09 パス家と決闘
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薄暗い部屋の中、金髪の美しく顔の整った少年が顔を歪ませ、下品に笑っていた。
それはもう卑しいとしか言いようがないもので、うっすらと犬歯が見える。
「ヒッヒッヒっ」
その声は部屋中に響き渡り、空間の空気を重いものに変える。
それと同時に彼の周りにいたメイド達はまるで、汚物を見るような目で自分の主人を見た。
メイド達は自分の主人がやったことを知っているのだ。
この反応は当然だろう。
彼の名前はペプチド。
パス家の次期当主であり、以前アリアを狙いレンに黒服の男達を差し向けた男である。
そして、ペプチドの笑みを向ける先には紫の棺桶を持った黒づくめの男がいた。
怪しい雰囲気を身に纏い、まるで死神の様なその見た目に、後ろにいたメイド達も警戒した。
「ラロード。例の物は持ってきたか?」
「あぁ」
ラロードと呼ばれた男はペプチドの質問に答える。
ラロードは仕事上、こういう目にはなれておりメイド達の反応は慣れたものなのだ。
例の物とはラロードの横に置かれている棺桶のことで、それはペプチドがラロードに依頼したものである。
「この中にいるのだな?」
「そうだ。疑うなら見て確かめればいい」
「それもそうだな」
ペプチドは棺桶を渡され、ラロードに言われた通り確認のため蓋をゆっくりと開けた。
するとそこには、銅像のように動かないアリアが入っていた。
目は閉じられており、ペプチドがアリアの肌に触れるとそれは生身の人間と変わりなく柔らかいものだった。
「これは……」
「すげぇだろ? 一種の神経毒でな、意識はあるが身体が全く動かなくなるんだ」
ラロードが言う通り、アリアは銅像のように固まってはいるが意識ははっきりとしていた。
それに今もアリアは、状況を把握しようと必死になっている。
しかし、意識があるだけで、耳は聞こえなくなり目は見えない。
状況を把握するのは無理だと言えた。
「そんな物を使って大丈夫なのか?」
ペプチドは心配そうにラロードに聞く。
「大丈夫さ。この神経毒の効果は一時的なもんで、解毒剤だって……ほらここにある」
ラロードはフードのポケットからヒョイっと赤色の液体が入ったビンをだした。
この赤色の液体はフル草と言う砂漠にしか生えない植物を溶かしたもので、それは万能薬として知られている。
それを知っていたペプチドは、ほっと胸を撫で下ろした。
「ならいいのだ」
「じゃあ、依頼主様も安心したところで、報酬の話といこうじゃねぇか」
やっと来ましたとばかりに声を上げるラロード。
この仕事は速さが命。
交渉は素早く済ませなければならない。
そう思いながら、ラロードはペプチドの前の椅子に座る。
「分かっている。ポルビア、あれを」
「はっ」
ペプチドは周りにいた一人のメイドに指示する。
メイドは素早くドアを開け、隣の部屋に向かった。
それを見ていたラロードは、はて? と首を傾げた。
「依頼主様。あれは本当にメイドか?」
「あぁ、そうだ。私のお気に入りのメイドだよ」
ペプチドがポルビアと呼んだメイドの髪は青く、肌が透き通るように白い。
この国の人種とは明らかに違うが、それ以上にラロードには疑問に思う事があった。
「しかし、ありゃ魔族だろ? 俺は今まで生きてきて兵士の魔族は見たことはあったが、メイドの魔族なんて見たことも聞いたこともねぇ」
魔族。
それはクーラシア大陸より南にあるヘーストラリア大陸にすむ種族だ。
青い髪と透き通るような白い肌が特徴的で、魔力が多く腕力が強い。
しかし、クーラシア国ではその特徴のため嫌われている。
魔力が多いなんて、田舎種族の癖に生意気だといわれているのだ。
その為、クーラシア国にすむ魔族は兵士として生きるかスラムで生きる事になる。
それを知っていたラロードは、パス家という大貴族に魔族がそれもメイドとして雇われている事が不思議だったのだ。
そのラロードの疑問に、ペプチドはふっと小さく笑った。
「あれは私が小さい頃、道端に捨てられているのを拾ったのだ。ラロード言う通り、最初は父上にメイドして雇うのは拒否されたが、どうにか許してもらった」
「すげぇな」
「まあな」
そんな会話をしていると、話題に上がっていたポルビアが大きな革のスーツケースのような物を持って帰ってきた。
