表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁クエスト  作者: 玉兎
21/171

第三章 遭遇(二)


「申し訳ない!」



 ずざん、とそのまま地面に頭を打ち付けんばかりの勢いで、王弟セルディオが頭を下げた。

 あの誇り高いランゴバルドの王族が上体を九十度に折っている。もしかしたら、俺は今ものすごい光景を目にしているのかもしれない。

 そんな俺の感慨をよそに、王弟は謝罪を続ける。



「私の部下が早まった真似をしてしまった。いや、早まったの一語で片付く話でないことは承知している。へたをすれば怪我人はおろか死人が出ていたかもしれないのだからね。わが国の騎士が犯した無礼を、このとおり心から謝罪する」

 セルディオはそう言って、さらに深く頭を下げた。

 そんな王弟の姿を目の当たりにしたキャプテンが目を剥いてわめく。



「で、殿下!? 何も殿下がそのようなことをなさる必要はありませぬぞッ!」

「部下が不祥事を起こしたのなら、上官が責任をとらねばならないんだよ、バトゥ。勇者殿に盗人の嫌疑をかけ、魔道師殿を侮辱し、あまつさえ彼女らを反乱軍呼ばわりして斬りつけた。このことが知れ渡ったら、ランゴバルド騎士の名誉は地に落ちてしまう。兄上のお怒りは雷霆らいていとなって君を撃ちすえるだろう」



 王弟の物言いは頭ごなしではなく、部下に対しても条理を尽くしたものであった。少なくとも俺にはそう聞こえたのだが、キャプテンは納得できなかったらしい。

 憤然と顔を赤らめて応じた。



「その時はその時でござる。この首かききって陛下の御前に差し出すまでのこと! 今はまずこの者どもを詮議し、人さらいどもの手がかりを――」

「だから、そうやって疑いをかけること自体がシルル教団に対する侮辱なのだと理解してくれないかな。ランゴバルド王国が教団使節を剣で脅した、なんてことが広まったら、君や私の首が飛ぶだけでは済まないんだよ?」

「ならば、これからそれがしがやることは王弟殿下には関わりなきこととして処理していただきたい! さすれば陛下に処断されるのはそれがしだけで済みましょう。ともかく、教団の者だからとてこの者たちを放免することは納得いたしかねまする!」



 キャプテンは強硬に俺たちを取り調べるべきと主張し続ける。王弟があらわれたことで収まるかと思われた事態は、ふたたび紛糾の気配を見せはじめた。

 俺はといえば、近衛騎士の態度に首をかしげていた。

 どこの国でもそうだが、王とその一族を守る近衛は精鋭中の精鋭だ。武芸はもとより教養や忠誠心を吟味して選ばれる。その近衛騎士を名乗る者が、こうまで王族の意に反する言動を取り続けるものだろうか。



 王弟の態度も妙といえば妙だった。いくら温和な性格といっても、これだけかたくなに命令を拒絶されれば怒気の一つ二つ示して当然だろう。人の上に立つ身としてはいささか寛大に過ぎる。

 俺はそんな疑問を抱いたのだが、この疑問は次の王弟の一言で霧散した。



「バトゥ、弟が姿を消して焦る気持ちはわからないではないよ。けれど、それは君が他者に強権を振るっていい理由にはならない。ランゴバルドの騎士である以上、君には守るべきのりがあるはずだ」

「しかし、殿下!」

「それを守れないというのであれば、わが国の紋章を捨てたまえ。しそれがけじめというものだよ」

「ぐ、ぬ、ぬぅ……」



 ぎりぎりと奥歯をかみしめ、俺たちをにらむキャプテン。

 その表情は納得とはかけ離れていたが、さすがに王弟にここまで言われてしまうと、これ以上あらがうことはできなかったのだろう。憤然とした面持ちを崩さぬまま、キャプテンは俺たちではなくセルディオに頭を下げ、足音あらく立ち去っていく。



 そんな部下を見送ったセルディオは小さくため息を吐いた。

「……勇者殿、それに他の方々も、すまなかったね。お聞きの通り、あれの家族が今回のことで行方知れずになっていて気が立っているんだ。無礼は幾重にもお詫びする。どうか悪く思わないでいただきたい」

