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花嫁クエスト  作者: 玉兎
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幕間 フレア・リンク①


「――それで、会って間もない男の人の前でべろんべろんに酔っ払った挙句、あれこれ愚痴を吐いてしまった、と?」

「べ、べろんべろんにはなっていないと思うよ?」

 あははー、と乾いた笑いを浮かべるイズに対し、フレアは目に冷気を宿して続けた。

「酔っ払いなんて誰も彼もべろんべろんでしょうよ。いい年をした女の子が男の人の前で酔いつぶれるとか、どれだけ危機意識が足りないのよ、あなた」

「返す言葉もありません……」



 悄然とうつむく友人を見て、フレアは深々とため息を吐いた。

 ここは街はずれにあるフレアの自宅なので、周囲に人の耳はない。それでもフレアは自然と声を低めて問いかけた。



「……本当に何もされていないの? 花嫁令のために動いているってことは、ようするに女性を物色している最中ってことでしょう?」

「それは大丈夫。意識がなくなっていたわけじゃないし、記憶も途切れていないから。帰りも教会まで送ってくれたし」

 テオは紳士だったよ、と保障するイズ。

 対するフレアは、友人の言葉を鼻で笑った。



「紳士は王位のために女性を漁ったりしないわよ。騎士が野心に駆られて国の守りを放り出してる時点で、人柄なんて推して知るべし……って、なに?」

 話の途中、イズが怪訝そうに眉をひそめたのを見て、フレアも同様の表情を浮かべる。

 イズは短く問いかけた。

「フレア。騎士って何のことかな?」

「え? ……あ」

「今の話しぶりからしてテオのことだと思うんだけど……ボク、テオが騎士だなんて一言もいってないよ?」



 稽古を共にした経験から、あるいは、とイズが考えていたのは事実である。テオの剣技は一介の冒険者のレベルを超えていた。

 しかし、イズはその推測を口に出して確かめることはしなかった。今の時点でそこまで踏み込むのは不躾だと思ったからだ。

 当然、フレアとの会話でも一言も口にしていない。それなのに、どうしてフレアは当たり前のようにテオが騎士だという認識を持っているのか。



 じーっと見つめてくるイズの視線にあらがいかねて、フレアはすっと目線をずらす。それでも頬のあたりに視線の照射を浴び続けたフレアは、やがて観念したように両手をあげた。

「昔、ちょっとね」

「ちょっとって?」

 イズの追及はやまない。

 そこのところをくわしく、と顔いっぱいに好奇心を浮かべて問いを重ねてくる。



 そういえば、とイズはあることを思い出した。

「ボクがエンテルキアにいた頃、しばらくウィンディアの傭兵募集に応じていた時期があったよね? その時に知り合っていたとか!」

 物堅い友人の秘めた慕情を知ることができるのでは、と両手を握るイズ。

 対するフレアの答えはため息まじりであった。



「なんで目を輝かせているのよ、あんた。先回りして言っておくけど、期待しているような話は何もないわよ。そもそもお互いに面識もないもの」

「え、そうなの?」

「そうよ。ギール山道でも何もなかったでしょう? 知り合いだったら、久しぶりの一声くらいかけるわ」



 言われてみれば、とイズはうなずいた。この友人は基本的に無愛想であるが、礼儀知らずではない。

 では、二人の間にはどういう縁があったのか。

 フレアは気がすすまない様子ながらも話を続けた。



 当時、フレアが配属されていた部隊はガルカムウ山脈のふもとに築かれた長城、ノース・コートの防衛任務についていた。

 東西に長く伸びた長大な城壁は毎日のように魔物たちの襲撃を受けており、日や場所によって攻撃の密度は異なるものの、何事もなく一日が終わる日は十日に一度あるかないか――そのくらいの激戦地であった。



