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花嫁クエスト  作者: 玉兎
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第三章 遭遇(五)


 前から、右から、左から。

 息つく間もなく打ち込まれてくる鋒鋩ほうぼうを、ときには避け、ときには流し、俺は懸命にしのぎつづける。

 だが、一対多という状況は、たとえ相手が格下であっても厄介なものだ。まして相手が明らかな手練とあっては、守勢に徹したところで完璧な防御は期しがたい。

 均衡はたちまち崩れさり、敵の剣先が俺の身体をかすめるようになる。



 ならば、と俺は負傷覚悟で正面の敵に踏み込んだ。

 突き込まれた剣先を避けることができずに頬で血がはじけたが、そんなことは気にしていられない。お返しとばかりに相手の腕に斬りつける。

 カウンターのタイミングは完璧だった。ざくり、と肉を断つ確かな手ごたえが剣から伝わってくる。



「ぐぬッ!?」

 敵の口から痛苦が声となってこぼれおちた。

 いかにも戦い慣れしているとおぼしき壮年の戦士は、派手な悲鳴こそあげなかったが、歪んだ顔を見れば傷の度合いもうかがいしれる。

 皮を裂き、肉をえぐり、骨に達した感触。武器はもちろんスプーン一本だって握れはしないだろう。

 多少無理をしてでも敵の戦力を削らなければ、いつかは数の差で押しきられる。頬の傷と引き換えに、賊の腕一本を奪うことができたなら、俺にとっては差し引き大きな得であった。



 だが、そんな俺の思惑はあっさりと覆される。

 敵の傷が見る間にふさがりはじめたのだ。



 この即時回復の異能を見るのは何度目のことだろう。いうまでもなく魔人ベアトリスの仕業である。治癒魔法なのか、それとも魔法とは異なる能力なのかはわからないが、賊徒に対する攻撃は例外なく魔人の手によって回復されてしまう。

 軽傷では駄目だと思ったから、手傷を負うのを覚悟でカウンターを仕掛けたのだが、それも無駄な試みであったらしい。

 骨に達する傷さえ即座に癒してしまえるのなら、ほとんどの攻撃は無力化されたも同然だ。あとはもう、一太刀で首をはねるくらいしか残っていない。




 俺が意気阻喪したとみなしたのか、はじめて魔人以外の敵が言葉を発した。

「あきらめて剣を捨てよ。どれだけ剣と魔法に通じていようとも、しょせんは人間。ベアトリス様にかなわぬことはもう理解したであろ――ぬッ!?」

 何やら喋り出した相手に向けて、俺は委細構わず突っ込んだ。

 一太刀で首をはねるくらいしか手が残っていないなら、一太刀で首をはねてしまえばいい。成功したとしても、あの魔人は微笑みまじりに首なしの亡霊戦士を生み出してしまいそうな気もするが――まあ、そうなったらまた次の手を考えるだけのことだ。



 捨て身としか思えない俺の行動に、向こうは意表をつかれたらしい。三人は一斉に剣を振るってきたが、その剣勢はいずれも弱い。

 右から繰り出された攻撃はかいくぐり、左から突き出された剣先は腕の皮一枚を斬るにとどまった。

 正面の敵が振り下ろす剣は革鎧に当たるにまかせる。右肩で激痛がはじけたが、剣を振るのに支障はない。



シャア!!」

 剣光一閃。

 敵の間合いに踏み込んだ俺は、気合と共に横なぎに剣を振るう。

 刃は狙いあやまたずに賊の頸部を切り裂き、先の一撃にまさる手ごたえが柄を通して伝わってくる。

 だが、そこまでだった。

 もともと人間の首は、太いわ、骨はあるわで、切れ味の鋭い魔法の武器なり、重量のある戦斧なりを持ち出さないかぎり、そうそう首を落とすなんて芸当はできやしない。

 俺の剣は骨に阻まれて中途で止まり、これまでと同様、傷はたちまちふさがっていく。



「ならッ!」

 俺は即座に足払いをしかけて賊を蹴り倒した。

 これまでの敵の様子を見るかぎり、すぐに傷が治るといっても、攻撃を受けたときの苦痛までが消え去るわけではないようだ。であれば、致命傷となるダメージを受けた直後には大きな隙ができるだろう。