 イズが声に同情を込めて応じた。

「お気持ちはわかります。ボクも家族がかどわかされたら平静ではいられないでしょうから。今日のことは眠りと共に忘れます。報告書にあげることもいたしません」

「かたじけない。そう言ってもらえると助かるよ」



 そう言うと、セルディオは改めて俺たちに向き直った。

「おくればせながら自己紹介しておこう。すでに察しはついていると思うけど、ランゴバルド王クライフの弟、セルディオだ。若きブレイブハートとその仲間たちと出会えたこと、嬉しく思う」



 にこりと人好きのする笑みを浮かべる王弟。その顔はどこか子供のそれを思わせる。

 ランゴバルドほどの大国の王族、しかも兄王から信頼されて人臣の最高位を極めているのだから、人を陥れる権謀や策略と無縁ではないだろう。蜜に等しい富や権力の味もしっかりと味わっているはずだ。

 その上で、これだけ底意のない笑みを見せられるというのは、実に驚くべきことであった。



 ただ温和なだけではない。ランゴバルドの王弟は見かけよりもはるかにしっかりした芯を持っており、同時に、その時々に応じて必要な顔を使い分ける老獪さも併せ持っているということだ。

 兄王のみならず、臣民からも厚い信頼を寄せられているというのもうなずける話であった。



◆◆



「ま、言葉をかえれば、見かけよりはるかに食わせ者だってことなんだけどな」



 夜。

 教会の一室に荷物を置き終えた俺がひとりごちると、同室のウルクが不思議そうな顔をした。なんでもないと伝えると、ウルクは首を傾げつつもうなずき、外套を取り去った。

 あらわになるゴブリンの外見と金色の髪。やむをえないこととはいえ、一日中外套をかぶりっぱなしという状態が気詰まりだったのだろう、ウルクの口から深いため息がこぼれた。



 その後、くしで髪をすき始めた(フレアからもらったらしい)ウルクを横目に、俺は部屋の窓に歩み寄った。

 この部屋割りにはきちんとした理由がある。

 本来なら、ウルクはイズやフレアと同じ女性部屋にいるべきなのだが、なにしろイズは教団の有名人なので、部屋には訪問者が絶えない。イズと共にいると、ウルクはどうしても人目に触れる機会が増えてしまうのだ。



 その点、護衛の戦士(俺)の部屋に用もなく訪れる者は滅多にいないので、ここにいればウルクも落ち着いて過ごせるという寸法であった。

 問題があるとすれば男と同室になったウルクの心情くらいだが、ウルクが反対のそぶりを見せることはなかった。むしろ部屋割りが決まったとき、ちょっと安堵しているようにも見えたので、そのあたりはあまり気にする必要はないだろう。