中身が分かったラロードは、ほぼ皮と骨しかない顔でニヤリと笑う。
ポルビアはその様子を見て一瞬、嫌な顔をしたが直ぐにそれを戻し、ペプチドにバックを渡した。
「ご主人様。バックを持ってまいりました」
「ありがとう」
そうペプチドが言うと、ポルビアは少し笑い先ほど並んでいたメイドの列へと戻っていった。
「では、報酬を渡そう」
ペプチドはポルビアから受け取った鞄を机に置くと、ラロードに見やすいよう開けた。
そして、ラロードはその中身を見て目を輝かせた。
「いいのか? こんな貴重な物をもらって」
ラロードが見つめる先にあるのは、鞄から溢れる程の赤い宝石。
しかし、ただの赤い宝石ではない。
この世界では貴重なレッドダイヤモンドだ。
裏社会では、その治癒の効果から高値で取引されている。
死んだ人間を生き返させる事も出来ると言われている宝石なのだ。
ラロードからすれば、喉から手が出るほど欲しいもの。
それをペプチドは大量にくれるというのだ。
困惑しないわけがないだろう。
「私の嫁を連れてきてくれたのだ。これぐらい当然だろう」
そんな理由で、とラロードは思ったが見た限り偽物ではない。
「そうか。ありがたくいただくよ」
ラロードは受け取って損はなしと思い、その鞄をペプチドから受け取った。
宝石が大量に入っているはずだが、ラロードの細い腕はそれを軽々と持ち上げる。
流石、裏社会の人間というべきだろう。
そして、全ての話が終わりラロードがペプチドの部屋から出ようとすると、ラロードは突然ドアの前で立ち止まった。
「あ、そうだ!」
「どうしたのだ?」
ラロードの声に反応し、ペプチドが質問する。
「依頼主様。気を付けてな。俺は不幸を呼ぶ男と呼ばれていて、俺を雇った依頼主は必ず良からぬ事が起きるんだ」
「な!?」
ラロードの口から出た言葉にペプチドは呆れた。
今言うなよと。
そして、そんなペプチドの様子を見たラロードは愉快そうに笑い。
「じゃあな。依頼主様に幸運がある事を」
小さく一言こう言って、今度こそ出て行った。
「はぁ……」
ペプチドは肩の力を抜く。
ペプチドとて、この世界では成人だがまだ心は子供。
裏社会の人間であるラロードにあって緊張しないわけがない。
しかし、今はそれを癒してくれる存在がいる。
ペプチドは傍に立ててある棺桶に入っているアリアだ。
ラロードは出て行く際、しっかりと解毒剤を渡し出て行った。
その解毒剤をペプチドは持ち、アリアに近づく。
そして、ペプチドはビンを開けるとアリアの口ではなく自分の口に含んだ。
そう、ペプチドはアリアにキスをしながら解毒剤をアリアに飲ませようとしているのだ。
周りにいるメイド達はそれをマジマジと見ている。
軽蔑の目や尊敬の目など様々だ。
そんなメイド達が見る中、ペプチドの唇は着々と進みアリアの唇と合わさろうとした、その瞬間。
ドアが思い切り開いた。
その音にびっくりし、ペプチドほ口の中の解毒剤を盛大に吹き出す。
「ぶぅううううう!!!!」
ペプチドから放たれた解毒剤は、アリアの顔に満遍なく吹き付けられた。
それを見たペプチドはムスッとし、ドア開けた兵士を睨みつける。
しかし、兵士はそれに目もくれず報告した。
「侵入者です!」
「!?」
その言葉を聞いたペプチドは先ほどよりも驚く。
「ふ、ふざけるな! このパス家に入ってこれる輩などいるばずがない!」
「しかし、事実です!」
「……」
ペプチドが驚くのも無理はない。
パス家はその財力に物言わせ、各国から選りすぐりの剣士や魔法使いを雇い、家の警備に当てているのだ。
そんな警備をかいくぐってくる輩などいない。
しかし、兵士の様子を見る限り事実なようでペプチドほ信じる他なかった。
「……分かった。で、どんな輩なのだ? あの警備を抜けるという事は只者ではないのだろう?」
早速、対策を立てようとペプチドがその輩の事を聞くと、兵士は冷や汗をかきながら、渋々と行った感じて答えた。
「……レン・ヤガミ・プリエールです」
それを聞いたペプチドは恐怖を感じた。
自分でも勝ったことない、警備をあのレンが倒したというのだ。
そして、あのラロードという人間が言っていた事は本当だったのだと、内心納得するのだった。
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探索の魔法陣を複数使いながら、人目のつかない森の中を走る事、約一時間。