 その隙をついた俺の動きに、賊はまったく反応できなかった。



 倒れ伏す賊。覆いかぶさる俺。

 俺は今まさに傷がふさがったばかりの敵の首に、思い切り剣を突き立てる。

 今度は斬るのではなく、刺し貫いて剣ごと地面に縫い止める。こうすれば傷を塞ぎようもあるまい。



 硬いものを貫く、重い手ごたえ。一瞬、視界の端で魔人がこちらを見たような気がしたが、それを確かめている暇はなかった。

 体勢を立て直した残りの二人が怒声をあげて斬りかかってくる。長剣を失った俺は、予備の短剣を引き抜いてこれを迎え撃った。

 戦況はいまだ不利であったが、一対三にくらべれば一対二の方がはるかに楽だ――などと俺が思った、その直後。






「放てェッ!!」

 力強い号令と共に、周囲を囲む木立から数十本の矢が降り注ぐ。

 矢の狙いはいずれも正確だった。正確に賊だけを狙っている。

 距離を置いて賊と向かい合っていたフレアやウルクはともかく、激しい接近戦を演じていた俺やキャプテンはヘタをすると流れ矢をもらいかねなかったのだが――実際、顔のすぐ横を何本も矢がかすめていった――木陰に潜んだ射手はいずれも精妙な弓術の持ち主だったようで、俺たちはかすり傷ひとつ負わずに済んだ。



 一方、予期せぬ攻撃を受けた賊は、突然のこととて回避もできないまま全身に矢の雨を浴びていく。

 ハリネズミのごとき有様でバタバタと倒れていく部下を見やったベアトリスは、打ち込まれたイズの剣を音高く弾き返すと、ふわりと宙に浮かび上がった。



「あら、邪魔が入ってしまったみたいね。今日は招かれざる客人が多いわ」

 その魔人の戯言に応じたのは、木立の合間から姿を見せた一人の青年である。

「どなたかは存じないが、ここは我がランゴバルド王国の領土だよ。招かれざる客は君の方だ」

 穏やかな、それでいて確かな芯を感じさせる声音。

 細面の青年の顔にはとても見覚えがあった。



 キャプテンが目と口で三つの丸を形作り、いつかどこかで聞いた覚えのある台詞を叫ぶ。

「こ、これはセルディオ殿下!? どうしてこんなところに――いや、それどころではない! 殿下、はやく身をお隠しください、そやつは魔人ですぞ!!」

 空中でそれを聞いたベアトリスは、剣を持っていない左の手をおとがいにあてた。



「セルディオ・オーガスタス・エル。たしかこの国の王弟だったわね」

「いかにも、そのとおり。はじめましてというべきかな、小さな魔人殿」

 そう応じるセルディオは、やや顔色が悪い以外は先日会ったときとほとんどかわりがない。声も態度も明晰そのもので、この胆力はさすが大国の王族といえた。



 セルディオは続ける。

「なんだか鉛の甲冑を無理やり着せられたような気分だったんだけど、相手が魔人なら納得だ。それで魔人殿は何用あって我が国にお越しになったのかな? 用件次第ではお茶と菓子のかわりに剣と弓を振舞うことになるよ」

