン卿に好意的だったし、とイズは付け加える。そうでなければ、頼まれもしないのに反乱軍捜索の手助けを買って出たりはしなかっただろう。



「……ふぅん、弟つながり、か」

 テオを見るフレアの目がわずかに細くなり、声も少しだけ低くなる。

 当人すら気づかなかったこの変化を、イズは明敏に感じ取った。



「フレア、目が怖いよ?」

「……そう? 飲みすぎたかしら」

 ごまかすようにフレアは言ったが、もともと酒嫌いのフレアは宴の始まりから蜂蜜酒をなめるようにちびちび飲んでいただけで、酔うほどの量を口にいれてはいない。さらにいえば、フレアは酒嫌いではあっても、酒に弱いわけではないことをイズはよく知っていた。



 しばしの沈黙。

 じぃっと見つめてくる視線の圧力に屈したか、フレアは観念したように両手をあげる。

「気になることがあってね」

「気になること?」

「そ。魔人と戦ってたあなたは気づかなかったと思うけど、あいつだけおかしかったのよ。いつもどおりで」

「いつもどおりで、おかしい? えっと、なぞなぞ?」

 違うわよ、とフレアはかぶりを振った。



 魔人を前にしたときに感じた、あらがいようのない重圧プレッシャー

 聖剣の加護を得たイズでさえ動きに枷がかけられていたというのに、テオは聖剣なしで常と同じ動きをしていたように見えた。

 事実、テオは数に優る賊徒に対して続けざまに痛撃を与えている。ダメージの即時回復などという魔人の異能がなければ、早々に一対三の戦闘を制していたのではないか。少なくともフレアはそう考えていた。



 気になることはそれだけではない。

 魔人との戦いの場に王弟セルディオが現れたことも、テオの意思が働いていたのではないか、とフレアは疑っている。

 これにはイズも怪訝そうな表情を隠さなかった。



「それはどういうこと?」

「キャプテン卿が私たちの護衛につくって話はあいつの差し金だった。でも、あのキャプテン卿が主君に対して綺麗に内心を隠しおおせると思う?」

「それは……うん、無理だろうねえ」

「そう、無理よ。しかも、護衛の対象はつい昨日、主君の制止をはねつけてまで疑いを向けた相手よ。よっぽどのバカじゃないかぎり何かあるって感づくわ」

「テオはそれも計算に入れてたってこと?」

「むしろ、それを計算に入れたからキャプテン卿を巻き込んだんじゃないのかしら」



 キャプテンに助力した結果としてセルディオが出てきたわけではなく、はじめからセルディオを引っ張り出すためにキャプテンを利用したのではないか。

 フレアにはそう思えてならなかった。



 ――まあ、だからどうしたって言われると困るんだけど。



 フレアは内心でそう付け足す。

 テオには謎や疑念が多く、フレアはそれが気になっているのだが、一方でテオが悪意をもって策を弄しているわけではないこともわかっていた。

 はじめから王弟を引っ張り出すつもりでキャプテンに接触したにせよ、その狙いは反乱軍の所在を突き止め、かつ行方不明になった人たちを見つけ出すことであったろう。

 王族と直接のつながりをつくって多額の褒賞をせしめようという目的もあったかもしれないが、それは別段非難されることではあるまい。



 魔人との戦闘に関しても、フレアたちには伝えていないアイテムなり能力なりを隠しているのかもしれない。

 フレア自身、自分が使える魔法のすべてをテオたちに開陳しているわけではないから、これも相手を非難する理由にはならない。そもそも同行者となって半月足らずの関係で、隠し事を云々する方がおかしいのである。そんなものはあって当然だ。



 つまるところ、フレアはテオに対して「策の多い人間だ」と思って警戒しているだけで、裏で魔人とつながっているだとか、そういった深刻な不信を抱えているわけではない。

 だからこそ、これまでこの種の疑念を口にすることはなかったのである。今だってイズに絡まれなければ黙っていただろう。




 さて、自分の不審を知った友人はどんな反応を見せるのか。そんなことを考えながら、フレアはあらためてイズの顔を見る。

 そして、そこに予想以上に真剣な表情を見出して、すこしばかりひるんだ。感情がたかぶっているのか、イズの頬はうっすらと赤らんでいる。



「……えぇと、イズ?」

 うかがうようなフレアの声に対し、イズは真剣極まりない顔でしっかとうなずいてみせた。

「うん、わかったよ、フレア」

「わかった?」

「つまり、フレアはテオのことが大好きなんだね!」

「…………はい?」



 予想外にもほどがある言葉を突きつけられ、怜悧な魔法使いの意識に空白が生じる。

 目を点にするフレアに対し、イズは得心いったとばかりに何度もうなずいた。



「そっかそっか。へえ、あのフレアがねえ。これはミリア姉さんにも要報告、だね!」

「……ちょっと待ちなさい。今なにか、とんでもなく見当違いの言葉を聞かされた気がしたんだけど」

「大丈夫大丈夫、ぜーんぶわかってるから! うん、そうだよ。フレアはテオに対して妙にそっけないなあとは思ってたんだけど、そういうことだったんだね。話せない分、色々なことを想像して相手との距離を詰めようとするなんて、ふふ、ほんとフレアってば乙女なんだからっ」

「冗談にしては面白くない――って、イズ、あんたいつの間にこんなに飲んでたの!?」



 林立する酒瓶にまぎれて気づかなかったが、イズの前に置かれているブドウ酒の瓶も、いつのまにか中身が空になっている。

 イズ一人で空けた本数は精々一、二本分だろうが、酒に弱い勇者にとっては明らかに適量オーバーだ。友人の頬が紅潮していた理由が感情ではなく酒精であったことを、フレアはようやく理解した。



 イズが明るい表情で椅子から立ち上がる。

「まかせて! ボクがフレアのために一肌脱いであげるから! まずはやっぱり、想いを伝えるところからだね! さっそくテオのところに――」

「ああもう、座りなさいこの酔っぱらい! なんであんたは強くもないのにひょいひょいグラスを空けるのよ!?」

「呼ばれた気がした」

「呼んでないから、あっち行ってなさい! これ以上、事態をややこしくしないで!」



 赤ら顔の勇者を無理やり席にすわらせ、にょきっと顔を出した戦士を手荒く追い払った魔法使いは、こめかみに手をあててため息をはいた。

 こんなことならウルクにならって部屋で留守番をしているのだった、と後悔しながら。



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