やっとの思いで、パス家の屋敷に着くことが出来た。
しかし、来てすぐ正面突破はできない。
パス家の屋敷は高い壁で覆われており、その門には門番が立っているからだ。
出来ればなるべく気付かれないように侵入したい。
もし見つかってパス家の人間に知られたら、アリアが何されるから分かったもんじゃないからだ。
で、今は気配を殺し壁の近くにある茂みに隠れている。
「しかし、どうするか……」
魔法陣を使って力押しもありなのだが、倒しそこねて門番が俺の存在をパス家の中に伝えてしまったら終わりだ。
しかし、手がないわけではない。
幻影の魔法陣を使って、門番に気づかれないように中に入るのだ。
この幻影の魔法陣は、人から自分の姿を見えなくするというもの。
追跡の時も使いたかったのだが、これは魔力の消費が激しく、走りながらでは周囲の魔力を吸収できなかった。
そうと決まれば、早速実行だ。
座っている所に、自分がすっぽり入るぐらいの大きさの魔法陣を展開する。
そして、それを徐々に上に持っていく。
これで俺の姿は、門番から見えなくなったはずだ。
流石に音までは隠すことはできないので、茂みから出てゆっくりと門に近づいてゆく。
ゆっくり、ゆっくり、確実に。
門番を見るが此方に気づいた様子はない。
楽しそうに、武器である槍を壁に置きながら雑談をしている。
「そういえば昨日の新聞見た? あの指名手配かっこいいわよねぇ〜」
「そう? 私は横に映ってた男が好みだわぁ〜」
門番はその屈強な筋肉に似合わず、女言葉で喋る。
どうやらこの門番ふたりは、オカマのようだ。
鎧からはみ出るほど筋肉モリモリなくせに、オカマとか少し気が抜けてしまう。
しかし、この様子だと無事に屋敷まで行けそうだ。
「ん〜、私も良いとは思うーーあら? 人間臭いわね」
「あんたもなの? 私もさっきから人間臭いと思ってたんだけど、姿が見えないから気のせいかと思ってたわ」
ビクッ!
前言撤回。
屋敷まで行けるか怪しくなってきた。
全身から冷や汗が流れてくる。
「あのあたりからだわ」
後ろを見ると門番Aが俺がいる位置を指差しており、門番Bは此方に向かって槍を構えていた。
よく見ると、門番達のお尻には尻尾がある。
運が悪い。
彼らは獣人族のようだ。
獣人族は嗅覚が良く、その自慢の嗅覚で相手の位置まで特定してしまうという技を持っている。
幻影の魔法陣では臭いも隠せない。
この状況では、一番会いたくない相手だ。
「あら? 投げるの?」
「だってもしかしら侵入者かもしれないじゃない。それに私達の嗅覚が間違えるはずがないわ」
「それもそうね」
門番Aは納得する。
このままではマズイ。
俺は咄嗟に足に強化魔法陣を展開して走ろうとしたが、それは門番Bが槍を投げた事で妨げられる。
目の前に槍がスレスレで落ちてきたのだ。
集中も切れてしまう。
その後、何回も進路を変えて走ろうとするが、その度に進路方向に槍を投げられ進むことができない。
早くアリアの元に行きたいのにもどかしい。
そして、ついに俺は周りを槍で囲まれてしまった。
位置はバレバレで、幻影の魔法陣を使っているのに無駄になっている。
「観念しなさい。侵入者」
「今なら許してあげるわよ。……まぁ、代わりに身体は好きな様にさせてもらうけどね。うふ」
その言葉で全身から鳥肌が立つ。
どうやら彼らは臭いで、性別も分かってしまうようだ。
オカマに初めてを奪われるなんて……、人生がオワタと言っていいだろう。
無論、そういう人もいるので全面否定はできないが、俺は御免蒙る。
「現れないわね……」
「こうなったら嫌でも、姿を見せてもらうわ!」
そう言うと門番Bは笛を取り出し勢いよく吹いた。
ヒュロルロリ〜。
余りにもヘンテコな音色に力が抜けてしまいそうになるが、次の瞬間そうも言ってられない状況になる。
笛の音を合図に四方八方から、大量のファイヤーボールが迫ってきたのだ。
遠距離なのか、術者は見えない。
「チッ」
バレてしまっている以上、幻影の魔法陣を使っていても無駄なので術を解き、次に防御魔法陣を展開して自分の周りに氷の壁を作り出す。
ファイヤーボールな上、あの量だと相当な魔力を壁に込めなければならない。
周りから集めたとしても、時間が足りない。
その時、後ろの2人が目に入った。
人からなら、魔力を大量に奪えるか?