「遠くからゴブリンを狙って魔法を打つだけで済む日もあれば、太陽に隠れて急降下してくる嫌らしい竜の相手をしたり、城壁と同じくらい大きな巨人と戦ったりする日もあって……正直、あんまり思い出したくないわね」

 めずらしく、フレアはげんなりとした顔をする。

 話を強いた形のイズは、悪いことをしちゃったな、と居心地悪そうに身じろぎしつつ相づちを打った。



「……竜に巨人、か。なんだか物語みたいだね」

「聞いているだけなら、ね。実際にあそこで戦うと、地獄って言葉を体感できるわよ。おかげで当時の自分の未熟さが、これでもかってくらい理解できたわ。それはともかく、あの日、私のいた部隊の担当箇所に敵が猛攻を仕掛けてきてね。魔法で城壁が溶かされたときには目を疑ったわよ」

「…………城壁が溶ける魔法なんてあるの?」

光撃レーザーを極めれば可能でしょう。人間には不可能な領域だけど。たぶん敵にオウガあたりがいたんじゃないかしら? それでまあ、あわや陥落かってところまで追いつめられたところに、他所から援軍が来てくれて」

 その時にテオの名前を聞いたのだ、とフレアは語った。



「顔を見たわけじゃないから、当人かどうかはわからないけどね。ただ、山道の魔物との戦いは私も見たし、今の話だとイズとまともに稽古できるくらいには強かったんでしょう? だから、たぶん同じ人だろうと思ったのよ」

「それじゃあ、山道で声をかけなかったのは――」

「二年近く前のこと、しかも当人かどうかもわからないのに何を言えっていうのよ」



 フレアは肩をすくめたが、実のところ、あの時に声をかけなかったのはテオを警戒していたから、という理由もあった。

 もし記憶の中の人物とテオが同一人物だとすると、ウィンディアの騎士が国を離れてこんな遠方まで出向いていることになる。当然、訳ありの身だ。

 そんな相手に対し、わたしはあなたの素性を知っていますと口にすればどうなるのか。最悪の場合、フレアたちは口封じの対象になりかねない。

 あの時、フレアはそう考えて、あえて口をつぐんでいたのである。



「……ま、花嫁探しを公言している以上、この心配は無用のものだったわけだけどね」

 小声で呟く。

 もしかしたら、花嫁探しすら真の目的を隠すための方便かもしれなかったが――これはさすがにうがち過ぎというものだろう。密命を帯びた人間が、わざわざ自分から注目を浴びる言動をするとも思えない。



「花嫁令なんていうバカな布告に乗じて、地位欲しさに女性をくどき回る、か。当人の自由といえばそれまでだけど、自分を助けてくれた恩人がそんな人間だったって知るのは、ちょっときついものがあるわね」

 女性をモノのように扱う男たちは、フレアがもっとも忌み嫌う人種なのだが、どうやらテオはそういったたぐいの人間であるらしい。



 実は当時の記憶を大切に抱えていたフレアは、なんだかなあ、と肩を落とした

 まあ、あの青年がそういう人間だとわかったなら、今後いっさい関わらないようにすればいいだけなのだが、イズを見ていると、否応なしに今後も関わりができてしまいそうな気がして仕方ない。