 この反応が俺に対する信頼の表れであれば嬉しいのだが、さて、どんなものか。そのあたりを知るのは本人ばかりである。



 ともあれ、ウルクのためにもさっさとこの国を抜けてしまいたい。俺自身、何かの拍子でウィンディアの騎士であることがばれないとも限らないし。

 そんなことを考えながら、窓のカーテンを少しだけめくって外を見やる。すると、中庭の花壇のあたりでうごめく大柄な影ひとつ。あれで隠れているつもりなんだろうか。



「――ま、事情を聞いてしまった以上は放っておけないか。このまま付きまとわれたら、何が起こるかわかったものじゃないからな」

 王弟のおかげでウルクに対する疑いはうやむやになったが、俺たちが爆弾を抱えている事実は動かない。

 何事もなく通過するのが最善であったが、それが不可能になったのなら、こちらから面倒事の芽を摘んでおくのが次善であろう。



 簡単にではあるが、イズたちに事情を記した手紙をしたためてウルクに託す。これは不測の事態が起きたときに備えての用心だ。

 そうして、ウルクを残して部屋を出る。俺がいなくなった後に誰か人が来るとまずいのだが、時刻が時刻だから寝たフリをすれば問題ないだろう。

 そのまま裏口を出て中庭に回りこみ、件の不審人物の背後へ。昼のうちに教会内部の構造はひととおり見て回っておいたから、夜闇の中でも迷うことはなかった。





「む、何奴なにやつッ!?」

 さすがというべきか、俺の気配を感じ取った不審人物――近衛騎士キャプテン・バトゥは素早く後ろを振り返り、声に鋭気を込めた。

 口許に苦笑を浮かべて声を返す。

「この場合、それは俺の台詞なんだがな」

 年長者とはいえ、不法侵入者に敬語を使う必要もあるまいと、いつもどおりの口調で話す。



 俺の声を聞いたキャプテンの表情が警戒心で引き締まった。

「ぬ、おぬし、反乱軍の一味ではないか!」

「そういうそちらは近衛の法に反した命令違反者だな。それとも、もう王国の紋章を捨てて自由騎士になったのか?」



 見れば、キャプテンは先刻の大鎧を脱いで平服姿になっている。大剣も背負っていない。

 自分で言っておいて何だが、この人物が近衛騎士を捨てたとは思えないから、教会の人間に見とがめられたときに備えて、証拠となってしまう騎士の装備は置いてきたのだろう。

 事が破れたときに王弟に迷惑をかけないための措置であろうが、そこまで配慮するなら、せめて教会の敷地の外で見張っていればよかろうに。



 そうすれば、仮に見とがめられても何とでも言い抜けることができる。

 それをせずに教会の敷地に入ってきたということは――ふむ、皆が寝静まったのを見計らって建物に入り込んでくるつもりだったのかもしれない。



 それに思い至った俺はわずかに眉根を寄せた。

 もし、キャプテン以外の騎士も動いているとすると、部屋にウルクだけを残してきたのはまずかったかも、と思ったのだ。

 だが、冷静に考えてみると、王弟の意向に真っ向から逆らう近衛騎士が二人も三人もいるとは思えない。くわえて、仮に他の騎士が侵入したとしても、俺と互角以上に渡り合ったウルクが簡単に後れをとるとも思えない。

 内心の危惧を振り払った俺は不法侵入者に向けて短く告げた。



「ここで騒ぐのは他の人たちの迷惑になる。とりあえず外に出るぞ」

「ふ、見え透いたことを。そうやっておぬしが我輩をこの場から引き離した後、残った者たちは夜の闇に乗じて街から逃げ出すつもりであろう。その手に乗るものかッ」

「そうか、ならここにいろ。俺は王弟殿下のところにいって、そちらの騎士が教会に不法侵入している旨を伝えてくる」



 言って、くるりと踵を返す。

 迷いのない足取りで立ち去ろうとする俺の背に、狼狽した声がかけられた。

「し、しばし待てぃ! 今の言葉はたわむれ、そう、ちょっとしたたわむれである! 実は我輩、先刻の無礼を詫びるため、その方らをひそかに護衛しておったのだ! 何もやましいことはしておらぬぞッ」

「ならその芳志に報いるために酒の一杯もおごってやろう。ついでに話したいこともある。そちらにしても、俺と直接話ができる機会は貴重だろう?」



 それを聞いたキャプテンは何やら腕組みをしてうなっていたが、ここで否といえば俺は王弟のもとへ向かうだけである。もとより選択肢などないと悟ったのだろう、憤懣やるかたなし、といわんばかりの表情でキャプテンは首を縦に振った。






 その後、街に出て適当な酒場に入る。

 火酒を頼もうとしたが、あいにく置いてなかったので、ならばと店で一番強い酒を注文する。しかる後、俺はあらためて正面で仏頂面をしている近衛騎士を観察した。

 見上げるような大柄な体躯、安酒場のテーブルくらいなら拳で砕いてしまいそうな頑強な両腕、鋭い眼光に彫りの深い顔立ち。こうして向かい合っているだけでも、首筋がチリチリするような迫力が感じられて、俺は内心でこの騎士に対する評価を上方修正した。



 先刻、王弟セルディオがちらと言っていたが、キャプテンは三十になったばかりの年齢であるらしい。俺の予想より五歳以上も若かったわけで、老け顔なだけで本当はもっと若いかも、といういい加減な憶測は的を射ていたようだ。

