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プロローグ

 溜息をつくと、幸せが逃げていく。


 そんな、おばあちゃんの説教を思い出しながら、それなら初めから逃げていくような幸せがなければかまわないじゃないかと考え、


「はあ……」


 俺、茂手木もてき スグルは、今日で何度目になるかわからない溜息をついた。


「まあまあ。そう落ち込むなって、元気出せよ」

「そうそう、一度や二度の合コンで彼女ができるなんて、あるわけないでしょ」


 失意のどん底を、足を引きずるようにして歩いている俺の前で、中学に入ってからの付き合いでクラスメイトの磯貝と、私立の中学校に進学した従兄弟の中島が交互に慰めてくれる。


 しかし、このメンバーで合コンをしたというのに他人事のような二人の態度に腹が立ち、つい八つ当たりをしてしまう。


「ていうか、お前等は悔しくないのかよ! こんな夜遅くまで粘ったのに、女子に散々おごらされたあげくメルアドの一つも貰えずに逃げられたんだぞ!」

「そりゃ、そうだけどさ。茂手木が場を白けさせたのも悪いだろ。いくら女子に『何か面白いこと言って』って、無茶振りされたからって『まんじゅうこわい』はないよな。アレは俺も引いたわ」

「と、とっさに思いつかなかったんだ!」


 磯貝から冷静に反論され、思わず声が上擦ってしまう。


「それにしても暑いなあ、何か飲もうよ。スグルと磯貝は何がいい?」


 中島が懐から財布を取り出し、俺たちの分まで自販機に硬貨を入れてくれた。


「あ、ポカリがいい」

「俺、アイスコーヒー」

「はいはい、スグルはブラックがいいんだよな。全く、よくこんなの飲めるね」


 ぶつくさと文句を言いながらも、中島は缶を手渡してくれた。

 プルタブを開け、口を付けて傾けると、心地よい苦味が舌の上に広がっていく。


「それと、茂手木。お前、牛島さんの胸ばっか見過ぎだぞ。他の女子も嫌そうにしてたし」

「ぶっ!」


 磯貝からの指摘に、思わず飲みかけていた缶コーヒーを吹き出してしまう。

 さては、タイミングを図ってたな!


「って、気付いてたのかよ!」

「そりゃ、そうだろ」

「僕たちも少しは見てたけど、あそこまで、あからさまじゃなかったよね」


 中島も呆れた様子で、俺を見ていた。


 なんてこった、ばれてないと思っていたのは俺だけだったのか。羞恥のあまり、その場で頭を抱えてしゃがみこんだ。


「しっかりしろよ、そんなんじゃ夏休み前までどころか、死ぬまで彼女なんてできないぞ」

「失礼な! 彼女ぐらいいたことある!」


 磯貝の言葉に立ち上がり、抗議したのだが。


「マジかよ! いつ?」

「うっ……それは、その」


 真顔で尋ねられ、思わず言い淀んでいると。


「小一の頃の話だろ。それも、夏休みの間だけ」


 事情を知っている中島に先回りして答えられた。

 滅多に見せない、意地悪な笑みをこちらに向けている。


「なんだ、そんなことか」

「うるせえ! そういうお前等はどうなんだよ、彼女がいたことあるのか!」


 俺が問い返すと、二人は気まずそうに顔を見合わせた。


「ねえよ」

「僕も、ないなあ。だから、クラスの女子を合コンに誘ったのに、誰かのせいで散々な結果に終わったし」

「うわあああ、ごめんよお」


 長い付き合いの従兄弟からの嫌味に、再び頭を抱えてしゃがみこんだ。


「いや、中島も茂手木のことを言えないだろ」

「え、僕?」


 磯貝に注意され、中島は意外そうに、きょとんとした顔で首を傾げている。


「だって、みんなの自己紹介が終わった後、手品をするっていうから、期待して見てたら『あ、耳がでっかくなっちゃったっ』って、あれ何年前のネタだよ」

「え、あれは家庭教師に合コンに行くけど、なにか受ける手品はないって相談したら、絶対に受けるからって貸してくれたやつだよ」

「ありえねえ! 騙されてるよ。それか、そいつも勉強のできるバカなんだ!」


 磯貝からの容赦のない突っ込みの嵐に、普段はおとなしい中島も反撃の狼煙をあげた。


「そ、それなら磯貝だって、みんなでデザートを食べてるときにドリンクコーナーからガムシロップをいくつも持ってきて、チョコケーキにかけて食べてたじゃないか、見てるこっちが胸焼けしそうだったよ」

「へ、だって甘さが足りなかったし、ガムシロップは無料だったから……」


 呆れたような顔の中島と、おそらく同じ表情をしている俺の態度に、磯貝もあのときの女の子たちの反応を思い返したらしく、弁解の言葉も尻すぼみに消えていった。


「……」

「……」

「……」


 しばし重苦しい沈黙の後、


「つ、次だ次。次の合コンで同じ失敗を繰り返さなければいいんだ」


 どうにか声を絞り出して、自分たちを励ました。


「そ、そうだな。今年の夏こそ、試合中にチームメイトが応援に来ている彼女の方を向いて、にやけてるのを見ながら『リア充は死ねばいいのに』とか思わなくてすむようにするんだ」

「そ、そうだね。学校の休み時間に勉強を教えあってるカップルを見て、妬ましさのあまり次の授業でシャーペンの芯を何度も折らなくてすむようになるんだ」

「そうだ、せっかくの休日なのにすることがなくて仕方なく金もないのに街をぶらぶらしてたら、クラスメイトを見つけて声をかけようとしたときに彼女連れなのに気付いて無視しようとしたのに向こうから声をかけてきて、聞いてもいない彼女自慢をされても笑って許せるようになるんだ」


 俺も二人に続いて、熱いパトスの叫びをあげる。

 しかし、返ってきた反応は冷たいものだった。


「まあ茂手木は受験生だからな、彼女ができたとしてもデートより勉強が優先だろ」

「そうだね、昔みたいに勉強をみてあげられないしね」

「何だよ、お前等だって受験生じゃないか!」

「俺、スポーツ推薦を狙ってるから。それに、中島ならあの楓ヶ丘だろ?」


 磯貝に視線を向けられると、中島は軽く頷いてから話を引き継いだ。


「言わなかったっけ? うちは中高一貫校だよ。まあ進学するのも一苦労だけど、この中で一番大変なのはスグちゃんだよ。夏休み前とはいえ、受験まで時間がない……」


 そこで何かを思い出したらしく、不自然に言葉を途切らせた。


「ところで、もうすぐ終電の時間だよね。僕たちはいいけど、スグちゃんは電車で帰るんじゃなかったの?」


 中島に指摘され、慌ててポケットから携帯を取り出し時刻を確認する。


「やべ、乗り遅れる」


 二人に別れを告げた後、すぐに走り出した。


「おう、またな」

「気を付けて帰るんだよ」


 今にして思えば、中島の忠告に耳を傾けるべきだった。


 二人に見送られながら、最寄りの駅へと急ぐ。

 途中の交差点で、信号が青なのを確認すると、そのまま左右をよく見ずに横断歩道を渡ろうした。

 すると、右側からクラクションの音が鳴り響き、驚いてそちらを振り向くと、目の前に大きなトラックが迫っていた。

 全身を衝撃が襲い、身体が空中へと放り出され――


 そこで、意識が途切れた。



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