 フレアは我知らず大きなため息を吐く。



 あにはからんや、イズを介さずに直接当人と関わりをもってしまうことになろうとは、この時のフレアはまったく予想していなかった。




◆◆




「……え゛? 依頼を受けてくれたのって、あの人なんですか?」

 明けて翌日、所用があってマルガの店に出向いたフレアは、女主人の言葉を聞いて頬をひきつらせた。

 実は、フレアはギール山道に赴く前、マルガの店に一つの依頼を出していた。

 東の方、コーラル国の廃墟にのみ生えている希少な草木の採取である。



 依頼に出した植物はいずれも珍しいものではないので、採取自体は比較的簡単な仕事だった。

 問題は道中にある。コーラルの廃墟は昼日中から魔物がうろつく危険地帯であり、普通の人間はまず足を向けない。

 普段であればフレアは依頼など出さずに自分の足で取りに行く。しかし、今回はギール山道の魔物を優先せざるを得ず、依頼という形で他人の力をあてにした。



 十分な報酬もつけたが、たぶん引き受け手は現れないだろうとフレアは予測していた。コーラル関連の依頼はとかく敬遠されがちだ。

 フレアとしては、自分が魔物退治をしている間に誰かが引き受けてくれれば幸運だと、その程度に考えており、今日マルガの店に出向いたのも依頼を取り下げるためだった。

 依頼を取り下げ、あらためて自分で赴こうとしていたところ、今日の朝に依頼の引き受け手があらわれたという。

 意外に思ってその人物の名前を聞いたところ、テオの名前が出てきたのである。




「タイミングが悪いなあ……」

 店を出るや、桜色の唇から思わずという感じでぼやぎがもれる。

 面倒な依頼を引き受けてもらったのは助かるが、なにしろ昨日の話を聞いた後だ。たとえ仕事のみのものであっても、テオとは極力関わりを持ちたくなかった。



 こんなことなら、もっと早くに依頼を取り下げておくべきだったと悔やんでも後の祭り。

 用意していた旅支度まで無駄になってしまった。

 コーラルの跡地まで往復で半月以上かかるので、携帯用の食料などをけっこうまとめて買い込んでしまったのである。

 フレアはしばし考え込んだ末、ある場所を目指して街路を歩きはじめた。



 商人の街ベルリーズは今日もおおいに賑わっており、とんがり帽子にローブ姿という奇抜な装いも目立たない。

 それでもときおり奇異の目を向けられ、あるいは忌避の視線を感じることもあったが、そういったものを気にかける性格なら、はじめからこんな格好をしたりはしない。

 フレアはまったく頓着せずに歩き続け、大通りを抜ける。

 その後、いくつかの路地を通ったフレアは、ベルリーズの東隅にある一軒の孤児院へとやってきた。




 『シーダの家』

 入り口にそう記された看板がかかっているこの孤児院は、イズとフレアの二人が幼少期を過ごした場所である。

 教会騎士となったイズ、魔法使いとして自立したフレアはすでに孤児院を出ているが、ときおり立ち寄っては血のつながらない弟妹たちの面倒を見ている。



「あ、フレアねえだー!」

「だー!」

 院内に入ったフレアを見つけた子供たちがわらわらと駆け寄ってきた。

 彼らは口々に言い募る。

「イズ姉も、ミリア姉も来てるよ!」

「こっちこっちー!」

 子供たちに両手をつかまれ、さらにローブの裾まで引っ張られてフレアは苦笑する。

「わかったから、あんまり引っ張らないで」

「うん、わかった!」

 良い笑顔で応じて、早く早くとさらに裾を引っ張る弟妹を見て、フレアはたまらず破顔した。






「あれ、フレア? しばらく街を離れるんじゃなかったの?」

 孤児院の中で子供たちに刺繍を教えていたイズが、引っ張ってこられたフレアを見て目を丸くする。

 魔法使いは肩をすくめて応じた。

「今日になって依頼を引き受けてくれた人がいてね。予定は取り消しよ。で、用意した旅支度が無駄になったから、あんまり日持ちしない食べ物を持ってきたってわけ」

「あはは、それは運が良いのか悪いのか、難しいところだね」

「まったくよ」



 イズと簡単なやり取りを終えた後、フレアはイズの隣で、こちらも刺繍を教えていた人物に視線を向ける。