 さすがに老け顔という表現は悪意がありすぎるので、この機会に「老成した顔」と言いかえておこう。



 その老成した顔の持ち主が苛立たしげに口を開く。

「それで、話というのは何であるか? 我輩を酔いつぶして我が軍の情報を聞き出そうとしているのであれば、無駄なことだと先に言っておく」

 俺はランゴバルド騎士の邪推に対して肩をすくめた。

「酔わす必要も、訊ねる必要もない。おおかた反乱軍とやらの情報をつかみ、準備万端ととのえてこの街に来たものの、情報は偽物で作戦行動は空振りだった、といったところだろう?」



 コーネリアは市壁を有する大きな街であるが、王弟や近衛騎士が常駐するような重要拠点とは思えない。

 彼らがこの街にいる理由は別にあったと見るべきで、その理由は先刻キャプテンが口にしていた反乱軍とやらに間違いあるまい。



「もう一つ付け加えれば、情報が漏れたのは市壁の中に内通者がいるからだと決め付けて、手当たり次第に取り調べでもしたな?」



 街の規模に比して、通りを歩く人の数がすくない理由はそれで説明がつく。

 これまでに観察した事実から、この街で起きたであろう事態を推測してみせた俺は、運ばれてきた酒をぐいっとあおる。

 ちらと相手の顔をうかがうと、面上に怒気をにじませたキャプテンと視線が衝突した。どうやら俺の推測はだいたい当たっていたようだ。



 岩のような握りこぶしがテーブルを叩く。ガタンッ、とテーブルがきしみ、卓上に置かれていた酒瓶と酒盃が大きく揺れた。

「今の言葉で、おぬしらが反乱軍であるという我輩の考えはより確固たるものとなったぞ!」

「反乱軍に通じているなら、わざわざ近衛騎士を酒場に連れ出して言葉を交わすものか。王弟殿下のところに駆けこんで、先刻の無礼な騎士が再び教会に忍び込みましたと報告すれば、それでおしまいだろう」

「ぐぬぅ!? そ、それは確かにそうであるが……で、では何のために我輩をここまで連れて来たのだッ!」

「なに、俺にも弟がいるのでね。人さらいとやらがこの国で組織的に動いているなら、俺の弟も狙われるかもしれない。そちらの目的が連中の掃滅なら力を貸したい。それに、同じ兄として助言の一つもできればという思いもある」



 同じ兄としてうんぬんは、面倒事の芽を摘むための口実だが、まるっきりのでまかせというわけでもない。ま、いかにも弟がランゴバルド王国にいるみたいな言い方をしたのは、ウィンディア出身ということを隠すための意図的なものであるが。

 それを聞いたキャプテンは「騙されるものか」と言いたげに目を怒らせたが、わずかに気勢がそがれているあたり、弟さんのことがなければ意外と好人物なのかもしれない。



 そんなキャプテンに対し、俺は真剣な顔で問うた。

「発端を聞かせてくれ。どうして王弟殿下がこの街にやってくることになったのか」

「そのようなこと、無闇に口外できるはずなかろうが! 調子に乗るでないわッ」

「それはおかしな話だな」



 吠える近衛騎士に、冷静に矛盾を指摘する。

けいは俺たちが反乱軍の一味だと考えているのだろう?」

「いかにも、そのとおりである!」

 きっぱりとうなずくキャプテン。

 俺はさらに続けた。



「つまり卿から見れば、俺に一連の顛末てんまつを語ることは、反乱軍に対して反乱軍の行動を語ると同じこと。徒労には違いないが、有害ではない。いや、語ることで、自分が教会に忍び込んだという事実を隠蔽することができるのだから、徒労という言葉はあたるまい。むしろ必要にして有益なことと言うべきだ。ためらう理由がどこにある?」

「む、む……? 確かに害はないが、いや、しかし無関係の人間に軍の詳細を……いや、無関係ではない! ということは別に話しても……むむむ?」

 腕組みをして、うんうんと唸るキャプテン。なぜだかこの騎士の頭から煙が出ている光景を幻視した。



 俺は相手の様子を眺めつつ、やたらと辛い酒を美味そうに喉に流し込む。

 さて次にどんな言葉が飛び出してくるのかと、少しばかり意地の悪い気持ちを抱きながら。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