「ふふ、そのもてなしは今しがた私の部下が山ほどいただいたから結構よ。気になることもあったし、もう少し遊んでいたかったのだけれど――このあたりが潮時かしら」

 そういってベアトリスが剣を一振りする。

 すると、倒れていた九人の賊の身体が何の前触れもなく掻き消えた。



 一瞬前まで賊が横たわっていた地面には、多数の矢に射抜かれて流れた血の跡だけが残っている。おそらくは強制的に転移させたのだろう。

 ギシリ、と空気が音をたてて張り詰めた、

 魔人が今の攻撃を俺たちに仕掛けてきたら防ぎようがない。そうしてはるか上空にでも放り出された日には墜落死は免れない。誰もがそれを思って身体を硬くする。



 そう考えたのは俺たちだけではなかったようで、木立の奥、おそらくは王弟直属の部隊が潜んでいるあたりからも動揺と殺気が立ち上った。

 宙に浮かぶ魔人に狙いを定めたのか、ぎりぎりと弓を引き絞る音が耳朶を揺らす。

 だが、セルディオはそんな部下の動きを制するように素早く右手を横に振った。おそらく射ても無駄だと考えたのだろう。



 宙に浮かんだ魔人は王弟の賢明さを称えるようにくすりと微笑むと、歌うような声で告げた。

「木陰に隠れている者たちごと焼き尽くすのは簡単だけど、勇者たちの奮戦に免じて許してあげるわ。縁があったらまた会いましょう、人間たち」

 言うや、ベアトリスの身体は溶けるように空中に消えてしまう。



 あまりにもあっけなく。

 まるで今までの出来事が悪夢の一片であったかのように。



◆◆



 魔人が去った後も、あたりを包む静寂はなかなか破られなかった。

 誰も言葉を発しない。一言でも発すれば、魔人が心変わりを起こして戻ってくると恐れているかのように。



 そんな中、はじめに動いたのはイズだった。

 誰よりも近くで魔人と戦っていた勇者は、緊張の糸が切れたようにその場にぺたりと座り込み、ふー、と大きく息を吐き出す。

 膝をつく、ではなく、おもいきり女の子座りをしているあたり、今の今までイズがどれだけ気を張っていたかがうかがえた。



 そのイズに駆け寄って声をかけるフレア。

 この二人の動きを皮切りに、他の者たちも一斉に動きはじめた。中でももっとも騒がしかったのは、やはりというか、キャプテンであった。



「殿下、ご無事でありますか!? なぜそれがしが警告した際、すぐお隠れにならなかったのでござる!? それにどうしてここに――いや、そもそも近衛の者たちはどうして殿下をお止めしなかった!? ええい、木々の合間に隠れている者どもははようここに来て釈明を――」

 途絶えることなきキャプテンの舌鋒を、セルディオは軽く右手をあげて制した。その口許には苦笑が浮かんでいる。



「バトゥ、質問は一つずつにしておくれ。でないと答えられない。それと、隠れている者たちは君の朋輩ではないよ。王国兵ではなく、私が集めた私兵だ」

 それを聞いたキャプテンは目を剥いた。

「な、な、なんと!? このような僻地に赴くのに近衛を連れて来なかったとおっしゃるのですか?」

「仰々しく近衛騎士を引き連れて歩いては、すぐに反乱軍の目にとまってしまう。君もそれを憂慮したから、私に隠れて事を運んだのだろう?」



 さらりと独断専行を指摘されたキャプテンは、うぐ、とうめいて口をつぐんだ。

 どうやらセルディオは、教団使節の護衛をつとめると見せかけ、反乱軍の所在を突き止めようとしたキャプテンの動きを見抜いていたらしい。

 それはつまり、俺の考えが見抜かれていたということだ。まあ、それは王弟がこの場に姿を見せたときから分かりきっていたことであったが。



「で、殿下、それがしは……!」

 慌てたように釈明を試みるキャプテンをさえぎって、セルディオはさらに言った。

「ああ、責めようというのではないよ。正直にいえば、私も内通者については考慮していたから、君の行動は渡りに船だった。それで、こうやって後を追ってきたわけだけど……」

 王弟の視線が廃鉱の入り口に向けられる。そこには虜囚となっていた二十人あまりの人たちが一かたまりになって座り込んでいた。



「どうやら見事に反乱軍の所在を突き止めたようだね。さすがに魔人なんてものが出て来るとは思っていなかったけれど。いったい全体どうなっているのか、詳しいことを報告してくれるかな?」

「は、かしこまりました! それでは――」

 直立不動の体勢をとったキャプテンがこれまでの経緯をセルディオに説明していく。



 そんなキャプテンたちを横目に見ながら、俺は軽くなった自分の腰に目を向けた。

 賊の喉に突きたてた俺の長剣は、ベアトリスの転移魔法に巻き込まれて綺麗さっぱり消えてなくなっている。

 俺は武器に愛着を持つタイプではないので、剣をなくしてしまったこと自体は別にかまわないのだが、このあたりで手に入る剣がウィンディアのそれに優るとは考えにくい。これから騒乱のまっただなかに飛び込む身としては少々心もとなかった。



 と、後ろからくいくいと上着の裾を引っ張られる。

 最近になって慣れつつある感覚。振り返れば、やはりそこにはウルクがいた。しっかりと外套をかぶっているために表情はよくわからなかったが、こちらを案じているのは何となく雰囲気で察することができる。

 顔と衣服を派手に血で染めている今の俺は、さぞウルクの不安を掻き立てていることだろう。



 そう思ったら、急にさっきの戦いで負った傷が痛みだした。

 大半はかすり傷で、頬の傷も出血こそ派手だが負傷の度合いは軽い。問題は肩の傷で、決して深傷ではないが、かといって浅傷というわけでもなかった。先刻からしくしくと痛み続けており、上着の胸元近くまで血が染みこんでいる。