アルファードの修行では自然のものからしか魔力を吸収しなかったが、自然の魔力を吸収できるなら人からでも吸収できる可能性がある。
「あら、可愛い」
「ショタもいいわね〜」
オカマ門番の恐ろしい言葉が聞こえだが、無視して早速実行する。
指先で小さな魔法陣を展開し、ボールを投げる要領でバレない様に地面に沿って投げる。
そして、門番の足元に着き術を発動した。
「魔力吸収」
体内に魔力が流れ込んでくる。
成功のようだ。
あのオカマの魔力だと思うとあれだが、背に腹は変えられない。
その魔力を氷の壁に流し込む。
お陰でファイヤーボールの攻撃は何とか防ぐ事ができるだろう。
「な、なによこれ」
「身体が動かないわ」
門番の方は、魔力を奪われ動く事さえ出来ないようだ。
罪悪感が無いわけではないが、俺の初めてを奪おうとした相手に容赦はいらない。
ファイヤーボールの攻撃は止まない。
10分ほど経過したが、弱まるどころか更に強くなっている。
そして、氷の壁が薄くなっていくたびに氷を上乗せする。
そんな作業が続いている。
幾ら初級魔法とはいえ、こんな数の魔法を長時間行使し続ける事は無理なはずだ。
恐らく複数の魔法使いが壁の中に潜んでいるのだろう。
出来れば一網打尽にして、安全に屋敷の中に入りたいがファイヤーボールがそれを邪魔して動けない。
時間がない。
こうしてる間にもペプチドがアリアになにかしているかもしれないのだ。
8歳の頃からのストーカーに、あのアリアへの執着心。
まとものやつではない。
「やはりキツイか……」
足に力を込めるが、それと同時に痛みが全身に走る。
追跡の時に、チート走りを使いすぎてしまったようだ。
屋敷の扉まで突っ走しろうと思ったのだが。
しかし、このままではらちがあかない。
足に10ほど強化魔法陣を展開する。
これで痛みが和らぐ上に通常より速くなったはずだ。
後ろを見ると魔力が回復したのか、門番2人がゆっくりだが動き出した。
「許さないわよガキ……」
「いたぶってあげるから覚悟しなさい……」
余裕もないようだ。
俺は頭の上に防御魔法陣で氷の壁を展開し、地面を蹴る。
それと同時に恐ろしい程の粉塵と速度が出る。
予想していた以上に強化されていたようだ。
屋敷の扉まで。
1メートル。
50センチ。
10センチ。
物凄い速さで屋敷に近づく。
しかし、屋敷に着くか着かないかという所で走るのを止める。
なにやら嫌な感じがしたのだ。
粘っこく気持ちの悪い魔力。
身体中に納豆が付いているような感覚だ。
すると、屋敷の扉がゆっくりと開き誰かが出てきた。
灰色のローブに長い顎髭、手には黒い杖を持った老人だ。
「ホッホッホ。私のスペシャルファイヤーボールレインの中を進むとは、生きの良い侵入者じゃの〜」
老人は長い顎髭を撫でながら言う。
「もしかして、これはじいさんが?」
「そうじゃぞ? 凄いじゃろ?」
老人は自慢げな表情で言うが、ネーミングセンスが駄目すぎる。
この世界では自分の編み出した魔法に好きな名前を付けてもよい事になっているのだが、今回はさすがにセンスがない。
「おっと、話がそれてしまったの。儂はパス家警備隊隊長ファルガノフじゃ」
どうやら思った以上に偉い人だったようだ。
それにさっきから感じている魔力は、この老人から放たれている。
いやな感じがする。
「そうか。……すまないが俺には自己紹介をしている余裕がない。そこを通してくれ」
出来ればこの老人と戦いたくない。
あのファイヤーボールの威力といい、数といいこの老人はただものではないだろう。
俺は老人の横を通り、ドアへと進む。
しかし、ドアノブに手を掛けようとした瞬間、首に冷たい感触のものが触れた。
「お主、敵に背後を見せるとはまだまだ甘ちゃんじゃの」
ファルガノフはそう言って、俺の首に黒い杖の先を押し当てる。
それは強くもなく弱くもなく、杖の先からは青白い光が出ている。
これは……エレキボール。
それも一番威力が高いブルーエレキボールだ。
通常の物なら黄色い光を放ち、初級魔法の中で静電気程の威力しかないものなのだが、これは違う。
ブルーエレキボールは、雷程の威力を持ち殺傷能力がある。
「……」
「じゃあの。小さな勇者さん」
そう言うとファルガノフのはブルーエレキボールを発動させた。
身体中に激しい痛みが走る。
少し文がおかしかった気がします。
会話文を多くすると地の文が少なくなり、説明とかがたいへんですね(大量の汗)
バランスが取れるよう頑張りまする。