 長く伸ばした髪が印象的な清楚な女性で、名をミリアという。ポポロの妻で、二人にとっては姉代わりともいえる人物だった。



「ミリア姉さん、お久しぶりです」

「はい、お久しぶりです。イズからも聞いていたけど、かわりないようで何よりよ、フレア。この前は夫がお世話になったわね」

 そういってミリアはにこりと微笑む。笑うと頬にえくぼができるのは昔のままだ。



 イズやフレアと同年代といっても通用しそうなくらい若々しく、とても一児の母とは思えない。

 むしろ自分の方が年上に見えるのではないか、とフレアがいささか深刻な疑惑にとらわれていると、ミリアがおっとりとした声で話しかけてきた。



「でも、相変わらず表情も、言葉遣いもかたいわねえ。子供のときみたいにミリアママって呼んでくれてもいいのよ?」

 むしろそっちの方が嬉しいわ、とにこにこ微笑むミリア。

 ぐふ、とフレアの口から変な声がもれた。



「そ、それは本当に小さかった時だけでしょう!?」

「初心忘れるべからずって言うじゃない? それよ、それ」

「明らかに使い方を間違ってます!」

 きー、と吠えるフレアを見て、ミリアは悲しげに顔を伏せた。

 わざとらしさは少しもなく、心底悲しげなふるまいだったが、フレアはこの点において姉をまったく信用していない。この姉は弟妹をからかうときだけ大女優に変身するのだ。



「はあ……どうしましょう、イズ? フレアがママを怒鳴りつけるような子になってしまったわ。どうしたら天使みたいに可愛らしかった頃のことを思い出してくれるかしら」

「久しぶりに三人で川の字になってお昼寝するっていうのはどうかな? そうすればきっと、フレアも玉のように愛らしかった頃のことを思い出して、ママって呼んでくれると思う」

「あら、それはとても良い考えね!」

「でしょ? スキンシップは大切だよ!」

「そうね、一緒のお布団で心行くまで語り合えば、わだかまりも解けるでしょう。それじゃさっそくお布団をしくわね。私は右で――」

「ボクは左!」

『フレアは当然真ん中ね!』

 いえーい、と手を叩く人妻と勇者の図。

 あらかじめ打ち合わせでもしてたんじゃないかと疑いたくなる息の合いようで、刺繍を教わっていた子供たちも面白がって「ぃえーい!」と手を叩きあっている。



 あまりにもあんまりな光景を見せ付けられ、フレアは腰に手をあてて声をはりあげた。

「姉さん!! イズも姉さんの小芝居に付き合うんじゃないの!! 子供たちに変な影響が出るでしょうッ」

 雷を落とすと、イズとミリアの二人はそろっていたずらっ子のように首をすくめた。

 そんな二人を見て、周囲の子らはけらけらと笑っている。彼らにとってはいつもの光景なのである。



 まったくもう、とフレアはこめかみに右手をあてて、ぐりぐりともみほぐした。

 フレアたち三人がそろうと、いつも決まってこんな調子になる。はじめてこの孤児院にやってきた日から変わらない三人の関係。

 イズを警戒している教団の連中にこの姿を見せてやりたいくらいだった。こんなの、警戒するだけ無駄だとわかるだろうに。



 自分にはぬぐいがたい圭角があると自覚するフレアにとって、二人との気が置けないやりとりは心地よいものだったが、だからといってフレアまで悪ふざけに加わってしまうと止める者がいなくなってしまう。

 誰よりも清楚に見えて、その実、一番のいたずらっ子は年長のミリアであり、イズは真面目にみえて意外にノリが良く、おまけに行動力もあるので、この二人を放っておくと大抵ろくなことにならない。

 結果、自然とフレアが制御役にまわるようになってしまった。



 ――まあ、制御できたことなんて数えるほどしかないのだけど。



 子供の頃はこんな感じで他の子供たちも巻き込んで遊びまわっていた。城壁の外に出たことも一度や二度ではなく、そのつどシーダ院長に大目玉を頂戴したものだ。

 胸奥から湧き上がる懐かしさをかみ殺し、ともすれば緩みそうになる頬を引き締めたフレアは、ことさら厳しい表情で口を開いた……



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