 ウルクを心配させまいと軽く肩をすくめようとした俺は、かえって負傷箇所を刺激してしまい、顔をしかめる羽目になった。



「つッ……怪我自体はたいしたことないから心配いらないぞ。ただ、場所が場所だから止血しにくいんだよな。まあ、ほうっておけばそのうち血も止まるだろ」

 俺が言うと、ウルクはいかにも不同意だというように首を横に振る。

 そうして俺に手を伸ばそうとしたが、外套の裾がまくれそうになったことに気づき、慌てて腕を引っ込めた。



 この場には魔人に捕まっていた人たちや王弟、さらに森に潜んでいるランゴバルド兵がいる。

 どうやら近衛騎士ではなく、王弟直属の密偵部隊か何からしいが、彼らにウルクの黒い肌を見られると面倒なことになる。

 ウルク自身、それと承知しているからこその今の反応であろう。



 それを見て、俺は眉間にしわを寄せて考え込んだ。

 ううむ、呪詛を解かないかぎり、一事が万事この調子だな。さすがに窮屈すぎてかわいそうだ。

 エルフの里に呪いを解く魔法なりアイテムなりがあれば問題ないが、もし向こうでも同じ状況に陥るようだったら、ウィンディアへの帰国を本気で考慮すべきかもしれん。アスティア様なら、たぶんなんとかしてくださるだろう。

 と、そんな風に人任せなことを考えていると。



「あ、テオ、怪我してるの!? 早く言ってよ、もうッ」

 俺とウルクのやり取りに気づいたのか、イズがカシャカシャと胸甲を揺らしながら駆け寄ってきた。その後ろにはフレアもいる。

 さっそく治癒の奇跡を使おうとしているイズに言う。

「俺よりも自分を先に――て、元気そうだな」

「うん。ボク自身は傷を負わなかったからね」



 心配いらないよ、とにこりと笑うイズ。

 この勇者、直接に魔人と刃を交えていたというのに、けろりとした顔で言い放ちおる。どうやら先のぺったん座りは、徹頭徹尾、精神の消耗から来る疲労であったらしい。責任感の強いイズのこと、自分が負ければ他の人たちも危うくなると考え、余計に神経をすり減らしていたのかもしれない。



 あらためて考えるまでもなく、イズたちがいなければ――つまりは当初の予定どおりに俺とキャプテンだけでこの場所に来ていたら、生きて帰ることはできなかっただろう。

 傷の治療への感謝も含め、俺はあらためてイズに礼を言ったのだが、当のイズは苦笑まじりにかぶりを振るだけだった。



「気にしなくていいってば。魔人がいたのはテオのせいじゃないし。というか、テオのアイデアのおかげでボクたちは捕まっていた人たちを助けることができたんだ。あの人たちの中にはシルル教徒も何人かいてね。むしろお礼を言わなければいけないのはボクの方だよ」

 それに、とイズは続けた。

「今回の事件の背後に魔人がいることも掴めた。たぶん、今日ボクたちがここに来なければ、他の誰も気づけなかったことだ。これはもう大手柄といっていいんじゃないかな」



「勇者殿の言うとおりだね」

 俺がイズに返答するより早く、横から別人の声が割って入ってきた。

 見れば、キャプテンを従えたセルディオが近づいてくる。俺たちの近くまで歩み寄った王弟は、穏やかな表情でイズの言葉に賛意を示した。

「へたをすると、この国が傾く事態になっていたかもしれない。あのベアトリスなる魔人のことは早急に陛下にお知らせして、ランゴバルド王国としてしかるべき対策を立てよう。勇者殿たちの貢献は必ず陛下のお耳に入れると約束する。たぶん、何らかの褒賞が授けられると思うよ。ああ、もちろんこの後、セラの樹海に関わる問題についても全面的に協力するからね」



 力強く請け負った後、セルディオは話題を変えた。

「ここで起きたおおよそのことはバトゥから聞かせてもらった。これから私は奥にあるという魔方陣を調べてみる。聞いたかぎり転移用のものだろうから、ここ以外の魔人の隠れ場所を突き止めることができるかもしれない」

 そこまで言ったセルディオは、不意に残念そうな表情を閃かせた。

「すでに魔人によって機能を停止させられているだろうけれど、ね。それでも念のためだ」



「――いえ、王弟殿下。おそらくまだ使えるはずです」



 このとき、唐突に口を開いたのはフレアだった。その場にいた全員の視線がとんがり帽子の魔法使いに集まる。

 フレアは周囲の視線を気にすることなく、淡々と自分の意見を述べた。



「あの魔方陣は一度起動すれば、あとは術者の魔力がなくとも動きます。そういう風につくられていましたから」

「ふむ。だとしても、こうして潜伏場所もろとも発見された以上、魔人は機能停止のために何らかの手を打っていると考えるのが妥当ではないかな?」

 王弟が難しい顔つきで問い返すと、フレアは小さくかぶりを振った。

「魔方陣の先に魔人にとって知られたくないものがあるのなら、私たちは今こうして生きていないでしょう」



 魔人が本当に秘密を守りたいと考えているのなら、わざわざ魔方陣に細工をほどこす必要はない。ここで人間を皆殺しにしておけばよかったのだ。そうすれば、秘密は確実に守られる。

 あの魔人にそれをする力があったのは明白である。しかるに、魔人はそれをせずにあっさりと全員を見逃した。

 見逃しておきながら、わざわざ魔方陣をいじるというのはいかにも不自然である、とフレアは言う。

 その言葉は、なるほど、道理にかなったものであった。



 だが、言い方をかえれば、それは当然のことを言ったにすぎない。セルディオとて、可能性の一つとして思い至っていたであろう。

 そもそも推論を戦わせるまでもないのだ。魔方陣が起動しているか否かなど、実際に行ってみれば嫌でもわかることなのだから。

 それを今ここで、ことさら声を高めて主張したフレアの意図を、ランゴバルドの王弟は正確に洞察した。



「……なるほどね。つまり、魔方陣の先にあるのは、魔人にとって知られたくない秘密などではなく、知られてもかまわない――いや、むしろこの場合は秘密を装いながら、実はこちらに伝えたい情報だ、ということかな」

「はい。魔方陣の先に何があるかは存じませんが、それが魔人の企みの一環である可能性を、どうかご考慮くださいますよう」

 フレアはそう言うと、無礼な口出しを詫びるように、帽子を脱いで深く頭を下げた。




 つまりはこういうことだろう。

 魔方陣の先が、たとえばランゴバルド王国の有力者の館に繋がっていたとしよう。必然的にその有力者は魔人とつながっていたということになり、当然、国王はその有力者を断罪する。もしつながっていた先が他国の王宮だった日には間違いなく戦争だ。



 しかし、本当にその者ないしその国は魔人とつながっていたのだろうか?

 魔人が人間同士を戦わせるために、あえて魔方陣をその場所につくっておいただけかもしれない。例の五感に作用する幻覚魔法を使えば、魔方陣の一つや二つ、どこにでも隠すことができる。

 あまりにもあっさりと姿を消した魔人の挙動に、フレアはそんな謀略の匂いをかぎとったらしい。



 ちなみにこの疑念を突き詰めていくと、さらに洒落にならない推測に行きついてしまう。

 仮にフレアの考えが正しかったとして、では魔人が何のためにそんなことをするのか、という疑問が湧いてくる。

 魔人はその気になれば一国を滅ぼすことができる存在であり、究極的には神であるアスティア様の存在さえ抑止力たりえない。それはシルリス大陸の歴史が証明している。



 それほどの力をもった魔人がせせこましく人間同士の戦いを煽るとすれば、考えられる可能性はそれほど多くない。

 その中の一つに、魔人が何らかの理由で人間と手を組んでいる、というものが挙げられる。

 思い出されるのは魔人に従っていた九人の賊たちだ。反乱軍。大国ランゴバルドに歯向かう者たちが、魔人を様付けで呼んでいたという事実。

 魔人が人間と組む利点など無いに等しいはずだが、人間は魔人の恐ろしさは承知していても、その行動理念を理解しているわけではない。人間と組む魔人がいないとは断言できないのである。




 すべては俺の勝手な推測だ。

 だが、魔人が人間と行動を共にし、なおかつその魔力を『魔方陣』という形で犯罪に活用している現場を目撃した身としては、この可能性を切り捨てることはできなかった。

 おそらく、フレアも同じことを考えたのだろう。

 そして、その危惧をセルディオも共有した。



 もしかしたら今回の一件は、俺が思いもよらない形でランゴバルド王国を揺らすことになるかもしれない。

 ふと、そんな考えが脳裏をよぎった。



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